トントン★



は、いや、トントン?私は顔を上げて目の前の扉をながめて首をかしげた。えっと、え?今のトントンって音はやっぱり私の目の前にそびえるこの扉を叩いた音なんだろうか。トントン。もう一度、この狭い空間にその音が鳴り響く。やっぱり間違いない。私は腕を伸ばしてこちらからも扉を叩いた。トントン。さっきよりも低く感じる音がこの空間に広がる。間を置かずにまた音が響いた。トントン。はい?え、えっと、私は今のトントンで中にいますってことを証明したんだけど、どうしてまたトントンされてるんですか。というかまず電気ついてるし鍵しまってる時点で入ってるの気付きません?えっと、お食事中の方がいたら申し訳ございません。あまり言いたくはないですがここはトイレなんですよ。トイレの中で、まあいわゆる私は用をたしているわけなんですが、え?


「は、入ってます」
「わかってます」


おかしいだろう!?明らかにその返事はこの場では適しておりませんよ!?入っているのを理解しているくせに扉を叩き続けるとはどういう意味ですか!?というか、声でわかった。声を聞かなくてもこんなことをするのは一人しかいない。無視するに限ると思って、心の中で小さくため息をついて扉から視線をはずした。トントン。うん、しつこいな!


「骸さん、これって犯罪じゃないでしょうか」
「法律など愛の前では無効ですよ
「これのどこに愛を感じろと?」
「小さな子供が母親をトイレまで追いかけるでしょう。それと同じです」
え、どこが同じ?


愛らしさとかって言おうとしたのがむかついて扉をドンドンとわざと大きな音を立てて叩いてみた。入ってます、どっか行け。低い声を出してそういうと、静かになった。でも足音が遠のいたわけじゃないからきっと、まだそこに、いるんだろうか。外で音を聞かれているかと思うと、どうにも動けなくなる。なんだか何をするのも恥かしくなるというか。というか本当に、トイレは、勘弁してほしい。ある意味お風呂入ってるときにいきなり突撃されるのより恐い。いや、うーん、お風呂も勘弁してほしいけどさ。トントン。音が響く。タフだなおい。どうして懲りないのあの人。ていうか普通の女の子なら羞恥で泣き出すんじゃないだろうか。いや私もできることなら泣いてしまいたい。早く出て行きたいけど今外にはやつがいるからいやだ。どこでもドアとか出して今すぐ遠くへ逃げ去りたい。ああだめだ、なんかやつなら追ってきそうな予感がする。


「なんですか」
「開けてください」
「どうしてですか?」
の顔を三分見なくなると僕は心臓発作で死んでしまうからです」
「ああ、死んでしまえばいいと思います




30分経過★




私も、かなり馬鹿だと思う。トイレに立てこもって早30分。私は何をしているんですか!なんて無駄な時間だろう。トイレに閉じこもるなんて。だけど、目の前にいるこいつもこいつだと思う。どうしてもここから離れようとしないから、私はなんだか意地だの恥じだので出られないし、今ならもう土下座してでもいいからここから離れてほしい。さっきからたまにトントンしてきて声かけて私が毒づいて、またちょっとしてトントンして声かけられて毒づいて。繰り返しているのがいいかげん、疲れた。トントンも声も無視してみれば、ドンドン叩きだしてどうしたんですか何かあったんですか!?って騒ぎ出して、犬ちゃんや千種までかけつけられてはもう私はここから二度と出られなくなりそうな気がしてくるし。ああ、あのときは変な汗かいたよ。もう無視は通じないから、地道に返事しているけど、もういいかげん疲れた。ここから出たい。ちょっとのどかわいたし。そういえば、骸さん静かになったな。骸さんも疲れたんだろうか。骸さん?ここへきて、はじめて私から声をかける。


「骸さん、いますか?」
「ええ」
「…(声が元気ない)」


疲れたんなら、そこをどけばいいのに。私はもうとっくにパンツをはいてしまっているし、出る準備は整っているのに、なぜだかもう出るタイミングもわからないしどうしたらいいのかわからないし、お互いに疲れているならもう何も言わずに私が出て行けばいいようにも思えるし、骸さんがあきらめてさっさとリビングへでも帰ってくれればいいようにも思えるし。でもお互い動かないのが変に頑固というか。うん、とにかく私たちはくだらないなぁ。自分から折れるのはどうにも気に食わないけど、お腹も空いてきたし、ここにいるのも正直つかれた。といれという狭い空間は人を追い詰めるものだ。何より暇。暇は人を殺す。だからといって骸さんとおしゃべりする気にもなれないし。ていうか早くここからどいてください骸さん。扉の鍵に手をかけたときに、、という声がした。


「なんですか、骸さん。私はもう疲れました」
、僕は君に嫌がらせしたいからここにいるわけではないんですよ」
「どう考えても嫌がらせにしか思えないんですけど…」
「急に、不安になってしまったんです。がどこか遠くへ行ってしまうような気がして」
「へえ」
「冷たいですね」
「嘘でしょう」
「ええ、ばれました?」
「本当の理由は?」
「単に寂しかったからですよ」


この人は、妙に可愛いときがあるから困るんだ。嘘でしょうとか言ったものの、きっと嘘じゃないんだろうなとぼんやり思って鍵にかけた手を下ろした。トイレに行く間も待てないような、追いかけてきてしまうようなこの奇妙な男を可愛いだなんて思うんだから私も相当おかしいと思うんだけど。出て行けばいいのに、なんだかよけい出づらくなってしまった。これ、いつまで続くのかなぁ。そろそろ、扉の前にいる奇妙な男を見て、触れたいと思った。きっと少し寂しそうな、優しい笑顔を浮かべて迎えてくれるんだろうな。



「はい」
「出ておいで」


お互い小さな子供のようだと思った。



ガチャ★