俺は王子。俺の中には王族の血が流れてる。だから王子。生まれながらにして王子。生まれたとき、その瞬間から、俺は王子だった。俺が何をしても、言っても、誰も注意するやつなんていなかったし。きれいなものだけを見て育ってきたせいか、俺はとっても純粋で素直な子に育ったし。俺以上に完璧な王子なんていないんじゃないの?ってくらい、最高の王子だったと思う。でも、俺のいるこの世界は小さすぎた。切り取られたかのように制限され続ける生活なんて、俺には不釣合いだ。俺くらい大きな男には、こんな小さな世界、狭い視野じゃいけないと思っていた。だからこそ、俺は壊してやったんだ。
外へ出て、いろんなものを見た。はじめて見るものばかりで、とてもキラキラして見えた。そこで改めて俺は自分がどれだけ世界を知らなかったのかを知った。世界がどれだけ大きいのかを。きらきらしたものが多い反面、汚いものも多かった。というか、むしろ汚いもののほうが多いのかもしれない。俺には不釣合いの汚いもの。キラキラしたものこそが俺に似合う。だっておれ王子だし?きらめく宝石、歩けば誰もが振り向くきれいな女、誰もがうらやむ地位、権威。そういうのこそが俺にふさわしい。与えられるだけの日々に飽きちゃったんだよねぇ?暇つぶしにもなんないオベンキョーやら、メイドの機嫌伺うような態度とか、もう全部面倒だし。城にいるメイドも抱き飽きたしねぇ?城だけが自分の世界なんて、ちっさすぎんだろう。だから俺は外に出たの。やりたいことは決まってる。俺は、選ばれた存在なんだから。王子サイコー。


服の裾が引っ張られるような感じがして、そのまま引きずって歩いてもよかったんだけど振り返ってみた。後ろにいたのはきったない女。女とかろうじてわかったのは、ぼざぼざな髪がとても長かったからだ。髪が短かったらこれ絶対女ってわかんないね。その女が汚い頬を涙に濡らして助けてくださいって高い声で泣き出すから、俺は思わずあきれた声で「はぁ?」なんて言っちゃったよ。無視していくつもりだったのに、あーあ。


「なに?汚い手はなせよ」
「い、妹が、病気で…!」
「医者呼べばいーじゃん。王子忙しいの」
「お、おか、お金がなくて…っ」


しゃくりあげながら泣き出す女。お金がない?なにそれ。働けばいいじゃん。働いて稼げば手に入るだろう金くらい。まあ俺は王子だから、働かなくても金いっぱい持ってるけど?よく見たら、こいつまだ全然若そうだった。十代なのは確実で、俺と同じくらい。いや、それ以下に見えた。とにかく面倒で、早くこいつを何とかしてしまいたくて、もうひとつため息をついて目の前に座ってみた。殴って蹴って、殺してしまってもよかったけど、さっそくコートを血で濡らすのがなんだか嫌だったんだよ。前髪をあげて顔をよく見れば、意外にきれいな顔立ちをしていた。びっくりしたように目を丸めて、だけど涙は止まらずぼろぼろこぼしている姿が滑稽で、ちょっと笑えた。ポケット探って、手に取れるだけの金貨を目の前でみせつけて、地面に落とした。女の目はおもしろいくらい俺が出した金貨を目で追った。だけど手は出さずに、じっと金貨をみつめて、それから俺のほうに顔を上げた。


「ほしい?」
「はい」
「金がほしいなら稼がなきゃじゃね?」
「でも、今すぐにほしくて」
「体売れるってんなら、金やるぜ?」


そんな顔で、体で、買ってくれる物好きもいないんだろうから?心の中でくつくつ笑って、そのあとの反応を待った。おびえた目をして嫌です、とか?それとも金はほしいだろうから金貨を何枚かとって逃げてくんじゃね。そしたらすぐに殺すけど。こんくらいの金をほしがるくらいの貧しい女。王子が城にいるときには見たこともなかった。本当にいるもんなんだこんなにきったない女。いやだね汚い女なんて、絶対に抱きたくない女だ。こいつがどんな答えを出そうと、反応をしようと、結果は決まってる。俺は確実にこの女を殺すってこと。うししって笑い出しそうになるのをこらえていたら、女は俺が考えたどの反応もしなかった。歯を食いしばるように、ぐっと口をつぐんで、俺をまっすぐに見据えてから、わかりましたって言った。その声さえも、しっかりと意思を持ってるみたいに、なんかよくわかんないけど、強い力を感じた。驚いた。というか、自分の耳を疑った。こいつなんていった?聞き返すのも馬鹿らしく思えて、ただそいつをみつめるしかなかった。俺をみつめてくる瞳が、何かを伝えるみたいに真っ直ぐで、真っ直ぐすぎて、あっけにとられた。おいおい、体売ってもいいっての?やっすい女。王子はそんな女嫌いだよ。だけど、ちがうんだろう。妹、病気だっつってたっけ。そいつのために、必死なのかよ。涙ぐんでるくせに、流さないように必死で、だけど俺をみつめるその瞳は本気で。


「お前、名前は」
、です」
…」


気付けば名前を聞いていて、気付けば名前をつぶやいていて、気付けばその名前を心の中で何度も繰り返していた。そして、気付けば右手でのあごに手をやって、キスをしていた。あれ、どうしたんだろう。王子、こんなつもりじゃなかったのに。だって、こいつを殺すつもりだった。あんなに汚い女にキスするなんて。俺にはもっと、もっとキラキラした女がお似合いだろう。それなのに、あんなに汚い、汚い女。あんな汚い女が、キラキラして見えたんだ。どうしたんだろう?王子、王子があんなちっぽけな女に、惹かれてるなんてさ。





キラキラ



20070330