「俺と結婚してくれ」 出会ってから、三日目の朝に彼は私にそう言いました。 「私とあなたは、三日前にここで出会った。そうですよね」 「ああ」 「私はあなたのお名前も存じません」 「俺は知ってる、お前の名前。だろ?」 「私とあなたが、結婚…?」 出会いは、ここだった。平日の朝の喫茶店。客数もまだあんまりいない早朝だった。めずらしく平日に仕事が休みになって、だけど私は まちがえていつもとおんなじ時間に目覚ましをセットしてしまって、休みだと気付いたのは着替えも化粧もしたあとだった。前日の予定で は、その日は一日ゆっくり寝て、掃除やたまった洗濯をすべてこなすはずだった。それがすべて終わったら、雑誌を読んだり、家でゆっく りすごそうと思っていたのに、着替えも化粧もしてしまったのに家に引きこもるというのがなんだか自分の中で許せなくて、とりあえず 朝食を喫茶店でとることにした。さすがにスーツで喫茶店へ行くのは気が引けたから、適当な私服に袖をとおして外へ出た。 彼が入ってきたのは、私が注文し終わって、新聞を広げたときだった。カランカランと、扉につけられたベルが揺れ鳴って、その音に顔を あげるとすぐさま目に入ったのは、きらきら朝日に反射する金色の髪。黒いスーツに身を包んだ強面の男たちに囲まれながら入ってきたそ の人に、私はすぐさま見とれてしまった。きれいな金髪。人工的でないその色は、素直に輝いていてきれいだと感じた。そして整った顔立 ちは、すぐに日本人でないことを教えてくれた。上から下までなぞるように見つめてしまっていると、金髪の男の人がこっちを向いて、 目を細めて笑った。それに驚いてあわてて新聞に目を戻した。金髪の男の人たちは、いくつかのテーブル席を陣取って座り、楽しそうに 歓談しはじめた。少しだけ耳に入ってきた会話は、日本語だった。 「なあ?お嬢さんもそう思うよな?」 「おいおい、ほかのお客さんにちょっかい出すんじゃねえよ」 「ボスもそろそろ嫁さんの一人や二人、連れてきてくれねえとなあ」 「ばっか、んな簡単に嫁さん決められっかよ!」 「お嬢さんみたいな子がなってくれたらいいんだけどよ」 「だから、ほかの客に迷惑かけんなって」 「え、はあ、あの」 「悪いな!こいつらに悪気はねえんだ」 というのが出会いで、なんだか他愛ない世間話みたいなのに巻き込まれというか、つき合わされ、この人たちの関係は最後までわからずに 帰った。とりあえず、ボスと呼ばれる金髪の男の人がとても優しくて、とても気さくで、楽しい人だと思ったことだけは事実だ。久しぶり に、学生時代に味わった甘酸っぱい感じを思い出した。恋なんて呼ぶにはまだまだ発展途上なこの思いは、そっと心の棚の奥のほうに しまいこもうとしていた。二度と会うことはないと思っていた。だけどその三日後の今日。休日のこの日、私は朝食を作るもの面倒で 再び喫茶店を訪れた。今考えれば、朝食を作るのが面倒だというのは口実だったのかもしれない。だって、ここの喫茶店のコーヒーは おいしくないんだもの。あの人に会えることを期待していたところが、あったのかもしれない。 注文を終えて、新聞を開いたとき、三日前と同じくカランカランとベルが鳴り響く。それに私は胸を高鳴らせて、視線をあげた。ありえな いと思いつつ。だけど、そこにいたのは数日前と同じく金髪の彼だった。だけど前とちがったのは今日はひとりで、私が視線を上げる前に こっちを見つめていたことだ。そして子供みたいに顔を崩して笑うと、すぐに私のほうへ歩んできて、私の前に座った。あれ?どうして。 席はたくさんあるっていうのに。私の顔を見て、目を細めて微笑んで、注文を聞きにきた店員さんにコーヒーを頼んでいた。それが終わ り、私が口を開こうとしたところで、言われた。「俺と結婚してくれ」 「人生の半分以上を一緒に過ごす嫁さんになってほしいんだよ。に」 「どうして私なんですか。というか、どうして私の名前」 「調べたんだよ、のこと。そんで、探した」 「どうして」 「俺と結婚してもらおうと思って」 呆気にとられるばかりだ。この人がぽんぽん簡単に私に投げかけてくる言葉の数々は、今まで一度だっていわれたことのないもので、あま りに簡単に言ってしまうので、その言葉のひとつひとつの意味が実はとても軽いものだったのではないかと勘違いしてしまいそうになる。 「わたし、あなたが思ってるほど、おもしろい人間なんかじゃありません、普通です。平凡なOLです」 「平凡ってなんだ?ひとりひとり個性がある人間に、普通も何もないと俺は思ってる」 「だからって、まだお互い何も知らないのに、結婚だなんて」 「さっきも言ったけど、人生の半分以上を一緒に過ごす嫁さんになってほしいと思ったんだよ」 「一目惚れって、やつですか」 「そうかもな。俺はと一生一緒にいたいと思った」 「あなたが思っているような人間じゃないかもしれません。失望するかも」 「俺に結婚って言葉を引っ込めさせたいのか、それとも受ける気があっての確認か。どっちだ?」 一つだけ言えることは、この人が、本気だってことだ。 「私の、旦那様になる方の名前、は?」 「ディーノ」 ティアラを君に 20070616 |