私がもっとばかな女であったらなと思うわけです。いや、成績の話とか頭の回転速度の話とかをしているわけではなく、勘の良さとかそういう数字なんかでは示せないような類の話なんですが。私は人よりもほんの少しだけ、勘の良いように思います。たとえばクラスのうちで付き合っていることを隠しているカップルなんかは確実に気付いてしまうし、誰かが誰かに恋愛感情を抱いている場合はなんとなくわかってしまいます。とはいってもすべてがあたるわけでもなく、たまには外れてくれたために「私には予知能力があるんじゃないか」と思い上がることもなく、当たったときはひっそりと一人喜ぶ程度だったんですが。あたってほしくないことほど、よくあたるといいますか。

私には好きな男の子がいました。同じクラスの山崎くんです。一見パッとしない彼の名前を覚えるのに二週間かかりました。山崎とは今年初めて同じクラスになって席も近くて、なんとなく仲が良くて私は徐々に彼を好きになっていきました。でも、なんとなくわかっていたんです。彼は同じクラスの遠藤さんが好きだったんです。なぜ気付いたかというと、彼女を見つめる彼の目がなんとなく穏やかで真摯だったからでしょう。そんなことがわかったのは勘でもなんでもなく、私が彼を見すぎていたせいなんでしょうが。彼を振り向かせようとは思いませんでした。そりゃ思いが通じたら嬉しいとは思いましたが、そのために何かするというのが自分の中でどうにも納得いかなくて、アプローチなんて方法を知らなくて。私はこっそり彼の恋を彼のそばで応援することにしました。応援したつもりでいたかったのです。本当に心から彼の恋を応援することなんてできるはずもなく、ただいやな女になりたくなかったのです。彼の幸せを願えない嫌な女には。

私は彼を諦め切れないまま、季節をひとつ跨ぎました。私と山崎はまだ仲が良くて、もう私はそれだけで胸がいっぱいでした。それ以上を望むことを、諦めかけていたのです。同時に彼の恋が実らないことも望んでしまっていたのですが。そんな時、彼が私に言いました。好きな人ができたかもしれない、と。少し照れたような、でも真面目なその顔に私は戸惑いました。どうしていまさら私に言うんだろうか。彼は知らないだろうけど、私はもうすでにあなたに好きな人がいることも、それが誰かということまで知っているというのに。私は心の中で完全に失恋を連想しました。この想いは誰にも明かすことなく、この先を生きていこうと誓ったのです。山崎は好きな相手を教えてはくれませんでした。

は、俺みたいな地味な男は嫌い?」
「山崎らしくないね。マイナス思考だ」
「俺だってねぇ、恋に後ろ向きになったりするんです」

山崎は、自分はとても地味だから相手の女の子には釣り合わないと悩んでいました。普段、自分のことを地味だなんて決して口に出さない男がめずらしく弱気なので、私は戸惑い半分、あとの半分は彼を心の底から愛おしいと思いました。彼に思われている女の子はとても幸せなんだろうに、と。山崎は確かに地味で、特に秀でたものもなくて、気が付けばバトミントンばかりやっているような男でしたが、決して暗い人間というわけではなく、友達がいないというわけでもありませんでした。優しくてツッコミ上手で、彼が欠けたらこのクラスの面白みは半減するだろうと私は思うのです。彼にはたくさん良いところがあって、私はそれをたくさん知っています。それなのに彼はそれにひとつも気付かずに自分を卑下するので私はいっそ、私に好かれるくらいだから自信持って!と言いたくなりました。でもそんなのお門違いだということは痛いほどわかっていて、そんなこと口が裂けても言えないってこともわかっていて。結局私は彼に何も言ってあげられないのです。

は好きなやつとか、いないの?」
「いるよ」

口からすんなりと出て行った言葉に山崎はきょとんとしました。私もきょとんとしました。どうして言ってしまったのか、自分でわからなかったからです。そして山崎も、どうせ私にはそんな人いないだろうと予想していたのでしょう。二人で驚いた顔を見合わせていました。先に驚いた顔を崩したのは山崎のほうでした。どんなやつ?と苦笑して聞かれると、私はぽろぽろ砂をこぼすみたいに好きな人の良いところを並べだしました。自分でも驚くくらいたくさんの良いところを言って、山崎も驚いているようでした。私はたくさん知っていたのです。ずっとずっと、彼を見ていたから。私が言葉に詰まり出した時点で山崎は顔を机に伏せて情けない返事をするのです。くぐもっていてよく聞こえなかったけど、それは確か「そっかぁ」というような響きだった気がします。

が好きなやつは、すごくかっこいい男なんだね」

俺とはちがって。聞こえもしないのに、そんな声が聞こえた気がしました。全部全部、あなたのことなのにそれに気付いてもらえないのは少し、悲しいかな。それでも勇気のない私は、これは全部あなたのことなんだよ!あなたが世界で一番かっこいいと思ってるよ!なんて言えるはずもなく、ただ静かにうなずくしかなかったのです。彼はとても落ち込んでいるようでした。でもここで励ましたらいいのか、何も言わないほうが良いのか私にはわかりませんでした。だって私は、彼の恋を応援しているつもりで応援しきれていなかったから。あなたを何度あきらめようとしても、できないんです。

それからの山崎はどこか元気がなくて、私まで元気をなくしてしまいそうでした。それでも一生懸命彼を元気付けようと話しかけるのに、返ってくる返事はいつも短くて、しかも切なそうな寂しそうな笑顔なのです。私はどうしたら良いのかわからなくなって、それでも彼にそんな顔をしたままでいられるのもいやで、悲しくて、決心しました。私はある日の放課後、教室に二人きりになったのを見計らって、彼の顔をまっすぐに見つめて言いました。

「わたし、わたし山崎が好きだよ。山崎のことを世界で一番かっこいいって思ってる。本当だよ?わたし、山崎の良いところたくさん知ってる。この前たくさん言ったよ。それ、全部本当なの。わたしが好きになるくらい、わたしがこんなに良いところを並べられるくらい素敵な人なんだから、えっと、だから、自信持って」

私の恋なんて、半ばどうでもよくなっていました。毎日毎日元気のない好きな人の顔を見て胸を痛めるよりか、好きな人が幸せになって笑っていてくれたほうがいくらか楽な気がしたのです。そう、私は逃げたんです。逆に言えば、私は彼を諦めるきっかけを作ったのかもしれません。だって、ここでバッサリと振られてしまえばこの不毛な恋にもピリオドを打つことができるんですから。そう、これも逃げだったんですが。告白紛いなことを言って山崎は困らないだろうか、そればかりは心配でした。私は顔を真っ赤にしながら心配ばかりしているので、このあとの山崎の反応なんてまったく予想していなかったんです。

「俺、本当にかっこ悪い。世界で一番かっこ悪い」
「そんなことないよ、山崎は」
「好きな子の気持ちを確認してからじゃなきゃ、告白する勇気も出ないんだ。失恋するのが怖くて、失敗するのが怖くて」

山崎の言っている意味がよくわかりませんでした。私がきょどきょど不安になっていると、山崎が悔しそうな苦しそうな顔をぎゅっと引き締めて私に向き直るので私はとうとう覚悟を決めました。あ、次に来る言葉がわかった。ごめんなさい、だ。私はついに失恋しちゃうのかな。誰にも明かすものかと誓ったあの日が今では嘘のよう。あんな誓いは一週間と持ちませんでした。なんて儚いんでしょうか。こんな決意のゆるいままじゃ、実るものも実らないってことです。山崎が深呼吸するみたいに深く息を吸って、一言。

「こんなかっこ悪い俺だけど、付き合ってください」

あれ、ごめんなさいは?

「この前言った好きな人、あれのことだったんだ」
「私は山崎のことだった、けど」
「なんだ、じゃあ俺たち両思いだったってことか」

山崎は吹き出すように笑い出しました。私はまだ状況を理解できていなくて、頭からはてなマークを大量噴出中です。山崎の好きな人は遠藤さんじゃないの?思ったことがすぐに口を滑り出して、すると山崎は驚いたように何で知ってるのと言います。ほら、やっぱりそうなんじゃない。でもすぐに口をもごもごさせて、ちょっと前の話だよと言い訳みたいことを言っています。あれ、これってつまりどういうことだろう。私は山崎のことが好きで、山崎は?

「今はが好きなんです!」

人生、何が起こるかわからない。









春を誓う永遠 // 080308