理不尽な話だ。好きになった女にはもうすでに彼氏がいて、俺はどうあってもあいつの一番にはなり得なくて、最初からもう、あきらめて たんだ。奪ってやろうとか、考えなかったわけじゃない。できることなら彼氏よりも俺のこと好きになってくんねえかなって思っていたの も事実だ。だけどなんていうか、俺にはできなかった。あいつが楽しそうに笑っているのは、きっと今が幸せだからなんだろうなとか考え だすと何もできなくなる。少なくとも、俺の隣でこうして笑っている分には何も悪いことはねえだろとか、ちょっと思っちまってて。あい つが俺の前で彼氏のことをべらべらとしゃべっていたかというと、ちがう。どちらかといえばまったく言わないやつだった。俺があいつに 彼氏がいるってことを知ったのだって、あいつの口からじゃない、別のやつから聞いたことだ。それを最初聞いたときは驚いたけど、すぐ に納得した。なんでかとかよくわかんねえけど、ああ、そっかって思った。残念で仕方なかったのは、もういい。


いつの間にか、この距離がもどかしくなった。俺ばかりがお前を好きで、どうしてお前は振り向いてくれないんだと悔しくなる。自己中な 考えだ。だけど仕方ねえだろ、これが恋ってもんなんだから。あいつの彼氏はちがう学校にいるらしく、俺は見たことがなかった。見た ところでどうなるわけでもなし、逆にやるせなくなるのはわかりきっていたことだから、あえてあいつに彼氏がどんなやつだとか聞くこと はなかったし、これからもきっとない。俺は今まであいつに彼氏のことを聞いたことなんて、一度もない。あいつが楽しそうに、嬉しそう に、俺以外の男の話をする姿なんて見たいはずなんてなかったから。きっと、泣きたくなるくらい悔しくなるんだ。俺がお前の彼氏よりも 早く、お前に出会っていたら、お前は俺を好きになってくれただろうか。考えるだけ、もどかしくなる。俺はこんなにお前を好きなんだ。 どうしてわからねえ。お前ほど、手に入れたいと願う女はいなかったっていうのに、気付いたときにはもう、お前は誰かのものになってい るなんて。


「獄寺くんのことが、好きです」


前に十代目と山本と、こんな話をしたことがある。あいつを好きになる前だ。彼女にするなら誰がいいか。山本のやつは、俺に「獄寺は だろ」といった。そう言われたのがなぜか悔しくなって、恥ずかしくなって、俺はちがうと大きな声でいった。今思えば、本当はのこと が好きで、それを言い当てられたのが悔しかったんだと思う。俺は無意識にも羞恥を覚えて否定していたんだろうか。それからふらりと 教室を見回して、見た目だけを見て、一人の名前をあげた。顔だけでみれば、そいつは俺の中で一番だった。もちろんこの一番というのは を省いての中だ。の顔も性格も、俺の中では誰よりも一番の存在だった。名前、名前は田中、だったと思う。女なんてそんなに興味の ない俺だ、名前なんて大して覚えていない。その田中に、告白された。その日の俺はとても敗北感に打ちひしがれていて、はっきり言って よわっていた。あいつのことで疲れていたんだと思う。一方的な、途方もない片思いほどつらいものはない。本当に、どうかしていたん じゃないかと思うほど、俺は弱っていた。それを理由にはしたくはない。でも、ほかにこの告白を受けた理由なんてみつからなかった。そ う、俺はこの田中という、言わば好きでもない、名前も覚えていない、この女の告白を受けたのだ。俺はなんて、ひどい男だ。


なんでもない毎日が続く。なんでもないはずはない、俺には彼女ができたんだから。彼女ができるというのはもっと、なんていうかもっと 、何かあるものじゃないのか。喜びとか恥ずかしさとか、期待とかそういうものが。今の俺には何にもない。やっぱり間違っていたんだろ うなと思う日々が続いた。俺と田中のことは、すぐに広まった。一週間も経てば全校生徒に知られてしまったんじゃないかと思うほど、俺 たちは有名になった。なぜなら田中がそういうやつだったからだ。すぐに周りに言いふらし、自慢するような女だったからだ。俺の嫌いな タイプだ。ならこんなことはしないだろうに。比較をしだすあたり、俺は、だめだ。


何日か俺はぼーっとしていた。何を考えていたかというと、のことだ。田中のことも時々考えた。でもすぐに考える気も失せる。田中は 俺にとって、どの程度の存在なんだろう。彼女ができようとも、俺の中での順位は変わらない。がずっと一番にい続ける。これも いいかげん何とかしねえと。十代目にも何度か心配していただいているようなお言葉をいただいた。とてもありがたいが同時に、とても 申し訳ない。早くこの、螺旋状になってしまったややこしい一本道を抜けてしまわなければ。


「獄寺、元気ないね」
「んなことねーよ!」


話したの、何日ぶりだろうか。田中の告白から、一度も会ってないように感じた。廊下で壁にもたれかかっていたら、ひょこっと顔を のぞかせたかと思えば、心配そうな声をかけやがるから思わず裏返った声がでてしまった。やべ、顔が熱い。赤くなってたらかっこ悪い だろ。なんか、本当に、こいつ好きなんだなって実感する。田中といるときにはない感覚、胸がどっくどっくして、顔にかーって血がのぼ っていくみたいな感覚。恥ずかしくて顔を背けたくなるくせに、いつまでも見ていたいその顔。どうしよう。何がどうしようなのかも よくわかんねえけど、どうしよう。心配そうな顔から、笑顔に変わる瞬間。俺はこの世で天国を見る。ああ、馬鹿みてえだ。馬鹿だよ。 かっこわりいなあ俺、なんとかなんねえのかよ。こいつの前でくらいはかっこよくいたいってのに、俺は外面を取り繕うのでさえも精一杯 だ。内面はもう爆発しちまいそうなくらい、かっこわりい。変なことばっか考える。お前を独り占め、したいだなんて。


「あのさ、放課後に」


まったくもって、タイミングという名のタイミングが悪かった。ポケットに突っ込んでいた両方の腕の、片方が急に引っ張られた。なんだ と思って目をやれば、田中が腕に絡み付いてきて、俺はもう、その場から逃げ出してしまいたかった。どうして、どうして今くる!ほかの ときならいいかと言えばちがう。いつでも迷惑だ。だけどどうして今、の前でなきゃいけなかったんだよ。あーもういやだ。すぐにの 顔をうかがえば、驚いたような顔をしていた。そりゃ驚く、女がいきなり俺の腕に飛びついてきたら驚くよな。


「いや、あの、これは」


ちがう、って言おうとしてやめた。何がちがうんだ。なんもちがわねえじゃねえか。彼女が彼氏の腕に飛びついてきて何が悪いってんだ。 ちがくない。もしお前が俺の腕に飛びついてきたらそれこそ、ちがう、だ。でも俺的にはちがうじゃないんだよ、正解なんだ。俺はなんで こうもへたくそなんだ。この場の空気が止まってしまえばいいと思った。だけど俺はそのまま場を見送ったんだ。次にがどういう反応を するのか、気になったんだ。は驚いた顔をゆっくりと戻して、笑顔でこういったんだ。


「あーごめんねごめんね、お邪魔しませんよーだ」


その態度に、はっきりいって失望した。でも、どういう反応をしてほしかったんだ、俺は。が泣き出すとでも思ったのか。怒り出すと でも思ったのか。そんなこと、ありえないだろう。もし俺が同じ状況でも、笑ったはずだ。俺はに期待しすぎていた。は別に俺のこと なんか好きでもなんでもないんだから、今笑ったのだってきっと心のそこからだ。一番でなくてもいい。今の笑顔はつくり笑顔で、友達と してでもやきもちを妬いて、田中に嫉妬していてくれればいい。俺のことなんか別にどうでもいいなんて、どうか思わないでいてくれれば、 それだけで。


「あ、待てお前!放課後がなんだって」
「教えてあげないよ、じゃん」


あいつを引き止める理由なんて、なんでもよかった。だけど結局引き止められないまま、やるせない思いだけがその場に取り残されて。


「ねえねえ獄寺くん知ってる?ちゃんの好きな人」
「あ?彼氏いんだろ」
「古いよ獄寺くん!ちゃんね、ほかに好きな人できちゃって彼氏と別れたんだって。女子の間でそれが誰かって噂になってんだけど。 獄寺くんでも知らないか」


古い、古い、古いってなんだ。あいつが、が普段男の話をしないことを、はじめてうらんだ。俺が普段からあいつに男の話を聞かなかっ たことを、はじめてひどく後悔した。いつだ、いつ別れたんだよ。いつからお前は誰のものでもなくなってたんだよ。好きな人って誰だ よ。俺は本当に、馬鹿だ。タイミングが悪い。もしかしたら俺にもチャンスがあったのかもしれなかったのに、なんだよ。くそ、くそ、く そ、うまくいかねえ!わかんねえのに、の好きなやつってのが俺って確証もねえくせに、俺はなんで後悔でいっぱいになってんだよ。


そのあとの俺は、どうかしていたとしか思えない。田中の腕を引っ張ってって、人気のないとこ連れ出して、何をしたと思う?やましい ことなんて何もしていない。ただ、泣きながら土下座して別れてくれって頼んだだけだ。まったくもって、どうかしていた。別れを 切り出す言葉や行動なんていくらでもあったはずなのに、俺はあえてあれを選んだ。田中はびっくりしたみたいに小さく息を呑んで、かっ こわるいと言ってその場を走って去った。どうかしている。でも、涙をぬぐって立ち上がったあとは、なぜかすっきりしていて、そのあと の授業なんて全部ふけって一人煙草を吸っていた。心はひどく静かで、俺の心はもう決まっていた。なんてか、もう、結果なんてなんでも いいや。とりあえず、あいつに男ができてねえうちは、あいつを独占できるやつなんていねえんだから、せめて友達としての一番ででも、 一番近くにいられれば、それでいいと思っていた。あくまでこれはふられたときの話だ。ふられたときのことばっか考えちまうのは、俺の 運命がもはや決まっているからだろうか。


授業が全部終わったころに、ポケットから携帯を取り出して、にメールした。今日はもう教室戻る気なんてさらさらねえから、に俺の かばん持ってくるように。こんなの口実で、実は告白するためだなんて誰にもいわねえけど、とりあえず俺はがホームルーム終わって俺 のかばん持って、不満そうな顔をしてくるのをただぼんやり待つことにする。心はひどく落ち着いている。なんて言おうか、とか、 ちょっとした小細工をしようか、とか、ぜんぜん浮かばねえのはなんでだろう。


「獄寺は、私のことを何だと思っているんでしょうかねえ」


屋上。ここが俺の決戦地。俺が煙草をふかしていたら、がやっぱり不満そうな顔で入ってきて、かばんを俺の前に放り投げた。


「教室で噂になってたよ。獄寺が泣きながら土下座して田中ちゃんふったって」
「へえ」
「あれ?目がちょっと赤いぞ?実は本当の話だったりするわけ?」
「おー」


驚いた、顔をする。そりゃそうだよな、信じるわけねえだろ。田中が教室に帰ってすぐに俺のことを広めたことは、容易に想像すること ができた。だけどそれを周りがすぐに信じるだろうか。俺は普段から恥ずかしいと思うようなことはしてねえつもりだし、しないように 心がけているつもりだし。誰が聞いたって信じられるような話じゃない。それがわかっていたからこそ、今こうして冷静になっていられる っていうのもあるし、正直もうどうでもよくなってしまった。外面やら世間体やら、そんなこと一番に気にするとこじゃねえ。一番に考え るべきは、のことだったんだよ。


「俺も好きなやつできて、なりふり構ってられなくなったんだよ」
「そう、なんですか」
「独り占めしたいとか、思っちまって、どうにもこうにも頭ん中を占領しやがる」
「それが恋ってもんだけど、私に言われても、どうにも」
「お前のことだよ、ばーか」
「ば」
「お前が男と別れたって聞いた。ほかに好きなやつがいるってことも聞いた。それでも言いたかったんだよ。だからこそ言いたかったんだ よ。期待なんかしてねえけど、言いたかったんだ。お前が俺をふろうが俺はまだまだお前のこと好きだろうし、お前の恋愛を応援すること もできねえだろうし。けど、わがまま言うなら今まで通り付き合ってほしいし、もっとわがまま言えば付き合ってほしいんだよわかった か!」


やっぱちゃんと考えとくんだった、言いたいこと。もう何がなんだかわけわかんなくなっちまった。だめだ、必死すぎる。さっきまで静か すぎるほど静かだった心が変に乱れだして、最後にはもう自分でもわけがわかんなくなっちまってる。何ゆってんだよ馬鹿!おれ馬鹿!


「ばか、ばか獄寺」
「う、うっせ!」
「なんでふられること前提に話をするんですか。私の気持ちは全部無視ですか。なんのために彼氏と別れたと思ってんのよ。全部、全部、 あんたのせいなのに!」
「は」
「ばか寺あほ寺どじ寺まぬけでらー!」
「はあ!?」
「私だって、私だってあんたのこと好きなんだよ責任取れよばかー!」
「あ!?馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよばーか!」
「自分もばかっていってんじゃんばーか!ていうか耳に入ったのはそこだけですか!?」
「お、お前、俺のために男と別れたの、かよ」
「やめてよその言い方。恥ずかしい、じゃん」
「馬鹿やろう!おまえ、ぜってー幸せにしてやる!」


びっくりした顔、そして嬉しそうに笑う顔。これから全部俺のものだ。




I'm crazy for you!


20070518