ずっとずっと、好きな先輩がいた。俺が高校入ってすぐに野球部に入部したとき先輩は二年生で、男子野球部のマネージャをやってい て、笑顔が可愛くて、明るく強がりなくせに泣き虫な先輩に、俺は恋をした。俺が入部する前からなのか、後からなのかは知らねえけど 先輩が部員から人気があったのは確かなことで、俺はちょくちょく嫉妬心を燃やしつつも、自分は結構いいポジションについているとい うことで少しだけ優越感に浸っていたと思う。誰とでも話せるこの気さくな性格が役に立って、一年の中では誰よりも早く先輩に名前を 覚えてもらえたし、誰よりも早く仲良くなれたと思っている。もうひとつ幸いなことがあった。それは先輩の電車の方面が俺と同じだっ たことだ。だから部活が終わって、俺も先輩も都合が悪くないときはなんとなく一緒に帰る雰囲気になって、一緒に定期を改札に通し て、みょうに空いている電車に乗り込んで。その間、俺はとても特別な気分になれた。先輩と二人きりになれる時間なんてほかになかっ たし、二人になると少しだけ先輩がおとなしくなるのが目に見えてわかって、それがまたうれしかった。俺をちゃんと男として意識して くれてんだなって思うと、心臓がやけに速くなった。


幸せだった、ささいなことだけど。この幸せが続けばいいと思った。だけど、もっと近づきたいと思っていたのも事実で、だけど俺はなか なか手を出すことができなかったんだ。振られることが恐くて。自信がなかったわけじゃない。告白したことがなくて、勇気がでなかった というわけでもない。なんだろう、なんていうか、今の関係はあまりに居心地がよすぎた。どちらから告白なんてしなくても、なんとなく お互い意識しだして、いつの間にか付き合っている。それが俺の一番の理想の状態だった。でも、現実はそんなに甘くないんだ。


「武くん、あのね、内緒だよ?」


部室で先輩が片づけをしているのを付き合っていた。ほかの部員はもうとっくに帰っちまって、だけど俺は先輩を待つ。もうすぐ完全 に暗くなるから、先輩ひとりじゃ危ないってことを理由に、待ってるんだ。一緒に帰れるってことを期待して。先輩はマネージャの 仕事を文句ひとつ言わず、いつも楽しそうにこなしていく。そんな姿を見ているのも好きだった。砂まみれになったユニフォームを、同じ く砂まみれになりながら楽しそうに洗う姿も、みんなが帰ったあとにこっそりホームから一塁、二塁、三塁、そしてまたホームまでを楽し そうに踏んで走り回る姿も、全部、大好きだった。部室で二人きりだというのに、俺は何もせずにベンチに座って先輩がボールをひとつ ひとつ丁寧に磨くのをただ見ていた。隙だらけな先輩が愛おしくて、俺はずっとここで二人で、何もせずに暮らしていけたらいいのにと くだらないことを思っていた。
可愛く小首を傾げ、少し赤い顔でこっちを見てくる姿は、正直、直視できないんですが。にこにこした顔を引っ込めずに「ん?」って俺が 言ったら、先輩はちょっと恥ずかしそうに口を開く。


「今日、ね、田北くんに告白、されちゃって、さ。付き合うことに、なりました」


今日から一緒に帰ることになって、今待ってもらってるんだ。だから今日から一緒に帰れなくなっちゃうの。ごめんね。
よく動くその口を、ふさぎたくてしょうがなかった。どんな方法でもいい。それ以上、なにも言わないで。気付けば立ち上がっていて、そ れがあまりにも勢いがついていて、そばにあったたくさんの野球ボールの入ったかごがひっくり返ってしまった。あんまり弾まないボール がぽんぽん跳ねるのをみて、俺はこれから何をするんだろうとぼんやり思った。先輩があわてて立ち上がって、ボールをひとつずつ拾お うとするのを先輩の腕をつかんで阻止した。びっくりしてまんまるくなった先輩の目が可愛くて、憎らしかった。すぐにロッカーに体 を押し付けると、あまりに簡単に押さえ込まれてくれて、無防備すぎる先輩が悔しくなった。いつもはその無防備さが愛おしく思えるっ ていうのに、おかしいな、今日はなんでだろ、むかついてしょうがねえんだよ。


「たけ、し、く」


最後の「ん」は言わせてやらなかった。とにかく声を、出させたくなくて、口をふさいでしまいたくて、俺は先輩の唇に噛み付いた。 やわらかすぎる唇に腹が立って、すぐにべたべたになるまで舐めまわしたら、先輩が俺の腕を押して必死で抵抗しようとする。そんな 程度の力じゃ、男はびくともしませんよ、先輩。小さな抵抗が逆につらかった。ここで思い切り突き飛ばしてくれるくらいの力、ないん すか。口内に入り込んだ俺の舌を噛み切ってやるぞくらいの勢いは、ないんですか。ただ俺の舌に翻弄されてびくびくと体を震わせる 先輩の体がいやらしくて、俺を扇情する。わざとなのか?それ、全部わざとなのかよ。めちゃくちゃに暴れたらそのうち声まで漏れ出し て、俺は散々とめたかった声を逆に出させているんだからおかしな話だ。先輩の抵抗なんて、もうないに等しいくらいで、本当にいやな ら抵抗してほしいのに、してくれない先輩はひどいと思った。先輩が悪い、俺が止まれないのは、先輩が止めてくれないから。俺は 正直泣いてしまいたかったんだと思う。でも、どうしたらいいのかわからなくて、もがいてみただけだ。


口を離してやったら、涙目で俺を見上げてきて、それがどういう意味なのかもうわからなくなって、頭がくらくらした。結局あなたは俺を どうしたいんだ。先輩が目を細めたら、ぽろっと目から涙がこぼれて、それから二回だけ、首を横に振った。荒い息が漏れる口が俺の 唾液でべたべたで、ああぬぐってやらなきゃなあって思ったのに、次の瞬間俺は視界が真っ暗になった。なんでかって、それは俺が先輩 の首に顔をうずめたから。こんなことしたいんじゃない。優しく抱きしめてやりたいだけなのに、どうしてこんなことになっているんだ。 そう思うくせに、先輩の首からは、髪からは、とてもいいにおいがして、それがまた俺を魅了する。誰か助けてください、俺はどうなっ てしまったというんでしょう。手が勝手に動いた。手が勝手にうご、く。手が先輩のジャージをまくって中に入り込む。体操服の感触が して、それもめくって中に手を入れたら素肌にふれて、お腹さわっただけなのに先輩はびくってなって、涙がぼろぼろこぼれて、顔が 真っ青になった。そんな先輩がかわいそうで、俺はできるだけ優しく優しくキスをしてやる、何度も何度も。でも手はとめない。上へ 進んでブラジャーの下にもぐりこんで胸を揉みだしたら先輩の目からかわいそうなくらい涙がこぼれて、そのまま目もこぼれ落ちてしま うんじゃないかと心配になった。


「たけしくん、やめよ、ね、あやま、る、から」


何を?先輩は今どんなふうに考えてるんだろうなって思っていたら、なんだかよくわからない言葉を言われた。あやまる?どうして。 先輩は何か俺に悪いことをしたっていうんですか。してないだろう。どっちかといえば、謝らなきゃいけないようなことをしているのは 俺のほうで、それがわかっているくせに手を動かし続ける俺は鬼だろうか。ああ、わかってるんじゃん、俺。自分が悪いってわかってるく せにさっきから先輩が悪いみたいな言い方ばっかしてる。ひどい男。わかってるくせに、やっぱり手は止めずに、逆にどんどん進めて いくんだ。胸をさわる手と反対の手をジャージの上から太ももを撫でたら電気がついたみたいに暴れだした。俺とロッカーに挟まれている 体をねじって逃げようとするのを口を口でふさいですぐに舌を差し込んで、さっき以上に暴れまわったら先輩の膝ががくっと崩れて俺は あわてて先輩の腰を支えた。呼吸が不規則で、ひっひっはっは、先輩は忙しそうに胸を上下させる。腰をがっちり支えながら足に手を 這わせたら先輩の体がびくびく震える。痙攣するみたいに震えて、かわいそうなくらいだ。ジャージの中に手を入れたら、先輩はがっ しり俺の腕にしがみついてきて、もう嗚咽を隠そうともしていなかった。パンツを無視して中に入って、上からなぞっただけで腰が砕け そうになってる。ああ、よかった、はじめてなんだ。それになんだか安心して、できるだけ優しく撫でるのに、ぜんぜん濡れてこないのが 心配になった。ちょびっとだけ間に指を割り込ませたら、とたんにぬるっとしたものが少しずつこぼれてきて、それを指に絡めて出したり 入れたりしてみた。大して指を動かしていないくせになんだか疲労感が激しいのはなんだ。

「ひっ、や、こ、こわい、よ」


片方の手で頭を撫でてやったら、腕にしがみつく力を強めて、ゆっくりと息をしている。ああ、俺のジャージが涙でべたべただ。そう 思ったら急にかわいそうになってきて、だけどどこでやめていいのかもわからなくて、俺はまた泣きそうになった。ゆっくり指を奥に進め ると、先輩の背中がふるふる震えた。できるだけ痛くないように、指を出し入れ出し入れしていくと、先輩はだんだん声が大きく なっていって、俺は目の前が白くなっていくみたいだった。興奮するかしないかと聞かれれば、するに決まってる。それなりに俺の下半身 は大変なことになっているし、だけど俺の心は今すぐこの指を抜いて先輩を思い切り抱きしめて、謝りたい気持ちでいっぱいだった。 べたべただった。先輩の涙で濡れた俺のジャージ以上にぐちゃぐちゃだった。先輩の中はあったかくて、せまくて、ぐちゃぐちゃだっ た。本能的に、もうそろそろいいかなって思って、先輩をみたら、もう俺の腕にしがみついているのも精一杯で、一人では立っていられ そうになかった。指をゆっくり引き抜いて、無意識に俺はズボンを脱ごうとしていた。そのとたん、せっかく赤くなった先輩の顔がまた 真っ青になって、細かく震えだしたときはやっちまったと思った。俺はもう、先輩とは元には戻れねえのかなそう思ったら急に悲しく なって、泣きたくなった。今日だけで俺は何回泣きたくなってんだよ。俺はただ、ただ先輩がほしいだけなのに。先輩がほしいってい うのはこういう、変な意味じゃなくて、変な意味も含めて全部の先輩がほしくて、俺を愛してほしくて、先輩の心も体も、愛も全部 ほしいってだけなのに、どうしてこんなに難しいんだよ。俺は、俺は先輩が、好きなだけなのに。


「好きです、好きです先輩。俺は、俺は誰よりも、あなたを愛せる自信が、あるのに」


やっとできた。ぎゅうって先輩の体を抱きしめたら、先輩の体は冷たくてぞっとした。恐かったんだなって思ったら、とてつもなく 俺はひどいことをしたような気分になってきて、実際したんだけど、時間を戻してほしくなった。二回目は、俺はどうしただろう。先輩 の笑顔をみて、俺も笑顔を返して、「よかったっすね」くらい言えただろうか。おめでとうひとついえず、俺は何をやってるんだ。だって めでたくなんかない。きっと二回目だって三回目だって、何回時間を戻そうと俺は何度でも同じことを繰り返すんだろう。だって俺は、 本当に先輩のことが好きで好きで好きで好きで、しょうがないから。でも、だからって、俺がほしいのはこんな、取り繕ったような、 あせってつくったみたいな、愛情とは呼べない哀じゃないのに。


「付き合ってください、先輩。誰にだって渡したくない」


泣きながら、泣きながら俺は先輩に凶器をつきたてているんだ。先輩が首を縦に振ろうと横に振ろうと、俺はこの凶器を先輩の中に つきたてて、泣かせてしまうんだ。どうしようもない俺を、優しい先輩は見捨てることができない。それがわかっていて、こんなことを 言う俺はとても残酷な、男だ。




殺人的な優しさゆえに


20070516