突然流れ出した無線の音は、ノイズ混じりでどれだけ荒れていようとも一度で聞き取れてしまうほどの内容で、耳にした俺が何を言うでも なく同じく耳に入れた運転席に座る隊士がハンドルを大きくきった。ガガガ、ザザザ、ノイズだらけで耳障りな音でもこのときばかりは すがるような思いで音量を最大にしてその声を聞き取ろうと必死になった。無線での言葉は、こうだ。ほとんどの隊士が市中見回りに出て いる時間帯に、攘夷浪士が屯所に襲撃してきたので応援を頼む。これが初めてのことでなかったものの、無線から流れる仲間の声が尋常で ないほどに荒れ狂っていて、現場の状況がどれほど悲惨なのかを知らせてくれた。

パトカーを停めてすぐさま降りると見計らったかのように爆音と爆風がなだれ込んできた。今まであった襲撃よりも被害はでかそうだ。 思うよりも飛び出して立ち向かってくる敵をなぎ倒す。さっきの爆発のせいかは知れねぇがそこらじゅうにばたばた隊士が転がっていやが る。ひとつの部屋から、女が引きずり出されるのが見えてすぐさまそれがだとわかった。髪を引っ張られ、ずるずると床を引きずられて いる様子は俺の怒りを掻き立てるには十分すぎた。何を考えるよりも早く足は動いて、すぐに浪士の後ろへ回り込んで腕を振り上げた。耳 をつんざくような悲鳴が聞こえたのは直後だ。俺の最も聞きたくない言葉を、の口からつむぎだされた。

「トシ!いやあ助けて…っ、十四郎ぉ!」

振り上げた腕を止めることもできず、そのまま振り下ろした。突然自分を強く引いていた束縛が解かれ、驚いたように目を見開いてすぐに 小さな声で「トシ…?」とがつぶやいて俺の顔を凝視した。その名は俺のものじゃねぇ。心臓を鷲掴みにされている気分だ。見下ろす と、は相も変わらず驚いた顔を隠そうとはせず、真っ青な顔でぶるぶると震えている。俺の姿を認めてもさっきの言葉を訂正することな く唇をかみ締めて、大粒の涙をぼたぼたこぼしている。続く言葉は、ない。悪ィが俺はあんたの王子様じゃねぇ。剣の柄をぎゅうと握った ら、指がみしみし軋むように鳴った。の腕を取って乱暴に引っ張ると、おぼつかない足元でふらふらと跡をついてくる。俺についてこれ ば、あんたの目当ての男のとこへ連れて行ってくれるとでも思ってんのか。とにかく前に立ちふさがる野郎をすべて斬って進むうち、俺は こんな男どもよりもっと斬りたい相手がいるんじゃないかと思った。浪士よりも、まずはこの手に引く女を斬ってしまいたい。できるはず もないことを考えて、やるせなくなるのは俺なのに。

屯所を出るとたくさんのパトカーが停まっていて、俺とすれ違うように屯所になだれ込んでいた。その中には土方さんの姿もあって、の 姿をみつけるなり驚いた顔をしてこちらにかけよってくる。はさっきよりもぼろぼろと泣き出して、俺の腕からするりと抜け出してすぐ さま土方さんへかけよって愛おしそうに野郎を抱くんだ。見ていてこんなに胸糞悪ィもんはねぇ。俺が、俺が助けたのに。名ひとつ呼んで もらえずに、礼ひとつもらえずに、俺は何をしているんだ。いっそ、助けなければよかった。あんたが殺されそうになる場面にかけつけ て、間に合ってしまった事実がとても腹立たしい。いっそあんたが死んじまえば、こんな感情抱かなかったんだろうか。俺は結局、悪役 止まりの脇役だ。







ヒーローにはなれない



20071031