ひとつだけ言い訳をするとすれば、あのときの俺は酔っていた。それもなかなかの量を飲んでいて、自分での酒には強いと思ってはいたが あれだけの量を飲んでさすがにぼんやりしちまうほどに、酔っ払っていたんだ。その日は大学の学祭の打ち上げで、二次会で酒を俺の家に 持ち込んで朝まで飲むぞ!と意気込んでいたのは誰だったのか、もはや覚えもない。なんで俺の家なんだと悪態づけば、一人暮らしがお前 しかいないんだからしょうがないと返ってくるだけ。あきらめるのにそう時間はかからなかった。そんで、0時も過ぎるか過ぎないか、ま だその程度の時間帯だった。なのに俺はまともなことを考えられなくなるまでに、酔っていた。

隣で飲んでいた女が、笑いながら俺の肩に腕を回すのが見えて、ぼんやりと顔をそっちへ向けた瞬間に、口に何か柔らかくてぺっとりした ものがあたって、知っている感覚に疑うこともなかった。それが隣に座っていた女の唇だと気付いたのは、直後だ。どさっという重たい物 が落ちる音がして視線を上げると、顔を真っ白にしてこっちを見ている女がいて、俺は今の状況を働かない頭で一瞬に理解した。自分の 彼女の前で、別の女とキスをしている俺を見て、恋人であるはどう思うだろうか。

、これは、ちが」
「ご、ごめんなさい、わたし、あの」

即座に女を引き剥がしたのに、は一瞬にしてその目に涙をためてばたばたと部屋を飛び出していってしまった。俺がそれをすぐに追えな かったのは、足元を見ていなかった俺が目の前に寝転がっている男友達に気付かずにつまずいてすってんころりん転んでしまったからだ。 酒というのは本当に怖い。きれいに転がった俺は壁に後頭部を打って簡単に、意識を飛ばしてしまったんだから。

起きてみると外は明るくて、飲んでいた友達はすべて気持ちよさそうに眠っているではないか。二日酔いのせいか、ずきずき痛む頭を押さ えて周りを見ると、床に一つのビニール袋が落ちていた。中には缶ビールと缶チューハイが数本と、適当なつまみが入っていた。あ、これ って昨日が買ってきた、やつか。落としてそのまま走っていったから。昨日はバイトで飲み会参加できないっていってたくせに。予定を 無理にこじ開けて、きたんだろうか。そんななかであんなもん見せて、俺ァなにやってんだ。頭をわしわしかいたら、きりきり痛む頭が なんだか苛立ってきてガツンと壁を叩いたら結構な音がした。やべぇな、大家に怒られちまうかも。に早く弁解しなければと思うのに、 自分が情けなくて逃げちまいたくなる。いや、を手放したくはない。何がいけなかったって、あの場にが入ってきたことか。いや、そ の前にこのバカ女が俺になんでかキスをしてきたことか。ごめんなさいって、なんだよ。謝ることなんか何にもねぇはずなのに、なんで お前が謝るんだよバカ。むしろ、俺が謝らなきゃならねぇんじゃないか。お前は俺の彼女で、謝ることなんて何もねぇだろうに。考えて いたらなんだか無償にに会いたくなって、携帯を取った。












の家を訪ねたら早朝だというのにすぐに出てきて、俺の顔を見るなり口をぽかんと開けて固まってしまった。

「邪魔するぜィ」
「ままま待って!」

家に入ろうとするとすぐに胸のあたりを強く押されて妨害された。何のつもりだというように目を細めると、はまともに目も合わさない で口の中で言葉をもごもごさせている。目が赤いのは寝ていないせいか、泣いたせいか。たぶん両方なんだろうか、そんな顔を見せられる と無理にでも家に入ろうとしていた気持ちが一気に萎えた。今だって少しだけ潤んだ目を、なんだか直視することができない。後ろめたい 気持ちがあるせいか、そんなの悲しそうな顔を見ていたくないせい、か。

「だって、ゆかりに悪い、し」
「あいつとはなんでもねぇやィ」
「で、でも、あの、ききすしてたし」

あれはあいつが勝手にしたことだ。これだとなんだか俺が格好悪い気がする。酔ったノリだってのは、もう言い訳にもならねぇか。何を 言うか言葉を選んでいるうちに沈黙がおりて、なんだか浮気を問い詰められているような気分になった。いや、実際似たような場面なんだ けどよ。

「悪かった、よ。でもありゃ誤解だぜィ」
「ど、どのへんが誤解、ですか」
「酔ってぼーっとしてたとこに、急にあいつが」
「そ、そうですか」
「信じてねぇだろ」
「だだだって!あんなとこ、見せ付けられた、ら」
「だから、悪かったよ」

抱きしめようとして出しかけた腕が、なんだか言い訳じみているようでかっこ悪くなって戻すと、は首をかたげて悲しそうな目をする。 こてんとは俺の肩に頭をくっつけて、小さくため息をついた。

「信じるよ、バカ総悟」

ゆるゆると迷いがちに伸ばした腕はやんわりを抱きしめて、それに応えるようにの腕は強く俺の背中を抱いた。痛いほどの力で抱き 返されて、迷っている俺がバカみたいだと思った。なんだか泣いてしまいたくなって、遠慮なくを抱いて額をの細い肩に置いた。の 匂いが心地良い。もう酒はビール二缶以上はやめよう。心の中でそう誓って、を抱く力を強めた。

「だって、あの総悟が二度も謝ったんだよ。これってすごい」
「茶化すんじゃねェ」
「茶化してでもいないと、わたし泣いちゃうよ」

声が震えているのがわかって、俺はを抱いたまま引きずるようにの家の中に入って扉を閉めた。暗くなった玄関先でそっと頬に口付け すると、しょっぱい味がした。もう泣いてるじゃねぇかィ。意地悪な発言は、今はあえてやめてできるだけ優しく口付けると、はぽろぽ ろ涙を流した。口の中までしょっぱくて、でもすぐに感じなくなる。二日酔いも感じない。何より心地良いこの瞬間が、なんだか懐かし かった。





誓いがひとつ


20070922