卒業式、です。いっぱい泣いたあとでした。そして校舎を出てみんなで写真を撮りあったり、わいわい笑いながら泣きはらした顔で、最後 とは思えないような笑い声が空に響いていて、散々泣いたせいか私の心と頭は妙にすっきりとしていた。そして、私の最後の決心。卒業式 に絶対やるって決めてることが、あります。うちの制服はブレザーだから普通はもらわないものなのかもしれないけど、なんとなく、ほし いんです、第二ボタンが。山本の、第二ボタンが。意を決して山本を探してみたら、山本と仲の良い沢田と獄寺に山本の居場所を聞いて みたら、さっき野球部の後輩に呼ばれていったといわれて、とりあえずお礼を言ってクラブハウスに急いだ。野球部の後輩がちらほらいる 中で、山本の姿だけは見えなくて、勇気を出してどこにいるのか聞いてみたら、後輩の女の子に呼び出されて裏にいったという。そのとた んに、頭がひやりとした。告白、だろうな。あんなもてる人が今日告白されないわけがない。わかりきったことなのにどうして気付かなか ったんだ!少し恐いような気持ちを抱えてクラブハウスの裏へまわってみたら、ちょうど女の子が二人私の横を走り抜けていった。あ、も う終わったんだろうか。片方の子が泣いているのが見えたから、きっと、期待していいよね?


「え」
「ん?」


裏をのぞいたら、ちょうどこっちに向かって歩いてくるところで、山本が見えた瞬間にきゅんとして、それからすぐにショックを受けた。 すぐに目に入ったのは三つあるボタンの真ん中が、ない。真ん中、つまりは第二ボタン。落としたとかじゃないでしょう。真ん中だけを なくすなんてそんな器用なこと、どうやったらできるっていうんだ。第二ボタン、もう、なくなっちゃったのか。


「どうかしたのか?」
「第二ボタン、誰かにあげたんだ」
「ああ、さっきのやつらが記念にボタンだけでもって」


山本の笑顔が、憎かった。山本は意識してなかったかもしれないけど、実は私と山本って、三年間同じクラスだったんだよ。一年生のとき から好きだったの、山本、知らないでしょう。知っていたからって何かあったわけじゃないと思うけど、私はあなたのことをずっと見て きました。三年という月日はあまりに大きい。三年間、あなたしか見続けていなかったから、これからあなたを見られない生活が始まるか と思うと、少し不安だったり。なんでだろうなあ。二年生のとき、二週間だけ同じクラスの女の子と山本が付き合ってるって聞いたとき だって、こんなにつらくはなかった。私はあなたのお母さんでも気取っていたんだろうか。いや、ちがうよ。これはちがう。母性がまじ っていたのかもしれないことは認めるけど、私はちゃんとあなたを一人の男の人として見て、見て、見続けて、本当に好きだった。第二 ボタンがほしいと思った。でも、告白なんてできるはずない。そんな勇気は私にはないんだから。でも、だからといって、ほかの女の子た ちに負けないほど山本を好きだった。


「ほしかった?」
「ああ、うん、えっと」
「どっちかでいいならやるぜ?」
「だめだよ、一番上と一番下は悪い噂があるの」
「どんな?」
「一番上は喧嘩売ります。一番下は喧嘩買います」
「なんだそれ」


馬鹿にするみたいに笑う笑顔。ああ、かっこいいくせに可愛いって、ずるいよなあ。私もこんなふうに、どこかひとつだけでも魅力があれ ば、山本に好きになってもらえた?山本と付き合うなんて私には無理だよ。つりあわない。って思ってるけど、やっぱり想像はしてしま う。望んでしまう。しょうがないでしょう。だって好きなんだ。もし、もし私が山本と付き合ったらあんなとこ行きたいな、こんなこと したいな、思うだけは自由だもん。昨日までは第二ボタンをもらうことばかりを目標にしていた。その目標が今、崩れて、私はどうすれば いいのかわからなくなってる。最後なのにな。同窓会とかはじめのうちは頻繁にやるのかもしれない。でもそれもだんだんなくなってい って、いつか連絡をとらなくなって、忘れる。忘れられちゃうのかな、そう思うと、とてつもなく寂しくなって、忘れさせたくなくなる。 だけど私はどうすればいいのかわからない。嘘だ、わかってるくせに、する勇気がないから、わからないふりをしている。ずるい、私。


「なあなあ、なんで第二ボタンなの?」
「心臓に一番近いからだよ。心臓、つまり相手のハートに一番近いボタンをもらったら、相手のハートを手に入れたような気分になれるんだって」
「なるほどな」


ああ、みんなもう帰っちゃったかな。なんだか寂しい卒業式になっちゃった。いや、卒業式って普通は寂しいものだけど。なんていうか、 昨日考えていた計画によれば、帰りは山本からもらった第二ボタンを握り締めてスキップしながら帰り道を歩くっていう。いや、スキップ はうそかもしれないけど、あこがれていた。山本なら快くいいぜ!とか言ってくれるような気がしていたから。今ではその気さくさが憎い です。だって、そのノリの良さでさっきの後輩の女の子に第二ボタンあげちゃったんでしょうから。ああ、私って醜い女だなあ。自分が 勇気のないことをぼやかして、相手ばかりを責めて。だから山本に振り向いてもらえないんだ。私の性格が、悪いから。


いつまでもここにいたい。山本と二人で向き合って話をできるのはこれで最後かもしれないから。時間が止まればいいのに。私からは 言わない、きっと。そろそろ帰ろうかの一言を私は絶対に言わない。山本が「そろそろ帰るか」って言うまで帰るもんか。できることなら 帰りたくない。いや、帰りたくないというか、帰れないというか。すっきりしないまま、私の学校生活は終わってしまうんでしょうか。 よし、よし、頑張ろうか。というか、頑張れよ!告白、くらいしないと、すっきりできないでしょう。すっきりなんて一生できなくても いいって思ってたけど、いいんだろうかって思えてきた。自分をちょっとほめてみて、それから小さく息を呑んだ。



「ねえ、やまも、え?あ、呼んだ?あれ?」
「ボタンはねえけど、さ」
「え?」
「ボタンのかわりに俺のハート、いらないですか」


おかしな話です。普通はハートのかわりに第二ボタンをもらうのに、第二ボタンのかわりにハートをいりませんかって。私は山本の第二 ボタンがほしかったんだろうか。第二ボタンをもらって、山本のハートを手に入れた気になりたかったんだろうか。そんなの、なんてずる んだ。結局は、私は山本のハートをほしがっていたくせに、それを補うために第二ボタンをもらおうとするなんて。ずるいなあ。ハート、 いらないですか。いらないわけないじゃないですか。私はずっと、あなたのハートがほしかった。


「ていうか、俺のハートはだいぶ前にお前に奪われてんだけどよ!なんて」


知らなかった、山本がこんなにもクサい言葉をいえる男だったなんて。ちょっと照れたような顔が、私をわからなくさせる。





オレンジ


200705011