「た、大変なことが起きました…!」
「どんな」

ため息混じりにつぶやかれた返事は、まるで社交辞令だとでも言われているがごとく適当で、視線でさえこちらに向いてくれない。とりあ えず、あの雲雀さんに返事させるということだけでも私の存在はだいぶ昇進されるものだ。ミジンコからすずめくらいに。きっとこの世界で 雲雀さんにどんなものであれ返事をさせる人物というのは、片手で足りてしまうくらいの人数だと私は思うね!そうなると私はなかなかすごい やつということになる。これがなんの権力も持たないただの男子中学生であったのならそうでもないけど、このお方はただの男子中学生な どではなく、雲雀恭弥さんなのである。これがどういう意味を成すのか、わからないやつはモグリだ。どんなモグリだ。とりあえず、くだ らないことをぐだぐだに並べつけるよりも話を戻すとしよう。さっきも言ったとおり、大変なことが起きてしまったのです!

「あ、あのゆっこにも、ついに彼氏ができてしまったのです!」
「ゆっこって誰」

世間で言う、中学二年生というのは急激にカップルが増えるそうです。去年までは、へーそうなんだーなんで中二なんだろー来年かーでも 私たちの学年はそんなことなさそうだよねーみんな仲良いもんねーとか思っていたらそうでもなかった!世の摂理に則って、やっぱり増え ましたよカップル。いや、増えたというよりも0から急激にできはじめました。中二の夏休み前からはじまりまして、その勢いは今まで 衰えることを知りません!どこかでカップルができ、別れたかと思えばまたくっつき、そのうち男女が一周してしまうのではないかと 思ってしまうほどに。そして、彼氏というものに憧れを抱きだした最近、クラスで一番仲の良い友達の中野結子ちゃんこと、ゆっこにもな んと彼氏ができてしまったのです!しかもその相手が北山くん!おーい北山くん!

「世界で一番愚かしい生物だよね、中二って」
「世界中の中二さんに謝ってください雲雀さん」
「それで、これのどこが大変なことなの?君としてはおめでたいことだろう」
「が、学年で彼氏いない歴イコール年齢という生徒が、全体の3分の2を切りました…!」
「だからなに」
「3分の1の中に私が含まれてしまっているんです!どうしましょう!」

やっとこっちを向いたかと思えば、かわいそうなものでも見るような目で見られました。ジーザス!ちなみにこのジーザスってイエス キリストのことらしいね!この前雲雀さんに教わりました!いやでも、なんか、ね。それなりに恥ずかしいというか、なんというか。私も彼氏 とかいてみたいなーって思うんですよ。彼氏のできた女の子はどこか幸せそうで、どこか自慢げで、なんだかうらやましいんですよ。彼氏 がいるってどんな気分?デートをしたり、手を繋いだり、キスをしたり。それってどんな気分なのかな。憧れてしまう乙女心をわかってく ださいよ、雲雀さん。

「どうしてそれを僕に言うわけ」
「同じ学年の人になんて恥ずかしくて言えませんよ!その点雲雀さんは学年不詳だし、適任です!」
「そんな適任いやだ」
「聞こえません」
「実は僕、中学二年生なんだ」
「うううそ!?」
「聞こえてるじゃないか」

すぐさま雲雀さんの手にしていた日誌がばちんと飛んできて、私の顔に直撃した。しかもあれです、角が額に当たりました。痛い!額を押さえ てうずくまると、そんな私を無視して仕事を再開してしまう雲雀さんを憎らしく思いました。ひ、雲雀さんって私と同じ学年だったのか、知らなか った。年上かなくらいに思っていたけど、まさか同い年だったとは。新事実!雲雀さんってどの学年の人にも怖がられてるから知らなかったな ぁ。そっか、同い年か。そう思うと急に親近感がわいてくる。起き上がると、何かを思い出したかのように雲雀さんが顔を上げた。

「さっきの嘘だから」

嘘かよ!

「それで?対策は何か考えているわけ」
「対策?」
「男をつくるんだろう」

そうか!ただ待っているだけじゃ、彼氏なんてできるわけないよね!でも、対策?対策ってなんですか。どうすればできるのかな。よし 明日あたりゆっこに聞いてみようかな!今日は北山くんとばっかり話してて私のこと構ってくれなかったから、明日は構ってもらうんだ! いや、でもここは邪魔せずに見守るべきなのか?ゆっこ幸せそうな顔してたもんなぁ。ゆっこは自分から惚気とかしてこなさそうなタイプ だし、私に気をつかってたりしそうだな。さっきは「大変なこと」扱いしちゃって、ちょっと悪かったな。やっぱり友達だし、ゆっこの 幸せを一緒に喜んであげないとだよ!ゆっこが嬉しそうな顔してるのは、私も嬉しいしね!

「でも、恋人をつくる前に、恋をしたいな」

くす、雲雀さんが小さく笑う声が聞こえた。

「僕もね、最近になるまで恋やら愛やらにはまったく興味がなかったんだよ」
「最近になるまでってことは」
「でも、それも悪くないかなって思えてきたんだよ。最近、ね」
「わ、わー!雲雀さんも恋ですか!だ、誰ですかこっそり教えてくださいよ!」

胸がちくんとした。雲雀さんも、恋か。雲雀さんはかっこいいから、きっと告白なんかしたら相手の女の子はころっとついてきちゃうね! いや、ころっとって表現はおかしいか。雲雀さんが、好きになる人はどんな人だろう。なんだか胸が苦しくなった。ゆっこに彼氏ができた って聞いたときも、こんなふうにはならなかったのに。どうしてだろう。なんだか頭が重たく感じて、こてんと横にするとソファのちょう ど硬い部分に当たって痛かった。雲雀さんが私をバカにするみたいに目を細めて笑って、これは教えてくれない気がということがわかっ た。そうはいくもんか!はぐらかされる前に聞きだすぞ!そう思って雲雀さんの机に身を乗り出して教えてくださいよと言うと、いつもな ら不機嫌そうにうるさいと言うくせに、今日は楽しそうに笑いながら指を組んだ。

「教えてあげないよ」

頬をふくらませて、ヒントだけでも!と聞こうと思ったのに、雲雀さんがふいに指を私のほうに伸ばしてくるのが驚いて黙り込んでしまっ た。な、なに?目潰し?指はあっという間に私のあごをとらえて、なんだなんだと思っているうちに雲雀さんのほうに引き寄せられた。 んん?思っているうちに、鼻先に雲雀さんの口が当たった。あたった?当てられた。当てられた?これは世に言う、キス、では。

「ひ、ひ、雲雀さん今の、なに」
「おまじない」

何の、と聞く前に、私は床にしりもちついて座り込んでいた。







神様

みたいにう人



20070918