こうして長い時間、ただじっと空を眺めていると時間が経つに連れてだんだんと空が薄暗くなっていくのが目に見えてわかる。さっきまで 白く透き通った青色を見せていたくせに、それが赤く変化して、今度は藍に染まっていく。じわりじわりと向こうの空から藍色が迫ってき て、赤色を追い詰めて自分の色に染め上げてしまおうとする様は、なんだか見ていておもしろい。だけどおもしろいのと同時に、昨日まで 明るんでいた私の心の中にある空は、今じわりじわりと藍色に侵食されていっているようだ。藍色の、闇という名の悲しみがせまってく る。

「おい、いいかげんにしろィ」
「何が」
「いつまでそうしてるつもりでィ」
「帰りたいなら一人で帰ればいいじゃん。なんで総悟はここにいるわけ」

私の質問には答えないで、机に突っ伏している私を一瞥してその手にある漫画のページをめくった。まだ帰る気分になれないからここにい るわけで、それを総悟に付き合ってくれと言った覚えも待っていてくれと言った覚えもない。なのにどうして総悟は私と一緒に教室に 残っているんだろうか。こんな時間まで漫画を読むためだけに教室に残っているわけでもないだろうに。まったく、わけがわかんない男だ な。ため息をついたら、ずしりと頭が重たくなった。涙なんて出てこないけど、それでもたくさん悲しくて、むしろ泣けないのが逆に 苦しいくらいに悲しい。総悟が盛大なため息をついて、あきれるような目でこっちを見る。なんですか。

「失恋くらいでなんでィ」
「知ってんなら、一人にしてよ」
「相手が悪ィや。浮気されて問い詰めたらあっさりポイ捨て。不憫なもんだ」
「ねえ、楽しい?そうやって人の傷えぐってさー。泣くぞコラ」
「はッ、もっと傷ついちまえばいいんでィ」
「サドもここまでくると、本気で憎たらしい」

総悟は、意地悪だ。どうしてこんな、あえて私が傷つくような言い方をしてくるんだろう。ぶわっと、嫌なことが一気に全部頭の中を駆け 巡って、さっきまでどう頑張っても出てきてくれなかった涙が簡単にぼろぼろこぼれだしたんだから、意地が悪い。涙までサドだったなん て、知らなかった。今日くらいは優しくしてくれてもいいじゃないか。あんな駄目な男でも、好きだったんだから。どんなひどいふられ方 して相手を恨んで憎んだって、まだまだ好きって気持ちはぬぐいきれなくて、たくさんたくさん好きだったからこそ今がこんなにつらいの に。待ち望んでいたはずの涙なのに、総悟に見られるのがなんとなく嫌で、両腕で頭を抱えるようにして顔を隠していたら嗚咽だけが机に 響いて総悟に届いてしまったかもしれない。かっこわるい、わたし。

小さくため息をつく声が聞こえて、私は身を震わせた。だから、一人にしてっていったのに。泣かせたのは自分のくせに、あきれるなよ。 ぐっと歯を食いしばったら、頭を控えめに撫ぜるてのひらの温もりを感じた。戸惑いながらやわやわと、撫でるというよりも触っているよ うな感触に、私は疑問に思うしかなかった。誰が、ってそりゃ総悟しかいないんだろうけど。顔を腕から少しだけ出すと、困ったみたいな 顔をしている総悟の横顔が見えた。男はみんな、女の涙に弱いんだろうか。

「お前が悪い」
「まだ、言うか」
「あんなやつを選んだお前が悪いんでィ」
「うるさいな」
「俺を選ばずに、あんな男を選んだお前が悪い」

真面目に響いた声は、夜のぴんと張り詰めた空気にぴりりと響いて、私の耳に届いたとたんに空気が固まってしまったようだった。なんと なく、言われた意味を理解するのが怖くて停止してしまった思考回路を動かしたのは、総悟が頭を撫でていた手を私の頬に移動させて、 思い切り、そりゃ思い切り痛いくらいにつねったからだ。あれ、どうしてこの場面で私は頬をつねられなきゃいけないの?別に夢オチなん てねらってませんけど!

「もっと傷つきやがれ。そんであんな野郎のことなんざ憎んで恨んで嫌っちまえ。全部、俺が掬ってやらァ」

真っ直ぐにみつめてくる目はきらきら輝いていて真摯でとてもきれいなのに、真っ赤な顔が釣り合っていなくてなんだかおかしかった。で もここで笑わないでいられたのは、内容が内容であるからで、これは一種の告白では?と思った私がいけないんだろうか。私が間違ってい るんだろうか。答えを聞けないまま、総悟はぷいと顔をそむけてしまった。





つけばいい



20071011