映画みたいな恋がしたい。運命的な出会いをして、波乱万丈な生活を送りつつ、最後にはハッピーエンドでキスをする。そんな、映画みた いな恋がしたい。私がこんなことを思うのにも、理由がある。私は今までの彼氏にあまり、恵まれていない。


はじめての彼ができたのは中学一年の夏だった気がする。元気で明るくて、ちょっと悪ぶってるいわゆるビジュアル系で、どこがよかった のかわからないけど告白されて付き合いだした。興味本位、好奇心というのは恐いものである。付き合いだしてみれば、驚くことばかりで 戸惑った。デートに誘われたかと思えば夜遅くまで町を連れまわされ、自分に似合う服だの髪型だのに散々付き合わされた。いわゆる ナルシストである。戸惑いつつも、付き合っていくとやつは若いせいかはしらないけど妙に盛り出した。付き合いだして二週間だというの に私を押し倒したときは急所を蹴り上げて逃げ出したことだ。中一、若い、好奇心で手を出したくなる気持ちもわからんでもない。だけど やつが私を押し倒して言ったセリフがどうも気に食わなかった。やつは私に向かってこういったんだ。


「童貞歴なげぇとかっこわりいじゃん?」


私はお前の体裁やら世間体やらのために付き合ってんのかい。やつにとって女というのは道具、良く言えば装飾品だったのだ。ひどい男。 そういってしまえばそこで終わりだが、彼はまだ若かった。私と別れたあと、派手だけど可愛いミカちゃんと付き合ってさっさと童貞を 卒業したらしい。それからミカちゃんは一ヶ月経たずにふられたらしい。なんてあっけない。ミカちゃんをかわいそうとは思うけど、若さ ゆえに仕方がなかったんじゃないかと思ってしまった。自分でなくてよかったと後から思ってしまうのは、やっぱりずるいだろうか。


二人目は中学二年の冬、相手はひとつ上の学年の先輩だった。優しくて、物腰が柔らかで、とても素敵な人だった。先輩は図書委員で、 先輩に会いたいがために図書室へ通ったものだ。今となってはそれもいい思い出。先輩が受験を控えているということで、なかなか会えず に寂しい思いをしたものの、メールだけは毎日欠かさずにしていた。そしてある日、初デートのお誘いがきて、るんるんで出かけたもの だ。いつもより気合を入れて髪型や服装を選んでいった。期待通りというか、デートはとても素敵なものだった。博識な先輩は私を 楽しませてくれたし、エスコートなんかも中学生とは思えないほどしっかりしていて、年上の人はやっぱりちがうと感激したのを覚えてい る。ただ、タイミングが悪かった。デートの帰り道に、先輩のお母さんと遭遇した。そのとたん、隣にいた先輩は走り出したんだ。 「ママ!」と声を上げて。ママ?驚いていると、先輩のお母さんと目があって、私はあわてて頭を下げた。先輩はうれしそうにお母さんの 腕にしがみついている。どういう、光景だこれは。


「カズちゃん、だあれ?あの子」
「後輩の子だよ。でもだめだね、ママみたいに素敵な女の子はなかなかいない」


なんですと?なんと先輩は過度のマザコンだったらしい。あとから女の先輩に話を聞いてみると、付き合っていた先輩のマザコンは3年生 の間では有名な話で、ルックスはいいけどそこだけネックで誰も女の子が寄り付いてこなかったらしい。だから最初彼女ができたと聞い て、どんな物好きがあらわれたのかと3年の間で噂になったらしい。いやはや、恥ずかしい話である。それから先輩からメールが着たことは あったけど、返した記憶はない。だめと言われて付き合い続けるエムでもないし、あれだけ過度のマザコンをみて、私は少し戸惑ってしま った。お母さんを大切にするのはいいことだけど、恋愛対象としてみてはいけません、決して。


と、まあ、こんな感じで男性経験を語ってきましたが、実は高校二年生になるまでファーストキスはまだでした。私が今までに付き合った 男性は上にあげた二人だけではないんですが、まあ面倒なので省くとしよう。今の彼氏を合わせて5人?と今まで付き合ってきたけど、キス をしたのは今付き合っている人がはじめてだ。これまでの人たちはキスをする前に別れている。今を省いて、今までで一番長く続いたのが 一ヶ月というのは、どうなんだろう。私は見る目がないんだろうか。そして今付き合っている彼氏も、そう長くは続かない気がする。 だって、相手がこの人なんですから。雲雀恭弥。中学のとき同じ学校で、だけど同じ高校に入って、まさか自分の恋人になるなんて思って もみなかった。だけどそれももうすぐ終わってしまう気がする。今までは私がふってきたほうですが、今回は、ふられてしまいそうな気が する。なぜ?わからない。でも雲雀はとても気まぐれで、私なんて気分で捨てられてしまいそうだと思うから。雲雀が私と付き合ってくれ たのだって気まぐれだ。捨てるのだって気まぐれだろう。だったらいっそ、私から振ってしまえばいいくせに、それができないのは、ほれ た弱みというやつである。私も相当ものずきだ。


「映画、なあ」
「見に行きたいの?」
「どちらかといえば、見たくない」


誰にも言ったことはないが、私は結構夢見がちなほうである。だから映画みたいな恋がしたいと思うし、少女漫画にでてくるような男の人 と付き合いたいとも思う。雲雀はある意味漫画にでてきそうな男の人だけど、なんていうか、現実はそんなに甘くないというか。いや、逆 に甘いんだ。漫画の中ならもっと、毎日大変そうだなと思ってしまうくらい何か事件に巻き込まれているくせに、現実はちがう。日常が あっけないほど簡単に過ぎていってしまう。たまに事件が起きたかと思えば、すっきりした解答なんて知ることもなく時間がすべてを忘れ させていってしまう。なんてつまらない日常だ。だからこそ愛おしいと思うものの、味気ないような気がしてならない。なぜなら人間とい う生き物ほど、スリルを求める生き物はほかにないからだ。なんて、ちょっと理論的なことを柄にもなくいっているけど、そんな理屈じゃ なくて、ただ単に退屈なんだ。雲雀に満足していないわけじゃない。私の人生に満足していないだけ。高校生が、人生を語ってしまった。


「雲雀はどうして私と付き合ってるの」
「なんとなく」
「知ってる」
「じゃあなんで聞くわけ」
「なんとなく」
「真似しないでくれない?」
「雲雀」
「なに」
「退屈は人を殺すね」
「ワオ、弱い生き物は大嫌いだよ」


雲雀だって、退屈だったから私と付き合ってるくせに。わかってる。だからきっと、雲雀が私と付き合っていても退屈と感じたら捨てられ てしまうんだ。わかっている。だからこそ、雲雀を退屈させないようにしなくちゃって思うくせに、何も浮かばないのは私がとても ちっぽけな人間だからだろうか。どうしよう、雲雀がもしほかの退屈しのぎをみつけて、私をぽいと捨ててしまったら。そうならないため にも、やっぱり私は雲雀を退屈させないように何かしなくちゃと思うくせに、むしろ私が退屈で何かしてほしいくらいだ。こんな女、私が 雲雀でもお断りだな。いやだな、こんなふうに思われて、捨てられていくのかな。


「退屈」
「どこか行く?」
「雲雀から誘うなんてめずらしいね。でも、どこへ?」
「映画でも見に行く?」
「ラブストーリーはいやだ」
「なんで」
「みじめになるから」


急に泣きたくなった。なんだかんだで、17年が経ってしまった。私の人生はあと何年だろう。私はこの17年間なにをしてすごしてきたんだ ろう。大して雲雀を楽しませることもなく、捨てられていくのかな。なんて無駄な17年間だっただろう。もうちょっと有意義な使い方が あっただろうに。時間はあっという間に過ぎていく。結局、最初の彼氏のシンくんだって二人目のカズフミ先輩だって、私の配慮しだいで どうにでも変われたんじゃないのかな。私はさっさと見限って捨てていくばかりで、とても傲慢で、とても贅沢だ。いつまで経っても成長 できない。雲雀を楽しませてあげられないこんな記憶や経験は、全部いらないよ。もったいない17年間を過ごしてきたなあ。こんなことな ら最初の彼氏のシンくんとさっさと初体験を済ませておいて、雲雀に大人ぶった顔でセックスの仕方でも教えてあげればよかったんだろう か。ああ、でも、雲雀のほうが詳しそうだな。なんでも、知ってそう。いやだ、そんなの。雲雀でなきゃいやだよ。私はそれでもシンくん と初体験をしなくてよかったと思ってる。後悔するような初体験はいやだ。全部、楽しいことも悲しいことも、知らないことも知ってるこ とも全部、これから雲雀としていきたいのに、私はこの17年間を、どうやってすごしてこればよかったの?


、なんで泣いてるわけ」
「ひばりにすてられちゃう」
「どうして」
「わたしはなんにもできないから」
「なにが」
「ひばりをたのしませてあげられない。たいくつにさせちゃう」
「僕が楽しいか退屈かなんて、が決めることじゃない」


そして、ちゅうってゆっくりキスをする。優しいキス。ほかの人としたことなんてないから、比べようがないけど、雲雀のキスはとても 上手で、温かい。こうされると私はどうしようもなくうれしくて、切なくて、胸がきゅうって熱くなる。ただ口と口が触れ合っているだけ なのに、こんなにぽかぽかするのはなんでだろう。雲雀はキスが上手だから?ううんちがう、雲雀が相手だから。好きな人と触れ合ってい る場所は、とてもとても熱くて、雲雀は容赦なく私をもっと熱くさせる。舌をもぐりこませて、どろどろに溶けてしまいそうなくらいに 熱い。でもそれはやけどするみたいに痛いんじゃなくてむしろ心地良い熱さで、とにかく表現ができない。


「僕が君を楽しませてあげるよ」


映画みたいに素敵な恋はできないけど、映画に出てきそうなくらい素敵な男の子がいて、私のそばにいてくれるんだから、これ以上幸せな ことがこの現実にあるだろうか。いや、ない。とりあえず私がこの先、雲雀の急所を蹴り上げなかったことだけは、事実であるわけで。