何の意味があるかなんて、俺は知らない。知る由もなく指を組み、手を合わせる。俺は日本人だ。ここは合掌すべきなのかもしれない。で もここはイタリアで、どちらかといえば合掌よりも指を組んだほうがいい気がした。どっちでもいい。そんなことはどっちでもいいんだ。 祈り方なんて、もう知らない。この行為にどんな意味があるのかもしらない。こうして手を組み、目を閉じて語りかけることも、神に祈る ことも、結局は何ら意味のないことなのかもしれない。関係ない。俺が今こうしているのは、どうしていいのかわからないからだ。

雲が優雅に浮かぶ、空気がとても澄んだ、空が遠い日だった。棺をのぞきこめば、俺と同じように指を組んで手を合わせ、目を閉じている の姿が見えた。真っ白な花に満たされた棺の中で眠る君はまるで、白雪姫のようだ。手を伸ばしかけて、やめた。俺は悔いているんだろ うか。それとも、しょうがないことと割り切っているんだろうか。どちらが正しいのかもわからない。俺はボンゴレファミリー十代目ボス として、どういうふうに思って、考えて、感じて、行動していけばいいんだろう。こんなところで立ち止まっていてはいけないと、誰かが 言うだろうか。こんなところとはどこだろう。、君は俺にとって、立ち止まってはいけない場所だろうか。俺は人間だ。同時に、ボンゴ レファミリーのボスだ。だけど、なんだ。俺が何を優先的に思おうが、俺の勝手ではないだろうか。

「ボス、そろそろ」

無遠慮な部下が、俺に声をかけた。頭を殴られるかのような鈍痛が響くように、部下の声が頭に響いた。ふつふつと煮えてくる怒りをかき 混ぜているような感覚だった。そのくせ、煮えているというには冷たすぎる温度だ。冷たい怒りがさらさら俺の心をくすぐって、ぶつけよ うのない熱い怒りがこみ上げる。部下の言葉に苛立ったのか、それとも、俺はが棺の中で眠っていることに対して苛立っているのか。き っと、原因はもっと前だ。悔やんでいる。悔やんで、悔やんで、どうしようもない思いが俺を包んで。俺は自分で自分が腹立たしいんだ。 を殺したのは、きっと自分だ。相手の組織を詳しく知ることなく部下を送り込み、予想以上に肥大していたその組織に、俺の部下は、 殺された。小隊はそんなに大きな戦力ではなく、あくまで調査のために派遣した。調査目的だから、それほどの戦力は要るまいと思って、 俺はまだ未熟な部下ばかりを送り込んでいた。だから、被害は小さいといってしまえばそうなのかもしれない。だけど、死んだのは人間 で、ひとりひとりがちゃんと心を持つ、ひとだ。機械というわけでも、兵器というわけでもない。ひとつだって失ってはいけないはずの、 命だったのに。その小隊の中に、一人だけ幹部がいた。指揮、統率官として送り込んだ、その幹部の名前は、。大切な、戦力であると 同時に、大切な、友人だったというのに。すべては俺の責任だった。俺がもっと相手の組織のことを重大視していれば、こんなことには ならなかったのかもしれない。ひとりの命だって、失わずにすんだのかもしれない。を死なせずにすんだのかも、しれなかったのに。

「ボス、お時間が」
「うるさい!今日くらい、今日くらい悔やんじゃいけないのかよ!」
「で、ですが」
「わかってるからこそ、この忙しいなかわざわざスケジュール組んでお前をここに来させてやってんだろ。ちいせえガキみたく、わあわあ 駄々こねてんじゃねえぞ」
「来させて、やった、だって?」
「お前は一ボスなんだ。いいかげんそこを理解しやがれ。行くぞ」

リボーンの言葉は、ひどく残酷だ。数人の部下が死のうと、大切な友人が死のうと、ほかからしてみれば、くだらないことなんだろうか。
一人の人間が、一人の命が、儚く消えてゆく。それがとても、こわいというのに。

真っ暗な暗闇に落とされたような、だけど真っ白でまぶしいような、結局は鮮明すぎる世界が、俺を、責めているようだ。
棺の前に立つと、妙な、気分になった。吐き気がする。だけどすっきりしてる。意味がわかんねぇ。でも、わかってる。頭は空っぽで、む しろすがすがしいほど空っぽで、いろいろ考えなきゃいけねえってわかってるくせに考えてなくて、考えたくなくて。考えたら、認めちま うんだ。忘れたくてたまらない。嘘だと誰かがつぶやけば、本当に、嘘になってしまいそうなくらい儚くて、だけど、現実で、俺は本当は どう考えたいのかがもうわからない。お前は、死んだのか?

騒然とした。でも、一番驚いたのは自分だ。痺れる足は確かに俺の痛みで、俺は何をしてんだろうとぼんやり思う。白い棺を思い切り蹴る と、中に満たされた白い花が飛んで、ゆっくりと宙を舞った。花びらが地面についたら魔法が解けてしまうようで、こわくなった。意味が わかんねえ、自分の考えてることが。だけど、鮮明にわかってる。こわいくらい理解してて、まるで自分の心をのぞきこんでいるようだと 思った。認めたくないんだ。こわい、みつめたくない。お前、なにやってんだよ。いま俺、棺蹴ったんだぞ。お前が眠るベッドを蹴ったん だ。怒れよ。叱れよ。いつものうぜえ声で、うぜえ言い方で、うぜえ視線で。俺は、お前なんかきらいだったよ。好きか嫌いかなんてわか んねえくらい嫌いだったよ。でも、感じてた。お前が生きているってこと。いまさらになって、いまさら生きてたお前を思い出して、ああ お前生きてたなあなんて思うって、おかしいかもしんねえけど、お前が話すこととか、する行動とか、確かに生きてた証で、そんな当たり 前のこと実感するたびに、今を、悔やむんだ。どうしてお前、今は生きてねえんだよ。ちょっと前まで元気にちゃんと、生きてたくせに、 なんで急にこんな、いきなり、生きてなくなるんだよ。死んじまうんだよ。

信じない、信じない信じない信じない。俺は、信じてなんかやらねえぞ。誰か嘘って言ってくれ。そしたらきっと、俺も嘘だと言えるか ら。俺からは言えない。こわくて。だから、誰か言ってくれ。俺はこわくて言えないんだよ。嘘だといって、もし、嘘じゃなかったとした ら、俺は、それこそ信じるしかなくなる。信じない、信じない。お前は死んでなんかいねえよ。お前は生きてる。だから起きろ。目を開け ろ。俺を叱れよ。責めればいい。笑わなくたっていい。俺に向かって、笑いかけてなんてくれなくていいよ。怒ってても、泣いてても、な んでもいいから生きてる証を見せてみろよ。お前がいない日々に、ゆっくり慣れていくことがこわい。お前は死んだのか?それをだんだ ん、信じて、当たり前になるのがこわい。お前が死んだのは、当たり前の事実になんかしたくない。生きてることを当たり前にしたいんだ よ、今までどおり、これからも。俺は、俺はお前のことなんか嫌いだよ。

「お前、なんかよ、嫌いだ、嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ!嫌い、だ、よ。だから、起きろよ」

おかしな夢だ。妙に長い。そろそろ目が覚めても、いいはずなのに。

ひどく、混乱している様子だった。当たり前だ、こんなことになって、みんな驚いて、困惑している。ツナだって、獄寺だって、見てすぐ わかるほど憔悴しきってる。ツナはめずらしく取り乱していたし、獄寺は暴れだして困った。そんな二人を責められるはずもない。二人と おんなじ立場で、この状況で、普通でいられるとしたらそいつは人間じゃねえ。抑えようのない、ぶつけようのない悔やみとか、怒りと か、そういう色んな気持ち悪いすっきりしない感情をやつらは人より多く抱えていて、自分を責めて、だけど、それが本当に正しいのかも わかんねえで、困ってるんだ。悲しみたいのに悲しめない。悲しんだらきっと、事実を認めちまって、認めたらもう、あいつが死んだとい う事実から逃れられずに、あとは慣れを待つしかなくなる。それが良いことなのか悪いことなのか混乱している。俺だってよく、わかん ねえよ。

車のサイドガラスに頭をもたれかけたら意外に勢いがあったのか、ゴって鈍い音と、小さな痛みが頭を撫でたみたいだ。両手はハンドルを 支えていて、片方の手をはがして頭にやったら、汗が乾いていて少しだけべたべたしていた。ひんやりとした頭と、ひんやりとした手のひ ら。冷たく感じるこの手だって、ちゃんと血が通っていて、それなりの温かみをもっている。だけど、の手はちがう。もう、血が通って いるわけでも、感じ取れるだけの温かみも、ない。もう二度と、感じることのできない、温かさ。力がどこにも入らなくなって、さっき までつかんでいたはずのハンドルがつるんと俺の手をすべった。ああ、停止しているときでよかった。信号待ちしている今でよかった。 走行中だったら、今俺は間違いなく、死んでいた。

ハンドルが手を離れた瞬間、少しだけ嫌な汗をかいた。死を予感したせいだ。なあ、。お前は死ぬの、こわかったか?

もう、何も感じなくなってしまった。

あれ、どうして僕はこいつらの相手をしているんだっけ。どうして僕はこいつらに武器を振り上げているんだっけ。どうして僕は、悲しい んだっけ。わからなくなってしまった。僕は悲しいのか?今はむしろ頭は澄んでいて、清々しいくらいだ。ああ、まあいいか。こいつらの ことはきっと気分で殺しているんだ。気分のままに殺し、群れていたから殺すだけ。それに意味はない。僕はもともと、こういう人間だっ ただろう?

「よ、雲雀」

崩れた煉瓦の上に座って煙草をふかしていたら、知らない男に声をかけられた。知ってる、本当は。でも、知りたくない。姿を見て、声を 聞いたとたんに、今まで体中から抜け切っていた力が一気に入って、走って逃げたい衝動にかられた。でも、どうして?わかってるくせ に、わからないままでいたかった。でも、こいつの顔をみていると、わかってしまう。わかりたくなんかない。僕がどうしてあいつらを 殺していたのかも、僕がどうして悲しいのかも、全部、忘れてしまいたいのに。

「何しにきたの」
「迎えに」
「何の迎えだろう」
と、最後の別れ、しねえの?」

ほら、ほら、ほら。聞くんじゃなかった。わかってたくせに、僕は、なんでだ。戻ってくる、全部。忘れていた感情の感覚が戻ってくる。

「今日、埋葬されちまうぜ。わかってんだろ」
「どうしてそれが最後なのか、僕にはわからない。別れならが息を引き取るときにもうしたはずだろう」
「今日が、の顔、見納めの日なんだぜ」
「散々見てきた顔だ。いまさら見る必要も、ないだろう」
「あんたがそれを本気で言ってるんだとしたら、俺はあんたを殺したくてたまらない」
「やってみるかい?山本武」
「素直じゃねえな、相変わらず」

素直?何を言ってるんだ。僕は嘘なんてつかない。僕は本当のことを言っている。最後、最後の別れって、なに?顔なんて、毎日見てき た。いまさら見たって、かわらない寝顔がそこにあるだけだろう。僕の頭に鮮明に焼き付いている、いつものの顔がそこにはある、ただ それだけだろう。

当たり前のことだった。顔を見るのなんて。これからも、当たり前のはずだった。でも、当たり前じゃなくなった。もう、見られなくなる の顔。ああ、たくさん思い出せるくせに、でも、それは生きた顔じゃない。本物じゃない。思い出なんてしょせんは偽者で、本物の君は 今日でいなくなってしまう。触れられなくなる。君が、いなくなる。

気付けばまた武器を振るっていて、さっきまで自分が座っていた煉瓦の山を粉々に叩いて、砕いて、わけがわからなくなるまでぶつけて。 でも、さっきみたいに飛んでいかなかった。僕のこのもやもやした感情の感覚は、消えなかった。感じたくなんかなかったのに。ああ、あ あ、実感する。、僕は君が好きだ。過去になんかしたくない。いつまでも君が好きだ。好きでいたい。いさせてくれ。でも、君 はどこだ。見えない、見えない見えない、見えないよ。、どこへ行ってしまったんだ。好きだ。好きだ。好きだと言ってくれ。君ばかり に言わせて、僕がいえなかった言葉、いくらでも言うから。僕は君にまだしてないことがたくさんあるんだよ。世界は君だったというの に。世界はで回っていたというのに。途方もないこの思いはどうすればいい。君を好きだという気持ちはどこにぶつければいい。君が もし、五体不満足になったとしても、目が見えなくなったとしても、耳が聞こえなくなったとしても、口が利けなくなったとしても、君が 植物人間になったとしても、僕は、よかった。君が死んでしまうくらいなら、僕の四肢がなくなったっていい。生きているという実感が、 消えてしまう。君を見られる毎日が消えてしまう。君を感じる毎日が消えてしまう。世界が、消えてしまう。僕の心臓は君だったというの に。

棺の中で眠る君の指に、銀色に輝く指輪をはめて、口付けをした。



永遠の愛なんて、とっくに誓っていた。



Embrace me tenderly


20070602 ( I swear to love you forever. )