おかしい。うん、おかしい。私あれだ、きっと病気になってしまったんだ。体はとっても元気だけど心が病気なんだよ。心がどこにあるの かわかんないけど、とにかくそこがおかしいんだ。黒板の前に立って、さっき自分が書いた公式やらなんやらを見たり、私たちを見たりを 繰り返しながら授業を滞りなく進めている先生。を、じーっと見てしまう私はおかしい。いや、授業中なんだから先生を見るのはおかしく なんかない。むしろ授業というのは先生を見るものだろう!あれ、先生でなく黒板を見るのか?いや、わかんないけどたぶんなんかそのへ んだよ、うん。何にも考えてないのに視線が勝手に先生を追う。まだそこまではいい。授業中に何も考えていないというのは少し問題だけ ど今はそこはいい。先生の、見つめてしまう先がおかしいんだ。授業中、私たちにわかりやすく説明するためによく動く口。ぷっくりとし た、健康そうな桃色をした、唇。うああ!ほら、やっぱり病気だ。さっきからなんで、なんで私は雲雀先生の唇ばかりに目がいってしまう んだ。別に先生の唇に青のりがついているだとか、蚊がとまっているというわけではない。いつもどおりきれいな弧を描く唇のラインが、 なぜか、気になる。ああ、なんだこれ!私なんかえろ!えろいよ!



大変です。最近の物理の授業がまったく頭に入らなくて、さっきかえってきた小テストの結果は散々でした。やってしまった。もうすぐ 定期テストだっていうのに、こんなんでいいのか!いや、だめだろう。うわん、先生の唇ばっかりみてる場合じゃないよ。なんだよもうえ ろいことばっか考えてる暇ないだろう。なんだ、欲求不満か?最近キスしてないからってキスしたいなとか授業中思って先生の唇みてちゃ だめだろうよ。…あ、そうか!キスか、キスか。最近してないな、そういえば。したいと思って私は無意識に先生の唇ばかりみてしまうん だろうか。うわ、うわ、いやだそれよけいえろい人みたいじゃないか!よーし気持ち切り替えるぞ!



そんな簡単に切り替えられたら苦労しませんよ。気付いたら、また唇ばかり目で追っていた。しかも今は雲雀先生の授業じゃないというの に。私はなんて浮気者なんでしょうか!浮気なんてする気ないけどさ、ないけどさ。でも目で追っちゃう。うわ、これ重症じゃないだろう か。はあっとため息をついて、黒板の前で計算式を書いている獄寺先生を見上げた。雲雀先生の唇のほうがぷくってしてて、やわらかそう だよなあ。え、ちょ、私は何を言っているんだ!ついに比べだしたよもう!ああ、ああやっぱりこれ病気だよ。欲求、不満なのかなあ。 キスしたいかしたくないかって言われたら、したいって即答しちゃえると思う。最近いろいろ忙しかったもんな。というか、先生はいつで も忙しそうだし。テスト近い今なんて、先生もっと忙しいだろうに。もうちょっとの我慢だぞ。うわ、こんなこと考えてるあたり末期か な。



「おい、前でてこの問題解いてみ」
「無茶な」
「無茶でもなんでもいいから出てこい」
「先生!黒板の計算式が間違ってます!5+2は8です!」
「てめえ小学校からやり直してきやがれー!」



いだー!獄寺先生がチョーク投げたらそれが私のおでこにクリーンヒットしましたよ!無駄にコントロールいいなちくしょう!というかこ れは体罰に値するのでは?これ訴えたら慰謝料とかもらえちゃったりしない?とりあえずチョークがあたったおでこをさすってみたけど、 そんなに痛くない。チョークがあたった瞬間に首ががくんって後ろに倒れて、痛いみたいに感じたけど実際はぜんぜん痛くない。おお、な んだこれ。チョークあたったら普通痛くないですか。これは私のおでこが強いのか、それとも獄寺先生の技術がすごいのか。どっちにしろ それどころではない。また、やってしまった。ぜんぜん授業聞いてなかったから、もう黒板に書いてあることがさっぱりですよ。どうしよ う数学って私の最も苦手とする教科だというのに!獄寺先生の授業は好きだけど数学はきらいなんです。だってもう、わけわかんないです よね?私は世間でいう、文系のようです。



「失礼しまーす、獄寺せんせーきましたー」
「おう、課題もってきたか?」
「まあ、いや、あの、ええまあ、はい」
「なんだそのわけわかんねえ気持ち悪い返事は」
「先生それ虐待です体罰ですドメスティックバイオレンスです!」
「意味わかって言ってんのかばかやろう。ほれ、課題みしてみ」
「んーえっと、まあ、怒らないでいただければ、うれしい、なあみたいな」
「は?怒る?…ってお前これ全ページ白紙じゃねえかー!」
「ひいいいい!」



ええ、あれですよ、前の大きな休みに出された数学の課題を私だけしつこく出さなかったら呼び出されたんです。そんで、明日までにやっ て職員室もってこいって獄寺先生に言われたんですが。まあ、なんというか、やってません。そしたら見せたとたん課題のテキストを獄寺 先生のデスクにばちーん!ってすごい音させて投げたんです!こわい!やってなかった私が悪いとは思いますけどそんなに怒らなくても いいじゃないですかこわいよ獄寺先生!女子生徒に何かと人気だけど無愛想で有名な獄寺先生こわい!



「やる気あんのかお前」
「ええ、まあ、やる気は満ち溢れているんですが理解がまったくできず…」
「倍の課題だされっか、今日ここで死ぬ気でおわらせっか、どっちがいい?」
「死ぬ気で頑張りまあす!」



おし!と、獄寺先生は苦笑して自分の隣の椅子を引いてくれた。なんだかんだで優しいんだから困ってしまう。大人しくそこに座って、 最初のページを開いて問題に取り掛かる。ここで問題が発生。問題文の意味がわからない。



「てめえこれ先月に授業でやったとこだぞ!?覚えとけって言っただろうがー!」
「ひいひいすんません!先月は勉学よりも睡眠を優先させてしまって…!」
「俺の授業全部寝てたってのか!?なめてんのかお前ー!」
「獄寺先生、職員室ではお静かに」
「え、あ、じゅ、沢田先生…!す、すみませんでしたー!」



そうだ、ここは職員室だったんだ。獄寺先生が私を叱りつけていたというのに、国語の沢田先生が一言注意しただけで獄寺先生の顔色は 一変して、真っ青になってしまった。どうしたのかと思えば、獄寺先生はすぐに沢田先生のところまで走っていって土下座して謝りだすん だから、驚くよりほかない。あれ、沢田先生ってそんな権力者だったっけ?誰にもなつかない、なびかないあの獄寺先生が、ちょっと注意 されただけで土下座までしてしまうんだ。きっと沢田先生は意外な権力者だったにちがいない。これから国語の授業は絶対に寝るまい。 ほけーっと、獄寺先生が何度も土下座している様子をながめていたら、私の横から課題のテキストを取り上げる手が見えた。驚いて視線を 戻してみれば、すぐ隣に雲雀先生が立って、テキストをながめていた。



「ひ、雲雀せんせ」
「簡単じゃないか。結局は同じ公式を何度も使うワンパターンな問題ばかり。教科書みながらやればすぐに終わる」
「計算というのが、私のやる気を著しく奪って、ですね」
「それは見過ごせないね、物理にも計算はつきものだ」
「ぐっ、そうなんですよね」
「ねえ、これいつ終わりそう?」
「え、まだまだかかる、かと」
「そう」



雲雀先生は少し考えるような素振りを見せて、それから時計を確認していた。



「課題を未提出にしたままだったの責任か」
「え?先生なにか言いました?小さくて聞こえなかったんですけ、ども」
「これから課題は遅れず出すように心がけなさい」
「あ、はい」



私のテキストをまた、デスクの上においたかと思うと、くるりと後ろをむいて歩いていってしまった。あれ、もういっちゃうのか。欲を 言えば、もうちょっとお話していたかった。まあいいか。テストがはじまるまであと一週間とちょっとある。それまでに二人で会う機会が あるだろうか。キス、できるチャンス、きっとあるよね?顔が熱くなって、恥ずかしくなって、テキストに顔をうずめてみた。





やっぱり、おかしい




「おい!?なにやってんだ調子悪いのか!?」
「はいはいはーい!調子悪いので帰らせてください!」
「元気じゃねえか!」


20070524(お待たせしました雲雀先生シリーズ!)