もう一回、キスされて、雲雀先生は車をおりた。ぼんやりしていたら急に助手席のほうの扉が開いて、雲雀先生におりるように促された。 え、あ、おります、けど、ここはどこ?薄暗い駐車場。腕を引かれるままに歩いて、頭はまだぼんやりしていて、周りなんてよく見えて いなかった。ただ早い心音と先生の手のぬくもりだけが、私の神経をすべてそこに集中させてしまう。眠たいような、でも眠たくないよう な、とにかくぼんやりしたオブラートみたいなものが私の意識に覆いかぶさっているみたいに、頭がはっきりしない。熱でもあるんだろう か。たぶん、ちょっと離れていたせいかな。こうやって二人きりになるの、どれくらいぶりだろう。



重そうな扉の、がちゃんって閉じる音で、ちょっとだけ意識がはっきりした。気付けばそこは玄関で、靴は先生がたった今脱いだそれだけ がおかれた殺風景な限界で、私はとりあえず首をかしげた。雲雀先生は私に構わず中へ進んでいってしまう。あ、れ、ここはどこですか。 どこって、そりゃ、雲雀先生のおうち、だろうか?え?先生の家!?いや、あの、どうして、私は今先生の家にいるんだ。あれ、ぼんやり しているうちに何があった!?いや、別に何があったってわけでもない。ただ黙って、先生に手を引かれてここに、つれてこられ、た?



「早く入りなよ」
「せ、先生!ここはどなたのおうちでいらっしゃるんですかあ!?」
「僕」



ぼ、く?やっぱり先生の、おうちだ。うん、先生のにおいがする。て、うわ!なんか言い方おかしいけどさ!いそいそと靴を脱いでそろえ て上がらせていただいた。ここ、一人で住んでるのかな。マンションの一室はとても広くて、一人暮らしとは思えないくらい広くて、 驚いた。そして同時に生活感のなさすぎるこの空間に驚いた。あまりに物が少ない。立ち尽くしていたら、また手を引かれて、ソファに 座らされた。外はもう薄暗い。あー、お腹空いたな。先生は上着を脱ぐとソファに上に適当において、台所へいってしまった。あわわ、 上着こんなふうにぐしゃぐしゃに置きっぱなしにしたらだめだろうに!上着を手にとって広げて、そのへんにあった椅子にかけておいた。 これで少なくとも、大丈夫かな。先生、やっぱり一人暮らしなのかな。薄く埃がたまってる。視界にちかちかしたものが見えて、見ると鞄 の中に入った携帯が光っていた。メールかな?すぐにかけよって、まずマナーを解除する。これは私のくせで、いつもメールとか着信履歴 とかを確認する前にすることなんだ。「」うわあ!びっくりして携帯を落っことした!



「は、はい!」
「ココアでいい?」
「あ、あ、ありがとうございます」



受け取って、すぐに口をつけた。控えめな甘さが口の中に広がって、さっきまで変に興奮していたものがゆっくりと落ち着いていくよう だ。ソファにもたれかかって、ぼんやり気持ちを落ち着けていたら、横から手が伸びてきて私のカップを奪う。あれ?と思ったとたんに顔 が近づいてきて、すぐさまキスされる。びっくりして何にも言えない私なんか見えてないふうに、私から奪ったカップに口をつけて、甘い ってつぶやいた。せ、先生、えろいなあ。わ、わ、待て待て。また先生の唇ばっかりみつめてしまう。だめだ、べ、別のこと考えなきゃ! 落ち着けること、なんか、なんか。



「も、もうすぐテスト、ですね」
「うん」
「テストは、早く帰れるから、好きです」
「そのぶん勉強もすること」
「本当に、そうなんですよね。今度のテスト、数学で赤点とったら留年だぞって、獄寺先生に」



って、ばか!ばかだ私!どうしていま獄寺先生の名前を出してしまったの!?雲雀先生黙っちゃったし、こっち向いてくれなくなったのは やっぱり、えっと、そういうことだよね?あれ、どうしよう。謝るべき?何に対して?あ、ああ、どうしようなんか沈黙になっちゃった。 何か言わなきゃ、何か、話題を。え、えと、なんか。



「え、えと、あの、テスト」
「君は、僕が好きなのか。それとも先生というものが好きなのか」



いろいろ、びっくりした。先生、先生なにを言ってるの?私は先生というものに憧れを抱いて、尊敬して、いるけれども、恋愛対象として 見たのは雲雀先生がはじめてだっていうのに。先生ほど、好きな人はいないのに。そこを、疑うなんて。先生の、ばか。獄寺先生のことは 先生として好きなんです。先生は好きですけど雲雀先生が好きなんです。あれ?混乱してきた。でも、あれ、もう、なんかいろいろごちゃ まぜだよ。ああ、とにかく、とにかくだ!私はばかだから、言葉でうまく表現なんてできないし、昔の人みたいにうたをつくって詠むこと もできないし、だから、そうなったら体で示すしかないじゃないか!思うままに横からがばって抱きついて、雲雀先生の頭を抱えるみたい に抱きついて、とにかく力いっぱい抱きついて、みた。あれ、なにやってんだ。もういい、わかんないけどとにかく、先生が好きって、 雲雀先生だけが好きだって、伝われば。



「ひ、雲雀、さんが、好きです!」



叫ぶみたいにそういったら、静かな部屋に声が響いて、ちょっと後悔した。う、うう、怒られる?大きい声出すなっていわれる?あ、力 強い?ひばりせんせい、なんかゆってください。なんか、急に不安でしょうがなくなってきました。沈黙にたえきれなくなってきて、こ っちから何か言おうと口を開きかけたら、私の腰に腕が回りこんできた。ぐって強く抱きしめられて、びっくりした。胸に雲雀先生の顔が くっついてなんとなくくすぐったかったけど、えっと、まあ気にしない!よかった、怒ってないみたいだ。







色っぽい声で呼ばれて、どきっとしながら先生の顔を見たらそのままキスされた。だけど今度は触れてすぐ離れるやつじゃなくて、ちゅう って吸われるやつ。びっくりしながら目をぎゅって閉じて、されるがままにしていたら、今度は舌が入ってきた。うわ、うわ、べろ、 べろ!舌を入れられるキスは、えっと、これで二回目です。まだ慣れてない、どうしていいのかわかんない。顔があっつくなるのがわか って、脳みそがどろどろに溶けていく感触がする。いや、実際溶けてたら大変だけどさ!なんか、もう、翻弄される。頭ふわふわして、な んか今なら空飛べるような気がしてきた。アイキャンフライ!



肩をつかまれて、そっと押されてそのまま倒れてしまう。うまく力の入らない体はそのまま簡単に倒れてしまって、やっと解放された口で 必死に息をした。あれ、先生、なんで倒すんですか。見下ろす先生の目が、ぎらぎらしてる。きらきらっていうよりもっと鋭い、目が離せ なくなる、ぎらぎら。もう一度キスされて、それもまた舌入れるやつで、もうなんか、どうにでもなれってくらいにめちゃくちゃにされて る口内から、飲み込みきれなかった唾液が唇を伝って落ちた。う、わ、汚いよ。だめだ、先生に汚いって思われちゃうかも。ぬぐい、たい のに、もうわかんない!先生の唇が離れていったら、そのとたんに寂しくなって、目を開いたらちかちかして、このまま眠ってしまいたく なった。のに、私の手は勝手に伸びて、先生の首に回って、そのまま自分のほうに引き寄せて自分からキスする。あれ、この体は誰のだ? わたし、私こんなこと、しないよ。したいって思ったって、しない、よ。



「ま、待って、
「せん、せ、せんせい、はなれないで」



なに言ってるんだ。おかしい。恥ずかしい。恥ずかしいくせに、なりふり構ってられない。なに?息ができないみたいに、苦しくて、胸が 苦しくて、キスしてなきゃ死んじゃうみたいだ。死ぬわけないのに。息ができないわけじゃないのに。依存する。もっともっとって、心が 求めて、体が求めて、先生に依存する。熱い、熱いよ、体。どうしよう。びっくりしたみたいな先生の目が丸くなって、可愛かった。目を 細めたら涙がこぼれそうになった。今度は乱暴に唇を押し付けられて、さっきよりも熱く感じる舌が私の口の中に入って、暴れる。ひい、 ひい、ふう、息ができない。先生の手がぎゅうって苦しい胸をさする。な、なんだ。先生、女の子の胸はそんなに簡単に触れていいもの じゃありませんよ。さわっちゃ、だめ。もっと苦しくなって、熱くなって。うわ、溶ける、かも。頭とろけて、もう何にも考えられなく、 な、る。



突然だった。すごく静かな部屋に、私の携帯の着信音が鳴り出したんだから。それにびっくりして私は飛び上がって、先生も少しびくって なって起き上がった。一気に目が覚めたみたいに、頭がはっきりしてくる。そのとたんに顔がどんどん熱くなって、さっきとはちがうふう に熱くなって、困った。先生と目が合うと、すぐにそらされて、小さく「出なよ」って言われた。そのまま雲雀先生は部屋を出て、どこか いってしまう。わ、わ、あ、びっくりしたあ!さっき、私はなに、した?自分から、キス、したのか。なんか、もう、いろいろすごかっ た。頭パンクするかと思った。いや、溶けちゃうかと思った。胸をそっとさわったら、どきどきどきどき、うるさかった。熱くて、恥ずか しくて、たまらない。あ、と思い出して、携帯を急いで探す。床をみたら無防備に転がっていて、なぜこんなところに!?と驚いた。あ、 そっかさっき落としたんだ。すぐに拾ってみてみたら、メールがきていて、お母さんからだった。「外ももうだいぶ暗いから、迎えに行こ うか?」ああ、確かにもう真っ暗だ。どうしよう、もう帰らないと。そう思っていたらちょうど雲雀先生が戻ってきて、上着に袖を通して こういった。



「送るよ」





やっぱり、不思議




わたし、まだどきどきしてるのに、先生は普通そうな、顔だ。


20070615(おちつけ、おちつけ)