とにかく他人に眠っているところを見せない男だった。仲間だろうと恋人だろうとそれは同じことで、いつもあの男は起きているのだ。 眠ったところを見てやろうと三日ほど徹夜した日もあっただろうか。それでも一切眠るところを見せるどころか逆に私のほうが眠ってしま い、気付けば布団の中というのがいつものパターン。悔しさよりも私を律儀にも布団へ運んでくれる優しさが意外で、何より嬉しくて同時 に痛々しい想いになったのはなぜだろう。眠れぬ自分はそっちのけで、勝手に眠る私を気遣うなんて、あなたらしくないね。切ないような 表しがたい感情をいつでも抱えていた。

あるときその男にたずねてみた。あなたは眠らないのか、と。男は静かに、そして自嘲気味に笑んだかと思うとゆったりした特有の口調で 語りかけるようにこう言った。俺が寝るときは死ぬときだろうなと。不眠症とはまたちがう、衝動的なものだったのかもしれない。彼はお 医者が嫌いだったから確かめたことはないし、今となってはこれが病気だったのかどうか確かめようもないことだけれど、ただ私は彼をか わいそうだと思った。眠って夢見ることできず、現実で大きな夢という名の野望を抱える彼を。

もちろん、まったく眠らないわけではなかっただろうけれど、それでもわずかな睡眠時間でさえ誰として目撃した人はいなかった。果たし て睡眠を邪魔されたくなかったためか、それとも人に弱みを見せたくなかったためか。どちらにしても、かわいそうな人にはちがいあるま い。何よりかわいそうなのは、彼自身そのことに気付いているくせにそれでもいいと思っていることだろう。なんてかわいそうな人なん だろう。

晋助の寝顔をはじめてみた。寝顔というにはあまりに生気の感じられない青白いその顔に、思わずその身を震わせた。めずらしく穏やかに 見える表情、目の下に落とされた濃い影のように長いまつげ。ただ、冷たい手のひらは変わらない。ああ、見たくなかった。晋助のいう 言葉は本当だったのだ。彼が眠るときは、その顔が見られるときは、彼が死んだときだと。こんなことなら寝顔なんて望まなければよか った。睡眠という名の休息を彼に、晋助に求めなければよかった。それが彼のためだと思ったのは、間違いだったのか。わからない、わか らないよ晋助。あなたのそんな、今まで誰にも見せたことのないような穏やかな笑顔をみせられたら、私は何にも言えなくなってしまう。 ただ晋助の望む望まないを除いて、私はこんなことを望んでいたわけではない。あまりにきれいなその顔に、まるで世界の終わりをみせつ けられたようだ。







071222