正直、またかと思いました。たった今開けた扉を一度閉めてそこに貼られているシールに書かれた番号を確認して、そこが紛れもなく自分の場所だということを再認識。そしてもう一度開けて、さっきと何一つ変わらない光景にため息をついた。私の下駄箱の中に、可愛い封筒が入っていました。重苦しい気持ちでその封筒をつまみあげると可愛い字で「沖田先輩へ」と書かれているものですから、もう一度ため息をつくほかなかった。何度目でしょう、何度目でしょう!明確な数なんてわからないが、それが少なくはないことだけは確かだろう。別に出席番号が隣り合わせと言うわけではない。普通、下駄箱というのは自分の出席番号の書かれたところを使うはずではないだろうか。でもうちのクラスだけはほかとちがっていて、好きなところを使っていいということになっている。私は適当に選んだ場所だったが、その場所はなかなか運が悪かったようだ。

沖田総悟という人物のことを説明させてもらいましょう。やつは顔だけ見れば可愛いしかっこいいし、とりあえず整っているということだけはわかってほしい。キャラメル色の髪なんかあの顔にぴったりで、写真だけ見れば王子様?なんて思ってしまいそうな勢いだ。しかしやつは、王子様は王子様でもただの王子様ではなかった。ただの王子様ってなんだよというツッコミはここではよしてほしい。やつは、サディスティック星の王子様だったのです。本当ですよ?信じてませんね。本人だって認めている節あるんですから、これ確実ですよまじで。まあそんな冗談は置いておくにせよ、彼はとってもSだったわけで。クラスメイトに軽くうざがられるというか迷惑がられるというか恐れられるというか。でもそんなこと、近くにいる人間しかわかるはずもなく、外見だけを見た女の子たちはころっとだまされて簡単にラブレターなんか出してしまうわけなんだが。

さてみなさん、ラブレターってどこにいれます?普通、下駄箱だろうか。いや、私はいれたことないからわかんないけどさ!総悟に告白したい女の子のほとんどが、ラブレターを総悟の下駄箱にいれるわけですよ。でもさっきも言ったとおり、うちのクラスの下駄箱だけはほかとちがって特殊なのです。総悟のことを調べつくしている女の子はちゃんと総悟の下駄箱まで調べてラブレターをいれるんですが、調査を怠っている女の子は普通に総悟の出席番号の書かれた下駄箱にラブレターをいれてしまう。これがどういうことかわかるだろうか?総悟の出席番号の書かれた下駄箱、つまり私の下駄箱なんだが、そこにたまに総悟へのラブレターが混じることになってしまうのだ。まったく、面倒くさいったらない。

「総悟、また入ってたー」
「そうですかィ、捨てといてくだせェ」

面倒くさいって言いたくなる気持ち、わかってくれるだろうか。だってこの男、毎度毎度これなんですよ。女の子がどんな気持ちでこのラブレターをあんたに宛てたと思ってるんだ。しかし総悟がこう言いたくなる気持ちもわかるんです。毎日毎日何通ものラブレターをもらって、全部に目を通すなんてことをしていたら時間の無駄だろうとも思う。だからって読まずに捨てるのはどうなのだろうと思うけど、それをわざわざ私が突っ込むことではない。だけどさ、捨てるなら自分でしてよ!私そんな女の子の恨み買うようなこといやだよー心が痛むよー。ていうかこいつこっち向けよ、知恵の輪やってないでこっち向けよ、私が困りきってるの無視するなよ。

「お願いだから受け取ってーそしたら捨てるでも何でもあんたの勝手だからー」
「どうせ捨てるんなら、俺が捨てようともが捨てようともおんなじじゃねぇかィ」
「この人でなしー!総悟はモテるからいいけど退みてみなよかわいそうにー!人生で一通ももらったことないよー!」
「ちょっとなんで俺に振るわけ!?てかよけいなお世話だよねほっとけよォオオ!」

あ、ごめん退、聞こえてたんだ。

「もしこの中に本命の子からの手紙混じってたらどうすんの?もったいなくね?もらっとけってー」
「俺ァそもそもラブレターってもんが嫌いなんでィ。直接言いにくる勇気もねぇやつらなんかほっとけ」

むっときた、むっと。総悟の言ってる意味もわからなくはない。こういう物を通すって言うのが気に食わない人っているし。だけどさ、別に直接言う勇気がないからラブレターを書いてるわけじゃないと思うんだよね。直接だとうまく伝えられる自信がないから手紙にたくす。それっていけないこと?直接にせよ間接にせよ、おんなじくらい勇気がいるもんなんだよ、告白って。それが総悟にはわかってない。むっとして、むっときて、手に持っていた数通の手紙を総悟の頭から落としてみると、ばらばらと散らばって床やら机やらに雨みたいに降っていった。総悟は驚いたみたいに、あきれたみたいにやっとこっちを向いてくれた。

「何すんでィ」
「とにかく、渡したから」

総悟の、ばかやろう。











一種の賭けだった。総悟がいつも通り、私の渡したラブレターをすべて捨ててしまったらこの恋はきっぱり諦めてしまうことを。でも総悟が、ちらりとでも手紙を確認して私の紛れ込ませた小さなメモに気付いてくれれば、告白しようって決めていた。あーあ、わたし格好悪い。むきになって手紙ばら撒くし、総悟あきれた顔してた。なんであんな男を好きになっちゃったんだろう。でもね、そこらへんの女の子とはちがうって言い切れるよ。だってわたし総悟の顔だけじゃなくて中身もちゃんと好きなんだから。すごいでしょう。あんなドSの変態男を好きでいられるんだよ。だらだら好きでいるのにも疲れて賭けてみた今日、ちょっと後悔した。

放課後の屋上。フェンスからぼんやりグラウンドを見下ろして、結局あいつの姿を探してる。ばーかばーか、私のばーか。いいかげん懲りなさいよ。あんなやつのことを、いつまで好きでいるつもりだよ。

「あれ、じゃねぇですかィ」

び、びっくりしたー!あわてて振り返ると貯水タンクの上で寝転がっているやつの姿をみつけた。おいおい、午後の授業いないと思ったらサボってたんか。梯子をのぼって顔を出すとあくびをしている総悟が伸びをしていた。私のメモを見たから、ここにいるというわけではなさそうだ。だって本当に寝こけてたように見える、し。賭けは私の負けだったようです。まあ、いい機会だ。いつまでも不毛な恋を続けているよりはここでスパッと区切りをつけたほうがよさそうだし。はい、決めた!今から私は総悟のこと好きじゃないです好きじゃないです好きじゃない好きじゃない好きじゃない好きじゃない好きじゃ

「これからはラブレターを捨てるのはやめまさァ」
「どういう心境の変化よ、気持ち悪い」
「本当に本命からのが混じってたんで、ねィ」

好きじゃないって、いま、決めましたけど。

「で?話ってなんでィ」

ひらひらっと、私の目に見えるように揺らしている、総悟の手にある小さなメモ用紙。見覚えがあるってどころじゃない、よね。あれは紛れもなく私が総悟に宛てたもので、手紙というには簡素すぎるメモだった。小さな紙に、小さな文字を這わせた。たしか文章はこんなふうだった気がする。話があるので放課後、屋上にきてください。最後まで名前を書くかどうか迷って、結局は書かずにたくさんのラブレターにまぎれこませた。それ、どうして私のだってわかったんですか。みつけて、くれたんだ。さっき好きじゃないって決めたのに、どうして覆しちゃうかな。あんたはいつでも何を考えてるのかわかんなくて、人をいじめて楽しんで、人の予想をことごとく裏切ってくれる。いくら好きじゃないって決めても、決めても、好きだって実感してしまう自分が大嫌いだ。結局わたしはばかな女で総悟のことが大好きなんだよ!










20080314