僕が女を殴るかと問われれば、肯定する。僕は男女に区別も差別もしてやらない。どちらも大した生き物じゃないから。僕とやつらはちがう。無駄に群れたがるやつらを見ていると、無性に腹が立つんだ。男だろうが女だろうが、僕を不愉快にさせたやつらには鉄槌を下す。それが僕の役目だと思っている。弱いからこそ群れるんだろう。女はどれもこれも全部一緒。弱くて醜い生き物だ。そのくせ群れたがる。そしてその群れの中で陰湿な、世間でいういじめというやつを引き起こすんだ。群れなきゃいいのに、まったくもって理解できない。だけど女が男とちがうのは、頭のつくりだろう。男よりも女のほうが変にずる賢いところがある。いつもは群れているくせに僕をみると、すべての人間を憎んでいるような顔をする。まったく、器用な連中だ。それを別の方面で活かしてくれればいいんだけど、そこまでの頭はないらしい。結局はみんな一緒だ。


今日もひとつの群れを咬み殺した。女子の群れ。その群れは、些か考えが足らないような女子ばかりだった。頭の悪い言い方をすれば、とろい、鈍くさい。どれも僕の辞書には加えたくないような、響きの悪いものばかりだ。気分が悪くなって、一人の女をもう一度殴っておいた。小さく「ひい」と啼く声は高く、小鳥のようだった。可愛い声で啼くじゃないか。もっと殴ってみればその啼き声を聞けるだろうか。でも生憎、あとの二人の女の呻き声が癇に障ったから僕はさっさとその場を後にすることにした。少しだけ浮上した気分をまた下落させることもないだろう。僕にはほかにもやることが残っているんだ。もう一度浮かんだ可愛い声で啼く女の顔を思い出してみようかとも思ったけど、残念ながら印象強く残っていたのは声だけだったらしく、顔のパーツ一つ、輪郭ですら思い出せなかった。所詮はあの女も、草食動物という名の僕の餌でしかなかったわけだ。


翌日、僕はまたひとつの群れを咬み殺した。男子五人の群れを襲ってから気分がよかったものの、その場に偶然居合わせたもうひとつの群れがあった。女子四人組。今日は大量収獲だね。口角をあげて、「なに群れてるのかな」と声をかけると、全員の顔が真っ青になった。少し、驚いた。僕が普段人を咬み殺すと、たいてい翌日咬殺したやつらは学校にきていない。入院する生徒が大半で、あとは僕を恐れてや自宅療養やらで、こようとしない。それなのに、昨日咬み殺したはずのある女子がその四人のうちにいて、僕は錯覚することになる。昨日は思い出そうとしても思い出せなかった女子の顔。目の前にすれば思い出せるものだ。一卵性双生児?でもあの左頬の白い大きな絆創膏は確かに昨日僕が殴ったものだった。学校へきたことは褒めてあげよう。でも学習能力がないみたいだね。昨日あんなことがあって、またすぐに群れるなんて命知らずもいいところだ。また少し口角があがった。もう一度あの啼き声を聞けるのかと思うと、こんな僕でも鼻歌を歌いたくなるくらい気分がよくなった。まあ実際歌うことなんてないんだけれど。


「また可愛い声で啼いてくれるのかい?」


気付けば声をかけていた。僕より拳ふたつ分ほど背の低い彼女の前に立って。彼女の顔は真っ青だった、こっちまで気分が悪くなりそうなくらい。だけど僕の気分は逆に向上するばかり。ああ、どうしてこんなにも楽しいんだろうか。ほかのやつらはもうすでに地面に転がしてある。あとは君だけ。絶対的な恐怖にさらされる顔というのは、どうしてこうもそそるんだろう。僕の色々な欲を駆り立ててしょうがない。新しいものを見るような、喜びやら好奇心やらがふつふつと浮かんでくるのがわかる。君みたいな絶好のターゲット、今まで見つけたことがなかったよ。僕はわざと、ゆっくりと腕を上げた。


また翌日のことだ。僕の気分はいまだ浮上したままだった。彼女の顔はもうすでに覚えた。忘れられないくらいに彼女のことを考える。昨日聞いた声は、一昨日よりもはるかに強く頭に残っている。聴覚に気を集中させてわざわざ一人の人間の声を記憶するなんて、まったくもって僕らしくない。こんなことは初めてだったけど、あえて考えないようにした。それよりも考えることはたくさんあったし、調べることもあった。応接室で今日の仕事を済ませ、彼女の教室へ出向こうと廊下を歩いていたときだった。彼女の教室から、一人の人間が飛び出していった。これからまだ授業があるというのに、どういうことだ。トイレは別方面だし、走るほどの元気があるんだから体調不良ということはないだろうし。何にしても好都合。今飛び出していったのはお目当ての彼女だったんだから。早足に彼女を追いかけると、どんどん上へ駆け上がってすぐに目的の場所がわかった。屋上は一般生徒立ち入り禁止になっているはずだけど。また、口角が上がった。好都合だ。誰もこない場所のほうがいい。それにもうすぐ始業のベルが鳴る。そうすれば誰もこなくなるだろうし。ゆっくり話もできるというわけだ。屋上の重い扉を開けば、空の青が視界に広がった。そのすみで動く小さな影。 ほら、捕まえた。


「何してるの?もうすぐ授業がはじまるけど」
「…知ってますよ」


最初、目を見開いてあからさまに驚いていた彼女は、ゆっくりと表情を戻して声を発した。普通の声ははじめて聞いたけど、耳をくすぐるようなその音に惹かれた。昨日までのように顔を真っ青にしたりはしないのか。ちょっと残念なような、嬉しいような、よくわからない気持ちを抱えたまま僕は彼女に近付いた。一歩目に僕が歩いたとたんに同じく一歩後ずさったくせに、二歩目からはその場にじっと踏みとどまっている様子がおもしろかった。ごくり、生唾を飲み込むような仕草がわかって、緊張がこちらにも伝わってくるようだ。


「昨日みたいに震えないの?」
「殴りたいなら、殴ればいい」


瞳は微かに揺れていて、確かに恐怖を感じているくせに、それを感じ取らせないようにじっと堪えているのが手に取るようにわかる。僕の質問を無視するなんていい度胸だ。声に出して笑いたい気持ちをぐっと抑えて、小さく「へえ」といって首を傾げれば、体を強張らせて目を強く瞑って。強がりなんて得意でもないくせに、そんなふうに僕を煽って楽しいかい?もしかしたら君はそれが狙いなのかもしれないけど、今日はそんな気分じゃないんだ。


「群れていないものを殴る趣味はないよ」
「変わった、人」


ゆっくりと目を開けて、ずいぶんと失礼なことを言うじゃないか。そんな言葉を直接いわれたのは初めてだよ。


「どうしてこんなところにいるの?」
「…雲雀さんのせいですよ」
「へえ」
「雲雀さんのせいで、変な噂がたって、それで」
「集団いじめにでもあった?」


ばつが悪そうな顔をする。知っていたよ、君がここにきた理由なんて簡単に想像できる。二日も連続で僕に襲われれば、馬鹿な草食動物たちでも疑い始めるだろう。もしやあの、一見普通そうに見える女子は、雲雀に恨みでも買っているんじゃないだろうかと。そうなれば、関わらないのが一番だろう。痛い思いや都合の悪いことからはできるだけ逃げたいと思うのが普通の人間の思考だろう。普段僕が咬み殺すとその人間は植え付けられた恐怖から、数日は大人しく一人で生活するようになるんだよ。もう一度襲われることを恐れてね。それなのに、君はちがった。君だけがすぐにまた群れようとした。そんなときに僕に見つかったのが悪かったね。


「君って懲りないの?」
「…一人が、嫌なんです」
「ワオ!僕の大嫌いな草食動物だね」
「嫌いなら、殴ればいいじゃないですか」


つぶやいた小さな声も、僕の耳に届いていた。本人はそんなこと露知らず、ふらりと視線を漂わせていた。いつもの僕なら、そう言われたら容赦なく殴っていただろうけれど、今はそんな気分じゃなかった。フェンスの向こう側、青い青い空に向けられた視線が、どこを見ているのかわからないようなその瞳に、ぞくぞくした。


「普通がよかったんです。人気者でも、いじめられっ子でもない、普通の立ち位置」


人気者といじめられっ子というのが、果たして対義語になるかが引っかかったことは、とりあえず置いておこう。確かに目の前に立つ女子生徒は、特別美人というわけでも、特別不細工というわけでもない。平々凡々、まさにこの学校名のような顔立ち。ああ、だから僕は惹かれているんだろうか。


「一人が嫌というのなら、僕がそばにいてあげようか」


割りと本気で言った一言に、彼女は顔をゆがめて、苦笑しながらこういった。



「そんなの、よけい孤立しちゃうじゃないですか」






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20070328