くあ、と高い声でが鳴いて、僕は顔をあげた。さっきと比べて読むペースが格段に落ちた本をベッドに広げてうつ伏せに寝転がりながら、こくりこくりと首を動かしている。その姿が愛らしくて思わず手を伸ばし、まだひんやりと冷たい彼女の髪に指を滑り込ませると虚ろな目でこちらを見返された。腕を動かせば指を撫ぜるようにさらさらとこぼれていく髪の一本一本を目を細めながら見送ると、は不思議そうに首をかしげた。やはり目は開ききっておらず、今にも閉じて寝息を立ててしまいそうな顔だ。今度は形を確認するように髪の感触を楽しみながら頭を撫でるとごろんと転がって仰向けになって顔を見せてくれた。まだ微かに上気している頬が扇情的だ。

、まだ髪が乾ききっていませんよ」
「わたし自然乾燥派だもん」
「風邪ひきますよ。それに眠たいなら、ちゃんと布団に入りなさい」
「骸、お母さんみたい」

くすくすと楽しそうに笑って、まだ頭を撫でている僕の腕を取って手のひらに唇を寄せた。少し照れたように笑ったかと思えば、また眠そうに瞬きをゆっくりと繰り返している。驚いて、でもすぐに僕は高鳴る鼓動を感じながら笑顔を浮かべるとも釣られたように笑っている。の顔を固定して触れるだけのキスをすると、ねだるように小さなため息をつくのがわかって、僕の理性をぐらぐら揺らしているようだ。それに逆らうことなく、顔中にキスをしていると静止の声が聞こえてくる。しかしそれさえもどこか色気を帯びていて、まるでやめないでといっているようにも聞こえてしまう。最後にもう一度、唇にキスを落として顔を離すとさっきよりもわかりやすいほど頬を赤くしたが少しむくれていて、僕は思わず声を漏らして笑ってしまった。

「骸、明日までのお仕事は?」
「来週までに延びました」
「あれ、じゃあなんでこんな遅くまで」
「早く片付けて久しぶりにを遠くへ連れて行こうかと思って」
「なんだ」

待ってたのに。最後まで言わせなかった言葉はたぶんそんなものだったと思う。知っていましたよ。が僕に付き合って、頑張って起きていてくれたことくらいね。そばで僕のために頑張ってくれていることが可愛くて、うれしくてつい隠していましたけど、決して意地悪をしたかったからというわけではないんです。キスを繰り返しての目が潤んできたころ、無意識に髪にキスを落とすとは優しく微笑んで僕のほうを向いた。僕のほうに手を伸ばし、頭をそっと撫でられる感触が心地よくて思わず目を細めると猫みたいという声が降ってきた。いいかもしれない、君だけの猫になるのも。毎日愛情という名のえさを忘れないでくださいね。僕、死んじゃいますから。あと、ほかの男がに近づいてきたら噛み付いてやるんです。楽しいかもしれない。けれど猫になってなってしまったらこんなふうにキスをすることも、言葉を交わすこともできなくなる。改めて、僕は人間としてと出会えてよかったと実感してしまう。

「髪触るの好きだね」
「それは間違いですよ」

眠そうに細められていた目が急に大きく開いて、きょとんとしたような顔をする。へえ、そういうふうに思っていたんですか。確かに好きかもしれませんね、髪を触るの。でも僕は髪を触るのが好きなんじゃないんです。たとえばの髪がきれいでなくても、ストレートでもウェーブでもくせ毛でも、どんな髪型であったってどんな感触であったって触れていたと思うんです。

「僕はのすべてを愛しているんです」

僕の言葉にひどく反応して、顔をこれ以上ないくらいに真っ赤にしてぷいとそっぽを向く彼女がどうしようもなく愛おしくてしょうがないんですが、どうしたものでしょうか。恥ずかしくて僕の目も見られないといった様子がひどく可愛くての頭から抱き込んでベッドに寝転がると驚いたような悲鳴が僕の胸に響いてきた。体が少し冷たい。だから布団の中に入りなさいって言ったのに。キスをしようと思って頭から手を離して顔をのぞきこむとまだ目を合わせてくれないがすねたような、真っ赤な顔をして口を開いた。

「骸はなんでそういう、恥ずかしいことを平気で言うかな」

おかしな子だな。恥ずかしいなんて思ったことはないのに。だって、本当のことなんですもん。君が好きで君が愛しくてしょうがないからそう伝えて行動に示しているだけ。そして君も僕を好きだということがわかっているからこそ、遠慮なく気持ちをぶつけている。それだけのこと。照れるは可愛いけど、僕が照れたところで笑われてしまうだけでしょう。それに僕は自分の気持ちは言いたいときに言う派なんですよ。いつ別れがあるか、わからないから。ただ、それだけ。それだけのことで、どうしようもないくらい大きな喜びをくれる君を本気で愛してしまって、手放せなくなってしまっているんだから、本当に困っているんですよ。




甘く香る

070323