彼、六道骸くんから告白されたときは、それはもう驚いた。私は六道くんのことを密やかながら慕っていて、だけどほかの誰にも負けない くらい六道くんのことを好きでいて、私は驚きと同時に大きなよろこびも手に入れることができたのだ。 六道くんが転校してきた日、一目惚れだった。その容姿に惚れたのかと聞かれれば、そうなのかもしれない。 でも私は、六道くんの優しいところとか、笑ったところとか、紳士的なところとか、全部を好きになって、彼のことを誰よりも好きでいる 自信をもったんだ。だけど六道くんはとっても人気で、女の子からももてて、いわゆる私のライバルはたっくさんいて、私なんかには手の届か ない人なんだろうなと思っていた。私自身、あまり動くほうでもなかったし、だからといって六道くんを好きっていう気持ちは誰にも負け ないつもりだった。だけど、いつも悔しく思ったのは、私がどれだけ好きだと思おうと、相手に伝わらなければ意味がないことだ。勇気が 出せない自分を恥ずかしく思う。だからといってどうにかできるわけでもなくて、私はずっと一人、六道くんに彼女ができませんようにと 祈るばかりだった。だから、告白されたときはとてもとても、とっても驚いて、私はもう今、死んでしまってもいいと思った。実際死んで しまうのはとても恐いけど、なんていうか、あらわしようのない喜びやら嬉しさやら、もう全部、あふれて、涙になってしまう。


「好きです」


涙を流しながら、うなずきながら、そう告げると、六道くんは優しく手を差し伸べてくれて、私の体をその腕ですっぽりと覆ってしまっ た。その腕は温かくて、その温もりとにおいに実感してまた涙が出た。ああ、もう、幸せだ。六道くんの息が耳にかかって、恥ずかしい。 赤くなっていたら、くすくす笑う声が耳に届いて、私はまた恥ずかしくなる。


「捕まえた。これで君は、僕のものだ」


僕のもの、その響きがとても心地よく耳に響いて、私は酔いしれてしまった。どうしよう、六道くん、私はあなたが好きすぎるみたいで す。

ある放課後のこと。六道くんに、少し用事があるから教室で待っていてくださいといわれて、私はおとなしく自分の席で、こっそり携帯を いじりながら六道くんを待っていた。一緒に帰るのは告白された日からの日課になっていて、最近では一人で帰った記憶さえない。だけど こんなふうに、待たされるのははじめてだった。前に言っていた。六道くんの中で、女の子を待たせるってことは自分の中ではしちゃいけ ないことだって。それをしているんだから、きっとよっぽどの理由があるんだろうなと思った。私は友達とメールをしていたから、退屈っ てことはなくて、むしろ私はメールに集中しすぎていたように思える。六道くんが教室へ入ってきても、気づかず携帯をみつめていたんだ から。


、いいかげんこっちを向きなさい」
「わ、六道く」


顔をあげたら六道くんがいて、驚いていたらすかさずキスされた。キス、なんて、実ははじめてで、私は驚くやら何やらで目をつむるのを 忘れてしまっていて、じっと六道くんのきれいな顔を見ながらされるがままにキスをされた。唇をなめる舌の感触がわかって、背筋がぞぞ っとする。それがいい感じなのか悪い感じなのかはわからないけど、とにかく恥ずかしさと、少しだけの恐怖に頭が占領されて、六道くん でいっぱいになる頭はもう、爆発してしまいそうなくらい熱くて、生きているのが不思議になった。唇をなめられるくらいでびくびくして いた私を笑うように口が離されて、だけど目を開けた六道くんの顔は真剣で、少しだけ、戸惑った。


「僕は少々独占欲やら嫉妬心やらが強いらしいんです。わかっていただけますね?」


私はただ何度か首を小さく縦に振った。それはもう、衝動的に。そうか、六道くんは独占欲が強くて、嫉妬深いのか。でも、メールの相手 は女の子だったんだけどな。それに私、男の子と浮気する気なんかないのにな。だけどできるだけ気をつけないと、六道くんにあきれられて しまうかもしれない。気をつけようと思う反面、キスされたことに喜びやら恥ずかしさやらを感じていて、正直あんまり頭がまわっては いなかった。

デートを重ねて、キスにもなれたころ、友達に遊びにさそわれて出かけた休日。待ち合わせにいたのは約束した女友達とは別に、クラス メイトの男の子と、隣のクラスの男の子がいて、私は戸惑いつつも近寄っていくと、友達に「偶然会ったの!どうせだから一緒に遊ぼうよ 」いわれ、有無をいわさず歩き出されて、私はとにかくおどおどしっぱなしだった。見ていて気がついたことだけど、女友達は同じクラス の水野くんのことが好きなようだ。だから偶然に出会って、このチャンスを逃すまいとしたんだろうか、と私は勝手に思った。恋が関係 しているのならば、協力したいと思うのが友達ではないだろうか。そうとわかれば話は早い。なんとか二人きりにさせてあげる方法を探せ ばいいんだ。普段は、どちらかというと消極的な私が、自分からもう一人の男の子のほうへよっていって、がんばって話しかけることに した。そうすれば女友達と水野くんが一緒に話すしかなくなる。その作戦は見事に成功して、水野くんも友達のほうも楽しそうに見えた。 私と隣のクラスの男の子もなかなか仲良くなれたと思う。これはきっと、クラスを越えた交流になる。決して浮気じゃない!負い目を感じ つつも、友達の恋を成功させることに必死だった私は、六道くんのことを考えるのを、少しだけ、おろそかにしてしまっていた。

その帰り道、水野くんが友達を送るというので、私はなぜか隣のクラスの叶くんに送ってもらうことになった。二人だけで道を歩いている と、さすがに罪悪感がだんだん大きくなっていく。だめかな、だめだろうなあ。でも、六道くんならわかってくれるよ。私は別に、この叶 くんに気があるとか、浮気したいだとか、嫉妬させたいだとか、そんなことはまったく考えていないわけで。そうだよ、それをちゃんと 伝えれば六道くんはわかってくれる。だって六道くんは、優しい人、だから。うちの前まで送ってくれた叶くんは、最後に「またどこか 遊びに行きたいな」って言ってくれて、その言葉に私は首を縦にも横にもふれないまま、ただ「またね」とだけ告げた。叶くんは、私のこ とをどんなふうに思っただろう。自分に気のある女だと思っただろうか。そうだとしたら、私はひどい女だ。六道くんという大切な恋人が いるっていうのに。

翌日、水野くんは学校にこなかった。友達もきていなくて、私は不思議に思った。二人で遊びに行っているんだろうか。いやでも学校を さぼってまで遊びにいくだろうか。六道くんはずっと、自分の席で物思いにふけっているようで話しかけづらくて、なんとなく寂しい思い をしていた。遠慮なんかせずに話しかければいいくせに、臆病な私はそれができずに、だけど寂しい気持ちをなんとかしたくて、水野くん と友達の欠席のことで何か知っていることはないか、ということを理由に、隣のクラスの叶くんをたずねてみた。すると、叶くんまでもが、 お休みだった。昨日元気だったはずの三人が同時に欠席というのは、何か関係があるんじゃないかと心配になった。心配と、あと、なんだ かわからない、恐怖が心を渦巻いた。


、きなさい」


隣のクラスから自分の教室に戻ってきたら、ちょうど六道くんが扉のところに立っていて、目も合わさずにそういわれた。なんだろう、 今日は六道くんが一度も笑っていない。もうすぐ授業もはじまるのに、どうしたんだろう。そう思いながらもただ六道くんの後ろをついて いくと、六道くんは保健室の扉を開けた。私は調子悪くないし、あれ、六道くん調子でも悪いのかな。扉を開けて先に私を中にいれてくれ る優しさに少しほっとしながら、保健室に足を踏み入れた。入ってから振り返って、六道くんに保健室に何の用があるのかを聞こうと思っ ていたら、六道くんは中に入ると扉に鍵をかけていて、私は妙な不安が心に渦巻いた。さっきとおんなじようなぐるぐる。なに?これ。


、昨日は何をしていました?」
「友達と遊びに」
「浮気をしていたんじゃないんですか?」


ぴん、と、普段あんまり働かない頭が働いて、電球に光がともったみたいに目の前が明るくなった。そっか、わかった。さっきから感じて いた六道くんのいつもとちがう感じは、怒りだ。怒ってるんだ。その原因は昨日遊びにいったこと。きっと誰かから話を聞いたか、私が叶 くんと一緒にいるところを見て勘違いしたんだ。ちがうよ、ちがう。私は六道くんしか見えてない。それをちゃんと伝えなきゃ。


「ち、ちがうよ!あのね、昨日のは」
「言ったはずですよ。僕は独占欲が強い、と」
「六道くん、きいて」
「少し、お仕置きが必要なようですね」


艶っぽい声が耳や、頭に響いて、言葉の意味なんか考える余裕がなかった。ひやりとする手が私の腕を優しく引いて、ベッドに誘う。とん 、と肩を押されて倒れこんだやわらかくないベッドの感触に、はじめて不安を覚えた。六道くんがやっと笑ってくれたのに、その笑顔が、 こわい。どうして恐いのかなんてわからないけど、とにかく、心がざわついている。悪い意味で。

六道くんの手が無駄なく動いて、私の制服のボタンに手をかける。戸惑いのないその手はあまりに鮮やかで、いけないことをされているよ うにはぜんぜん感じなくて、私は抵抗するのを忘れていた。だけど制服を肩から落とされて、スカートのホックに手がかかったときには さすがに危険を感じて声をあげた。私の声に一度顔をあげて、少しだけ笑んだ気がする。だけどそれ以降はぜんぜん反応してくれないで、 私が六道くんの手をつかんで阻止しようとするのに、なだめるみたいに腕をとられて、両手を頭の上でくくられてしまった。紐でくくられ たわけでもないのに、ぜんぜん動かなくなる。なにこれ、金縛りにあったみたいに、手と手がくっついて動かない。や、や、これ、どう しよう。


「ろ、ろくど、くんやめて、こわい」
「怖い?相手が僕だというのにですか?」
「ち、ちがうの、わ、わたしはじめてで、こわくて」


六道くんがにやりと笑う。にやり、という擬音はおかしいのかもしれない。だって六道くんはもっと、優雅に、きれいに笑ったんだから。 でもそれに邪悪さとか、恐怖とかを感じるのはなんでだろう。こんなことをされているからだろうか。こわい、こわい。六道くんは わかっているくせに、意地悪しているのかな。私が言ったこわいって意味をちゃんと理解しているくせに、どうしてだと聞くんだ。意地悪 だ、本当に。

やめてと泣くたびに、喚くたびに、うれしそうに笑う六道くんの顔は、とても意地悪で、きらきらしていて、でも、目が離せなかった。 こわいと何度でも思うくせに、私は、はまっていくんだ。痛くて怖くてどうしようもないくせに、たまにされるキスに酔って、全部が私の 中で正当化されて、悪いことなんかぜんぜんしていないみたいな錯角に陥って。六道くんはすごいと思った。すごいと思って、そして、 好きだと感じた。こんなことをされているのに。こわいくせに。痛くて涙がこぼれるくせに、六道くんを好きだと、感じるんだ。


、君は大人しく、僕の腕の中の馬鹿な子でいればいいんですよ」


ひどい人だ。馬鹿だと私を罵りながら、優しいキスをするんだから。君だけを見ていると囁きながら、私の体をめちゃくちゃに傷つけて 笑うんだ。そのくせ、あなたは浮気も目移りもすることなく、私だけを見続けて、私だけに愛を注ぐんだから。逃げられるわけがない。




ひとりぼっちのかみさま


20070522