ベッドに寝転びながら、携帯をじーっとみつめて早三十分。電池が三つだったのに、二つに減ってしまった。あちゃあ!開きっぱなしに していたらあっという間に電池がなくなってしまう。うちへ帰ってきてから、勉強まったくしてない。しなきゃと思うくせにぜんぜんでき てないし、ああテスト二日前なのにいいのか!?で、でもそれでも携帯から目が離せないのは、いつ雲雀先生からの連絡がくるかわからな い、からで。ああ私から送るって言えばよかったのかな。もしかしたら今日はこないかもしれない、のに。うう、気になってしょうがな い。あーだめだ、こんなんじゃあ絶対に勉強できないよ。とりあえずさっぱりしよう。お風呂入って、そこからスイッチを入れよう。 ベッドをおりて立ち上がるも、携帯は握ったままの自分が憎かった。諦められない!



お風呂に入っている最中も携帯が気になって、何度も洗面場をのぞいた。洗濯機の上で大人しくしている携帯は、メール一通、電話一本 かかってきてはいなくて、もう今日はこの携帯は動かないのかもなとため息をついた。そりゃそうか、もう十時をとっくにまわっている し、常識的な雲雀先生はこんな時間に電話もメールもしないのかもしれない。それでも、私は迷惑だなんて思わないから、メールでも電話 でも、なんでもいいからほしかったなあ、なんて。こんな私が非常識なんだろうか。お風呂を出て、ドライヤーで髪を乾かして部屋に 戻って、それでも携帯は鳴らなくて、私は完全にあきらめて机に向かった。何の勉強をしようか。かばんをさぐって、筆箱を取り出してい ると携帯が、震えた。



「う、わあ!もしもし!」
「もしもし、雲雀だけど」
「お、お待ちしておりましたあ!」
「お待たせしました」



からかうみたいな雲雀先生の声が、胸にじーんと響いた。雲雀先生の声だ。電話越しだとなんだか低めに聞こえる気がする。なんだか照れ くさくて、私は肩をすくめてみた。



「勉強はかどってる?」
「いや、あの、それが」
「なに?」
「ひ、雲雀先生からの連絡まっていたら、て、手につかなくて」



正直に言ったら、雲雀先生が黙ってしまう。う、わ、めんどくさいやつだと思われたかな。事実をいったらいけなかったのか!この沈黙が 痛くて、おどおどしながらきょろきょろしていると、雲雀先生が小さな声で、つぶやいた。



「教師としてはいただけないことだけど、恋人としては、嬉しいよ」
「ひ、ひば…!」



雲雀先生が照れてる!照れてる声って聞いたことなかったけど、きっとこんな感じだ!思わず可愛いと言いそうになってしまった。勉強し てないことを嬉しいって、喜んでもらえるなんて思ってもみなくて。見られていないことをいいことに、私の頬は緩みっぱなしで、今にも へんな笑い方をしてしまいそうで。ぐっと口をつぐんだら、また変な沈黙がおりてきてしまった。でもこれはきっと、雲雀先生が照れて 黙ってしまっているからなんだろうなと思うと、もっと笑えてきそうだった。



「夏休み、どこか行こうか」
「え、うそ」
「いやなの?」
「そうじゃなくて!い、いいんですか。誰かに見られたりとか、したら」
「遠出すれば大丈夫じゃない?」
「い、いいんで、すか」
「僕が行きたいの」



胸がぎゅうってなる。電話越しなのが少しだけ、もどかしくなった。僕が行きたいの、だって。なんだか小さい子みたいな言い方だ。わざ となのか、無意識なのかはわからないけど、それがとても可愛くてもっと私は顔が熱くなった。ここで、私も行きたいです!って言えたら いいのに、なんとなく恥ずかしくなってうつむいていた。先生に見えるはずもないのに、赤い顔を隠したくて。 先生の声をちゃんとそばで聞きたいな。顔を見て、目を見て話がしたい。キスも、したいなあ、なんて。電話ができてうれしいくせに、 ちょっとだけ、もどかしい。さっき会ったばかりなのにもう雲雀先生に会いたくてしょうがなくなった。私はきっと病気なんだ。雲雀先生 依存症。なんて素敵な病気なんだろう。でも少し、困る。
それから、もう少しだけ他愛ない話をして電話を切った。明後日のテストに支障が出たらいけないから、長電話はやめておこうって言われ たけど、もしかしたら雲雀先生は電話は苦手なんじゃないかなと、ふと思った。電話が終わったあとも携帯が手放せなくて、ぎゅうっと 握り締めたままベッドの上をごろんごろんと転がった。なんだか耳が熱い。顔も、熱い。雲雀先生の声は色っぽいんだと思う。耳元で何か 言われると、腰がへろってなってしまいそうになるくらいに、艶っぽい。電話って耳に当てて相手の声だけ聞いているから、その点では なかなか大変だ。うれしくって、恥ずかしくって、心臓が大変です。 あ、と思って起き上がって、急いで着信履歴の番号をアドレス帳に登録しておく。名前を入力するときに一度「雲雀先生」と打ち込んで、 少し考えてすぐに消した。「雲雀恭弥」と打ち込んだら、さっき以上に顔が熱くなった。それでも消さないまま、携帯を閉じた。



やってしまった。一言で言うなら、やってしまった。テストが全部終わって、テスト返しも終わった月曜日。担任から渡された細長い紙を みて、素直にそう思った。テスト返却されていたときもなかなか危ないかと思っていたら、完璧にアウトだった。できるとは思っていなか ったけど、まさか、ここまでとは。個表という名の凶器は私の体中から体温をうばっていくようだった。3つも、赤点がある。今までは悪い ときでも1つだったっていうのに、3つなんて、3つなんて。ここ数日、先生と毎日電話をしていた。メールもしていた。それに浮かれて勉強 なんて頭に入らなくて。でも、でも、そんなの理由にならない。うちの学校は赤点3つ以上で、夏休みに補習があるって、いうのに。やっ ちまったー!



ーお前今回やっちまったなー」



担任のいたずらっぽい、ちょっと馬鹿にしたような言い方が、耳につく。



「夏休み、どこか行こうか」



先生の言葉がよみがえって、私はまた顔からさっと血の気が引いていく。せっかく楽しみに、してたのに!





やっぱり、馬鹿だ




「よかったなー!夏休みもお前の好きな先生たちに会えるぞ」
「う、うれしくないですよー!」


20070707(浮かれすぎは禁物)