予想はしていた。だって去年も同じような光景を見ていたし、何より去年は私と先生はあまり面識がなくて、お互いがあまりお互いのことに興味を持っていなかった。だけど今年はちがう。おかしな言い方だけど私と先生はお互いのことに興味津々なのだ。というのも、内緒だけど私と先生はお付き合いをさせていただいていた。私と先生の馴れ初めはあえて省略するということで、今回の問題について話させてもらいたい。本日はバレンタイン。あんなだめ教師でも、なぜだかその腕いっぱいにきれいにラッピングされたチョコレートを抱えている。去年も見ていたし、なんとなく予想はしていたんだけどこうして目の前に突きつけられると、どうにも胸をくすぐるものがある。

「もてる男ってのはつらいねェ?」

開いた口が塞がりません。恋人に、ほかの女の子からもらったバレンタインのチョコレートを見せびらかすってどういうことよ。まあ、その中にひとつでも本命が混ざっているとは思えないけど。私があきれた顔を隠さずにいると、先生は目ざとく私の手から半ば滑り落ちそうになっているチョコを見つけてにやりと笑った。いやな顔、本気でむかついたぞ。ちなみにどうして私の手からチョコが落ちそうになっているかというと、昨日先生のためにと頑張って作ったチョコレートが急に恥ずかしいものに思えてきたからだ。こんなばかに、何を頑張っていたんでしょうか。

「おいおい、これ以上増えちゃう感じ?先生困っちゃーぅ」
「うっざ」

おっと口が滑った。それでも先生は一瞬驚いたような顔をしただけで、またいやな顔に戻るものだからあきれるのを通り越して嫌悪感さえ覚え始めた。あーなんでこんな人好きなんだろう。

「なに?やきもちですかちゃーん」
「学生時代にひとつももらえなかった分、教師になってお情けチョコをたくさんもらえるようになったわけですか。よかったですねー」
「ばばばばかななに言ってんの先生ががくがくせい時代なんかやばいよ今よりもっとすごかったしねままマジで」
「動揺しすぎ」

図星だったようです。思わず笑っちゃって、それがさっきの先生みたいないやな顔だったらしく、先生はむっとしてそのチョコたちを机において、ひとつひとつ大切そうに眺めている。それはどこか愛しいものを見るような目で、また胸がざわざわした。きっと、ひとつひとつ誰にもらったかを覚えていて、その生徒のことを可愛いなって思っているんだと思う。それは恋愛とかそういうのじゃなくて先生の目で。先生は普段あんまりそういうふうに見えないけど、実はちゃんと生徒のことをたくさん思っていて、だからこそチョコレートをもらって本当に嬉しいんだと思う。自分の可愛い生徒たちにもらえたことが。でも、それがなんとなく複雑になるのは許してほしいんだ。口を開けばいやみくらいしか出てこない自分を呪いたい。今日学校休めばよかったな。

「先生素直じゃない子は嫌いです」

きっと、私が謝るのを誘発させようとした言葉だったんだろうけど、今の私には逆効果でした。嫌いといわれたことが悲しくて、悔しくて、切なくて。思わずゴミ箱に、手にしていたケーキ箱を投げ込んだ。あーきれいに二回転して見事に入ったよ。昨日三回も作り直したチョコレートケーキ。あんな衝撃に耐えられるはずもない。これで、本当に嫌われたらどうしよう。後悔して、でも先生のほうなんて振り返れなくて、消えてしまいたくなった。でも後悔よりもまだ怒りは収まりきらなくて、鞄を引っつかんで教室を飛び出した。なんでか、涙が出た。











なんて間抜けな話でしょう。バレンタインデーというカップルのためにある行事に恋人と喧嘩をしました。というか、私が勝手に啖呵を切ってしまいました。先生の、人にひけらかさないけど生徒思いのところ好きだったんだ。それなのに、やきもち焼くのは矛盾してる?女の子からチョコレートをもらってほしくなかったといえば、素直にうなずけない。だって、先生は生徒の思いを無下にする先生だって思いたくないし、実際にちがうから。先生がもし甘いものが嫌いでもチョコレートを全部受け取ったと思う。そういうところが好きなのに、好きなのになんで。なんで悔しいんだよ!

お世辞にも可愛いなんて言えないような顔で、声で、ぶええええんなんて泣きながらとぼとぼ道路を歩いていると、後ろから間抜けなスクーターの音がした。聞きなれた、あの音。それが無性に嬉しくて、でも素直に喜べなくて、涙も止まらなくて。歩みを止めないまま泣きじゃくっているとスクーターが減速して私と並走しだす。誰かってそんなの言うまでもないでしょう。白衣をなびかせた銀髪頭の変態教師。

「ヘーイ、そこのお世辞にも可愛いなんて言えない顔したかーのじょ!俺と一緒に一晩かけて愛について語り合わない?」
「な、何しにきたんですか!大好きなチョコでも食べて鼻血出してろ!」
「口が悪ィな。さっきのまだ気にしてんのかよ」
「だ、だって、嫌いって言った」
「あれは教師としての意見だっつーの。恋人としての俺の意見、聞きたい?」
「聞きたくない!」

思わず立ち止まったら、先生は予想していたみたいにおんなじように立ち止まって、私の顔を真剣にみつめてくる。そんな、そんな目で見ないで。先生がなんと言おうとしているのか、なんとなくわかるよ。きっと私を甘えさせる言葉、喜ばせる言葉に決まってる。でも、今それを聞いたらいけない気がする。だって私まだ何も謝っていないのに、先生に甘えたままでいいの?いいわけないでしょう。先生にわがまま押し付けて、そのうえ謝りもしないうちにうやむやにしてしまうのか。でも、でもなんで出てこないんだろう。頑なに開いてくれない口に、心に、嫌気が差す。何をどう謝ったら良いのかわからない。こんな、よくわからない気持ちを先生にぶつけて、先生は困ってしまわない?わたし先生に嫌われたくないよ。

ひぐひぐ嗚咽を漏らしながら必死で涙をぬぐうのに、ぜんぜん止まってくれない。なんで、なんでだよ!うまくいかない。先生に自分の気持ちをちゃんと伝えて謝りたいのに、どうして。ぐんと腕を引き寄せられて、いつの間にか先生に痛いくらい強く抱きしめられていた。

「わかってるぜ、単純なことだ。だから、何も言わなくていい。俺だってあるよ、そういうとき」

痛いくらいのぬくもりが、心地よかった。

「そういうときの言い訳って単純なんだよ。好きだから、しょうがねぇってな」

忘れていました。先生は私よりも、何倍も何倍も大人なんだって。

「先生、せんせごめんなさい、好きで、好きで、ごめんなさい」

ぐりぐりと頭を撫でられて、それからやさしくすばやくキスをされた。こんな公道で何をやっているんだ。誰かに見られたら、どうするつもりなんだ。そう思うのに嬉しくて、涙がまた止まらないのが悔しくて、ぎゅうと先生の白衣を握ったら先生はにやりと笑って右手を私の顔の高さまで持ち上げた。

「早く帰って一緒にこれ食べようぜ」

それは紛れもない、私がゴミ箱へイントゥーしたケーキの箱だった。






Concrete Love

20080307