来年も一緒に見ようね。勇気を出して言った一言に、雲雀はさあねと答えて私から顔を背けた。やっぱりだめなんだ、そう思って、私は こっそり涙を呑んだ。真っ暗な部屋に灯りは花火の光だけ。一瞬の光が私を照らすたび、惨めな気分を味わった。


お互いの気持ちがすれ違いはじめたころ、私は久しぶりのデートに雲雀を花火に誘った。案の定、雲雀はあんまり乗り気じゃなくて、しか もこんなときまで風紀の仕事があるという。いくらでも待つからと頼み込むと、あきれたように頷いてくれた。雲雀、ここで私が引いてし まったら、あなたがすっと私の前から消えてしまいそうで、怖いんだよ。幸せな日々は確かにあったというのに、こうも簡単に崩れてしま うものだろうか。雲雀は仕事が増えて、私はアルバイトをはじめて、お互いにお互いのための時間をとることが難しかった。きっかけは そこだったように思える。会う時間が減り、会話が減り、メールの数も減り。どんどん雲雀と繋がっているものが切れていく感触を 噛み締めながら私は怖くなった。このままじゃいけない。そう思ってバイトをやめて、一緒にいる時間を前のようにできるだけ作る努力を しようと決意したのに、私が行動を起こすには少し遅かったんだろうか。

雲雀の態度は冷たくて、私は戸惑うばかりだった。冷たくなんてない、普通の態度なのかもしれない。だけど私はどこか夢を見ているよう で、雲雀の心が私のそばにはもうないんだと告げられているようで、怖かったんだ。すんなり、あきらめればよかったのかもしれない。 私たちの心がだんだん離れていっていると気付いたときに、ああもうだめだと見切りをつけていればこんな悲しい思いはしなかったのかも しれない。どうしてあきらめられなかったの?それはまだ私が、どうしようもないくらい雲雀を、好きだったからなのに。やっぱり。 遅すぎたようだ。

「ひばり」
「なに」
「私たち、もうだめだね」
「どういう意味」
「別れよう、か」

こんな空気に耐えられずに口を開いたのは私だった。話を切り出すと、雲雀はこっちを見ない。とたんに全速力で逃げ出したい衝動に かられた。間が、たえられない。次にどんな言葉がこようとも、たえられるようにと心に鎧をかぶせたって、それが重くてたえられない。 頭の中でこれから来るであろう言葉を想像するだけで頭が真っ白になる。この緊張で頭がどうにかなりそうだ。吐き気が、する。



ドォン、花火の音と重なった、なつかしいその響きは温かくて、とたんに未練があふれだした。私は雲雀を好きなのに。どうしてこんな ことになっちゃったのかな。膝の上に乗った自分の拳を強く握ると汗がぐにゃりと私の皮膚を伝わった。

「僕は、」

雲雀の声がいつもよりも弱く聞こえるのは花火のせいだろうか。鳴り止まない花火の音は、雲雀の凛とした声を隠していけない。これが 雲雀との最後の会話になるかもしれないっていうのに。勇気を出して顔をあげると、意外にも雲雀はこっちを見ていて、その顔はどこか 悲痛そうにゆがんでいた。雲雀、雲雀も、別れを惜しんでくれて、いるんですか。少しの期待が頭をよぎって、すぐに涙が出そうになっ た。

「僕は正直、どうしたらいいのかわからない」
「な、にが」
「僕と別れたい?

頬に手を添えられた。雲雀の手は冷たくて、それだけで私の心はいっぱいいっぱい悲しくなって、気付けば首を横に何度も振っていた。 頬に添えられた手を握ったら、雲雀はびくりと震えて悲しそうに目を細めた。考える間もなく雲雀の胸に飛び込んで、わあわあ泣き出し た。そんな私を拒むでもなく、抱きしめるでもなく、ただ雲雀はされるがままになって私が落ち着くまで、一言だって言葉を発さなかっ た。ただ覚えているのは、私が泣きながら、雲雀が好きだと叫んでいたことくらい。どのくらい泣いていたかもどんなふうに泣いていたか も、今ではまったく思い出せない。雲雀が口を開いたのは、私の嗚咽がおさまりはじめてからだった。

「僕もまだ、君が好きだ。だけど、もうどうしたらいいのかわからない。だから、さよなら」

雲雀の悲しそうにゆがむ顔が切なくて、雲雀の言葉なんて聞きたくなくて、私はもう一度しゃくりあげながら繰り返す。

「来年も一緒に、花火みようね」

雲雀は何にも言わないで、さっきより悲しそうな顔をして私の目を見つめ返していた。花火がまた、ドォンと耳に、響くのだ。