だるい。今日はなんだっけ、猛暑日?とか何とかで、ありえないくらいに暑くて暑くて外を歩こうもんなら5分と経たずにのぼせてしまいそ うな気温と湿度で、どちらかといえば暑さに弱い私はへろへろになってしまって、こんな状態でクーラーもない教室に大人しく座っていた らきっと窒息死してしまうような気がして授業も受けずにクーラーのきいているであろう応接室に逃げ込んだんだけれどもこんな日にかぎ って雲雀はいないようで応接室に鍵がかかっているもんだから、これはもう最終兵器を使うしかないと合鍵で中へ入るとむっとした室温が 私を迎えてくれた。最悪だ。急いでクーラーを入れてもあっという間に涼しくなるというわけではなく、うだるような湿気が私につきまと うばかりだ。ソファに寝転ぶと、ソファ自体が生温かくてもうぶつけようのない怒りがこみあげてくるばかりだ。暑い。

うっすら目を開けると、さっきと何らかわらない景色がそこにはあった。私がここに入ってきたときと同じ。クーラーのリモコンの位置 も、私の置いたカバンの場所も、何一つかわっていない。まだ雲雀もきていないようだ。今日は来ないのかな。今何時だ?私はどのくらい 眠っていたのかな。あークーラー涼しくて気持ちいい。でもなんでかさっきよりも動く気がしない。だるい。さっきは暑くて何にもやる気 がしなかったけど、今度は快適すぎて何にもやる気が起きない。というかなんだろう、さっきよりも体がだるいような気がする。気のせい かな。まあいいや、もうちょっと寝てよう。

扉の開く音がして、私はまた目を開けた。また、寝てた。どれだけ寝てたのかな。なんだかすっごく長い間眠っていたときみたいにだるく てちょっと気分が悪い。頭ぼんやりして、涼しいはずなのに体の奥にくすぶっている熱がとれないみたいな、変な感じ。うーあー気持ち 悪い。クーラー病かな。クーラーにあたりすぎて気分悪くなった?いやいや、そんな馬鹿な。

「君にここの合鍵を渡したのは、こんな使い方をしてほしかったからじゃないんだけど」

何してるの。雲雀のあきれたような声が耳にじーんと響いた。さっきまでこの部屋にはクーラーの静かな音しか聞こえていなかったのに、 色んな音が生まれだす。雲雀が歩くたびに床が鳴くし、雲雀がクーラーのリモコンを手にとってボタンを押せば、クーラーが返事をする。 雲雀が生み出す音はどれも耳に心地いい。だけど今はお説教はやめてほしいな。頭働いてないし、気分が悪い。夏ばてだろうか。食欲も わかないしなあ。あ、やった、そしたら痩せれるかな。雲雀がもう一度、さっきと同じ言葉を繰り返す。何してるの。

「だるくて何にもする気が起きないー」
「ここは授業をサボるために提供した場所じゃないんだけれど」

雲雀が私に応接室の合鍵を渡してくれたとき、なんだかおかしな感覚に陥った。家の合鍵を渡されているような、そんな感じ。なんだか 気恥ずかしくてあのときはまともにお礼なんか言えなかったな。そういえばあの鍵をつかったのって今日がはじめてじゃないかな。今まで はなんだかんだで雲雀がいたから鍵は開いていたし。そっかー今日はじめてか。でもやっぱり、雲雀がいてくれたほうがいいな。そのほう が寂しくない。ぼんやりと雲雀を見つめていたら、雲雀はこっちに気付いたように見つめ返してきた。雲雀の目は鋭く光っているようで、 雲雀にみつめられていると自分の隅々までをのぞかれているように錯覚する。うわ、なんだろうこの言い方ちょっとえろいな。ねえ、。 そう雲雀に呼ばれたのに、私は返事をするのも億劫で首を少しだけ傾げた。

「最後に水分を摂ったのいつ」

水分?えーと、朝はご飯食べる気がしなくて、オレンジジュースをコップ半分くらい飲んで出てきたんだっけ。そっから学校きてすぐにこ こで寝ちゃったから、うーん、それが最後かな。のど渇いたかな。ちょっとなんか飲みたいかも。でも買いに行くのも面倒だし、だったら 飲まなくてもいいや。目を細めたら、雲雀が不機嫌そうに眉をひそめた。ああ、答えてなかったっけ。

「朝」
「量は」
「コップ半分」

だるい。答え方も自然とだらけてくる。それが気に食わないのか何なのか、雲雀はさっきよりも不機嫌そうな顔をしてため息をついてい る。ソファ占領してるのが気に食わないのかな。でももうひとつソファあるじゃないか。あ、もしかしてこのソファがお気に入りだとか。 残念でした、私もこのソファが一番気に入ってるんだよね。それにだるくて動く気しないから譲ってなんてあげません。早いもん勝ちなん です。のどをくすぐるような咳が出て、乾いた空気を吸い込むとよけいにのどがカラカラして咳が止まらなくなりそうだった。やっぱり のどが渇いているんだろうか。雲雀、買ってきてくれないかな。買ってきてくれるわけないか。もうちょっとしたら買いに行こう。今は だるくてしょうがない。目を閉じると、また扉の開く音がして、閉まる。雲雀、出ていっちゃったのかな。

名前を呼ばれる声が聞こえて、私は目を開けた。するとすぐそばに雲雀の顔があって、額にはうっすらと汗をかいていた。私が目を開けた のを確認すると手元のペットボトルのふたをねじって開けていた。あ、ポカリだ。いいな、私にもちょっとくれないかな。雲雀もポカリな んて飲むんだね。コーヒーとか紅茶とかしか飲まないイメージだったのに。雲雀はふたの開いたペットボトルに口をつける。すぐ横で飲む なんて、嫌味ですか。こっちはのどが渇いてるっていうのに。ごくんと唾を飲み込んだら、のどがかさかさした。ペットボトルから口を 離した雲雀はこっちを見るから、私は一口ちょうだいと口を開きかけた。のに、雲雀の腕が私の頭の後ろに回って私の頭を持ち上げるから 驚いていると、有無を言わさず口付けられる。なに、キス?濡れてる雲雀の唇が私のかさかさした唇に触れて、すぐに雲雀の舌が私の唇を こじ開ける。するととたんにぬるいポカリが私の口の中に入ってきた。思わず噴き出しそうになるのをおさえて全部飲み込むと、やっと 口を離してくれる。

「な、なに!」
「うるさい」

雲雀はそういって私をだまらせると、またペットボトルに口をつけて私に口付ける。口移しでポカリを飲ませる作業を何回も繰り返され て、こんなことされるくらいなら自分で飲むのにと毒づいたのはペットボトルのポカリが半分ほどになったときだ。

「買ってきたばかりで中身がまだ冷たいんだよ」
「冷たいのが飲みたい」
「少しぬるいほうが体が摂取しやすいんだよ」

ポカリを含まないままで雲雀が私にキスをして、それもねっとりと深いほうのキスで。ただでさえ口移しで頭が普段よりぼんやりしてきて いるのにこんなことをされて、変な気分になってしまいそうだった。のどがさっきよりもからからしないな。ああ、私は脱水症状でも 起こしていたんだろうか。体をくすぶる熱が、今や発熱なんだか雲雀に浮かされる熱なんだかもうわからないや。まだ水分が欲しいところ だけど、雲雀がなんだかその気になってしまっているようだ。さっきよりはだるいのがおさまったからまあいいか。雲雀の舌が私の口から 出て行って、そっと唇が離された。視線が絡んで、明らかに熱を持った雲雀の瞳が私をとらえて離さない。

「雲雀が買ってきてくれたの?」
「ほかに誰が」

すぐにまた口をふさがれて、それ以上もう何も言えないようにされてしまった。自販機まで買いに、わざわざ雲雀が動いてくれたのか。こ の暑いなか。そう思うととてつもなく嬉しくて、やっぱり私は熱に浮かされる。





アンニュイ注意報

20070817