頭に残る、おまじないという甘い響きの言葉。やけに楽しそうな笑顔。あのあとは呆然として何も考えられず、普通に帰されてしまったけどよく考えるとわからないことだらけだ。ここでみなさんに聞きたい。キスってどんなときにどんな相手にしますか。い、いや別にキスといっても口と口じゃないですよ!マウストゥーマウスなんかじゃないんですけど、あの、鼻にちゅってするのもキスって言いますよね?それをされたんですが、どこをどう考えてもキスをされる理由がみつからないんです。そのときの状況を振り返っても心当たりがいっこも見当たらないんです。ないのかな?いや、私の貧相な頭では理解のできない何かが起きていたのかもしれないです。起きていたのかな?考えても答えなんて誰も教えてくれませんが、とりあえずキスなんてされたのは生まれて初めてで、相手はしかも雲雀さんで、わああわからない!

一晩中考えて、知恵熱が出るんじゃないかと思うくらい悩んで、それでも結果なんて出ません。ちらっと、ちらっとだけですよ?もしかして雲雀さんは私のことが好きなんじゃないのか、と思いましたよ。いや、本当にちらっとなんですけどね!ちみっとだけ!でもよく考えてもみてください。さっきも言いましたが、相手はあの雲雀さんです。雲雀さんだからどうしたんだと言われたらどうしたんだろうと答えるしかないんですが、とにかくそんなことはありえないだろうとその可能性は即刻全否定!じゃあほかにはどんな理由が?結局は同じところをぐるぐると回っているような、前へ進めはしないんです。

おまじない、おまじない。おまじないという言葉を最後に聞いたのはたしか小学校6年生のときだ。やけにそういうのがはやっていて、とくに恋愛面でのそういう話が女子の間で流行っていた覚えがある。そのせいかおまじないと聞くとなぜだかイコール恋愛が浮かんでしまうのだけれど、相手が私じゃあまずこれはありえないだろう。私の偏ったおまじないの方程式を訂正すべく辞書を引いてみることにしました。おまじない、おまじないっと。「お」のどのページにもおまじないという単語はなく、「まじない」というのが本当の名前であることに気付いたのは辞書とにらめっこをはじめてから20分が経過したときだ。あ、あった、へえおまじないって漢字だと呪いって書くんだ。意味は、「神仏や霊力をもつものに祈って、災いを逃れようとしたり、また他人に災いを及ぼすようにしたりすること。また、その術。呪術。」ん、ん、ん?よけいにわからなくなった。えっと、つまり私が災いってことだったりするのかな?うっとうしいよきみっていう意味でのろわれたとか?あれれ!そうだったの雲雀さん!?おまじないっていうからなんだか色恋沙汰なんだと勝手に勘違いしたりしたけどあれれ雲雀さん、あなたの言うおまじないってもしかしてのろいのこと!?

私がショックに打ちひしがれていると、私の最愛の友人である中野結子ちゃんこと、ゆっこが声をかけてきました。

「ね、ねえ、どうしたの?さっきの授業中、先生の話も聞かずにずっと百面相しながら辞書を見てたでしょう」
「べ、勉強してたんだよ!授業だってちゃんと聞いてたし」
「…数学の授業中に辞書開いてる人はじめて見た」

…よく先生に怒られなかったなと思います。それとも先生の当てる気が失せるほどに必死な顔をしていたとか。百面相って、そんな顔してたかなあ。そう思って頬をむにょんと引っ張ってみるとやわらかいお肉がたくさんつまめました。あれ、ちょっと太ったかもな。昨日考えごとをしながら久しぶりにたくさんお菓子食べていたのが悪かったのかもしれない。そもそもあんなに悩んだこと自体が久しぶり。ありゃ、なんでだろうな。勝手に気分がぶくぶく沈んでいくようです。雲雀さんにのろいを受けたという事実がそんなに悲しいのかい、わたし。いつも蹴られたり殴られたりされているだけに身体的な苦痛には強くなっていたものの、精神的な苦痛には弱くなっていたんだろうか。それともこれは新手のいやがらせ?暴力に屈しなくなってきた最近の私をつまんなく感じて、とか。あの人エスだからな。いやでも別にわたし暴力に屈しなくなったわけでもないよね!胸張って言うことでもないけどさ!だって雲雀さんの暴力には多少なれたものの痛いし怖いし怯えるし。決して雲雀さんを退屈させるようなリアクションは取っていないはずなんだけどな。…って何を考えているんだ。これでは雲雀さんを喜ばそうと頑張っている健気で可愛い雲雀さんに恋する女の子ではないか。

「ねえ、どうしたの?昨日構わなかったことすねてるの?」

そういえば、昨日は確かゆっこに彼氏ができて構ってもらえなくて寂しくて話を聞いてほしくて応接室へ乗り込んで。彼氏彼女の話をしていたときにキスをされて。ああ、もしかして雲雀さんは私がうざかったんだろうか。自分に興味のない恋愛話をうだうだとする私を煩わしく思ったんだろうか。しかもかなり騒々しかったし。黙らせたくてのろいなんてことを。でも、まだ納得がいかない。だってあのときの雲雀さんはどこか楽しげに笑っていて、からかうようなそれでも真面目そうな顔をして私の目をまっすぐに見てきていたのだ。そうだ、それにあのときの雲雀さんは好きな人がいるといった。好きな女の子がいるというのに、別の女にキスをするってどんな理由があるの?私にはわからない、わからないよ雲雀さん。

、何かあった?何か悩んでるの?」
「ゆっこはどんなときに人を呪おうと思う?」
「え、ええ!呪いってなに!」
「わたし、わたし、呪いをかけられちゃったのー!」

教室中に響くような声でうわああんと叫ぶとすぐさまゆっこに頭をがばっと抱きしめられてしまった。ゆっこの大きな胸が私の顔にぶつかって声が出ないアンド息ができない。うぐ、苦しいい。ゆっこめ、こんなに立派な胸を持っていたとは知らなかったぞ。今度着替えのときに触ってやるんだから!ていうかちょっと分けてよね!じゃなくて、私もう大きい声で叫ばないからそろそろ離してくれないと、くくるし…!

「誰かを呪おうとか思ったことないけど、呪おうと思うくらいなんだからが相手に何かしたんじゃないの?」
「心当たり、ない…」
「じゃあ聞かないと!それで何か悪いことをしたんなら謝って、ちがうなら殴って呪いを解かせればいいんじゃない!」

いや殴るってあんた…。にこりと笑った顔が素敵で、ああやっぱり私はゆっこが好きだなあと思いました。こんな極論を私に説いてくれていますが、決して本気なんかではなくて誰より何より平和主義なんですが、私を励ますために、笑わせるためにこんなことを言っているんです。本当に殴ったら私が怒られちゃうんですからね。私は大きくうなずいて、ゆっこの手を取ってぶんぶんと振ってみた。チャイムが鳴る音も気にせずに教室を飛び出すと教室を入ろうとしていた先生にこらー!と言われてしまった。ひ、雲雀さんのせいなんですから私を怒るなら雲雀さんも一緒ですよ!なんて、雲雀さんなら先生は怒れないかな。雲雀さん、あなたからキスを受けたとき、正直うれしかったんですよ。なんでかなんて、おまじないのことで考えるの忘れてたけどこれってもしかして、あなたのことが好きだからなんじゃないかって思うんです。だってそうでしょう?私はクラスのまあまあ仲の良い男子にキスをされたってうれしくもなんともないですし、むしろ怒って殴って土下座させてやりたいところですよ。それをひとつだってあなたにしなかったのはあなたが怖いからでもあなたに勝てる気がしないからでもなく、何よりそれが嬉しかったからなんじゃないかと思うわけです。でもこれが呪いなんだとしたら私はショックですし、あなたに何かしたのかなと考えると胸が痛くて苦しいので謝りたいわけで。とにかくあなたに会いたいわけで。

ノックもせずに、いつもどおりばたんと応接室に駆け込むと驚いたような雲雀さんの顔がこっちを向いていた。すぐにあきれたようにため息をついて笑って、手に持っていた書類を机に置いて私の名前を呼ぶ。それだけで、なんだか胸がぎゅうとなる。

「授業は始まっているけど?」
「聞きたいことがあります!」
「無視か」

今はとりあえず結果を出すのが先だ。あとからいくらでも謝りますから、ちょっとだけ待っててくださいよ!

「私が呪われた理由を、教えていただきたいです」
「呪われた?誰に」
「とぼけないでくださいよ!雲雀さんにです!」

雲雀さんは少し考えるそぶりを見せたかと思うと、すぐに理解したようにうなずきながらため息をついている。いつも思うけど、どうしてこんなにも理解力がすばらしいんでしょう。この人に苦手なものってあるのかな。頭も良いし運動もできるしかっこいいし。だんだんこの人に惚れたのが悔しくなってきた!別に外面だけをみて好きになったわけじゃないんですから。

「僕はおまじないって言ったんだよ。願いや希望を叶えるおまじない。ちがいがわかるかい?」
「あれ、じゃあ雲雀さんは、何をお願いしたんですか」
「内緒」

不適に笑う顔が素敵で、だけどなぜだかむっとした。わたし、わたしキスされたんですよ?雲雀さんにしてみればただのおまじないだったのかもしれませんけど、私にしてみればあんな経験はじめてで、だからこそなんであんなことをされたのか知りたいのに。教えてくれたっていいじゃないか。

「わたしおまじないのせいで、昨日から雲雀さんのことしか考えられなくて困ったんです!雲雀さんのせいですよ!それなのに教えてくれないって、私はどうしたらいいんですか!」

なんだか、うまく伝えられないのがもどかしい。もっと私に、雲雀さんみたいな文章力があったりすれば知的に伝えられたりしたのかな。きっとあきれてる。あーあ、結局ここへ乗り込んでもわからないままか。ゆっこの言ったとおり、本当に殴りかかってみようか。勝てる気はしないけど、何もしないで帰るよりはましな気がしてきたぞ。もういっそ昨日のキスのことは忘れたほうがいいのかな。犬になめられたと思って。いや、無理でしょう。忘れられないよ。あのやわらかい唇の感触も、生温かい吐息の感触も。なんだか悔しくなってきて、いっそ仕返してみようかと思った。思ってからは速かった。ちょっと驚いて何かを言おうと口を開きかけている雲雀さんの前まですばやく移動して、胸倉をつかんできれいな顔の真ん中についているきれいな形をした鼻に唇をあてて、すぐに手を離してみた。

「し、仕返しです!」

恥ずかしくなってそのまま背を向けて部屋を飛び出そうとすると、腕をすんごく強い力で引っ張られて後ろへ引き寄せられ、これは世間でいう後ろから抱きしめられる形になってしまった。わ、わー!私の肩に雲雀さんの顔がぬっと乗っかってきて、もうそれだけで心臓が破裂しそう。

「お願い、叶ったよ」
「な、え、ちょ」
の頭のなかが僕でいっぱいになりますようにって」

どうしよう、もう、おかしくなりそうなくらいにどきどきしてる。雲雀さんは罪な男だ。

「わ、わたしのも、か、ないました」
「え?」
「雲雀さんが、おしえてくれますようにって」
「へえ、このおまじないはよく効くみたいだね」

雲雀さんがくすりと笑って、私のおなかのあたりに腕を回したかと思うとそのまま持ち上げてソファに座り、その膝の上に私を座らせた。なにこの体勢!なにこの体勢!お父さんとしたことのないこの懐かしい感触はなに!私がすぐに立ち上がろうとすると、まだお腹にまわっていた腕に力が込められてまったく動けない。ちくしょう!ていうか、雲雀さんお願いですもう動いたりしないからお腹の手をどかしてください。ふ、太ったかもしれないんですってば!どうしよう、こいつの腹ぶよぶよだよとか思われていたら!雲雀さんの片手が私の頬に触れて、ゆっくりと振り向かされた。艶めかしい微笑に、思考はすべて停止した。

「じゃあ次のおまじない。が僕を好きになりますように」

寄せられた唇は、今度は私の唇に触れてちゅっというかわいらしい音を立てて離れていった。雲雀さん、それはもう、手遅れです。好きより好きに、なってしまっているんですから。







悪役

みたいにる人



20070918