獄寺の背中を見ていただけなんです。校則へのわずかな抵抗なのか、微妙にはみ出たシャツがどうにも気になって、いっそのことすべて 出してしまえと獄寺のシャツを引っ張ってみるとそれがあまりに勢いよかったらしく、べろんとめくれたシャツは獄寺のお腹をすべてあら わにして静かにズボンの上に収まってくれました。もちろん怒られたのは言うまでもありません。

「て、んめぇは何がしたいんだよ!」

獄寺の白い顔が怒ってる。夏だから、暑いから、よけい機嫌が悪いんだな。獄寺は白人のような顔をしているだけあって暑さに弱いよう で、授業中でもよく机の上で溶けているから。夏は獄寺の元気が三割減、獄寺の機嫌の悪さが三割増といったところだろうか。可愛いんだ けど、同時にかわいそうにもなってくる。好きな人の、調子の悪そうな青白い顔を見ているのもつらいんだよ獄寺くん。いや、だからって さっきのシャツめくりと関係があるのかといったらまったくないわけで。どう言い訳をしようか考えあぐねていると、怒っていることにも ばてたのか机からはみだしそうなくらいにどろけだした。ちなみにこのどろけだしたというのは、だらけると溶けるを混ぜてみた新しい 用語である。みなさんよければ使ってほしい。

「涼しくなかった?」
「うっせ、わかんねぇよ」

だらしなくはみ出たシャツが微妙に汗ばんでいる。本当に暑いの、だめなんだな。私も得意なほうじゃないけど獄寺は本当に調子悪そうだ もんね。白人の血が混じってるせいかな。きれいな顔してるし。シャツの白さに近いくらいの白さだよ。あれ、うまく言えないけど。本当 に調子の悪そうな青白い顔がかわいそうだなと思って、さっき濡らしてきたばかりのタオルを獄寺の頬に当ててみると、突然水をかけられ た犬みたいにびくびくっと痙攣して起き上がった。

「きもちーい?」
「声を、かけやがれー!」

本当に獄寺はびっくりしたようで、最近の中では一番大きな声を出して今度こそばったりと机の上になだれこんでしまった。ありゃりゃ、 机の上の筆箱とかノートとかがばったばった下に落ちちゃってるよ。そんなの気にしている元気もないらしいい。今日は一段と元気がない ね獄寺くん。今度はちゃんと声をかけてからタオルを顔に乗せて、机の周りに落ちたものを拾っていると、うつろな目でこっちを見下ろし ている獄寺と目が合った。手伝う気はないらしい。まあ、私のせいだからいいんだけどさ。さっきのは親切じゃありませんか。うまく伝わ らないのが悔しかったり。私なりに、あなたのことが好きなんですよーと、伝えたいんだけど。うまくいかないな。

「…お前、帰んねーのかよ」
「うん」
「なんで」
「獄寺に構ってもらおうと思って」

いつもいつも、獄寺は調子が良くても悪くてもこうやって沢田を待って教室で時間をつぶしていることを知っている。だからこそ残ってい たんだけど、獄寺にはいまいち伝わっていなかったようだ。まあ別に気付いてくれなくてもいいんだけどね。私が勝手にやってることだ し。涼んでもらおうと思ってたんだけど、それもうまくいかないし。獄寺に嫌われちゃったかな。それはさすがに、悲しいかな。

「お前」
「うん」
「さっきみたいなこと、俺以外の男子にやんじゃねーぞ」
「タオル?」
「ちげえ、シャツ」
「わかったー」
「おう」
「獄寺が早く元気になってくれるなら、なんでもいいや」

心からの願いだった。最近の、私の好きな獄寺は元気がなくて私はつまらないんです。私のバカに元気よく突っ込んでくれないと、つまら ないよ。本当はあのタオルだって、あなたのために濡らしてきたんだから。理由なんて知らないけど、いつもなぜだか沢田を待っているあ なたは健気で、つい沢田に嫉妬してしまいたくなる。でも体調が悪くたってちゃんと待っているあなたをなんだか応援したくて。私に構う のはあとでいいから、早く元気になってね獄寺。わたし夏は好きだけど、あなたの元気のない季節なら私は夏を好きじゃなくなります。 だから、早く元気な顔を。

腕をぐいと引かれて、腕に抱えていた筆箱やらノートとかがぽろぽろと落ちてしまう。あ、せっかく拾ったのに。顔をあげると、私の腕を 引く手と反対の手が私の顔に伸びてきて、私の前髪をそっとあげた。ふわりと漂ういいにおいに驚く間もなく、額に触れるやわらかいも の。ついぼんやりしてしまうと、すぐに離れていった獄寺の顔が目に入った。さっきよりはだいぶよくなった顔色。私はどうやら、獄寺に 額にキスをされたようだ。

「お前、顔真っ赤」
「獄寺も、顔真っ赤。ちょっとは元気になった、のかな」

うつむきがちに、また落ちてしまったものを拾って今度は落ちてしまわないように私の机に乗せていると、まだという小さな声が聞こえて きた。さっきの返事だろうか。不思議に思って顔をあげると、それを待っていたかのようにまた私の腕を引いて今度は口にキスをされる。 ファーストキスなのに、目を閉じるのも忘れた。獄寺のきれいな顔がこんなに近くて、長いまつげはきれいに並べられているみたいに閉じ られている。何が、起きてるのかな。長く感じたキスはたった一瞬。離れてからさっきよりも真っ赤になった獄寺は机の上に倒れこんで何 も言わなくなってしまった。

「げ、元気になった、の…?」
「…おう」

なら、私は満足です。








夏の王様 // 080119