「あれ?どこ行くの」
「うあ!えっと、し、職員室!」
「え?なにしに」
「な、なにしに!?遊びに、かな!」
「テスト一週間前から職員室は生徒立ち入り禁止じゃなかったっけ」



忘れてた!ていうかテストってあと一週間ちょっとあると思っていたら今日で一週間前なの!?え、ちょ、早いよどうしよう。昨日はあれ から獄寺先生にこってりしぼられて、なんとか理解できたようなできてないようなだったんだけど、いや、これはもうあせらなきゃでしょ う。昨日の夜はなんだかもぞもぞしてよく眠れなかった。なんか、家に帰っても私はキスしたいなだとか不埒なことばかり考えてしまって いけないから、せめて先生のお顔だけでも拝みに行こうとしていたら、友達に爆弾を落とされてしまった!うあ、もう、一週間前なんだ。 どうしよう、来週の今頃には私はもう死んでいるだろうに。ど、どうするんだ。先生の顔を見る機会が減ってしまった。いや普段からそん なに職員室へ入り浸っていたかというと、そういうわけでもないんだけど。というかむしろ先生とお、お付き合いするようになってから 逆に恥ずかしくて行く回数が減ったと思う。先生が恋人というのは、なかなか恥ずかしい。



「はっはーん、獄寺先生でしょ」
「へ」
「みんな知ってるよー?は獄寺先生ねらってるって」
「ね、ねね、ねら!?」
「態度みてればわかるって!好きなんでしょ?」
「ちが、ちち、ちが」
「でも残念でした。獄寺先生は今日から出張なんだって」
「え、え?」
「なんかねー何人かの先生は用事で出張だって」
「え、何人かってほかには!?」
「えっと確か、獄寺先生と山本先生と沢田先生と三浦先生と、あと雲雀先生もかな」



先生の顔を見る機会が、よけい減ってしまった。なんてことだ。今日から出張?どのくらい?明日には帰ってくる?一言も、聞いてないよ 先生。学校で会えない。家でなんて会えるはずなんかない。雲雀先生と私は約束したんだ。私が卒業するまで学校以外の用事ででは会わな いって。それを聞いて、それだけ私のことを本気で考えてくれてるんだなって喜んだ。学校でしか会えないぶん、学校で顔を見られたとき の感動は大きかった。たまに目があったり、少しだけ言葉を交わせたり、本当にたまにだけど理科準備室で密会できたり、そういうことが できたことがとても嬉しくなれた。だけど同時に、休日のむなしさは計り知れない。寂しいし、悲しいし、いっぱい会いたくなる。唯一 雲雀先生に会える学校でも、会えなくなるなんて、ひどいや。



いつもの物理の授業が、とてもつまらない。ほかの授業だってそうだ。かわりの先生が授業をしてくれているけれど、楽しくない。授業を そんなふうに言うのは失礼なことかもしれないけど、でも、雲雀先生を思い出すとそれだけでどきどきして、でお現実を見ると雲雀先生と はちがう先生が授業をしていて、それだけで私はやる気を失う。だから、テスト一週間前だって。やる気どうのこうのの問題じゃなくて 勉強しなきゃ。悪い点数取ったらそれこそ先生にあきれられてしまう。そうならないように、勉強をしなくちゃなのに。ふうっと息を 吐き出して、自分に気合を入れてシャープペンを持ち直した。よし、やろう、やるべきだ。先生に嫌われたらそれこそ終わりだ。よし、よ し!今日から私、は一週間テスト勉強に励むことをここに誓います!



意外に、割り切って勉強をしはじめてみたらはかどるもので、まったく理解のできなかった数学も家で一人で勉強していたら少しずつわか っていくことができて、それがとても嬉しく感じるくせに、同時に悲しくも感じるわけで。先生のことを割り切って勉強している間、本当 にまったく先生のことが頭をよぎらない。それはとてもいいことなんだと思うけれど、なんだか、よくわからないけど悲しい。もし先生が おんなじようだったら私は悲しいと思う。好きな人には、いつでも自分のことを考えていてほしいと思ってしまうものじゃないだろうか。 私だけだろうか。私だけがこんなにも、わがままなんだろうか。先生を思いすぎるというのはもしかして、負担になったりするんでしょう か。あ、だめだ。先生のこと考え出したらとまらなくなって、手に持つシャープペンがまったく動かなくなってしまった。思考が停止し て、問題文が理解できなくなって、何にも頭に入らない。一度ぷっつりと途切れてしまった集中力という名の糸は、もう一度つなげるのは なかなか難しい。だめだ、一度休憩しよう。一週間前だからって詰め込みすぎもよくないだろうし、なんだかやる気がそがれてしまった し。ふと、机の端に目をやったら、携帯がチカチカ光っている。いつの間にかメールがきていたみたいで、開くとメールマガジンが着てい て、それになぜだかため息をついた。なんとなく、先生かなって頭をよぎった。ありえないじゃないか。私は先生にメールアドレスを教え た覚えもないし、教えてもらった覚えもない。なんとなく、自分から聞くのは恥ずかしくて、聞いていない。でも今ではそれを後悔して る。こんなときに、メールくらい、電話くらいできたらいいのに。つながりが、ほしいなあ。



!今日から獄寺先生たち学校もどってきたって!」
「うっそ、それ本当!?」



それから五日ほど経ったある日、友達の言葉に私が異常なくらいの反応をしてしまったら、友達は目を見開いて驚いていた。そりゃそう だ。友達に詰め寄って確認したんだから。でも、そうしたくなるくらいにうれしかった。やっと、雲雀先生に会えるんだ。職員室まで 突っ走りたい衝動をなんとか抑え、掲示板に貼られている時間割に食いついた。今日は、えっと、あ!物理の授業あるじゃん!やった! 先生とお付き合いをはじめてから、こんなに会わなかった日ははじめてで、そのぶんなんだか顔を合わせるのが恥ずかしく思えてきた。 うわ、どうしよう、照れる!それからの私のテンションは異様で、友達に何度も「うざい」と言われてしまった。でも悲しくないよ!だっ て今日は先生に会えるんだから!「先生に会えるのがそんなにうれしい?」友達ににやにやしながらそう聞かれて、私は大きな声で返事を した。当たり前だ、うれしすぎる。友達のにやにやした顔が、少しだけ気になるけれど。



物理の前の休み時間といったら、とにかく落ち着きがなかった。そわそわして時計ばかり見て、そして扉をちらちらうかがっているんだか ら。途中から、こんなにわくわくしてたら周りにあやしがられる!と思って、わざと「あー物理いやだなー」とか言ってみたりした。 ナイスカモフラージュ!普段、お前わかりやすすぎーといわれる私がなんか今日は冴えてる!あ、そろそろテンション下げないと、本当に 頭が爆発してしまいそうだ。先生が前の扉から教室に入ってくるのが、視界の端で見えた。そのとたんに私は一気に顔が熱くなって、顔を 上にあげられなくなってしまった。あ、れ、おかしいな。あれだけ雲雀先生の顔見たいって思ってたのに。は、恥ずかしい話、キスもした いなあとか、思っていたというのに。



「授業はじめるよ。早く席に着く」



どきり、とした。心臓が壊れそうだ。おっかしいな、雲雀先生の声なのに。いや、雲雀先生の声だからこそかな。ど、どきどきが止まらな い。先生の声、一言聞いただけなのに。耳があっつい。どうしよう、どうしたんだろう。私はどうしたっていうんだ!?先生と付き合い はじめたときだってこんなふうにはならなかったっていうのに、それなのに、どうしてこんなにも恥ずかしいんだ!どうしよう、どうしよ う、うれしくていっぱいなのに、これは、どうしよう。雲雀先生の声は私の耳にきれいに響いて、そのたびに心臓がどきどきして、私は 授業中一度だって、顔をあげることはできなかった。こんなの、雲雀先生に対して失礼だ。それに、様子がおかしいって思われたらどうし よう。でも、でも、あの、顔があげられ、ません。



いつの間にか授業は終わっていて、この授業中私は一度だって鉛筆を手にすることはなくて、自分の意味不明な行動に困惑するばかりだ った。ちらっと視線をあげて教卓のほうをみたら、先生とばちっと目があってあわててそらしてしまった。う、わ、どうしよう、あからさ まに避けてしまった。先生に誤解されたらどうしよう!すると、「さん、ちょっときて」という、雲雀先生の声がして、私はびっくりし て思わずすぐに立ち上がってしまった。だけどやっぱり、先生のほうは見られなくて、恐る恐る歩み寄る。う、わ、こんな態度、どう考え てもおかしいだろう。心配されちゃう。変に思われちゃう。なんとか、しなきゃ。なんですかって声を出そうと思ったら、後ろから肩を 組んでくる腕があって、その拍子に私は「がふっ」と変な声を上げてしまった。誰かと思えば私の友達で、私のほうをみてにやにやして、 それから雲雀先生のほうを見ていた。な、何事だ!



「雲雀先生って、獄寺先生と仲良いですよね?」
「最も仲良くしたくない相手だけれど」
が、さんが獄寺先生のこと好きなんですって!先生、に獄寺先生のこといろいろ教えてあげてくださいよ」
「は!?いやいや何ゆってんですか!」



否定しようと思って顔をあげたら目があって、でも、すぐに顔をそらしてしまう。ああ、こんなときまで恥ずかしくなるなよ私!ちゃんと 誤解ですって言わなきゃ、先生本当に誤解しちゃうよ。一瞬目があっただけだけど、先生が驚いた顔をしているのがわかった。信じないで ください先生。ああ、ちゃんと目を見て話したいのに、視線をあげられなくてきょろきょろとさまよってしまう。どうしよう。この友達は 何を言ってくれたんだ友達は!どんな誤解をしているんだよ、私は獄寺先生のこと好きじゃないって言ってるのに!どうして雲雀先生に 言ってしまったんだよ!ほかの先生ならいいってことでもないけど、でも、雲雀先生はない。だって、そんな、こんな、ばか!



さん、今日の放課後に理科準備室へ」
「あ!あの、すみません。今日の放課後は、補習、が…」
「なんの」
「す、数学の、です」



肩を組んでいる友達が、小さな声で「やったじゃん!」と言った。ばかー!ひ、雲雀先生にも聞こえてるってば!しかも何がやったんです か!?私的にはやっちまっただよ!できることなら補習さぼって理科準備室いきたい気分なんですが、でも、でも、この補習うけないと 留年だって、獄寺先生が…!





やっぱり、そう思う




「そう、もういいよ」
突き放されるみたいに告げられた、その一言が、重い。


20070528(大人と子供の考え方のちがい)