なんで学校ってのは毎日あるんだよ。通い始めたときから当然とそこにあったそんな当たり前という名の束縛は俺には合わなかったよう で、気が付きゃ今年に入って一週間ちゃんと学校へきて全授業を教室で過ごした日なんかひとつもなかった。学校って場所が俺には合わな いこともわかっていたし、いつ辞めてもいいと思っていた。俺にとっての学校の価値なんて、そんなもんだ。そんな俺がなぜだか今でも 学校を辞めずにいたのには理由があった。誰にも言えねぇくらいの恥ずかしい理由だ。

俺の席は一番後ろの一番窓際。ここの席が気に入って、勝手に陣取っているわけなんだか誰も文句は言いやしねぇ。今日も勝手にこの席に 座り、受けるつもりもない授業は机に突っ伏して寝てすごす。果たして俺がしっかり起きていた授業というのはいったいいくつほどあった んだろうか。数えるだけ無駄な気がしてくる。いつまでたっても0から次のカウントがされないからだ。かったりィ時間だ。サボっちまおう か。ガタガタと教室中がうるさくて、俺は目を覚ました。顔をあげると机を動かしている女と目が合った。俺の前の席に座ってこっちを 振り返り、楽しそうに笑った。

「あ、やっと起きた」
「何してんだよ」
「席替え!そんで、今日から私が高杉の前になったから。よろしく!」

当たり前のように俺の存在が無視されたことよりも、目の前の女に自分の存在を認知してもらえたことのほうが俺の中でははるかに大きく て、驚いた顔を隠せずにそのまま女の顔を見続ける羽目になってしまった。知らないわけじゃない。クラスメイトだからとかじゃなく、 俺の前の席で何が楽しいのかわかんねぇがとにかくにこにこ笑ってやがる、この女の存在を俺はしっかりと知っていた。だって、こいつは 俺が唯一学校へ来ている理由だから。が俺の顔を見ながら不思議そうに首をかしげた。あいかわらず、何を考えているのかわからねぇよ うな顔して笑ってやがる。誰かが聞いたら笑うだろうか。高杉晋助は、女目当てに学校へ通っていると知ったら。絶対に誰にも言うつもり はなかった。一目惚れなんてかっこ悪いと思っていたし、叶うはずもない初恋を願うほど青くもねぇ。だけど、この幸運を喜ばずにどうし ろっていうんだ。そんときは、自分をかっこ悪いとも思う余裕がなかった。









それからの俺は、不思議なことに学校へ毎日通って毎授業を教室で過ごした。今までの俺にしてみりゃありえねぇことだ。教室のやつらも 驚いているような素振りを見せていたが、気にしないふりをし通す。俺はあくまで気まぐれで学校へ来てやっているんだという顔で過ごす と、それなりにごまかせるものだ。何よりの俺の楽しみが、毎朝誰より早くに教室に入って、一番にを迎えてやることだった。おはよう の挨拶があんなにも心地いいものだとは思わなかった。むずがゆさは3日で消えうせた。

「ねえねえ!高杉さ、最近ちゃんと学校きてるよね。どうして?まじめに出席日数が危ないことに気付きはじめた?」
「うっせー勝手だろ。気分だよ」
「気分ねぇ?本当に高杉ってねこみたいな性格してる。ほれ、ごろごろ」

何がごろごろだ。人の顎を勝手に撫でるんじゃねぇ。とにかく顔が赤くなってねぇか心配で、適当に怒ったふりをして教室を出て行った。 はたからみりゃが俺を怒らせたように見えんのかもしんねぇけど、これが照れ隠しだとわかったらどれだけ笑いもんになんだろうな。 あーなんか俺、体裁ばっか気にしてねぇ?ま、そんなもん全部どうでもいいんだけどよ。が、変に思ってなきゃそれでいいかとも思って いたりする。なんだか最近の俺は欲張りになってきたかもしんねぇ。たまにちらっと姿を盗み見るだけで幸せだったのに、今ではいつ言葉 を交わせるかとひそかにそわそわしたりしてるんだ。こんな俺は、かっこ悪いだろうか。

なんとなく、その日は教室に帰りづらくて、全部の授業が終わるまで屋上で昼寝をしてみたりした。下校時間になってからはフェンス越し にグランドを見下ろして誰かの姿を追ったりした。結局の姿はみつけられなくて、赤くなりはじめた空をみながら校内に入ったんだ。あ いつ部活とか入ってたっけな。いや、たぶん入ってねぇと思うけど。恋というのは、なかなかなりふり構ってられねぇようだ。周りがまっ たく見えなくなっちまってんだから。

「あ、高杉」

教室にいた一人の生徒に声をかけられ、俺は何よりも驚くことになる。、まだ残ってやがったのか。

「かばん置いてあるから、絶対戻ってくると思って」

心なしか元気なさげに見えるその表情に、なんだか胸をざわつかせた。俺を待ってたのか?期待とも不安ともちがう感情を抱きながらの ほうに歩み寄ると、遠慮がちに目が伏せられて口元だけが弧を描いていた。まるで、頑張って笑顔をつくろうとしているかのように。そん なの顔を見たのははじめてで正直戸惑い、思わずその場で立ち止まってしまった。

「朝のこと、気を悪くしたんならごめんね。謝るからさ、これで明日から学校来なくなるとか、やめてよね」
「なんで」
「寂しい、じゃん」

心臓がどくりと跳ねたような気がした。ふいとそらされた視線がなんだか切なくて、それでも赤い顔を見ているとなんだか胸があったかく なった。どういう意味で言ってくれてんのか知らねぇけど、今の俺には十分すぎるほどの言葉、か。

「だって、だってさ、楽しかったんだよ!高杉が後ろになって、仲良くなれた気がするし。ここで来なくなったら寂しいなって…」
「俺も」
「え?」
「楽しかった」

精一杯、恥ずかしさを抑えて搾り出した声はなんだか小さくてかっこ悪くて、でもいつもよりもきれいな顔して笑ってくれるから、ああ俺 はこいつを大切にしたいかな、なんて思ったりした。告白とか、付き合うとか、今はそこまで考えてる余裕ねぇよ。だって俺はこんな、も しかしたらにとっては何気ない言葉くらいでうれしくてうれしくてしょうがなくて、思わず真っ赤になって泣き出しちまいてぇほど余裕 なんて言葉とは縁がねぇんだから。今はこのくらいの距離でいい。前後のこの距離がとてつもなく、愛おしいんだから。




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20071024