姉上が亡くなられてから、ずっと部屋に引きこもっていたが出てきて俺に向かって言った第一声が、これだ。

「私のこと、お姉ちゃんと思っていいからね!」

目を真っ赤に腫らしながら俺の前に仁王立ちしている女は、確か俺よりも年下のはずだが。あきれて何も言えずに開きっぱなしになっていた口を閉じると、は自分の目をすそでこすって唇を噛み締めだしている。どういう、つもりだろうか。いや、こいつの気遣いがわからないわけではない。だけど突っ込みたくなる点が多すぎて、最早どこから手をつけていいのかわからない。とりあえず今まで手入れをしていた刀を鞘に収めて床に置くと、「そういうことだから!」と大きな声で言って涙をぬぐいながらきびすを返してしまう。いや、だからどういうことだよ。とっさに腕を取るとまだむっとした顔を抑えずに俺の顔をじとりと見つめ返してくる。あーあ、まぶたが腫れてやがる。そう思った矢先、また目を擦ろうとするもんだからすばやくその手を取ってみた。

「擦るんじゃねぇやィ」
「み、見ないで。お姉ちゃんは強いのです。可愛い弟に泣き顔なんて、見せ、な」

言ったそばからぼろぼろ涙をこぼしだして、必死でうつむいて震えてやがる。ここ数日部屋から顔を出さず、どうせ泣いて塞ぎこんでいるんだろうと放っておいたが、こんなになるまで。唇がかさかさに乾燥しているのがわかって、どれだけ泣いてどれだけ噛み締めたんだろうなと思うと切ない反面、温かい感情が心に流れ込むようだった。思わず強く握り締めてしまっていたの手を離し、今度はできるだけ優しく頬に手をそえると涙がとめどなく俺の手のひらを濡らす。顔を上げさせてすぐにその唇を舐めるようにキスすると、まったくの抵抗も見せずに目を瞑って涙を流している。目を閉じるのも忘れた。だって、とてもきれいだったから。

「お姉ちゃんなら、抵抗すべきなんじゃねーのかィ」
「そうご、寂しいね、さみしいね」

わああんと幼い子のように俺の胸にすがり付いて泣きつくの言葉の一つ一つがじわじわと俺の心に響いて、こっちの涙まで誘ってくる。俺だって、ほどじゃねぇけどたくさん泣いたんだぜィ。今後こんなに泣くことはないってくらい、残りの生涯分全部くらい泣いた気でいたのに、まだ出るのか。涙を見られたくなくて、の姿が切なくて、背中に手を回して緩やかに力を込めると涙はいっそう大きく泣き出した。頭に手をやったらいい香りが鼻をつく。姉上、俺は幸せ者ですね。

「だ、だめ、わたしお風呂入ってない」
「姉上は、幸せ者だ」

俺たちは、最高に幸せな姉弟ですね。









愛されるあなたへ // 080611