あちゃーやっちゃったよ、どうしようやばいでしょう。どのくらいやばいかっていうと、うまく秋刀魚を焼けたときにいざ食べようとする とちょうど醤油が切れていたときくらいやばい。たとえが変だろうとここは勘弁してほしい。私はもともとたとえ話をするのが苦手なの だ。いやいや私がたとえ話が下手な話はどうでもいいんだ。大切なのは今の状況の危なさだ。慣れない着物に身を包み、正座をしていると 自分の体でないように感じてくる。いつもよりも足がしびれてくるのも早いような気がするし、すでにもう帰りたい。というか私は最初か ら来る気はなかったんだけどね!ひとつため息をつくと、隣に座った母が楽しそうにふふっと笑う。憎らしい。

「なに?緊張してるの?大丈夫よ、お父さんとお母さんもお見合いでね。最初はがっちがちに緊張してたなぁ」

聞いてませんよお母さん。そう、今日はお見合いなのだそうです。両親からちょくちょく縁談の話は聞いていたもののすべてはぐらかして いたというのに、なぜ私が今日ここにいるかというとそれは母にまんまとだまされたからです。私は今日のことをお見合いだなんて聞かさ れてはいなくて、親戚の結婚式があるから和服を着てこいと言われたから素直にここへきたっていうのに。素直な娘をだますなんて、なん てひどい親なんだ!

お見合いが、いやなわけじゃない。実は親にはいっていないけど、私にはちゃんとした恋人がいるんです。ちゃんとしているかどうかとい えばちょっと首を傾げてしまうようなドS男だけど、それでも私の大切な男の人なんです。なんだか親にいうというのが恥ずかしくて隠して いるけど、今回はそれがあだになった。両親はいつまでも恋人を紹介する気配のない私を一人身だと勘違いして、この縁談を親切心で セッティングしたにちがいない。だけど私には、いるんですよ。こんな私にもちゃんと、恋人ができるんですよご両親!だから、今日のこ とがやつに知られたら本当にやばい…!うぬぼれるつもりじゃないけど、あいつは相当のやきもちやきで今日のことを知ったらきっと乗り 込んでくるにちがいない。あとで知れても同じようなこと。今日のお見合いはとりあえず断るとして、なんとしてもお見合いのことを総悟 の耳に入れるようなことがあっては、いけないんだ!

ったら、ずっとしかめっ面。どう?相手のお写真でも見て気をほぐしたら?」
「いりません。もうすぐ来る相手の顔を先に見ておく必要もないでしょう」
「警察関係のお仕事をされているんですって。あらー、顔からは想像できないわ」
「けけけけいさつかんけい!?」

おい、ちょっと待ってください。総悟が勤めているのは「武装警察真選組」とかなんとか。あれ?警察って文字が見えるのは気のせいか な?終わった!色んな意味で終わった!警察関係ってことは総悟とかかわりがないなんて言い切れないわけで、これで総悟の耳に入る可能 性が増えたという意味で。うっわ、もういやだ。逃げてしまいたい。あれ?というかもう、逃げちゃわない?そう思って、立ち上がろうと 高そうな机にばしんと手をついたときだった。私とお母さんをここまで連れてきてくれた仲居さんの声が襖の外から聞こえてきた。

「失礼します。お連れ様をおつれしました」

なんてベストなタイミングをしてやがる…!見合い相手がきたというのにそれを無視して飛び出すような勇気はない。あきらめて机を叩い た腕を腿の上に戻すと襖がすすすと開く。ああ、見合いをしたという事実ができてしまう。小さなため息がもれたとき、いやに大きな声が この和室に響いた。

「いやーお待たせしました!すみません、こいつ初めての見合いで緊張しちまって」
「だーれが緊張しやしたか。近藤さんの長いトイレが原因なくせによォ」

聞きなれた二つの声に、思わず瞬きを忘れた。キャラメル色の髪の毛。いつもの制服じゃなくて今日はちゃんとしたスーツで。ネクタイに 手を当てて少し窮屈そうにさすっている姿は見間違うはずもない。どうして、ここに。

「はじめまして。沖田総悟と申しやす」

にやりと笑った顔がこちらを向いて、細められた瞳が私をとらえた。総悟くん?あれ?私が何も言えずに口をぽかんと開けたままでいる と、何度か会ったことのある局長の近藤さんが驚いた顔をして私と総悟の顔を見比べている。すべて、仕組まれたことだったってことです か、総悟くん。いろいろ言いたいことがあったというのに、私の口から出た言葉は「はじめまして」となんとも間抜けな声だった。総悟が あからさまに笑いをこらえる顔をしたのを私が見逃さなかった。こ、こ、こいつ…!!

わけのわからぬ顔をした近藤さんと、すべてわかってその上なんだかこの状況を楽しむような顔で座っている総悟。顔を向き合わせて座 っているのがとても不愉快なんですが。とにかく私がチクショーだとかコノヤローだとか思っていると、母がひじで私の腕をつついてき た。あ、何か話したほうがいいんだろうか。でも何を?こいつと今さら何を話すというのだ。ベタにご趣味は?とか聞いてみようか。とい うか私たちは初対面の不利をしていたほうがいいのか?むしろ知り合いですと言っちゃったほうが早くないですか?お母さんに総悟の紹介 もできるってもんだし。私が質問を考えるふりをして別のことを考えていると、総悟と近藤さんが目を見合わせてこちらを見た。お、 向こうから質問がくるかな?そう思っていたら、予想もしない言葉がきた。

「二人で外を歩きやせんか?」

見合いが始まって五分も経っていないのに、さっそく「あとは若い二人で」な展開がはじまるようだ。これで相手に遠慮なく問い詰めるこ とができるというわけだ。そして私も、問い詰められる機会を与えたということになる。私は短く返事をして、近藤さんと母を和室へ残し て庭へ出た。中庭は広くてきれいで川なんかせせらいでいて、なんだか高そうなお店だなあ。きょろきょろしていると、総悟がひとつの 木の下に座り込んだかと思えば、ため息をつきながらネクタイをゆるめている。実はこの瞬間がとても好きだったり、する。

「で?」
「な、なに」
「なんで見合いなんざ受けてんだよ」
「お母さんに、だまされて…。そういう総悟こそ!」
「たまたまきた縁談の相手の写真を見てみれば、が写ってるじゃねぇかィ」
「教えてくれればよかったのに」
「それじゃつまらねぇじゃねぇかィ」

このドSが。着物を汚さないように気をつけながら隣に腰掛けると、総悟がこちらをじっと見てくる。

「似合うじゃねぇかィ。馬子にも衣装ってやつか」
「一言多い」
「どうだィ?このまま俺と、結婚しちまうかィ」
「申し訳ありませんが、私には大切な恋人がいますので最初からこのお話はお断りさせていただくつもりでした」
「そりゃ残念。相手の男はそうとう愛されてんだなァ」

冗談みたいな会話を交えながら二人で笑って。でも内心、私の心臓はばくばくうるさくて。総悟の口から結婚という言葉が出ただけでも 失神してしまいそうなくらい、うれしかったのだ。なんだかこちらばかりがドキドキさせられているのが悔しくて、私は勇気を出してひと つ、恥ずかしいことを言ってみることを決意してみた。

「ええ、本当に愛しています。その人と、結婚してしまいたいくらい」

勇気を出して言い切ると、肩をぐっと引き寄せられてすばやく口付けされた。唇を合わせるだけの、乱暴なキスに私は鼓動の高鳴りが とまらない。

「プロポーズと受け取っても、いいんですかィ?」
「ど、どどうぞ!」

最初から最後まで、結局私はやられっぱなしだ。







20071129