その日はすげえ機嫌が悪くて、とにかく、機嫌が悪かったんだよ!それなのに、今日にかぎって女子たちはいつも以上に騒ぎやがって、
腹が立ってしょうがなかったんだ。女どもに囲まれたせいで十代目の護衛が追いつかず、雲雀の野郎からお守りすることができなかった
し。いつもは何も言わねえ教師が今日にかぎっては授業に遅刻してきたことをがみがみ言ってくるし。ひとつひとつ別の日に起こればこん
な怒ることはなかったのかもしんねーけど、一気に全部重なって、俺の機嫌の悪さは頂点まで達してたんだ。タイミングが悪いったら
ねえ。そして山本の野郎が昼休みに俺にふった話題も、タイミングが悪かった。 「女子ってすげえのな、何度ふられたってあきらめねえの。獄寺みてっと大変そーだと思うぜ?」 「俺に同情してんのか。それとも喧嘩売ってんのか。どっちにしろむかつくんだよてめえ!」 「ご、獄寺くん落ち着いて!?」 くっ、十代目にかばっていただきやがって山本の野郎いつかぜってー果たす! 「女なんて、俺は大っ嫌いだ!うぜえし意味わかんねえよ。恋だの愛だの、話したこともねえやつが告ってきても結果はわかってんだろう が。だああ鬱陶しい!あいつらひでえやつらだよ。男の性格なんて見ずにきゃあきゃあ言いやがって気色わりい!あいつらは男の ことを道具だなんだとしか思ってねえんだから、よ」 勢いで全部言っちまっていて、どっからどこまでが俺の本音だかよくわかんねえでいた。言いすぎちまってるかなあ、とは思ってたんだけ ど、口はとまんねえし、気分悪いのはおさまんねえし、てかむしろ悪化してくばっかだし。どうすりゃよかったんだよ。とにかく次の瞬 間、驚いたことだけは事実だ。 がーんって、頭に響いた。左の頬を思い切り殴る手があって、やつがいて、わけがわかんねえまま俺は左の頬を押さえていた。い、いて え。これは身に覚えのある感触だ。殴られたとき。しかもパーじゃねえ、グーだ。誰だこんなことするやつはと思って前へ向き直れば、 そこにいたのは妙に身長の低い人間。いや、身長は標準くらいだろう、女なんだから。おんな?女に俺は殴られたのか。頭がくらくらする ほど強く、殴られたのか。驚いてなんにも言えずに、口をぽかんと開けたままそいつをみつめたままでいたら、そいつは目を細めて、いか にも不愉快そうな顔で口を開いた。 「あんたが女を好きだろうが嫌いだろうが、私には関係ありませんけどね、そこまで言う必要あるの?」 「お、おま、え」 「私は別にあんたに英国紳士みたく女の子を大切にしろだの女尊しろだのは言いませんがねえ、対等にくらい見てあげたらどうなの?あん たのさっきの言葉は、女の子というものを全部見下して罵る言葉だったよ。意味、わかります?」 「な、に」 「さっきあんたが言った言葉、そのままお返ししましょうか?女の子たちの性格なんて見ずにぎゃあぎゃあ喚いてんのはどっちだよ!あん たがどんだけすばらしい人間だか知りませんがねえ、自分を産んでくれたのが女性である母親ってこと忘れて、女の子のことそんだけ言う やつは、さいってーの馬鹿人間だね!ばかやろう!」 かーっと、頭に血が上った。ひとつひとつの言葉を聞き入れもせずに俺は、ただ単に言葉の端はしのとげとげしさにむかついた。後ろで 山本の野郎が「ひゅーかっこいい」とか言ってんのが聞こえて、よけいむかついた。なんだこの空気。ふざけんじゃねえよ。俺がどうして そこまで言われなきゃなんねえんだよ! むかついた。むかついたからって、それはねえだろ。次の瞬間、俺はさっき以上に驚くことになる。なにしてんだよ、俺。気づけば俺は、 目の前にいた女を思い切りぶん殴っていた。パーじゃない、グーで。驚いている間に女は後ろへ吹っ飛んで、後ろにあった机にぶつかって 座り込んでいた。やっちまった。さっきは散々あんなふうに言ったけど、さすがに、さすがに殴るのはいけねえ。そのまま動けずにいると 後ろから腕と体を押さえ込まれた。そ、そんなことしなくてももうしねえよ!できるわけねえ、だって、たった今俺は自分のしたことを すごく後悔しているんだから。どうしよう。どうしよう。女は男よりも丈夫じゃねえっていうし。今すぐかけよって無事かを確認したいの に、唖然とするばかりで体どう動かしていいのかわかんねえし、後ろで俺を押さえる山本の力は強くて振り払えねえし。俺が戸惑っている うちに、俺の殴った女は別の女どもに連れられて教室を出て行った。ああ、俺はなんてことしちまったんだろう。 「落ち着け、獄寺。それはいけねえよ、な!落ち着けって」 「や、山本」 「ん?」 「俺、だよな。あいつ殴ったの。俺があいつを殴っちまったんだよ、な…」 「後悔してんなら、次にしなきゃなんねーこと、わかってるよな?」 あ、謝んねえと。傷が残ったらどうしよう。ああ、もう、土下座してでも謝んねーと。本当に、なにしてんだよ俺は。かっこわりい、 かっこわりい。ひでえ ことしちまった。わかってるくせに、後悔したって時間は戻ってくれねえし。今すぐに保健室走って謝ればいいくせに、体に力入んねえ し。ああ、こんなのいいわけだよな。かっこ悪い、どういやいいんだよ。一言がとても、難しい。 「獄寺くん、さっきの言葉と行動は俺もいきすぎだと思うよ」 ああ、十代目からお叱りのお言葉を受けてしまった。なんてことだ。かっこ悪いどころじゃねえぞ、俺。最低よばわりされて腹立って女 殴るとか、それこそ最低じゃねえか。謝らなきゃと思うくせに、体は重くて、あいつはあとの全部の授業でてこねえし、誰か、教師が俺を 叱るかと思えば誰も何にも俺のこといわねえし。ああ、すっきりしねえ!誰か俺を思い切り叱ってくれればいいのに。お前が悪い、お前が いけないって言ってくれれば、もっと反省できるのに。叱られても、責められても、腹立つばっかだろうけど今の俺にはそのほうがいい。 そのくせ、今日にかぎって誰も俺を責めない。俺が悪いのに。俺が、俺が。 「だーもう!悪かったよ悪かった!俺が悪いってんだろ!?」 授業中だった。構ってられっか。突然俺がそういって立ち上がったら、教師も教室にいた生徒たちもみんな目をまん丸にして俺を見上げ た。舌打ちをしながら教室を出て行ったら、後ろから教師が俺を責めるような言葉を吐いていた。いまさらおせえっつの! 保健室へ行くと、保険医が不思議そうに俺をみつめた。見回すかぎりにあいつの姿は見えない。ベッドは全部空いてるし、じゃあどこ 行ったんだ?帰ったってことはねえだろ。だって教室に用意全部おきっぱなしだ。すれ違いで教室にかえったとか?でも俺は今教室から 保健室までの最短ルートをたどってきたんだぜ?じゃあ、あいつどこいったんだよ。保険医にどこへいったのか聞こうとするのに、俺はや つの名前を知らないことに今気づいた。馬鹿だ、どうすりゃいいんだ。 「もしかして、さんを探してる?」 「え、え?」 「さん、さっきの昼休みに左頬を腫らしてきた子なんだけど、ちがう?」 「ああ、そいつだ」 「誰かに殴られたの?って聞いても転んだの一点張りだったんだけど、どうしたの?」 教師が俺を責めない理由はこれか。あいつ、俺に殴られたって言わなかったのか。転んであんなふうに腫れるはずねえのに、馬鹿だ。急に 泣きたくなった。俺は馬鹿だ。だけどあいつは俺以上に馬鹿だ。どこへ行ったかと聞けば、余分に湿布を持ってだいぶ前に教室へ帰ったは ず、とかえされた。だいぶ前って、教室帰ってきてたら俺はこんなとこまでこねえよ。とにかく保健室を飛び出して、授業中の静かな廊下 を駆け回った。念のためもう一度自分をクラスをのぞいたけど、あいつの姿はなかった。どこだ、授業中でもいられる場所。ひとつ、場所 が思い浮かんで、俺は階段をかけあがった。 「ここだったか」 少しだけ振り返って、また前を向いた顔。屋上の広い床に座り込んで、うつむいている背中があった。 「獄寺」 「あ?」 「目つぶって、座って」 近づいていったら声をかけられて、振り向かないままそう言われた。すぐに謝ろうと思ったのに、そういわれて俺はただ、従うことにな ってしまった。座りこんでから目をつむって、あいつの用事に付き合うことにした。あいつの用がすんだら、すぐに謝ることにしよう。 早めにいっておかねえと、俺は逃げそうになっちまうから。真っ暗な視界の中で、俺は謝る言葉をさがしていた。頭の端で、こいつは何を するんだろうなと思っていたら、左の頬にふれる感触がして、すぐあとに刺すような冷たさを感じて俺は飛び上がった。 「わ、つめて、てめ、なにすんだ!」 「ごめんね」 思わず目を開けたら、まぶしい視界の中、小さな一言が俺の耳に届いた。左頬に手をやると、それは湿布で、驚いたまま前を見たら、うつ むいた女の顔があった。ごめんね?俺が言ったんじゃない。俺が言うべき言葉をいったのは、俺じゃないやつで。その言葉の意味をつかめ ないまま、俺は頬に手を当てたまま視線をさまよわせてみた。 「殴って、あと、ひどいこと言って」 「ばか、それ俺が」 「最低なんかじゃないよ、でも、獄寺が言ったことはいけないこと、で。ごめんね」 俺が言えなくて困ってる言葉をぽんぽん投げつけてくるこいつにむかついて、同時に愛おしさも感じて、なんだかよくわかんねえ気持ちが ぐるぐると頭と心に渦巻いて、俺は目の前でうつむく女に対して、とてつもない申し訳なさを抱きながら、困っていた。手を伸ばして、 女の頬に手をやったら、俺の左頬に張られた湿布と同じ感触がして、殴ったことをいまさらながらに思い出した。触れるとびくりと震える その反応が、とても悲しかった。 「ごめん」 一言いうと、顔がゆっくりとあがって、困ったみたいに微笑んだ。左頬に張られた白い湿布が痛々しくて、ああ、俺はなんてことをしち まったんだろうとさっき以上に後悔した。 「お前、名前なんていうんだよ」 「クラスメイトの名前くらい覚えてよ」 「覚える、から教えろ」 「、っていいます」 「顔に傷つけた責任くらいはとってやるよ、」 |
20070522 |