ああ、ああ、廊下が長い。最終下校時間まで補習するとか鬼ですかあの先生。いや、まあ、ありがたい話なんですけど。下校のチャイムの 少しでも前に終わらせてくれれば、雲雀先生に会いにいけたのになあ。外はほんのり暗くなっていて、帰る気が失せるというものだ。だか らといって夜の学校にいつまでもいたいとは思わない。こっそり、会いに行きたいところだけどな。職員室のぞいたらきっと早く帰りなさ いって、誰かの先生に怒られちゃうんだろうし。雲雀先生だって迷惑にちがいない、し。階段をおりきって、土間までの長い廊下。もう だーれもいないや。外から野球部の声が聞こえてるけど、校内はすごく静か。靴を履き替えて外へ出ると、沈みかかっている太陽がすぐ 目に入って、思わず目を細めた。



「おー、今帰りか?」
「あー山本先生だ。そうですよ、これから帰ります」
「気をつけてな。あ」
「え?」
「一応、駐車場のほうのぞいてみろよ。いいことあるかもしんねえ」
「いいこと?」



野球部の顧問である山本先生は汗をぬぐいながら私にさわやかな笑顔を向けて、わけのわからないことを言い出す。駐車場をのぞくんです か?門へ行くには少し遠回りなんだけどな。山本先生に、いいことが何なのか聞こうと思っていたら、野球部に呼ばれてさっさといってし まった。いい先生なんだけど、ときどきよくわからないというか。まあいっか!先生の言うこと聞いて、悪いことなんてあるものか!山本 先生には前にすごくお世話になったことだし、そんな先生を疑ってはいけません!うん、言うとおりにしてみよう。いいことあるかもしん ねえ、だから、きっとないかもしれないけどあるかもしれない。いやまあとにかく、向かってみればわかることだ。普通は駐車場って、生 徒は近づいちゃいけないはずなんだけどなと思いながらも、周りを確認して中へ入ってみた。車が並んでいる中を歩いていく。あれ?よく 考えたらこれっていけないことじゃないかな。いや生徒は入っちゃいけないって知ってて入ってるんだけど、これ先生にみつかったら怒ら れやしませんか?あれ!?見つかる前に逃げろ作戦だ!



「なにやってるの?」
「うぎゃああわあああごめんなさいい!」



や、山本先生のばか!いいことなんてないじゃないか!むしろ先生にみつかって、怒られて、怒られ、る?あれ?



「ひ、ばりせんせ?」
「うん、こんなところでどうしたの。さん」
「うあ、あの、山本先生が駐車場いったら、いいことあるかもって、あの」
「よけいなことを」



わ、わ、ちょ、雲雀先生が舌打ちした!お、怒られる!?あ、もう、怒られてもいいや。雲雀先生の顔を見られただけでも幸せだと、思う というか、思おうよ!「まあいいや」何が?聞く間もなく腕を引かれて、そのまま黒くてきれいで高そうな車の扉を開けて、助手席に乗せ られた。あれ?なんで車乗せられているんですか?これ、誰の車?驚いて雲雀先生をみていたらそのまま扉を閉められて、雲雀先生はと 言えば運転席に座ってシートベルトを差し込んでいた。あ、あれ?



「ひ、雲雀先生、あの」
「シートベルトしなよ」
「いやあの、これ、あの」
「しょうがないな」



ほ、ほぎゃあ!私がいつまでたってもシートベルトをしないからって、雲雀先生が身を乗り出してしてくれることはないんじゃないだろう か!?う、腕がね!雲雀先生の腕が、私の胸にあたっているんですよ!それになにより、顔が、顔が近い。だ、だめだ、変なこと考える な。雲雀先生はただ親切でシートベルトをはめてくださっているだけなんだから。でも、なんでシートベルトする必要があるんですか?



「送っていく」
「え!?いや、あの、いいですよ!」
「まだ時間ある?」
「え、あ、はい、今日は遅くなるって言ってあるん、で」
「そう」



ハンドルを握ると、手際よく車を駐車場から出して道路へ滑り出る。え、あの、なんだこれ。どうして私は先生の車に乗っているんでしょ うか。あ、そういえば雲雀先生普通だなあ。やっぱり誤解なんてしてなかったんだ。そりゃそうだよね。雲雀先生は大人だもんね。私みた いにばかみたいにパニックになって誤解して空回りなんて、先生がするわけない。そりゃちょっと見てみたい気もするけど、さ。あれ、 ちょっと待ってよ。あんまり考えてなかったけどさ、これを外から見られたら、いけないんじゃないか!?保護者とか、ほかの生徒とかに 見られたらだめなんじゃないのか!?ば、ばれたらいけないんじゃないのか、な。



「ひ、雲雀先生!こんなとこ誰かに見られたら!」
「大丈夫、外から中は見えないようなガラスだから」



す、すごい!そんなガラスみたことない!ああ、じゃあ安心、なのかな?よくわからないけど雲雀先生が大丈夫っていうんだから、大丈夫 に決まってる。そうだよそうだよ!私がいろんなことを考えている間も車は道路を走っていく。この車はきっとというか、絶対に雲雀先生 のものだろうけど、なんていうか、いまさらどきどきしてきた。車っていう密室の中に二人きりって、そんな。急にぼんっと顔が熱くなっ てきた。いや、いやいや!先生はご親切で家まで送ってくれているというのに、なんだその不埒な考えは!ちらっと雲雀先生のほうを横目 で見てみたら、雲雀先生が片手にハンドルを持って運転している横顔があって、予想していたとおりの顔のくせに、予想以上にかっこよく て、なんだかもっと恥ずかしくなってきてしまった。わ、わ、男の人の運転している姿ってこんなにも、かっこいいものだったのか!いや 雲雀先生はいつでもどこでもかっこいいですけども!ひとりで赤くなっていたら、ゆっくりと車が停止した。あれ?もう着いた?



「ここはどこでしょう、か」
「駐車場」
「へ」
「さあ、どういうことか聞かせてもらおうか」
「はい?」
「獄寺とかいうあの教員のことが、好きなんだって?」



笑ってない。顔が笑ってない。先生、本気で言ってるんですか?口角あげてるくせに目は笑ってないし、ひ、雲雀先生が、こわいぞ。え、 え、本当に疑ってる?だって私、ちゃんと雲雀先生のこと好きで、好きなのに。信じてもらえてないのって、意外に悲しい。うわ、なんか 少しだけ泣きたくなってきた。でも、泣いたらだめだぞ。だって、雲雀先生は悪くない。ああ、信じてもらわなきゃ。



「私が、好きなの、ひ、雲雀先生だけ、なのに」
「うん、知ってる」
「は、え、ええ!?」
「知ってるよ、そんなこと。だけど気に食わない。そんなことを周りに疑われるくらいがあいつに懐いているのかと思うと」
「いや、あの、でも私、い、一番」
「ほかの男の目になんて入れたくないし、の目にほかの男を入れたくない」
「そ、そんな」
「うん、できないのはわかってるから、じゃあせめて独占できる時間をまめに作ろうと思ってね」



するすると自分のシートベルトをはずしたかと思うと、にやりと艶っぽく笑った雲雀先生の顔が近づいてきて、あっという間にちゅっと キスされた。ど、どうしよう。変に顔が熱くなる。顔だけじゃなくて、体?なんか、嬉しい。変だ、いろいろ変だ。足りない、なんて。





やっぱり、なんで




「いつもより顔、赤くない?」
「(ひい!おかしい、おかしいよいろいろ!)」


20070608(Kiss me, please)