「どうしたら、高杉は私のことを好きになってくれるのかな」



窓から身を乗り出して紙ひこうきを手にいっぱいいっぱい腕を伸ばしているが、小さくつぶやいた。すぐ隣で壁にもたれて座っていた俺 に聞こえるほどの声に、言葉に驚いて思わず顔をあげると爪先立ちをしているためにパンツが見えそうなくらいにスカートが上がってしま っているの足が視界に入って、あわてて視線を戻した。俺がこんな胸もねぇ女の下着なんぞにどうして心臓をばくばくさせなきゃならね ぇんだと考えて、頭痛を感じもしないのに頭に手を当てて小さくため息をついた。らしくねぇなと思いながら、さっきが発した言葉を 思い出す。あれは、俺に聞かれるつもりのない単なる独り言だったのか、それともわざと俺に聞こえるように言ったのか、どっちだ。ある 意味告白とも言えるその言葉をどう受け取ったらいいものか、そもそも受け取っていいものか。とりあえずどちらか確認のしようがないた め、黙り込むことを決め込んでもう一度小さくため息をつくと「えい」というやる気のない声が聞こえた。すいーと空を裂いて走る紙ひこ うきがなんだかまぶしかった。

「ねえ、どうしたらいいと思う?高杉」

やっぱり俺に向けて言った言葉だったらしい。顔をあげて、あえてスカートのあたりを見ないようにの顔を見上げると手ぶらになったが腕をぶらぶ らさせながらこっちを見ていた。なんと答えたらいいのかを言いあぐねていると、は背伸びをやめて隣に座り込んできた。こいつ、正気 か?これは告白と取ればいいのか、それとも冗談と取ればいいのかわからねぇ。なぜならこいつの表情からは何にも読み取れねぇからだ。 本気にしてはあまりに緊張感がなく、冗談にしてはやけに普通の顔をしてやがる。真面目な顔をしていたりふざけて笑っていたりしたなら わかりやすいってのに。目を細めての顔を見ると、表情を崩さずに首を傾げられた。首を傾げちまいてぇのはむしろ俺のほうだろう。

「知らねぇよ。なんで俺に聞くんだよ」
「本人に聞いたほうが早いかと思って」
「…本気かよ」
「うん」

あまりにあっさり口にされた肯定の一言が胸にずしりと響いたのは、その声が俺の耳になんだか真面目響いたせいかもしれない。なんと 答えたらいいのか考えてから、沈黙に耐え切れずに立ち上がった。さっきがやっていたように窓から身を乗り出して外をみつめると、 グラウンドにある一本の桜の木の枝に紙ひこうきが引っかかっていた。女子の間ではやっているという紙ひこうきのまじない、か。願い事を書い た紙をひこうきにして空に飛ばすと遠くまで飛べば飛ぶほど叶う率が上がる、とかそんな感じだったと思う。がそんな女っぽいことをす るとは、知らなかった。俺たちは、友達だ。男女という関係をのぞいた気の置けないこの距離が、好きだった。恋人なんざめんどくせぇ。 そう思っていた俺にこいつの存在だけは特別で、女と意識することは少なかった。ほかのどんな男や女よりも大切な存在で、この距離が 一番安心できる距離だった。だからこそ、告白なんかされてもはっきり言って迷惑なだけだった。俺はこの関係が気に入っていて、この 関係を手放すつもりもなかったからだ。

「お前は紙ひこうきに、なんて書いたんだよ」

なんとか話をそらしたくてそうたずねると、座り込んだまま俯いているが視界に入った。めずらしくあからさまに沈んだ様子のに、さ すがにまずいかなと思う。勇気を出してせっかく告白したのに、簡単にごまかされたらさすがにへこみもするだろうか。自分のした行動に 少し後悔をしつつ、もう一度座り込んでの顔をのぞきこんでみた。どこか落ち込んだような顔をしている。ボタンの空いたシャツの間か ら見える白い首筋に、自然と目がいった。今日で二度目だ。こいつをなんだか、女として意識してしまうのは。そして意識したとたんに 後悔するんだ。見てはいけないものだ、と。高杉が、とさっきよりも小さな声で言葉が紡ぎだされた。

「高杉が、私を好きになってくれますように、って」

女みたいな声が耳に響いた。女みたいじゃなくて、こいつはちゃんとした女なのに。俺が呆気に取られていると急に襟首をつかまれて引き 寄せられて、口を何かにぶつけられた。何かじゃなくて、それがの唇だと気付くのにそう時間はかからなかった。あまりに強くされた キスにひりひりと唇に痺れるような痛みが流れる。はといえば、床に手をついて顔がまったく見えなくなるくらいにうつむいてしまって いる。突然のことすぎて、目を回してしまいそうなくらいに混乱している。

「高杉が、私のことをそんなふうに思ってくれてないって知ってるよ」

声が震えている。見ればその肩も震えているようで、ぱたぱたと何かがこぼれて床を濡らした。

「知ってる、知ってるから、だから今日で、終わらせるから。今日でこんな気持ちは終わらせるから」

許しを請うように投げかけられる言葉に、頭痛を感じそうだ。細い肩に、か弱い声に、なんだか胸が苦しくなった。そう、こいつは弱い 女なんだよ。知らなかったわけじゃない、見ないようにしてきたんだ。だって、こいつが大切な存在だってわかっていたから。この距離が 心地よすぎてこれ以上離れてしまうことにも近付くことにも怖れて隠した。自分の大切な女が泣いている。俺を好きだと泣いて、俺を好き なことに苦しんで泣いている。それなのに、俺ときたらどうだ。自分がとてつもなく情けないものに思えてしょうがなかった。好きな女に 好きだと言うのも、好きだと自覚することにも怖がって、好きな女を泣かせて。かっこ悪ィ。

どうしたらいいのかもわからずに、だけど泣いているを見続けることもできなくて、頭をごつんとの頭にぶつけてやった。嗚咽が頭か ら伝わってくるのがなんだか悲しくて、どうしたらこの涙を止められるかと考えあぐねた。最初から最後までかっこ悪ィのはもうしょうが ねぇや。の前じゃ取り繕うことさえできないようだ。

「喜べよ」

俺がを真似てつぶやくようにそういうと、びくりとの肩が大きく震えた。

「紙ひこうきがてめぇの願いを叶えてくれたみたいだぜ」





ひこうきぐもをつかんだ



20071017