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第一章「竹取物語のような」

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・教室

LHRで文化祭の話を決めている中
那智(なち)、机の上で眠っている

委員長「ということで、五組の劇は竹取物語に決定しましたー」

疎らな拍手が響く

委員長「配役はー…」

まだ眠っている那智

達弘 「那智……」

達弘(たつひろ)、後ろの席から那智を突付く

那智 「……うーん……」
達弘 「おい那智…起きろって……」
那智 「…んー…」
委員長「大木(おおき)!」
那智 「はいっ!」

那智、飛び起きる

委員長「てんめぇ俺がやりたくもねぇ仕事やってやってんのに眠りこけやがって!」
那智 「は、はい…ごめんなさい…」
委員長「てめぇが翁だよ!」
那智 「へ?」
達弘 「劇の話だよ。竹取物語だってさ」
那智 「翁?俺が?」
達弘 「そう」
那智 「なっ!なんで!?」
委員長「大木那智。お、き、な。な?」
那智 「はぁ!?わけわかんないって!なんでそれで俺が出ることになってんの!?」
委員長「馬鹿野郎。寝てた奴に文句言う権利なんかねぇっつの。んで帝はそのまま御門(みかど)でー」
達弘 「はぁ!?俺!?」
委員長「恨むなら先祖を恨め。かぐや姫は誰がやろっか。うーん…」
達弘 「なんで俺が……っつかなんで男子校でかぐや姫なんかやろうとしてんだよ…」

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・竹やぶ

竹やぶの中に入っていく那智と達弘

委員長『まっ、というわけで、今日から準備に取り掛かりマース。
    裏方は裏方で準備してもらうので、大木と御門はちょっくら学校裏の竹やぶで
    良さ気な竹を何本か取ってきてネ』

那智 「達弘ー…どれにするー…?」
達弘 「うーん…どれでもいいんじゃないのー?っていうか何も本物使わなくて良かったんじゃ…」
那智 「んー…」

竹やぶの中でうろうろしている二人

那智 「なぁなぁ」
達弘 「んー?」
那智 「こうしてたらさー」

那智、落ちていた木の枝を拾って竹に当てながら歩く

那智 「ホントに光ってる竹とか見つかったりしてー」

声に出して笑う那智

達弘 「んじゃその次は金でもでてくるのかー?」
那智 「そんなことあればいいのになぁ…」
達弘 「……」

黙って立ち止まる達弘
那智、気づかずにヘラヘラしながら歩いていく

達弘 「な、那智…」

その声にやっと後ろを振り返る那智

那智 「あー?ってなに…何をそんな驚いて──」

達弘が見ている方向を見る

那智 「んぁ!?」

竹やぶの中に一本だけ光っている竹を見つける

那智 「嘘だろ!?」

達弘に飛びつく

達弘 「わ、わかんないよ…でも光ってる……」
那智 「ううう嘘!どうしよう!なぁ!達弘!どうする!?」
達弘 「お、落ち着け!一旦落ち着こう…」
那智 「夢じゃないよな!?お前も見えてんだよな!?」
達弘 「み、見えてるよ…あ!」
那智 「何!?」
達弘 「もしかして委員長のイタズラとかじゃないよな…?俺達騙されてない?」
那智 「はっ!それはあるぞ!あの委員長ならやりかねん!」
達弘 「どっかで見て…っておい!どうすんだよ!」

那智、光っている竹に走っていく

那智 「確かめるんだよ!切ったら分かるだろ!」
達弘 「そんな……」

達弘、那智の後を追う

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・竹やぶ

金色に光っている竹の前で二人立っている

達弘 「で、ほんとに切るの…?」
那智 「だって切らないとわっかんねぇだろ?」
達弘 「そうだけど…」
那智 「なぁどの辺切ればいいの?」

那智、鉈を竹に当てながら聞く

達弘 「え?そ、そんなの俺が知るかよ!」
那智 「そんなぁ!だって切って中の何かが切れちゃったらやじゃん!」
達弘 「中の何かって何だよ!」
那智 「そ、そんなの…とりあえず最初はかぐや姫だろ!?」
達弘 「……ホントにでてくんのか…」
那智 「だって話の中ではそうじゃん!」
達弘 「そうだけどさ……んじゃこの光ってる上の辺りじゃない…?」
那智 「ここでいいんだな?」

那智、光っている少し上に鉈を当てる

達弘 「俺に聞くなって…」
那智 「切るぞ!」
達弘 「お、おう…」

那智、勢いで竹を切る

那智 「っ!」
達弘 「ぅっ…!」

竹の切れた辺りから光があふれ出す
目を開けていられない
しばらくすると光が止む
ゆっくりと目を開ける二人

那智 「……どうなった…?」
達弘 「竹の中は!?」

切った竹の中を覗き込む二人

那智 「……」
達弘 「……」

顔を見合わせる

那智 「なんだよ……」
達弘 「やっぱりなんかのイタズラじゃん……」

竹の中には何も無い
大きなため息を吐く二人
那智、ふと足元に目線を落とす

那智 「んなっ!?」
達弘 「ん?」

膝丈ほどの身長の子供が那智を見上げている

那智 「出たぁぁ────!」
達弘 「嘘だろぉ!?」

子供、笑っている
那智、しゃがみこんで子供を見る
薄緑の着物を着ている

那智 「か、かわいい……」

達弘もしゃがみこんで子供を見る

達弘 「まさか……」
那智 「だってこんなサイズの子供いないぜ?それに着物とか着ちゃってるよ……」
達弘 「こ、これも含めて騙されてるんじゃねぇだろうな…?」
那智 「……」

顔を見合わせる二人
子供無邪気に笑っている

那智 「お前…この中から出てきたの…?」

子供、コクコク頷く

那智 「だってさ」
達弘 「……。なぁ一つ言っていいか?」
那智 「なんだよ」
達弘 「……」
那智 「?」
達弘 「この子どう見ても男だろ…」
那智 「あ……」

子供、笑う

達弘 「話がおかしいぞ…」
那智 「……どうなってんの…?」

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・教室

いろんな準備をしている生徒達
その中に竹を持って帰ってくる那智と達弘

委員長「あー!やっと帰ってきやがった!おっせぇよ!」
那智 「ご、ごめん!」
達弘 「これでいいんだよな!?」

竹を床に下ろす

委員長「あぁ、お疲れ。で、次なんだけどー…」
那智 「ごめん!俺ら今日ちょっと用事あって!」
達弘 「来週からちゃんと残るから!」

二人、走って行く

委員長「え!?ちょっと待てよ!まだ仕事はいっぱい!」
那智 「ほんとにすまん!」
達弘 「じゃあなー!」
委員長「てめぇら待ちやがれ!」

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・街

息を切らして走ってくる那智と達弘

那智 「はぁっ…はぁ…もう大丈夫だよな?」
達弘 「あぁ…追っては来ないだろ。それより」
那智 「あ、あぁ…」

那智、鞄を開ける
中から子供が顔を出す

那智 「ごめんな。苦しかったろ?」
達弘 「大丈夫か?」
子供 「ふふっ」
那智 「大丈夫みたいだな」
達弘 「あぁ。それより、どうすんだよこの子…」
那智 「うーん……」
達弘 「姫じゃないにしても、竹から出てきたんだから物語そのまま進むのか?」
那智 「そうなるにしてもそうじゃないにしても、放っておくわけにはいかねぇだろ…」
達弘 「まぁな。俺達が切っちゃったんだし……」
子供 「ふふふっ」

子供、無邪気に笑っている

那智 「いいよ。うちで育てるよ」

笑って言う那智

達弘 「大丈夫なのかよ…?」
那智 「まぁなんとかなるでしょ。それにほら、こいつ可愛いじゃん」

子供の頭を撫でる那智

達弘 「でも…」
那智 「大きさもさ、なんか猫みたいだし」
達弘 「まぁ……お前がいいんだったらいいけどさ」

達弘、心配そうな顔で那智を見る

達弘 「おばさんに何て説明するんだ?」
那智 「んー?当分は黙ってていいんじゃない?」
達弘 「お前、隠れて猫飼うわけでもあるまいし…」
那智 「だって話しても信じてくれないでしょうよ」
達弘 「確かに……」

歩いていく二人

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・自室

那智、達弘、ベッドの上に座っている
楽しそうにベッドの上を飛び跳ねる子供

那智 「はははっ!ホントにちっこいなぁーお前」
達弘 「なぁ、名前は?どうすんの?」
那智 「あー、どうしよっか?」
達弘 「やっぱりそこは」
那智 「竹太郎(たけたろう)?」
達弘 「えぇ!?」
那智 「竹から生まれた竹太郎なんじゃないの?」
達弘 「そんな……」

達弘、哀れな顔で子供を見る
子供、凄く嫌そうな顔をする

那智 「なに、嫌なの?」
達弘 「そりゃ嫌だろ……」
那智 「じゃあ何よ。だってこいつ姫じゃないじゃーん」
達弘 「そうだけどさ…」
那智 「うーん。じゃあ輝夜(かぐや)は?」
達弘 「輝夜ねぇ…そのまんまだけど」
那智 「輝夜でいいよな?」

子供、笑って頷く

那智 「ほら!」
達弘 「うん。ならいいんじゃない?」

三人笑いあう

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・自室

那智、ダンボールに座布団を突っ込んでタオルを敷いた
簡易ベッドを作っている

那智 「できたー!今日からお前のベッドはこれな!」

上出来というような顔で輝夜を見る

輝夜 「……」

輝夜、それを見るがそっぽを向いて
那智のベッドへ上る

那智 「あ、おい!無視すんなよ!」

輝夜、大きな布団の中にもぐって器用に顔だけ出す

那智 「なんだよせっかく作ってやったのに!」

那智、膨れる

那智 「まっ、いいか」

電気を消して布団の中へ

那智 「おやすみー」

二人、寄り添って眠る

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・自室

鳥の声が聞こえる
カーテンの隙間から朝の日差しが入ってくる

那智 「ん……」

寝返りを打つ那智

那智 「……ぅん…」

嗅ぎなれない匂いがする

那智 (ん……なんか…いい匂い……暖かい……)

誰かに抱き寄せられる

那智 (……大きな手…誰だっけ……っていうか…誰かと一緒に…)

那智、違和感に目を覚ます

那智 「……?」

目の前に見える誰かの胸板
長い黒髪が見える

那智 「へ…?」

見上げると見知らぬ男に抱き寄せられている

那智 「いやぁあぁぁぁぁぁ!」

那智の叫び声に男、目を覚まし
不機嫌そうな顔をして那智の口をふさぐ

男  「朝からうるさいぞ。何をそんなに驚いている」

優雅で色っぽい口調で話す男

那智 「なななななっ!誰だよあんた!」
男  「何を言っている。貴様昨日私に名前をつけたではないか」
那智 「はっ!そうだ!輝夜は!?」

那智、飛び起きて部屋を見回す

男  「私はここにいる」
那智 「え!?」
輝夜 「輝夜は私だ」
那智 「なんでぇぇぇ!?」

那智の大声に眉をしかめる輝夜

輝夜 「いちいちうるさい奴だな…」

はぁっとため息をつく

那智 「で、でも、だって…輝夜はあんなに小さくて可愛かったのに……」
輝夜 「失礼な奴め。私は今でも美しいわ」
那智 「……」

両手で顔を隠して悲しむ那智

輝夜 「なんだ。変な奴だな。それより、私は腹が減った。朝食はまだか?」
那智 「ぅっ…ぅぅ……あんなに可愛かったのに…一日でこんなになっちゃうなんて…話が違うだろぉ……」
輝夜 「何をブツブツ言っている」

輝夜、那智の顎を引く

那智 「な、なんだよ……」
輝夜 「そなた、那智といったな?」
那智 「そうだけど…」
輝夜 「悲しい顔をするな」

輝夜、那智を見つめている

那智 「え……?」
那智 (言われて見ると可愛くは無いけどすっげぇ綺麗な顔してんな……髪の毛さらさらー。睫毛なげぇー。
    っつか、昨日の着物より色が濃くなってる…綺麗な深緑……。言われなかったら女に見えないでもない……
    っていうかさっきから顔近くねぇ……?)

顔がどんどん近づく

那智 「っ…!」

那智、咄嗟に目を瞑る

輝夜 「お供が辛気臭いと気分が悪いからな」

いい捨てるとさっとベッドから立ち上がり着物を翻す

輝夜 「さっさと朝食の用意をしろ」
那智 「なっ……」

那智、口を開けて呆然とする

輝夜 「聞こえなかったのか?朝食だ」
那智 「──っ!こんのやろぉぉぉぉぉぉ!何が辛気臭いだ!何が朝食だ!何がお供だぁぁぁ!」
輝夜 「あーうるさい。居間はどこだ?さっさと行くぞ」

輝夜、耳をふさぐ仕草をしてドアを開け、
部屋を出て行く

那智 「ちょっ!ちょっと待て!」

那智、追いかけて行き、道をふさぐ

那智 「急にお前が出てきたら母さんが驚くだろ!」

輝夜、那智の後ろを見て微笑む

那智 「何笑って──」

振り向くと母がいる

那智 「母さん!」
母  「なぁに、朝から大声だして……那智の…お友達?」
那智 「ち、ちが!じゃなくて!そう!友達!ははっ…は……」

輝夜、那智を押しのけて母の前に出る

那智 「おい!」
輝夜 「あなたが母上。なんとお美しい……」
母  「まぁ……」
輝夜 「今まで生きてきた中であなた程の女性に会ったことはございません…なんという喜び」
母  「あ、あらぁ…」

照れる母

輝夜 「こんなにも美しい母上なら、さぞ料理もお上手でしょう」
母  「ま、まぁ…そんなこと無いんだけど、良かったら朝食食べてちょうだいな」
那智 「か、母さん…?」
輝夜 「なんと喜ばしいこと!ありがとうございます」
母  「ほほほっ、お上手な方ね!那智!あんたもさっさと降りてらっしゃい!」

母、上機嫌で輝夜と下へ降りていく
那智、階段の上で立ち尽くす

那智 「生きてきた中って生後二日だろ……」

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・自室

輝夜、出窓に座って外を見ている
那智、ベッドの上に胡坐をかいてそれを見ている

那智M「結局あの後、母さんは輝夜の言うことにすっかり騙されていいように扱われていた。
    途中で起きてきた親父までスラスラと並べられる言葉に騙されていたわけだけど。
    何だかんだでその輝夜の言葉に乗せて、こいつをこの家にしばらくの間居候させるってことになった。
    良かったのか悪かったのか……」

那智 「はぁ……」
輝夜 「ん?なんだ、また辛気臭い顔をしているな」
那智 「お前のせいだよ。お前のー……」
輝夜 「?私が何かしたのか?」
那智 「あー、もういいよ。別に。言ってもわかんないだろうし」
輝夜 「んー…。確かにそなたが思っていることはまったく分からんな」

首をかしげる輝夜

那智 「はぁ…」
輝夜 「そうだ。この家には着物はないのか?」
那智 「着物?」
輝夜 「あぁ。コレだけではな…」

輝夜、袖を持ち上げて那智に見せる

那智 「あぁ…。着替えね。でも俺んちに着物なんかねぇよ?」
輝夜 「……それは困ったな」
那智 「いいじゃん。普通の服着れば。俺のだったら貸してやるよ」
輝夜 「……」
那智 「なんだよ?」
輝夜 「私はそんな下賎な着物は着たくない」

輝夜、そっぽを向く

那智 「なっ!下賎だと!?」
輝夜 「それにそなたの着物は小さいであろう?私には合わない」
那智 「わ、悪かったな!背が低くて!」
輝夜 「とにかく何か用意しろ」
那智 「くっそぉ!分かったよ!」
輝夜 「ふっ」
那智 「んでも着物なんか高価なもの簡単に買えないし……うーん…って!そうだ!」
輝夜 「ん?用意ができたのか?」
那智 「着物と言えば御門のばあちゃんだ!」
輝夜 「みかど…?」

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・御門呉服店

店の前で達弘と落ち合う

達弘 「着物って言ってもさ、あの大きさじゃあ子供用でも大きいだろ?っつか、輝夜どうしたの?
    家に置いてきたのか?」
那智 「……」
達弘 「で、この人は…?」

那智の隣で面白くなさそうに立っている輝夜を見上げる達弘

那智 「こいつが輝夜だよ」

那智、うんざりした顔で言う

達弘 「えぇ!?」

達弘が驚くと微笑む輝夜

達弘 「何がどうなったんだ!?」
那智 「俺が聞きてぇよ!朝起きたらこんなにでっかく…!」
達弘 「へぇ……」

達弘、圧倒されて輝夜を見る

輝夜 「おい、眼鏡。さっさと着物を見せろ」
達弘 「めがっ!?」

輝夜、店の中に入っていく

那智 「おい!待てよ!勝手に入っていくな!」

追いかける那智

達弘 「ほんとにあれが昨日のあの子供かよ…」

店の前で呆然とする達弘

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・店内

輝夜が着替えている最中に那智、達弘、店の中で話している

達弘 「一晩であんなになったのか…?」
那智 「そうだよ…起きたらあれだもん…可愛いかったのに…」
達弘 「……大変だな」
那智 「これからどうなるんだよもう……」
達弘 「ははは…」
那智 「母さんも親父もすっかり騙されてるし…」
達弘 「まぁ…がんばれよ。俺なんかあったら助けてやるからさ」

達弘、那智の頭を撫でる

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・店内

店の奥から着替えを済ませた輝夜が出てくる
向こうで那智の頭を撫でる達弘
それに泣きつく那智
それを見て面白くない顔をする輝夜

輝夜 「……」

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・店内

輝夜が近づいてくる

那智 「お、終わったか!いいじゃん!似合う!」
達弘 「うん。やっぱ普段着だったら地味な色の方がいいよな」

二人笑っている
それを見て輝夜、那智を引っ張る

那智 「ん?何…」

不思議そうに輝夜を見上げる那智
那智を後ろから抱きしめる輝夜

輝夜 「……」
那智 「なんだよ?」

輝夜、達弘を見る

達弘 「?」
輝夜 「ふっ」

自慢げに鼻で笑う輝夜

達弘 「なっ!」

その意味が分かってむっとする達弘

那智 「なんだよー急に」

何とも思っていない那智を見て
達弘、那智の腕を引っ張る

達弘 「那智、お前の好きなアイスあるんだよ。食ってけよ」
那智 「うそ!食う食う!」

腕から離れていく那智

輝夜 「むっ」

達弘、輝夜を見る
しばらく睨み合う二人

輝夜 「那智、帰るぞ」

那智の腕を取る

那智 「へ?だってまだアイス食ってないし」
輝夜 「そんなものはどうでもいい。さっさと帰るぞ」
達弘 「何言ってんだよ。食ってくよな?那智ー?」
那智 「うん!ホラ、輝夜も一緒に食おうよ。美味しいぞ?」

那智、ヘラヘラ笑っているが
その上で睨み合う二人

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・自室

ベッドの上に座っている輝夜
その下に布団を敷いている那智

母  「那智ー!お風呂はいっちゃいなさーい」

一階から母が声をかける

那智 「はーい。って…なんだよ帰ってきてからずーっとそんな顔して…」

むすっとしている輝夜

輝夜 「あの眼鏡とはどういう関係なのだ?」
那智 「眼鏡?って、あぁ。達弘のことー?どういう関係もなにも、友達だよ」
輝夜 「友達?」
那智 「そう。友達。幼稚園からの幼馴染ってやつ?」
輝夜 「?」
那智 「あー、わかんないかー。まぁ一番仲いい奴かなー」
輝夜 「一番……。そなたはあいつが好きなのか?」
那智 「ん?うん。好きだよ。だから一番仲いいっつってんじゃん」
輝夜 「そうか」
那智 「なんだよ?」
輝夜 「別になんでもない。それより湯浴みだ!行くぞ!」

輝夜、立ち上がって那智の腕を引いて部屋を出る

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・廊下

引っ張っていく輝夜

那智 「ちょ、ちょっと待って!湯浴みって?」
輝夜 「湯浴みだ。体を洗うのだ」
那智 「あぁ、風呂ね」

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・脱衣所

脱衣所で着物を脱ぎ始める輝夜

那智 「って!なんで俺も入らなきゃなんねぇんだよ!」
輝夜 「?そなたが私を洗うのだ」
那智 「はぁ!?何言って!」
輝夜 「ほら、さっさと脱げ」

那智の服に手をかける輝夜

那智 「なななんでー!」

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・風呂

輝夜 「ほら、さっさと背中を流せ」
那智 「……」

輝夜、髪を結んで椅子に座っている
その後ろにいる那智

那智 (なんで俺が……)

泡立たせたタオルで輝夜の背中を擦る那智

那智M「んでも言えばこいつまだ生まれて二日なんだよな……。それにしては態度が横暴すぎたりするけど。
    知ってることは知ってんのに知らないことは知らないし。どこまで分かってんだか…」

輝夜 「もっと優しくしろ。力が強い」
那智 「へいへい、すんませんね」
那智 (こいつ白いなー……。しかも薄っぺらい。筋肉とかついてんのか?こうして見たらホントに女に見える…うなじとか……
    って!俺何考えてんだよ!こいつは男!ちゃんと付いてんだろ!)

首を振って考えを飛ばす那智

那智 「できましたーっと!」
輝夜 「何を言っている、まだ前を洗っていないではないか」
那智 「前!?それくらい自分でやれよー…」
輝夜 「さっさとしろ」
那智 「はぁ……」

前に回って洗おうとする那智

那智 「ぅっ……」
輝夜 「?」

那智M「違う!こいつは男!白くてなんか華奢だけど!胸だって薄っぺらでなーんにもないじゃねぇか!」

那智 「……」

一息つかせると首筋から洗い始める那智

輝夜 「……っ…」
那智 「!な、何!?」
輝夜 「力が強いとさっきから言っておろう」

那智を呆れた顔で見る輝夜

那智 「も、文句あるんなら自分でやれよ!」
輝夜 「……」

那智を黙って見る

那智 「わ、分かったよ!優しくだろ!もう!」

那智M「何も考えるな俺!さっさと終わらせてしまえばいいんだ!」

目線をそらして洗う那智

那智 「今度こそ終わり!」

那智、タオルを洗面器に置く

輝夜 「はぁ……」
那智 「何だよ!文句あんのか!?」
輝夜 「ここは?」

輝夜、那智の手を取って自身を触らせる

那智 「──っ!な、何言って!」
輝夜 「すべて洗えと言っただろう?ちゃんとここも洗え」
那智 「でもだって…!こんなとこ……!」

輝夜、たじろぐ那智を見て少し笑うと
那智の手を自身に擦らせる

輝夜 「優しく……そうだ…」

顔を真っ赤にして目のやりどころに困っている那智

那智 「か、輝夜……」

どうすればいいか分からずに名前を呼ぶ

輝夜 「ん……」

輝夜、切ない顔をする

那智 「へ、変な声出すなっ…!」
輝夜 「ふふっ」

意地悪く笑うと、那智の背中に手を回し、引き寄せる

那智 「輝夜っ!?」
輝夜 「そなたのものも洗ってやる」
那智 「い、いいよっ…ちょっと…っ」

泡だった手を那智の胸に滑らせる輝夜

那智 「っ…か、ぐやっ……やめ」

輝夜から手を離そうとする那智

輝夜 「手を止めるな。そのままにしていろ」

耳元で囁く

那智 「ほんと…だめだって……っ」
輝夜 「そう言ってるわりにここは反応しているぞ……」

那智に触れる

那智 「ちがっ…!……やめ、ろ…っぁ……」

那智、その場にへたり込む

輝夜 「やめてもいいのか?」

突然手を止める輝夜

那智 「ぇ……?」
輝夜 「嫌がることはしたくない」

輝夜、目を伏せて悲しそうにする

那智 「こん、な…途中……」
輝夜 「どうしてほしい?」
那智 「そんなの……」
輝夜 「言わないと分からない。嫌なことはしたくはない……」

色っぽく見つめながら、先端にかすかに触れる

那智 「ぁっ……か、ぐや…っ」
輝夜 「なんだ?」
那智 「もっと……っ…ん……」
輝夜 「もっと?」
那智 「さわ、って……ぁん……おねがいっ…」
輝夜 「ふふっ……那智……」

那智のものを握りこんで扱く

那智 「ぁっ…やぁっ……かぐ、や……っん」
輝夜 「あまり声を出すと母上や父上に聞かれてしまうぞ……」
那智 「っ!……でもっ…こえ……でちゃぅ……っ」
輝夜 「いいのか?」
那智 「やだっ……でも…っ…」

那智、涙目で輝夜を見上げる

輝夜 「仕方ないな…」

キスで口を塞ぐ輝夜

那智 「っん……ぅ…ん…」
輝夜 「……ん……っ…」
那智 「んっ……かぐ……も……」
輝夜 「いいぞ…イけ……」
那智 「んっ!……ぁぅっ…んん…ん!───っ!」

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・自室

布団に包まってブツブツ言っている那智
それを見てため息をつく輝夜

那智 「違う違う…あれは何かの間違いで……誰かが俺にとり憑いた…いや、輝夜の魔法かなんかで……
    とにかくあれは俺じゃない……」
輝夜 「那智、そろそろ寝たいのだが…」
那智 「そこに布団敷いてあるだろ!寝たけりゃ勝手に寝ろ!バカ!」
輝夜 「何故私が下で寝なきゃならん。それにあれはそなたが頼んでやったことだぞ」
那智 「うわぁぁぁぁぁぁ!言うな!違う!あれは俺じゃないー!」

布団に包まりながら暴れる那智

輝夜 「さっきはあんなに可愛らしかったのに」
那智 「何が可愛いだ!この馬鹿!変態!」
母  「那智!うるさいわよ!ご近所迷惑でしょ!」

一階から怒鳴られる

那智 「ぅっ……くそぉ……」
輝夜 「ほら、そろそろ観念しろ」

輝夜、那智の包まっている布団をはがそうとする

那智 「やぁめーろぉぉぉ!」

抵抗するもはがされてしまう

輝夜 「もう今日は何もしないから」

輝夜、呆れて言う

那智 「……ほんとか…?」
輝夜 「あぁ」
那智 「でも……」
輝夜 「ほら、もう少しそっちに寄れ」

輝夜、ベッドに上がって来る

那智 「じ、じゃあ俺が下で寝るっ!」

那智、ベッドから下りようとするが輝夜に手を取られる

輝夜 「駄目だ」
那智 「はぁ?なんでだよッ!」
輝夜 「そなたは私の湯たんぽ代わりだ」

輝夜、言いながら那智を布団の中に引きずり込む

那智 「ぎゃあぁぁぁ!何もしないって言ったじゃないか!」
輝夜 「だから何もしていないだろう」
那智 「大体湯たんぽってなんだよ!?俺はやだ!」
輝夜 「いいから静かにしろ」

輝夜、またも呆れて言う

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・自室

那智 「いいか?この線から入るなよ!空中無し!」

那智、ベッドにビニールテープで真ん中に線を引いてそれを指差している

輝夜 「……空中無しとはなんだ…?」
那智 「いいからここから入るなってこと!少しでも入ったら蹴り出してやるからなッ!」
輝夜 「はぁ…分かった分かった」
那智 「絶対だからな!」
輝夜 「そなたは本当にうるさい奴だな。分かったからさっさと明かりを消せ」

そっぽを向いて布団を被る輝夜

那智 「っぐ……」

那智、その姿を見て負けたような気がするが
電気を消す

那智 「なんでわざわざ同じ布団なんかで……」

ブツブツ言う那智

輝夜 「うるさいぞ」
那智 「はいはい!おやすみ!」

那智、吐き捨てるように言うとそっぽを向いて寝る

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・自室

鳥の鳴き声が聞こえてくる

那智 「う〜ん……むにゃむにゃ……」

那智、隣で眠っている輝夜に抱きついている

那智 (暖かい……)
輝夜 「そなたの引いたこの線の意味はなんだったのだ……?」

輝夜、呆れてもらす

那智 「へ……?」
輝夜 「それとも誘っていたのか?悪かったな、何もしてやらなくて」
那智 「〜〜〜〜っ!」

那智、完全に目を覚ますと飛び起きる

那智 「これは俺じゃないいいいいい!!」

叫ぶ那智に耳を塞ぐ輝夜

那智 「ま、また魔法使ったんだろッ!」
輝夜 「誰がまじないなど使えると言った」
那智 「だって……だってぇ……」

涙目になる那智を見るとベッドから下りる輝夜

輝夜 「寝顔は可愛いというのに」

輝夜、意地悪く笑う

那智 「なっ…!」
輝夜 「ほら、起きろ。朝食だ」

輝夜、笑いながら部屋を出て行ってしまう
後姿を呆然と見送る那智

那智 「もうやだぁああああああ!!」

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・学校

チャイムが鳴っている
校舎から出てくる那智と達弘
沈んでいる那智

達弘 「今日一日中そんなだなお前……」
那智 「なぁ、達弘…お前大きめの猫いらない…?」
達弘 「猫って…輝夜だろ……いいよ俺は…」

那智、達弘の袖を掴む

那智 「何でだよっ!お前も共犯のくせにっ!」
達弘 「共犯って……可愛いから育てるって言ったのは那智だろ…?」
那智 「ぅっ……ぅぅ…だって、だって。可愛かったのは初日だけで…」

涙目になる那智

達弘 「どんな我侭言われてるのか知らないけど、あいつと俺は合わな…って。あれ」

達弘、校門を見て那智を見る

那智 「え?」

校門に輝夜が立っている

那智 「輝夜ぁ!?」

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・校門

那智 「何してんだよこんなとこでッ!」

那智と達弘が輝夜に駆け寄ってくる

輝夜 「やっと出てきたか。母上にそなたの居場所を聞いたらここにいると言われたから待っていたのだ」
那智 「家にいろって言っただろ……」
輝夜 「あの部屋にいても退屈なだけだ。それより、またこいつといるのか」

輝夜、達弘を見る

達弘 「こいつって…」
那智 「友達なんだから当たり前だろー」
輝夜 「また友達か。まぁいい。帰るぞ那智」

那智の腕を取って帰ろうとする達弘

那智 「ちょ、ちょっと待てって!」
輝夜 「なんだ」
那智 「今日は達弘んちに行くんだよ」
輝夜 「眼鏡の家に?」
達弘 「また眼鏡かよ!いいよ那智。仕方ないから輝夜も連れて来いよ」

達弘、呆れている

那智 「…余計なことするなよ?」

那智、輝夜を見る

輝夜 「……」

輝夜、機嫌悪そうにする

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・達弘宅

輝夜 「那智の部屋より広いな」

達弘の部屋を見回す輝夜
畳の部屋ですべて和風

那智 「悪かったな!」
達弘 「まぁまぁ。で、どうする?衣装。使い古しのとかでいいのか?」

机に台本を置いて座っている那智と達弘

那智 「いいんじゃね?なんか質素で貧乏そうな感じの。帝はやっぱり金持ちそうな感じだろうけど」
達弘 「うーん。俺んちにある分で探してみるか」

那智と達弘が話しているのを見て輝夜、立ち上がると
窓際の障子の方へ行く

輝夜 「……」

そっと障子を開けると窓があり、その下に
庭の池が見える

輝夜 「……」

池や庭を黙ってみている輝夜

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・自室

夜、窓辺に座って空を見ている輝夜
りんごの入った皿を持って入ってくる那智

那智 「輝夜ー、母さんがりんご切ったから食えって」
輝夜 「……」

輝夜、黙って空を見ている

那智 「輝夜?」
輝夜 「なんだ」

輝夜、こちらを見ずに答える

那智 「りんご」
輝夜 「あぁ…」

輝夜、やっとこちらを向くと窓辺から下りてベッドに座る
那智、皿を差し出す

那智 「ん」

皿から一つりんごを取ると食べる輝夜
那智も食べるとベッドに寄りかかって座り、台本を捲る

輝夜 「眼鏡の家でもそれを見ていたな。なんだそれは」
那智 「んー?台本。文化祭で劇すんの」
輝夜 「台本?文化祭?劇……?」

小首を傾げる輝夜

那智 「あー、そっか。えーっと、今日お前が来た場所が学校な」
輝夜 「あぁ、母上がそう言っていたな」
那智 「俺達はあそこで勉強してんの。勉強分かるか?」
輝夜 「あぁ。勉学だな」
那智 「そう。でー、そこで行事があるんだよ。お祭り」
輝夜 「祭り…か」
那智 「そのお祭りで劇…えーっと…お芝居は分かる?」
輝夜 「あぁ分かる。その芝居をそなたがするのか?」
那智 「そう!で、これがそのお芝居の台詞が書いてある台本」
輝夜 「そうか」
那智 「読んでみる?」

台本を差し出す那智

那智M「ん?ちょっと待て。この台本は『竹取物語』で、輝夜は竹から出てきた不思議な人間……。
    見せていいのか?」

那智 「待った!」

輝夜、台本に手を伸ばそうとするが引っ込められる

輝夜 「なんだ?」
那智 「な、なぁ……輝夜の……」
輝夜 「?」

那智M「正体は何?とか聞いてもいいのか……」

那智 「……」
輝夜 「なんだ」
那智 「その……」
輝夜 「あぁ」
那智 「輝夜は……」

那智、ゆっくり輝夜を見る

母  「那智ー!お風呂入っちゃいなさーい!」

急に聞こえる声に雰囲気が壊れる

那智 「は、はい!」
輝夜 「那智?」
那智 「い、いいや」

那智、立ち上がる

那智 「なんでもない!俺、風呂入ってくる!」

那智、バタバタを部屋を出て行ってしまう

輝夜 「那智……」

輝夜、ドアの方を見ているが、机の下に置きっぱなしにされた
台本を見つける

輝夜 「……」

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・風呂

湯船に浸かっている那智

那智M「一番大事なことを忘れてた…。
    なんかあいつが来てからバタバタしてて輝夜の正体なんか考える暇なかったっていうか」

那智、ブクブクする

那智M「でもあいつが出てきたのは確かに竹の中で、最初は猫みたいに小さくて、
    次の日にはでっかくなってて……」

那智M「このままいくと、輝夜は月から迎えが来て、月に帰っていくのか…?」

那智 「輝夜に聞いたって素直に答えてくれんのかな……」

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・自室

那智 「輝夜ー、次風呂……」

タオルで髪を拭きながら入ってくる那智
輝夜、台本を読んでいて、丁度読み終わったところ
それを見て青くなる那智

那智 「お前、それっ─」
輝夜 「あぁ、これか。読んだが」
那智 「全部!?」
輝夜 「あぁ」
那智 「あ、あの……」
輝夜 「このかぐや姫という者はどうしてこうもすんなりと諦めてしまうのだ」
那智 「は、はぁ?」
輝夜 「もう少しこう、抵抗するなりだな」

輝夜、真面目な顔をして話す

那智 「か、輝夜…それ読んでなんとも思わなかったの…?」
輝夜 「だから、このかぐや姫の思考が理解できないと…」
那智 「それだけ?」
輝夜 「なんだ、おかしいか」
那智 「お、おかしくはないけど……」

那智を見て不思議な顔をする輝夜

那智M「輝夜って一体何なんだ…?でもこいつがかぐや姫の物語を知っても何とも思わないとなると…」

輝夜 「それより」
那智 「へ?」
輝夜 「そなた何故一人で湯浴みへ行くのだ!私の体を洗うのはそなたの仕事だぞ!」

輝夜、怒りながら那智の手を引いていく

那智 「え?ちょっ、俺もう入っ─」
輝夜 「何度も言っておろう」
那智 「だから嫌だって言ってんだろぉぉぉぉお!!」

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・風呂

うんざりしながら背中を洗っている那智

那智M「輝夜は月には帰らないんだろうか」

輝夜 「那智、優しくしろと何度言えば分かるんだ」
那智 「文句言うなら自分でしろって言ってんだろ!!」

那智M「いや、帰ってもらわなきゃ困る……かも」

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第二章「輝夜の気持ち」

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・自室

鳥の鳴き声がする

那智M「結局輝夜の正体は分からないままで、ただこいつの我侭で訳の分からない言い分を聞きながら過ごしている…。
    体を洗えだとか、早く帰って来いとか、マッサージしろとか!
    慣れたとは言いたくないけどこんなのはもう我慢できる!
    ただ一番嫌なのは──」

那智 「かぐ、や……っ…もう、やめっ……」
輝夜 「何故だ?して欲しそうにすがり付いてきたのは那智だろう?」

那智、布団の中で後ろから輝夜に抱かれ扱かれている

那智M「こいつのセクハラだッ!!」

那智 「それはっ……」
輝夜 「んー?なんだ」
那智 「寝ぼけて…んっ……ただけ……っ」
輝夜 「そうか、那智はここを固くさせるような夢をみていたのか。どんな夢だった?言ってみろ」
那智 「ちがっ……そ、じゃなくて…んぅ……朝だからぁっ…」
輝夜 「そうでは無いならどうして私に抱きついてこれを私の足に擦り付けてくるのだ?」

輝夜、喉で笑う

那智 「あっ……かぐやっ……ちがう、からっ……うしろの…やめっ……擦らないでっ」

輝夜、那智の尻に沿って擦り付けている

輝夜 「そなたも意地が悪いな。自分だけ気持ちよくなろうというのか?」
那智 「ちがっう……んっ…やだ……」
輝夜 「嫌ではないだろう?素直にもっとと言え」

手を早める輝夜

那智 「あっ!や、やだっ……かぐや…やめ……っ…ほんとに……」
輝夜 「こっちはやめて欲しくなさそうだがな。震えて泣いてるぞ。もっとと…」

輝夜、那智の耳元で囁きながら耳に息を吹きかける

那智 「っ……んあっ…やだっ、かぐ、やっ……おれ…もうっ」
輝夜 「もう?なんだ?」
那智 「でちゃ、っ……でちゃう…っ……」
輝夜 「どうして欲しい」
那智 「あっ、やっ……かぐやっ…」
輝夜 「言え。那智。私にどうして欲しいのだ」
那智 「んぁっ…か、ぐやっ……もっとっ……」
輝夜 「ふっ」
那智 「もっとしてっ……かぐやっ…」
輝夜 「いい子だ」

輝夜、首筋にキスをすると
那智を扱く手を早める

那智 「あっ、やっ……かぐやっ…イくっ…あぁっ──!」
輝夜 「っ…!」

輝夜、同時に果てる

那智 「はっ……はぁっ……はぁ…」
輝夜 「ふふっ、可愛いな」

輝夜、那智を抱きしめる

那智 「や、やめろっ…はな、れろよ……」

顔を真っ赤にしている那智

母  「那智ー?起きてるのー?」
那智 「なっ!!」

母、突然ドアを開ける

母  「あら、まだベッドにいるの?遅刻するわよ。輝夜くんも、ご飯できてるわよー」
那智 「わ、分かったからっ!!」
輝夜 「すぐ行きます」

輝夜、微笑む

母  「仲いいわねぇー」

母、笑いながら出て行く

那智 「最悪だぁぁぁああああああ!!」

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・教室

委員長「大木!」
那智 「はっ!な、何!?」

那智、教室の前に立って台本を持っている

委員長「次、翁だよ。お前ぼーっとしてんなよなぁ。ちゃんと台詞覚えられんのかぁ?」

委員長、呆れる

那智 「あ、あぁ…えーっと、どこだっけ?」
達弘 「かぐや姫、どうしてそんなに泣いているんだい?から」
那智 「ありがと。えーっと、『かぐや姫、どうしてそんなに泣いているんだい?』」

那智M「泣きたいのはこっちなんだけどな…」

委員長「申し上げなければなかったことがあるのです…」

フェード

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・帰り道

那智、達弘と二人で歩いている

達弘 「お前大丈夫か?最近よくぼーっとしてるよな」
那智 「い、いや…大丈夫というかなんというか…」
達弘 「そんなにきついのか?輝夜のこと…」
那智 「うーん。慣れたといえば慣れたんだけど。っつーか、あいつの正体って何だと思う?」
達弘 「正体?うーん。まぁかぐや姫だろ?」
那智 「そうなんだけどさ。この間台本読ませちゃったんだよ」
達弘 「え!?それで…輝夜は?」
那智 「かぐや姫の気持ちがわからないって」
達弘 「なんだそれ?」
那智 「なんともない顔してんだよ。なんなんだろな、あいつって……」

那智、空を見上げると青い月が出ている
那智を見て達弘も月を見る

達弘 「かぐや…姫…じゃないのか…?」
那智 「……」

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・玄関

輝夜 「那智、そなた最近帰りが遅いぞ」

朝、玄関まで那智を送りに来ている輝夜

那智 「仕方ないだろ、文化祭の準備で残らなきゃいけないんだから」
輝夜 「私のことはどうでもいいと言うのか」
那智 「はぁ?」
輝夜 「あの眼鏡と一緒にいるのがそんなに楽しいか」
那智 「何言ってんだよ。文化祭と達弘は関係ないだろー?
    まぁ、達弘も同じクラスだから関係あるっちゃあるけどさ」
輝夜 「……」

拗ねている輝夜

那智 「なんだよー?」
輝夜 「なんでもない。さっさと行け」

輝夜、そっぽを向いて家の奥へ行ってしまう

那智 「輝夜ー?」

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・教室

授業中、机に突っ伏して眠っている那智
達弘、後ろからそれを見てため息を吐く

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・リビング

リビングでテレビを見ながら洗濯物を畳んでいる母
そこへ輝夜が来る

輝夜 「母上」
母  「あれ、輝夜くん。どうしたの?」

輝夜、母の前に座る

輝夜 「どうすれば那智は帰ってくるでしょうか?」
母  「えー?うーんと、まぁ学校が終わらないと帰って来れないわねぇ」
輝夜 「それは分かっています。その後、すぐに帰ってくる様にはどうすればいいでしょうか?」
母  「あの子今文化祭の準備してるって言ってたけど…。うーん、そうねぇ」
輝夜 「何かありますか?」
母  「那智が喜ぶようなことをしてあげるとか!」

母、微笑んでいる

輝夜 「喜ぶ…?」

小首を傾げる輝夜

母  「ホラ、言うじゃない?旦那様が家に帰って来たくなるのはご飯が美味しいからーとか!」
輝夜 「旦那…様…?」
母  「あ、でも那智は旦那様じゃないわねぇ。それに私のご飯が美味しくないってことに…」
輝夜 「母上!」

輝夜、母の手を取る

母  「?」
輝夜 「私に料理を教えていただけませんでしょうか?」
母  「え、えぇ…いいけど…」

輝夜、笑っている

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・キッチン

ポニーテールでエプロンをして一生懸命ハンバーグを作っている輝夜
母が隣で手伝っている

母  「那智は昔からハンバーグが大好きだったのよ。きっと喜ぶわ」
輝夜 「よっ、と……」

輝夜、楽しそうにしている

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・玄関

玄関の隅に座って那智が帰ってくるのを待っている輝夜

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・キッチン(回想)

輝夜 「出来たっ」

皿の上に歪な形でちょっと焦げたハンバーグが乗っている

母  「ま、まぁ、見た目より味よっ!」
輝夜 「那智は喜んでくれるでしょうか?」
母  「えぇ!絶対っ。ね?」

輝夜、母と笑い合う

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・玄関

母  「輝夜くーん。そんなとこいないでこっちで待ってたら?」

まだ玄関に座っている輝夜

輝夜 「……」
母  「もうすぐ帰ってくるわよ」

輝夜、立ち上がる

輝夜 「迎えに行ってきます」

輝夜、言うと出て行く

母  「輝夜くん?」

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・帰り道

もう暗くなってきている
那智と達弘二人で歩いている

達弘 「随分遅くなっちゃったなぁ」
那智 「委員長スパルタなんだもん。根詰めすぎ。っつーかなんで委員長がかぐや姫…?」
達弘 「はははっ、確かに。あ、そうだ。衣装さ、いくつか候補出たんだけど見にこねぇ?」
那智 「マジで?じゃ──」

輝夜 『那智、そなた最近帰りが遅いぞ』
輝夜 『私のことはどうでもいいと言うのか』

達弘 「那智?」
那智 「あ、いや。なんか朝拗ねてて……」
達弘 「?あ、輝夜だ」

達弘、前から歩いてくる輝夜を見つける

那智 「輝夜」

輝夜、那智と達弘を見ると少し苛立った表情をする

輝夜 「何をしていたのだ。こんなに遅くまで」
那智 「何って、文化祭の準備だって言っただろ?それになんだよ親みたいな─」
輝夜 「そんなにこいつと一緒にいるのが楽しいか!」
那智 「輝夜…?」
輝夜 「那智、こんな奴のどこがいいと言うのだ」
那智 「なっ!お前なぁ、何怒ってるか知らないけどどうしてお前にそんなこと言われなきゃなんないんだよ!
    達弘は俺の大事な友達なんだ!」
輝夜 「また…友達か……。そんなに大事かこいつが!そんなに好きなのか!」
那智 「あぁ!好きだよ!友達だからな!お前の我侭聞く為に帰るよか達弘と一緒にいる方がよっぽど楽しいんだよ!」
輝夜 「っ……」

輝夜、グッと拳を握る

達弘 「おい、那智…」

達弘の声に那智、輝夜を無視して行こうとする

那智 「達弘、行こうぜ。衣装、見せてくれるんだろ?」

輝夜が那智の腕を掴む

輝夜 「待てっ!そんなにこいつがいいのか?私よりも」
那智 「放せよっ!そうだって言ってるだろ!」
輝夜 「こいつはそなたを満足させられるのか?」
那智 「なっ!」

輝夜、真剣な顔をしている

輝夜 「あんなに可愛い声で啼かせられ──」

最後まで言い切る前に那智が輝夜の頬を叩く

達弘 「那智っ」
那智 「最低だ……」

那智、声を震わせている

那智 「お前最低だッ!もう帰ってくんな!お前なんか」

輝夜、那智を見る

那智 「さっさと月に帰っちまえッ!!」

那智、走っていく

達弘 「那智ッ!!」

達弘、那智を追いかける
が、一瞬振り返って輝夜を見る

輝夜 「……」

達弘、那智を追う

輝夜 「……」

輝夜、叩かれた頬に触れる
月が出ている

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・住宅街

走っている那智、それを後ろから追いついて捕まえる達弘

達弘 「那智っ!」

立ち止まる那智
息を切らしている達弘

達弘 「おい、那智あれじゃ…」
那智 「…っ…ぅぅ…」

泣いている那智

達弘 「那智……」
那智 「最悪だ……あんなの…俺…」
達弘 「……」
那智 「……ぅっ…俺、あいつのこと嫌いだったけど……嫌いじゃなかったのに…っ…」
達弘 「…、とりあえず俺んち来いよ。な?泣くな」

達弘、那智の頭を撫でる

那智 「っぅ……ぅぅ」

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・達弘宅

那智、達弘、座っている
那智、相変わらず泣いている

達弘 「なぁ、那智、輝夜に無理やりやられたりしたのか?それだったら俺」

那智、首を振る

那智 「無理やりだけど……無理やりじゃなかった……」
達弘 「……」
那智 「でも……あんなの最低だ……」
達弘 「……那智」

達弘、那智の頭を撫でる

達弘 「輝夜が俺に対してどうしてあぁいう態度取るか分かるか?」
那智 「わかんねぇよ…だから……」
達弘 「あいつ俺にやきもち妬いてんじゃないかな」
那智 「え…?」
達弘 「あいつがばあちゃんちに着物取りに来た日もそうだったじゃん。
    那智は気づいてなかったかもしれないけど、俺から那智奪おうと必死になってた」
那智 「ほんとに?」
達弘 「うん。まぁ俺もここで引き下がるのはちょーっと嫌なんだけど。
    あいつまだ生まれて一月も経ってないからな。ここはあいつに譲るよ」
那智 「達弘…?」
達弘 「輝夜も悪いよ。でも那智もあそこまで言わなくてよかったんじゃない?」

那智 『さっさと月に帰っちまえッ!!』

那智 「……」

那智、俯く

達弘 「あいつがそうなるか分からないよ。でも今は那智しか拠り所ないんだぜ?」
那智 「でも……」
達弘 「ホントに帰っちゃったらどうすんだよ。このまま、喧嘩したまま」
那智 「……」
達弘 「嫌じゃない?」
那智 「…嫌だ…」

那智、また泣き出す

達弘 「な」

達弘、微笑んで頭を撫でる

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・玄関

帰ってくる那智

那智 「ただいま…」

小さい声で呟くとリビングから母が出てくる

母  「あら、輝夜くんと会わなかった?那智を迎えに行くって言ってたんだけど…」
那智 「……帰って来てないの?」
母  「えぇ。すれ違っちゃったのかしらね?」
那智 「……」

那智、ふと匂ってくる匂いを嗅ぐ

那智 「ハンバーグ?」
母  「さすが!当たりッ!しかも今日のは特別よ〜」

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・リビング

那智の席に置かれている歪な形の少し焦げたハンバーグ

那智 「これ……」
母  「ふふっ、輝夜くんがね。あなたを喜ばせてあげたいって。
    一生懸命作ったのよ?まぁ、見た目はちょっとあれだけど、味はすっごく美味しいんだからッ」
那智 「輝夜…が…?」
母  「えぇ。早く帰って来ないかなってずっと待ってたのよー?」

輝夜 『何をしていたんだ。こんなに遅くまで』

那智 「あいつ…これ見せたくて…」
母  「那智?」

那智、リビングを飛び出す

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・玄関

母  「那智!どこ行くの!?」
那智 「探してくる!」

玄関を飛び出す那智

母  「なっちゃん!?」

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・公園

那智、走って草むらなどを探している

那智M「あいつが行きそうなとこなんか知らねぇよ!一人じゃ何にもできないくせに!」

那智 「おい!輝夜!」

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・住宅街

走っている那智

那智 「輝夜!どこだよ!」

那智M「俺の言うことなんか一つも聞かなかったくせに、なんでこれだけは聞いちゃうんだよ!」

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・学校

閉まっている門から中を見るが真っ暗

那智M「あんなの本心じゃないのに!」

那智 「どこ…行っちゃったんだ……」

那智、空を見上げると月が出ている

那智 「まさかほんとに帰ったのか……?」

風が吹く
すると遠くから竹の葉が擦れる音が聞こえてくる

那智 「竹やぶ…!」

那智、走っていく

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・竹やぶ

真っ暗な中を進んでいく那智

那智 「おーい!輝夜ー!いるなら返事しろよー!」

那智、辺りを見回しながら歩くがほんの少し先しか見えない

那智 「……返事しろよ!怖いじゃねぇか!」

叫ぶ那智
しかし何も反応がない

那智 「くそっ……ホントにどこ行っちゃったんだ……」

那智、空を見上げる
月が竹の間から見えている

那智 「やだよ……謝るから……出て来いよ…帰って来いよ……」

那智、涙目になるが、もう一度前を見て歩き出す

那智 「輝夜ー!おーい!出て来いよ!」

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・竹やぶ

しばらく歩いているとふと広いところに出る
そこには月明かりが差していて少し明るい

那智 「輝夜……」

その真ん中に、輝夜が座っている
傍には切れた竹があって、それに寄りかかっている

那智 「輝夜ッ!」

駆け寄る那智

輝夜 「那智っ……入るな!!」

叫ぶ輝夜に驚いて一メートルほど手前で止まる

輝夜 「そこから入るなよ。…空中は無しだ……」

拗ねて言う輝夜

那智 「こんの馬鹿野郎ッ!」

言いながらズカズカ入っていく那智

輝夜 「なっ!入るなと言っているだろう!ここは私の新たな家だっ!」
那智 「よかった……」

那智、言いながら輝夜を抱きしめる

輝夜 「那智……?」

驚いている輝夜

那智 「ほんとに月に帰ったかと思った……」
輝夜 「ど、どうして私が月に帰らなければならないのだ…」
那智 「だってお前竹から生まれたじゃねぇか」
輝夜 「そうだがっ!それはあの物語の中の話であろう!私はかぐや姫ではないっ!」
那智 「え…?」

那智、輝夜から離れる

輝夜 「なんだか知らぬが、私は月になど帰らん。私が帰れる場所はもうここしかない。
    だから今日からここが私の家なのだ。この不法侵入者め」

輝夜、ぷいっとそっぽを向く
それを見て笑う那智

那智 「はははっ、分かったよ。ホラ、立って」

那智、立ち上がると手を差し出す

輝夜 「ん?」
那智 「帰ろう?こんなとこじゃ新しいお供も来てくれないぞ?」
輝夜 「……」

輝夜、悔しげな顔をする

那智 「輝夜。ハンバーグ、食うんだろ?」
輝夜 「なっ!どうしてそれを!?」
那智 「母さんが教えてくれた。俺の為に作ってくれたんだよな?あの焦げたハンバーグ」
輝夜 「そ、そうだ。主人が作ってやったのだ。心して食うがよい」
那智 「なんだよそれ…。まぁいいや。ホラ、立って」

輝夜、那智の手をしぶしぶ掴むと立ち上がる
そのまま手を引いて歩いていく那智

輝夜 「……」
那智 「ごめんな」
輝夜 「え…?」
那智 「お前も悪いけど、俺もあそこまで言わなくてよかったよな。ごめん」
輝夜 「……」

輝夜、俯く

輝夜 「わ、私の方こそ……すまない…」
那智 「ふふっ」
輝夜 「何がいけなかったのかわからないが」
那智 「はぁっ!?」

那智、咄嗟に振り返る

輝夜 「?」
那智 「お前なぁ……」

那智、呆れるとまた前を向いて歩き出す

輝夜 「那智」
那智 「なに」
輝夜 「あの眼鏡が好きか」
那智 「なんだよ。またその話?」
輝夜 「……好きなのか?」
那智 「好きだって言ってるだろ?何度目だよこの話。友達だって言ってるのに」
輝夜 「そうか……」
那智 「はぁ……」
輝夜 「私はそなたがあの眼鏡を好きだと言う度に何か嫌な気持ちになる」
那智 「なっ」
輝夜 「始めはお供の者が私以外に気をそらされているのが腹立たしいんだと思っていたのだ」
那智 「……」
輝夜 「しかし今ではそういう気持ちではない様な気がする。那智が喜んでいる顔が見たいと思うのだ。
    そなたが私の傍に居てくれるのが嬉しい。少しでも長くそなたと一緒にいたい」
那智 「〜〜〜〜っ」
輝夜 「なぁ、那智。これはそなたが好きだということか?」
那智 「しっ知るか!!」

那智、顔を真っ赤にして耳まで赤い

輝夜 「そなたを今後ろから抱きしめたいと思う気持ちはそうではないのか?」
那智 「だから知ら──!」

那智、振り返ると共に輝夜が手を引き寄せてキスをする

輝夜 「きっとそうだ。私はそなたを愛している」
那智 「っ!」

那智、踵を返してスタスタ歩いていく

輝夜 「那智!?」

追いかける輝夜

那智 「お、俺のこと好きだって言うんなら俺の嫌がることするなよッ!!」
輝夜 「嫌がる?何を嫌がるんだ?」
那智 「セクハラだセクハラ!!」
輝夜 「セク…ハラ…?」
那智 「あーもう!!クソッ!このバカグヤ!!」
輝夜 「なっ!私の名前をそのようなものとくっつけるでない!」
那智 「バーカバーカ!バカグヤ!」
輝夜 「主人に対してそのような態度……覚えておくがよい」
那智 「なっ!どういう意味だ!!」
輝夜 「ふっ。ほら、帰るのだろう?」

微笑む輝夜

那智 「お、お前の作った変な形のハンバーグ食ってやらないとまた家出するだろうからな!」

那智、そっぽを向く
その顔を見てまた笑う輝夜

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・リビング

輝夜 「どうだ、美味いだろう」

輝夜、自信満々で問う
歪なハンバーグを食べている那智

那智 「うーん、まぁ初めてにしては美味いんじゃねー?」
母  「あら、嫌な子ね。素直に美味しいっていいなさいな」
輝夜 「そうだぞ」

輝夜、拗ねている

那智 「はいはい。美味い美味い」

那智、言いながらも全部食べる

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第三章「輝夜とかぐや姫と、那智と翁」

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・自室

ベッドから起き上がろうとしている那智
それを抱きしめて放さない輝夜

那智 「はーなーせぇぇ!」
輝夜 「嫌だ。放すとそなたは何時間も帰って来ないではないか」
那智 「仕方ないだろ!学校なんだから!」
輝夜 「こんなにも私がそなたを好きだと言うのにどうして耳を傾けてもくれないのだ」
那智 「知らねぇよ!俺は別に好きじゃないいいい!」

那智M「あの家出騒動以来、輝夜の鬱陶しさが前にも増した気がする。
    好きだ好きだうるさいし、やたらとくっついてくるし。
    ウザイとしかいい様がない……」

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・教室

達弘 「元の姿に戻りなさい。その姿を見るだけでもいい」

達弘、委員長が教室の前に立って劇の練習をしている
その周りで慌しく作業をしているその他
那智、窓辺に立って達弘達を見ている

那智M「あの時、輝夜は自分は月には帰らないって言った。
    帰れる場所も他にはないんだって」

委員長「帝様……」

那智M「輝夜がかぐや姫じゃなかったら、あいつは一体なんなんだろう。確かに竹の中から出てきたのに」

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・教室

那智 「かぐや姫。月を見て何を悩んでいるんだい?何を思いつめているんだ」
委員長「思いつめることなどありません。何となく心細いだけです…」

那智と委員長のやり取りが続いていると
突然辺りがざわつく

那智 「ん?」
達弘 「輝夜っ」

脇で立っていた達弘、教室の戸口に立っている輝夜に驚く

那智 「輝夜ッ!?」

那智もそれに気がつき輝夜に駆け寄る

委員長「あ!おい!途中だぞ!?っつーか誰だ……」
輝夜 「那智!会いたかったぞ」

輝夜、駆け寄る那智を抱きしめようとするが
それをかわす那智

輝夜 「むっ」
那智 「なんだよお前!どっから入った!?」
輝夜 「ちゃんと門から入ったわ」

拗ねている輝夜

那智 「どうしてここが…」
輝夜 「ん?それなら下にいた女に尋ねたら親切に案内してくれたぞ」

輝夜、微笑んでいる

那智 「か、母さんの二の舞か……。それより、何しに来たんだよ。ちゃんと待ってろって行っただろ?」
輝夜 「那智に会いに来たに決まってるであろう。そなたの帰りが遅いからだ」
委員長「おい、大木。誰だよこの人」

委員長が近寄ってくる

那智 「あぁすまん。すぐ帰らせるから」
輝夜 「なに?」
委員長「いいよ帰らなくてッ!適役がいるじゃねぇか!どうして早く言わなかったんだよ!」

委員長の目が輝いている

那智 「はぁ…?何言って…」
委員長「かぐや姫はあなたしか出来ません!」

委員長、輝夜の手を取る

輝夜 「ん?」
委員長「適役がいなくて仕方なく俺がかぐや姫なんかやろうとしてたんですけど、あなたこそがかぐや姫に相応しい!!」
那智 「ちょ、ちょっと待てよ!こいつは部外者だぞ!?」
委員長「でもお前の知り合いだろ?」
那智 「いや、そうだけど……。って!違う!どうして生徒以外が劇に参加すんだってこと!皆納得しないだろ!」
委員長「納得?」
那智 「あぁ」
委員長「するよなぁ?」

委員長、教室にいる生徒に問いかける

全員 「いいんじゃねぇー?」
那智 「な、そんな適当な…」

呆れる那智

委員長「な?いいだろ?」
那智 「いいだろ?って……。か、輝夜は嫌だよな?こんなめんどくさいこと嫌いだもんな?」

縋るように言う那智

輝夜 「何をするのだ」
那智 「何をするって、あぁ!」

那智、何かを閃く

那智 「毎日ここに来てめんどくさーい劇の練習させられるんだよ!
    委員長には下手糞って詰られるし、そういう無礼なのは嫌いだろ?」

何とかして断らせようとする那智

輝夜 「毎日ここに来るのか」
那智 「あぁそうだよ!めんどくさいだろ?」
輝夜 「そうか。分かった。おい、でかいの」

輝夜、委員長を見る

委員長「でかい……?」
輝夜 「特別に私がその役をやってやっても構わないぞ」
那智 「えぇ!?なんで!!」
輝夜 「毎日ここに来られるのだろう?願ってもないことだ」
那智 「あっ!……くそ…」

那智、頭を抱える

委員長「よっし!これで役は全員集まったぞ!本番まであと二週間!皆頑張るぞ!」
全員 「おー」

疎らに答える教室にいる生徒

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・教室

達弘 「かぐや姫!」

達弘、輝夜、芝居をしている
委員長、前に座って指示を出している
その隣に立っている那智

輝夜 「おい、でかいの」
委員長「はっ?」
輝夜 「どうして帝が眼鏡なのだ」
達弘 「なっ、今練習中だぞ……」

呆れる達弘

委員長「どうしてって……」
輝夜 「どうして那智ではない?」
那智 「なんで俺なんだよ…俺は翁」
輝夜 「私はこいつのことなど好きにはなれない」

剥れる輝夜

那智 「芝居してんだよ!お前芝居知ってるって言ってただろ!?ホントにするんじゃないの!文句言うなら帰れ!」
委員長「大木…いつになくやる気になってんじゃねぇか…。やっぱり輝夜さんに来てもらってよかった…」

喜ぶ委員長

那智 「はぁっ!?そうじゃなくて!」
輝夜 「はぁ……。まぁ不本意だがこれも那智のためだ。仕方ない」

輝夜、達弘を見る

達弘 「なんだよっ!」
輝夜 「ふんっ」

ぷいっとそっぽを向く輝夜

達弘 「おい!」

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・御門呉服店

輝夜の衣装合わせをしている
雅な着物を着ている輝夜

那智M「とんでもないことになってしまったけど、
    意外に輝夜はちゃんとやるらしく、台詞なんかも覚えていた。
    絶対無理だと思っていたのに、こうも軽々とこなされるとなんだか腹が立つような…。
    普段からもこんなになんでも自分でやってくれればいいのに…」

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・自室

窓辺に座って台本を持っている輝夜
那智、ベッドに座って台本を持っている
練習をしている二人

那智M「準備は着々と進み、本番まであと三日となった」

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・教室

輝夜、床に座っている
その傍に立っている那智

輝夜 「申し上げなければなかったことがあるのです…。
    しかしお話すればきっと心を惑わされると思い、今まで黙って過ごしてきました。
    けれどもそうしてばかりもいられません……」

輝夜、那智を見上げる

輝夜 「私はこの国の人ではないのです。月の都の人なのです」
那智 「……」

台詞を言う輝夜をただ見ている那智

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・自室

暗い部屋の中、窓辺に座って空を眺めている輝夜
ベッドでは那智が眠っている

輝夜 「……」

那智の寝顔をそっと見ると、また空に目線を移して
月を見る

声  『輝夜』

輝夜 「っ!?」

輝夜、一瞬どこからともなく聞こえた声に驚き
辺りを見回すが、誰もいない

輝夜 「……」

輝夜、もう一度月を見上げて不安そうな顔をする

那智 「……ん…」
輝夜 「……」

目を覚ます那智
窓辺に座っている輝夜を見る

那智 「ん……輝夜…?」
輝夜 「那智…」

輝夜、那智を見て少し微笑む

那智 「なんだよ…眠れないのか…?」

寝ぼけ眼で輝夜を見る那智

輝夜 「いや」

那智、目を擦りながら起き上がるとベッドに座る

那智 「何見てたんだよー…」
輝夜 「ふっ。寝ぼけているのか?」

優しく微笑むと、那智の頬を撫でる輝夜

那智 「寝ぼけてねぇよ……。なんか見えんの…?」

那智、輝夜の方へ近づくと外を見る

那智 「あ…月だ……」
輝夜 「あぁ」
那智 「月見してたのか?」
輝夜 「いや?そなたの寝顔を見ていた」

輝夜、微笑んで那智の頭を撫でる

那智 「ばーか。外見てたんだろ?輝夜はそこ好きだよな」
輝夜 「そうか?」
那智 「そうかって…いっつもそこにいるじゃん。特等席だろ」

笑う那智

輝夜 「私の特等席はそなたの隣だ」

輝夜、笑うと窓辺から下りて布団に入る

那智 「……」

那智、照れて剥れている

輝夜 「ほら、湯たんぽ。寝るぞ」
那智 「誰が湯たんぽだよ!」
輝夜 「ふふっ」

布団を被る二人

那智 「おやすみ…」
輝夜 「おやすみ」

目を閉じる輝夜
那智、輝夜の顔を見るとそのまま外に輝く月を見る

那智M「輝夜はかぐや姫を演じて何を思うんだろう。自分と重ねたりはしないのかな──」

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・教室

授業中、また居眠りしている那智
達弘、ため息をつく

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・自室

輝夜、床に座ってベッドに突っ伏して眠っている
その横には台本が開いたまま置いてある

声  『輝夜』

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・輝夜の夢の中

微かに聞こえてくる声

声  『輝夜……あなたは……』
声  『だめです……』
声  『こちらに…』
声  『さぁ……もう時間……』
声  『思い出し……』
声  『別れを……』

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・自室

輝夜 「嫌だ!!」

輝夜、叫びながら目を覚ます

輝夜 「はぁっ、はぁ…はぁ……」

息を切らしている
辺りを見回すが誰もいない
額に手を当てる

輝夜 「夢…か……」

傍に置いてある台本に目が行く

輝夜 「何を思い出せというのだ……」

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・教室

舞台でのリハーサル前に教室で通し稽古をしている

輝夜 「私には月の都に父母がいます。ほんの少しの間とあの国からやって参りましたが、
    このようにこの国で長い年月を経てしまいました。
    あの国の父母のことも思い出さずに、ここでこのように長い間育てていただき、お爺様に慣れ親しみました。
    しかし月の国に帰るといって嬉しくは思いません。ただ悲しいばかり。
    それでも自分の心のままにならず、去ってしまわなければならないのです」

ただ台詞を言う輝夜

那智 「輝夜……?」

那智、輝夜を見て心配そうな顔をする
しかし何故か分からない輝夜

輝夜 「なんだ……」

声に出すと声が震えている

那智 「どうしたんだよ…」

那智、輝夜に近づく

那智 「なんで泣いてんだ…?」

輝夜、訳も分からずに頬に触れると指先が濡れている

輝夜 「え……?」

輝夜、瞳から涙が零れる

那智 「輝夜」

那智、輝夜の位置にしゃがむと顔を覗く

輝夜 「い、いや…これは」
委員長「そんなに役に入り込めるなんて素晴らしいじゃないか!」
那智 「え?」
委員長「大木もいいところだったのに勝手に中断するなよなー」
那智 「……」

那智、輝夜を見る
輝夜、微笑む

輝夜 「そうだぞ。役に入り込んでいただけだ。ほら、続きをするぞ」

なんでもない顔をする輝夜

達弘 「……那智」
那智 「あ、あぁ…。ごめん」

元の位置に戻る

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・達弘宅

達弘 「でもすごいよなー輝夜。途中参加で一番台詞多いのにちゃんと覚えてんだもん」
那智 「ほんと。普段もこれくらいなんでもできてくれりゃいいんだけど」

話しながら部屋に入っていく那智と達弘

輝夜 「……」

輝夜、部屋に入ろうとしたところで急に立ち止まる

声  『そなたの為を思って言っているのです。このままではすべてが駄目になってしまう』

輝夜の目には達弘の部屋の中が違う場所に見えている
広い座敷の戸口に立っている輝夜
中には女性が座っており、こちらを向いて困った表情を浮かべている

女性 『すべてを投げ出して今更何になるといいましょう。そなたにはきちんと決められた道があるというのに』

女性、立ち上がるとこちらに近づいてくる

女性 『許されないことですよ。さぁ……』

手を差し伸べてくる女性

輝夜 「……」
女性 『輝夜』

手を掴まれる

輝夜 「っ……」
那智 「輝夜」

輝夜の手を掴んでいる那智

輝夜 「!」
那智 「輝夜?大丈夫か?」
輝夜 「那智……」
那智 「やっぱりお前変だよ。なんかあったんだろ?どうした?」
達弘 「そんなとこで突っ立ってないで入って来いよー」

達弘、笑っている

那智 「ほら」

那智、輝夜を引っ張ろうとする

輝夜 「帰る」

輝夜、那智の手から抜けて踵を返して歩いていく

那智 「輝夜っ!?」
輝夜 「そなたはここで眼鏡と遊んでいるがよい。私は用事を思い出したので先に失礼する」
那智 「ちょ、ちょっと待てよ!用事ってなに?」
輝夜 「母上に頼まれたことがあるのだ。忘れていた。那智、気をつけて帰ってくるのだぞ。
    あまり遅くならないように」

輝夜、那智の目を見ずただ歩いていく

那智 「輝夜?」

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・達弘宅

那智、部屋に入ってくる

達弘 「輝夜は?」
那智 「帰った。なんかおかしいんだよなあいつ」
達弘 「そういえば今日泣いてたな…」
那智 「うん。役に入ってたってあの輝夜がって思ってたんだけどさ…」
達弘 「まさか月に帰っていくんじゃないのか…?」

那智、首を振る

那智 「あれはかぐや姫の話で自分はそうじゃないって言ってた」
達弘 「……。じゃあ一体輝夜って何者なんだよ」
那智 「…わかんねぇ」
達弘 「あいつ、確かに竹から出てきたよな。あの竹やぶで」
那智 「うん。それは輝夜も認めてた」
達弘 「一日であれだけ成長して、帰る場所もない」
那智 「……」
達弘 「なんなんだろうな…」
那智 「いつかは……」
達弘 「ん?」
那智 「いつかはあいつ、どこかに帰って行っちゃうのかな…」

那智、俯く

達弘 「那智…」

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・自室

那智M「その日家に帰ってみると、輝夜はただベッドに座って俯いていた。
    あれだけうるさかった輝夜が、静かで、なんだか落ち着かない俺は、何かと輝夜を構ってみるのに
    それでもあいつは反応せずにただ、俯いて何かを考えていた」

ベッドで眠っている二人

輝夜 『申し上げなければなかったことがあるのです…』

那智M「輝夜がかぐや姫のように、こんなことを打ち明けてきたらどうしよう」

那智M「今ではもうこいつが傍にいるのが当たり前で、笑って見送るなんて、出来そうにもないのに……」

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・教室

輝夜 「那智っ」

輝夜、満面の笑みで那智に近寄ってくる
かぐや姫の衣装を着ている

輝夜 「どうだ?美しいであろう?惚れ直したか?」
那智 「い、いや。惚れ直しはしないけど、綺麗だな」

苦笑いをしている那智

輝夜 「なにぃ?まったく素直じゃない奴め。あの眼鏡でさえ私を褒めよったのに」

拗ねる輝夜
達弘が来る

達弘 「褒めてやったのになんだよその言い方は!」
輝夜 「貴様に褒められても嬉しくもなんともないわ」

ぷいっとそっぽを向く輝夜

達弘 「お前なぁ……」

呆れる達弘

那智M「翌日、朝起きてみると輝夜はいつもの輝夜に戻っていた。
    鬱陶しいくらいにくっついてくるし、普通に笑っている。
    結局こいつが何を思ってあんなに思い悩んでいたのか、聞くことも出来ずに明日はとうとう本番となった」

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・自室

輝夜 「なぁ、那智」

輝夜、窓辺に座っている
ベッドで寝転んでいる那智

那智 「んー?」
輝夜 「そなたがもしかぐや姫だったならどうする?」
那智 「えー?どうするって」
輝夜 「私はかぐや姫を演じていて思ったのだ。帰りたくもない月の世界に、抗えずに連れ戻される時。
    必死に逃さんとしてくれている翁の手をどうして放して行けるのかと。
    見えない力で引き裂かれようとも、私は何とかしてここに留まっていたいと思うのだ。
    それで命さえ落としてしまってもいいと」
那智 「……」
輝夜 「そなたならどう思う」

那智、少し微笑んでため息をつく

那智 「かぐや姫はさ、お前みたいに我侭じゃなかったんだよ」

笑う那智

輝夜 「むっ。どういうことだ」

拗ねる輝夜

那智 「どうせ抗えない力なら、笑って別れたかったんじゃないかな」
輝夜 「笑って…」
那智 「うん。ここまで育ててくれたお爺さんの、最後の顔が泣き顔なんていやだろ?」
輝夜 「……しかし、かぐや姫はすべてを忘れてしまうのだぞ…」
那智 「……うん。でも少しの望みに賭けたっていいじゃないか。天の羽衣を着て、
    すべてを忘れたとしても、もしかしたらお爺さんの顔だけは覚えてるかもしれない。
    それが誰だか分からなくても、その笑顔だけは覚えてるかもしれないだろ?」
輝夜 「……」
那智 「悲しいままは嫌だったんだよ」
輝夜 「そうか……」
那智 「でもお爺さんは血の涙まで流してグッダグダだけどな」

笑う那智

輝夜 「私も」

輝夜、ベッドに下りてくる

那智 「え…?」
輝夜 「私も、そなたが笑っているのが好きだ」

輝夜、那智を抱きしめる

那智 「あ、あぁ…」
輝夜 「そなたは怒ってばかりだがな」

肩口で笑う輝夜

那智 「それはお前が悪いんだろ。怒らせるようなことばっかりするから」

呆れる那智

輝夜 「私は何も悪いことなどしていない。そなたが怒りやすいだけだ。
    いつも私は素直な自分の気持ちをそなたに伝えているだけなのに」
那智 「お前の素直は度を越えてただの我侭になってんだよ」
輝夜 「そんなことはない」

輝夜、那智から離れて剥れる

那智 「はいはい。ほら、もう寝るぞ。明日は本番なんだからな」

笑う那智

輝夜 「なんだ緊張しているのか」

布団に入る那智を見て笑う輝夜

那智 「う、うるさいな」
輝夜 「ふふっ、安心しろ。そなたがへまをしても私が助けてやる」
那智 「期待してるよ」

呆れて言う那智
笑うと那智を抱きしめて目を瞑る輝夜
ベッドには相変わらずビニールテープの境界線があるが
那智は何も言わない

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・体育館

体育館には沢山の人が集まっている
照明が落とされるとゆっくりと幕が上がる

委員長『今となっては昔のことだが、竹取の翁という者がいた…』

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・舞台袖

那智、舞台袖から輝夜と達弘が演技をしているのを見ている

輝夜 「私はこの世の者ではございません。ですから連れて帰られるのは大変難しいことでございましょう」

輝夜、袖で顔を隠している

達弘 「そのようなこと、信じられるものですか。私はどうしてもそなたを連れて行こう」

達弘、輝夜に近づくと輝夜にあたっていた照明が消えて見えなくなる
驚く達弘

達弘 「信じられない……。本当にそなたはこの世の者ではないのか」

一人呟き、悩む

達弘 「わかった。それならば連れて行きはしない。だから元の姿に戻りなさい。その姿を見るだけでもいい」

照明が再び輝夜に当たり、姿が見える

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・舞台上

那智、輝夜、舞台の上にいる

輝夜 「私はこの国の人ではないのです。月の都の人なのです」
那智 「……」

輝夜を見つめる那智

那智M「どうしてだろう」

輝夜 「前世からの約束によって、この世界に参りました。しかしもう帰らなければなりません」

那智M「輝夜の目は、俺をただまっすぐ見ていて、なんともない、ただの演技のはずなのに、
    本当に輝夜にそう告げられているようで」

輝夜 「この月の十五日に、月の国から迎えがやってくるのです。避けることもできません」

那智M「翁のどうしようもない、胸が引き裂かれるような感覚を俺はただ一心に耐えようと必死になっていた」

輝夜 「あなたがこのことを聞けば、思い嘆き、悲しむことと思い、この春先から悲しみを堪えきれずにいたのです」

輝夜、泣くそぶりを見せる

那智M「輝夜は月には帰らないと言ったのに」

那智 「何ということだ…。竹の中から小さな小さなあなたを見つけて以来大切に大切に育てた我が子を、
    いったい誰が奪い去ってしまおうというのか…。
    それをどうして許せるだろうか…」

嘆く那智をゆっくりと見上げる輝夜

那智M「なぁどうして」

那智 「そんなことなら死んでしまった方がいい」

那智、泣き崩れる素振りをする
那智をゆっくりと抱きしめる輝夜

輝夜 「泣かないでください」

那智M「不安になるほど心を込めるんだ」

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・舞台上

委員長「かぐや姫を早くこちらに渡しなさい」

衝立越しにいる委員長と那智、輝夜
那智、輝夜を抱きしめている
それに縋りつく輝夜

那智 「この子はあなたの求めているかぐや姫ではありません。また別の場所にかぐや姫という方がいらっしゃるのでしょう」
委員長「はぁ…。何を馬鹿なことを」

委員長、言いながら手を上げて飛ぶ車を呼び寄せる

委員長「さぁ、かぐや姫。このように汚れた場所にいてはなりません」

言うと衝立が開いていき、輝夜、惜しみながらも那智の手から離れていく

那智 「かぐや姫!」

伸ばす手が離れていく
離れた先で振り返る輝夜

輝夜 「もうどうしても抗うことはできません。せめて私の最後を見送ってはくれませんか」

那智、座り込んで俯いている

那智 「こんなにも悲しいのに、どうして見送りなどできますか……。
    どうしても行くというならば、私もそちらに連れていってはくれないか」

輝夜、悲しげな顔をする

輝夜 「では手紙を置いて参りましょう。私を恋しく思う折々に、これをご覧になってください」

手紙を差し出す輝夜
しかし那智、顔を上げない

輝夜 「……」
委員長「お、おい…次大木だぞ」

委員長、小声で言う

那智 「……」
輝夜 「顔をお上げになってください」

輝夜、那智に近づくと頬に触れる
首を振る那智

輝夜 「あの者が持つ天の羽衣を着れば、私の心はたちまちに変わってしまうといいます。
    しかし、私はあなたと過ごしたこの日々を、決して忘れることはないでしょう」
那智 「っ……」
委員長「そ、そんな台詞ないはずじゃ…」

焦る委員長
那智、ゆっくりと顔を上げる
泣いている那智
それを見て微笑むと涙を拭う輝夜

輝夜 「私はただ、心のない日々を、あなたの笑顔だけを思って生きていきたいのです」
那智 「……」
輝夜 「だからどうか、笑って私を見送ってはくれないでしょうか」

輝夜、悲しげに微笑む

那智 「わかり…ました…」

那智、絶え絶えに言うと涙を拭い立ち上がる

委員長「……」

委員長、唖然としている

輝夜 「どうか、お元気で」

輝夜、踵を返すと委員長の元へ

輝夜 「これを帝様に」

手紙と薬の壷を傍に居た生徒Aに渡す
輝夜、委員長から羽衣を受け取ると那智を見る

那智 「……」

輝夜、少し頭を下げると羽衣を着る
するともう振り返りもせずに車に乗ってしまう

那智 「……」

去っていく車をただ涙を流して見送る那智
照明が消える

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・教室

夕日が差し込んでいる教室
外のグラウンドでは後夜祭の準備がされていて、生徒が沢山いる
那智、誰もいない教室で一人、椅子に座って外を見ている

輝夜 「ここにいたのか。眼鏡が探していたぞ」

輝夜、戸口で那智を見つけると微笑んで入ってくる
声に輝夜の方を見るがまた外を見る那智

那智 「どうしてあんなこと言うんだよ」

輝夜を見ずに呟く那智
輝夜、那智を後ろから抱きしめる

輝夜 「ではどうしてそなたは涙を流したのだ」
那智 「……役に入りすぎたんだ」

拗ねたように言う那智

輝夜 「ふっ。そうか。しかしあれはそなたの望みどおりだったはずだが?」
那智 「……」
輝夜 「那智?」

那智、反発もせずに外を見ている

那智 「どうせ離れなきゃいけないなら、記憶だけでも残してくれればいいのにな…」
輝夜 「……そうだな」
那智 「なぁ輝夜」

那智、輝夜の腕に触れる

輝夜 「なんだ」
那智 「お前、俺に何か隠してないか?」

輝夜、鼻で笑う

輝夜 「何故だ」
那智 「台詞のはずなのに、そうは聞こえなかった」
輝夜 「……」
那智 「本当にお前が言ってるように聞こえた」
輝夜 「那智…」
那智 「だから泣いたんだ。輝夜が月に帰っちゃうんだと思って」
輝夜 「那智」

輝夜、那智の隣に回り、自分の方を向かせて抱きしめる

那智 「……」
輝夜 「私がそなたの前からいなくなると悲しいか」
那智 「……悲しくなかったら泣いたりしない」
輝夜 「え…?」

輝夜、那智の素直な言葉に那智の顔を見る
目を合わせない那智

那智 「……なんだよ…悪いか」
輝夜 「そうではない。そなたがそう言ってくれるとは思わなかった」

驚いている輝夜

那智 「だってほんとにそう思ったんだ。それに最近お前なんか変だったじゃないか。
    俺になんか隠してて、突然いなくなったりしないよな?」

那智、輝夜を見る

輝夜 「……」
那智 「俺やだよそんなの。いきなり俺の前に現れたのは輝夜だぞ?
    勝手に俺の生活かき乱して、俺が嫌だって言っても聞かないし、我侭だし、
    俺に迷惑ばっかりかけて、それでそのままいなくなるなんか絶対許さないからな」
輝夜 「那智」
那智 「それにお前のその性格を許せるのも俺くらいしかいねぇよ…」

那智、目線を逸らす

輝夜 「那智」

輝夜、那智の肩を掴む

那智 「な、なに」
輝夜 「私には今の言葉が私への愛の囁きにしか聞こえなかった」
那智 「なっ、あ、愛の囁き!?」
輝夜 「那智。そなたは私を愛しているのか?」

輝夜、真剣な眼差しで那智を見ている

那智 「あっ、愛してるって……」

真っ赤になる那智

輝夜 「違うのか?」
那智 「お、俺は……その…」

輝夜、那智を見つめる

那智 「翁だから…その……」

小さい声でボソボソ言う那智
輝夜、那智の手を取って歩き出す
つられて歩く那智

那智 「ちょ、ちょっと!輝夜!?」
輝夜 「もうよい!ついて来い!」
那智 「ついて来いってどこ行くんだよ!?」

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・自室

どたどた帰って来て部屋に入るとベッドに突き飛ばされる那智

那智 「か、輝夜!なにっ──」

輝夜、那智にキスをする

那智 「んっ……ぅ……かぐっ……んん」
輝夜 「ん……っ…那智」
那智 「な、なんでこんなっ…」

輝夜を見上げる那智

輝夜 「そなたが悪いのだ。あんなことを言われて我慢ができるわけがない」

輝夜、またキスをする

那智 「んぅ…あんな、ことって…」
輝夜 「那智。愛している」

輝夜、那智を見つめ、静かに言うとキスをする
しながら制服のシャツのボタンを外し、体中にキスをしていく

那智 「っぁ……かぐ、や…ん…」

那智M「舞台の上で、去っていく輝夜の後姿に手を伸ばしても、もう触れられないものなんだと思った」

那智 「あっ……や、っ……」

那智M「それこそどこか遠くへと行ってしまうかぐや姫そのもので」

輝夜 「はぁ……ん、ぅ……」

輝夜、那智を咥える

那智 「んぁっ……や、そんな…やだ……」

那智M「俺は翁のように、長い年月、愛情を込めて輝夜を育てたわけでもなく」

輝夜 「ん……っ…」
那智 「かぐっ……んぁぁ…」

那智、輝夜の長い髪を掴む

那智M「帝のように愛したわけでもない」

那智 「んっ……やっ…そんな、ところ……っ…」

輝夜、咥えながら後ろに指を入れる

那智M「ただこいつの我侭を聞いて、それに怒って、呆れたりして、同じベッドで眠っただけなのに」

輝夜 「那智……っ…」

輝夜、切ない顔で那智を見つめながらキスをすると入れる

那智 「んっ……!…あぁっ…やぁ、かぐっ…や…っ」

那智M「輝夜がいなくなるんだと考えただけで涙は溢れて止まらなくなる」

那智、泣いている

輝夜 「…っ……」
那智 「かぐやっ……ん…っ…あぁっ…」

那智、輝夜の首に腕を回してキスをねだる
それに答える輝夜

那智M「こんなにも近くにいるのに、こんなにも体温を感じるのに。
    触れているこの手は、どうしてあの空に浮かぶ月を掴むように空しく届かない気がするんだろう」

那智 「あぁっ、あっ……かぐや…っ…かぐやっ」
輝夜 「…ん…っ……那智…」

那智M「なぁ輝夜。俺が聞くことに、あの時みたいに馬鹿だと言って、軽く拗ねて答えて欲しい」

那智 「もっ…やぁっ……かぐ、っ……でちゃっ…うっ…」

那智、輝夜を抱きしめる

輝夜 「いいぞ…っ…イけ……出せ…」

輝夜、言いながらキスをする

那智 「あ、あぁっ…やッ…イくっ…イくっ…んっ……でちゃうっ…はぁっ…──っ!」
輝夜 「っ……」

那智M「帰る場所はここしか無いって──」

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・自室

輝夜 「那智……すまない。嫌だったか…?」

那智、泣いている
その涙を不安そうな顔をして拭う輝夜
那智、首を振る

那智 「輝夜……。俺に隠し事なんかしてないよな……?どっか行っちゃったりしないよな…?」

輝夜、那智の言葉にふっとため息を吐いて微笑むと
那智の頬に触れる

輝夜 「安心しろ。そなたを悲しませることはしない」

輝夜、キスをすると微笑む

輝夜 「言ったであろう。私はそなたの笑った顔が好きなのだ」
那智 「……」
輝夜 「その笑顔を崩すようなこと、するわけがなかろう」
那智 「輝夜」

那智、輝夜を抱きしめる

輝夜 「那智…」

那智、涙を流す

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第四章「輝夜の帰る場所」

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・教室

委員長、教卓をバンっと叩く

委員長「とーっ言うことでっ!」

笑う委員長

委員長「五組の『竹取物語』は生徒会賞をみっごとに勝ち取りましたーッ!!」

拍手が起こる

委員長「それもこれも俺の監督能力とすんばらしい脚本のお陰だと!!」
達弘 「はぁ……」

達弘、机に肘を付いて呆れる

委員長「そしてそして!賞品はこの!食堂何でもかんでもタダ券一人につき一週間分だッ!!」

委員長、タダ券を掲げる

那智 「ヤッター!!」

那智、両手を挙げて喜ぶ

委員長「おぉっと、これはこれは大木くん」
那智 「なになに?」
委員長「君の迫真の演技にはすごーっく、感謝している。しかしだ!」
那智 「へッ?」
委員長「貴様にこれを貰う資格などない!!」
那智 「なんでーッ!?」
委員長「終了後、さっさと行方をくらましたのはどこのどいつかな?
    後片付けという名目を知らなかったとは言わせないぞ?」
那智 「え!?あ、あれは!俺のせいじゃなくて!かぐ──」
委員長「言い訳無用!なんと言おうが貴様に貰う権利などないわ!」
那智 「そんなぁぁあぁぁぁッ!!」

頭を抱えて叫ぶ那智

那智M「そんなこんなで文化祭は無事終了し、俺達はまたいつも通りの生活へと戻っていく」

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・学校

門のところに輝夜が立っている
那智と達弘、歩いてくる

輝夜 「那智っ!待ちわびていたぞ」

輝夜、那智を抱きしめようとするがかわす那智

輝夜 「むっ」
那智 「迎えに来なくていいって言ってんのに…」
輝夜 「私がいないとこの眼鏡がいつ那智に手を出すかわからんからな」
達弘 「なっ!」
那智 「もう、いい加減にしろよなぁ。達弘は俺の大事な友達なんだぞ…?」
輝夜 「そなたは眼鏡には大事だと言うのに、私には素直になってくれないのだな」

輝夜、着物の袖で涙を拭う素振りをする

那智 「はぁ?もういいよ。行こうぜ達弘」

那智、スタスタ歩いていく

輝夜 「那智っ、どうして私を無視するのだ!」
那智 「そんなこと言ってたら連れて行かないぞ」
輝夜 「ん?どこかに行くのか?」
那智 「達弘んちで遊ぶのー」
輝夜 「な!またこいつの家でか!」

輝夜、達弘を睨みつける

達弘 「お前そろそろ俺に敵対心抱くのやめろよ…。もう諦めてるから……」

達弘、肩を落として歩いていく

那智 「?」
輝夜 「まだまだ油断ならん!」

那智M「思い起こせばこの文化祭をきっかけにして輝夜と俺は出会ったんだ。
    あの光る竹を見つけて、猫みたいな輝夜を家に連れて帰って、それからいろんなことがあった」

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・達弘宅

ゲームをしている那智と達弘
それを面白くなさげに後ろから拗ねて見ている輝夜

那智M「最初は我侭で突拍子もないことを言うこいつが嫌いで、
    とんでもないものを拾ってしまったと思ってたけど」

那智、拗ねている輝夜を見てコントローラーを差し出す
しぶしぶ手を出す輝夜

那智M「一緒に過ごしていくうちに、輝夜といると笑っていることに気がついた」

初めてのゲームに四苦八苦している輝夜
それを見て大笑いする那智
拗ねる輝夜
達弘、那智を止めようとする

那智M「今はもう輝夜がいないと駄目なんだ」

コントローラーをほっぽり出す輝夜
那智、笑い泣きしながらも謝る

那智M「輝夜がいるから俺は笑える」

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・自室

ベッドで眠っている二人
那智、目を開けると窓から見える月を見る

那智M「だから輝夜は月へは帰さない──」

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・達弘宅前

達弘、学校から帰ってくる
家の前に輝夜がいるのを見つける

達弘 「輝夜?」

達弘、驚いて輝夜に駆け寄る
輝夜、達弘に気がつく

達弘 「なんだよ、那智とはもう別れたぞ?」
輝夜 「今日はそなたに話があって来たのだ」

輝夜、真剣な顔をしている

達弘 「俺に…?あー、着物の話か?」
輝夜 「そうだな、それは感謝している」

輝夜、微笑む

達弘 「か、感謝って……」

驚く達弘

輝夜 「なんだ。私が礼を言ってやっているのだぞ?」
達弘 「そうだけど……。えっと、中入るか?」

達弘、家を指差す

輝夜 「いや、ここでいい」
達弘 「そう…」
輝夜 「那智はそなたを友達だと言っていた。そなたもそうであろう」
達弘 「あ、あぁ。友達だよ」
輝夜 「そうか」

輝夜、微笑む

輝夜 「それならいい。私はそなたが嫌いだ」
達弘 「お、お前……面と向かって…」
輝夜 「しかし那智を支えてやれるのはそなただと思っているのだ」
達弘 「輝夜…?」
輝夜 「そういえば、私があの竹の中から現れたとき、そなたも一緒にいたな」
達弘 「あぁ…」
輝夜 「那智が格好の悪い名前を私につけようとしたときに、止めたのもそなたであったな」

輝夜、笑う

達弘 「ははっ、竹太郎なんかにならなくてよかっただろ?」

達弘、笑う

輝夜 「そうだな。なぁ、達弘」

輝夜、微笑む

輝夜 「そなたは那智の傍を離れるでないぞ」
達弘 「どういう…」
輝夜 「それが言いたかっただけだ」

輝夜、去ろうとする

達弘 「輝夜!?」

輝夜、少し行って振り返る

輝夜 「もう一つ、言っておかなければならないことがあった」
達弘 「?」
輝夜 「くれぐれも、余計なことはするでない。ではな」

輝夜、微笑むと去っていく

達弘 「輝夜……?」

達弘、去っていく輝夜の後姿を見送る

達弘 「って!あいつ俺の名前呼んだ!?」

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・玄関

帰ってくる輝夜
那智、リビングから出てくる

那智 「あー!いた!どこ行ってたんだよーったくー。探してたんだぞ?」
輝夜 「散歩に出ていた」
那智 「勝手に出歩くなよなー、もう」

拗ねる那智
それを見て抱きしめる輝夜

輝夜 「そなた、自分は私を置いてどこへでも行ってしまうというのに、たまに私がいないとなるとその言い草か」
那智 「なっ!そういう意味で言ってんじゃねぇーだろ!?」
輝夜 「ふふっ。お仕置きでもして欲しいのか?」

輝夜、耳元で笑う

那智 「ぎゃー!もう!離れろ!ばか!」
輝夜 「はははっ、分かった分かった」

那智を放す

輝夜 「そうだ、眼鏡が今夜そなたを家に招きたいと言っていた」
那智 「え?達弘が?会ったのか?」
輝夜 「あぁ、先ほどな。行ってくるといい」
那智 「そっか。分かった」

那智、ただ口をついて出たように言う
それを見て悲しげに微笑む輝夜

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・玄関

那智 「じゃ、行ってくるから!」

那智、笑って玄関を出ようとする
輝夜、手を振っていたが背を向けた那智の腕を取って
抱きしめる

那智 「輝夜っ?」
輝夜 「なんでもない。急にこうしたくなった。少しだけ、我慢してくれ」
那智 「……」

すっと腕を解くと、微笑んで那智を見る

輝夜 「気をつけて行くんだぞ」
那智 「あぁ。じゃあな」

今度こそ出て行く那智を見送る輝夜
ドアを閉めずに那智の姿が見えなくなるまでずっと見ている

輝夜 「笑って手を振られると、やはり寂しいな……」

輝夜、空を見上げる
空には満月が輝いている

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・達弘宅

ゲームをして遊んでいる那智と達弘

那智 「っつーか、委員長の奴ほんとにタダ券くれないんだもんなー」
達弘 「だから俺の半分やるって」
那智 「それはありがたいんだけどさー、輝夜が可哀想だろー?あいつが一番台詞多くて一番頑張ってたのに」
達弘 「そうだよなー。俺らでなんかしてやるかー」
那智 「ん…?」

那智、画面を見たまま疑問を抱く

那智 「なぁ、達弘」
達弘 「んー?って、おい!死んだぞ!」

那智、コントローラーを持っているだけ

那智 「俺なんでここにいるんだっけ…?」
達弘 「はぁ?なんでって……」

達弘、那智を見る

達弘 「あれ…?どうしてだっけ?」

顔を見合わせる二人

那智 「輝夜のこと、どうして置いてきたんだ…?」

那智、不安そうな顔をする

達弘 「お前、誰に言われてここに来た?」

達弘も不安になりだす

那智 「誰にって…俺は輝夜に……」
達弘 「あ、そうだ…あいつ俺のこと、名前で呼んだんだ」
那智 「え…?」
達弘 「なんか様子がおかしくて、でもなんか笑ってて、あいつ俺に那智の傍から離れるなって…」
那智 「なんだよそれ……」
達弘 「!」

達弘、カレンダーを見る

那智 「達弘?」
達弘 「お前すぐ帰れ!」
那智 「え…?」
達弘 「なんかよくわかんねぇけど今日は十五日だ!十五夜だよ!もしかしたらあいつ…!」
那智 「!」

那智、立ち上がると部屋を飛び出す

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・街

那智、走っている
空には満月が輝いている

那智M「うそだ。なんで、何で俺、あいつ置いて出てきちゃったんだよ。
    あいつから絶対に離れないって決めてたのに。
    どうして──」

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・自室

輝夜、窓辺に座ってただ月を見ている
深緑の着物を着ている

輝夜 「……」

ふぅっと息を吐く

那智 「輝夜……」

那智が家の前につく
部屋の窓辺に座っている輝夜に気がつくと眉間に皺を寄せて輝夜を見る
それに気がつく輝夜

輝夜 「那智っ……どうしてそなた…」

那智、家に入っていく

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・自室

那智が入ってくる

那智 「お前!俺に何したんだ!」

那智、怒っている
その顔を見て、悲しげに微笑む輝夜

輝夜 「まじないが切れてしまったのか」
那智 「まじないってなんだよ!!」

那智、涙を目に溜めて輝夜を見る

那智 「俺がいない間に何する気だったんだ!どこ行こうとしてたんだよ!!」

那智、涙が零れる

輝夜 「すまない」

輝夜、悲しい顔をする
輝夜に駆け寄る那智
抱きしめる

那智 「どこにも行かないって言ってくれよ…。ずっと傍にいるって言ってくれ」
輝夜 「那智……」

那智を優しく抱きしめると髪を撫でる

那智 「なぁ、月になんか帰らないよな?お前とかぐや姫は別なんだろ?」
輝夜 「あぁ。私はかぐや姫ではない」
那智 「じゃあずっとここにいるんだよな?」

那智、輝夜の顔を見る
目を逸らす輝夜

那智 「なんだよ!なんで……目、逸らすんだ……」

那智、ベッドに座り込んで泣く

輝夜 「私はどうやら月の人らしい」

輝夜、月を見上げる

那智 「嘘つき。お前はかぐや姫じゃないんだろ?そんな嘘つくなよ…」
輝夜 「嘘ではない。私は前世の約束などでここに来たわけではないのだ」
那智 「え……?」

輝夜を見る那智

輝夜 「私は月の皇子でな。しかし私はそのことに耐え切れずに月を飛び出したのだ。
    月と繋がるのはあの竹の中で、ここにたどり着くまでに記憶をばら撒いてしまった。
    無理な旅をした故、あのような小さな体となった。
    そしてそなたと出会ったのだ」
那智 「嘘だ…」
輝夜 「しかしどうやらもうここにはいられないらしい。
    少し前から声が聞こえるようになってな。思い出せとしつこく私の名を呼ぶのだ。
    ここにいてはならんと」
那智 「嫌だ…」

泣いている那智

輝夜 「あぁ、私も嫌だ。こんなにもそなたを愛しているのに、何故別れなければいけないのかと。
    一度は月を捨てた身。もう戻ることなど考えもせず、聞こえる声にも耳を傾けずにいたのだ。
    しかし記憶の欠片はどうしてか私に戻ってくる。
    だんだんと、あの国にいた時のことを思い出す。
    決められた道を歩むしか許されず、ただ退屈な日々を送っていたあの頃を。
    いい思い出などない」
那智 「だったら…いつもみたいに我侭言ってどうにかしろよ……。帰りたくなんかないって駄々こねろよ……」
輝夜 「思い出したのはそれだけではないのだ」

輝夜、悲しげに言う

輝夜 「月のまじないは強力で、私には抵抗することさえ出来なかった」
那智 「そんなの……まるでかぐや姫と同じじゃないか!」
輝夜 「…そうだな…。私も毎夜何とかしようと試みていたのだ。しかしとうとう月からの使者がやって参った」

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・自室(回想)

輝夜、一人窓辺に座っている

使者 「輝夜様」

使者が突然現れる
が、透けている

輝夜 「っ!なんだ貴様…」

輝夜、使者に驚くが睨み付ける

使者 「すべてを思い出されたご様子でしたが……私のことは思い出してらっしゃらないのでしょうか…?」

悲しげにする使者

輝夜 「……。貴様、有明(ありあけ)か……。はぁ、どうでもいい奴の名を思い出してしまった」

輝夜、嫌な顔をする

有明 「輝夜様!そんな酷いです……」

泣きそうになる有明

輝夜 「なんだ、文句でも言いに来たか。私が居なくなったことでそなたは仕事を無くしただろうからな」
有明 「いいえ、私の仕事はまだございます。輝夜様はこちらに帰ってもらわねばなりませんので」
輝夜 「何度言えば分かる。私は月を捨てた身。今更のこのこと帰ることも出来ぬ。
    父上も母上も私をいい加減見放せばいいというものを」
有明 「皇帝陛下はそれはもうお怒りです。即座に連れ戻せと言われておりましたものを、
    あなたのかけたまじないによってこの様に時間がかかってしまいました。
    しかし、そのまじないのお陰であなたを見放しはしないと仰られたのですよ」
輝夜 「くっ……。しかしあのまじないはそなたも手を貸したのだぞ。私だけの力ではない」
有明 「あっ、あれは輝夜様に騙されて……」

焦る有明

輝夜 「分かっている。しかしそなたの力は強力だ。父上の跡はそなたが継げばよかろう。
    私はもう帰らないからな」
有明 「輝夜様…あなたも分かっているはずです。運命には抗えないと。
    皇帝陛下は最悪の場合、あなたの傍にいる少年にも手を出しかねないと仰っているのです」

輝夜、目を見張る

輝夜 「何を馬鹿なっ!!那智は関係ないであろう!」

輝夜、怒鳴る

有明 「えぇ。ですから私はこうしてこの場所へ現れたのでございます」
輝夜 「本気なのか……」
有明 「はい」
輝夜 「っ……卑怯者めが…」

有明の姿が靄がかる

有明 「次の十五夜の晩です。それまでにお別れのご準備を…」
輝夜 「……」

有明、消える
輝夜、空に輝く月を見て額に手を当てる

輝夜 「忌々しい月め……」

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・自室

輝夜 「なぁ、那智」

輝夜、那智を見る

輝夜 「私はかぐや姫ではない。ただ月から逃げた、無力な男だ」
那智 「……っぅ…」
輝夜 「そなたの言っていたことが、今なら分かる」
那智 「……っず…ふっ……ぅぅ…」
輝夜 「どうせ抗えない別れなら、そなたの笑った顔を見ていたかった」

輝夜、那智の頬に手を伸ばす

輝夜 「そなたの泣いている顔を見るのはとても悲しい…」

那智、輝夜の手を取る

那智 「わかんねぇよ……あんなのただの昔話の中でのことで、かぐや姫だからそうだと思っただけだ…。
    でもお前は違うんだろ?
    いつもみたいに我侭言えよ!俺と離れたくないって!鬱陶しいくらいにくっついてろよ!
    俺なんかどうなってもいい!俺の都合なんか一度も気にしたことなかったくせに!」
輝夜 「……那智」

輝夜、困ったような顔をする
それを見て那智、輝夜に抱きつく

那智 「輝夜。俺が守ってやるよ。俺は翁でも帝でもない。二千人の兵だって来てくれもしない。
    でも絶対月になんか帰さないから。だからいつまでも俺の傍にいるって、いたいって言ってくれ。
    諦めなんかしないでくれ」

那智、輝夜の肩口で泣いている
那智の頭を優しく撫でる輝夜

輝夜 「那智、覚えているか」
那智 「何を」
輝夜 「私はそなたに悲しい思いはさせないと言ったのだ」
那智 「うん」
輝夜 「約束は必ず守る」
那智 「……」

那智、輝夜を見る
微笑んでいる輝夜
那智、輝夜にキスをする
驚く輝夜
那智、離れるとまた抱きつく

那智 「輝夜。好きだ。愛してる」
輝夜 「那智…」

驚いている輝夜

那智 「これは最後の言葉なんかじゃない」
輝夜 「……」

輝夜、那智を抱きしめる

那智 「月から来た奴らを追っ払って、このベッドでくっついて寝よう」
輝夜 「あぁ」
那智 「もうあのテープも剥がしていい」
輝夜 「……」
那智 「学校まで見送って、それでまた学校まで迎えに来てくれてもいい」
輝夜 「うん」

輝夜、微笑む

那智 「風呂も一緒に入って、全部俺が洗ってやる」
輝夜 「あぁ」
那智 「それでまた一緒に寝るんだ」
輝夜 「そうだな」
那智 「これをずっと繰り返す。俺がお爺さんになっても変わらないんだ」
輝夜 「……」
那智 「輝夜はずっとそのままで、我侭を言ってて、それを俺はちゃんと聞いてやる」
輝夜 「那智」
那智 「だから俺は輝夜を離さない。どんな大男が来ても、俺が追っ払ってやるから……」

輝夜、那智を離し、頬に触れる

輝夜 「まじないをかけてやろう」
那智 「?」
輝夜 「那智がどんな奴にも負けず、この先ずっと笑っていられるまじないだ」
那智 「うん」
輝夜 「愛している」

輝夜、微笑むとキスをする

那智 「…んっ……輝夜…」

時計がもうじき十二時を指す

輝夜 「那智。私はそなたを忘れない」

輝夜、那智を抱きしめる
那智、輝夜の腕の中で眠っている

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・自室

ベッドに那智を下ろす輝夜
布団を被せてやる

有明 「よいのですか……?お別れをしないで…」

悲しげな顔をしている有明

輝夜 「そなたがそんなことを言うのか。残酷な奴だな…」

輝夜、悲しげに笑う

有明 「…ですが…」
輝夜 「いいのだ。これで。那智は翁のように血の涙は流さない。明日からも笑って過ごせる」
有明 「……」
輝夜 「私からの、せめてもの礼だ」

輝夜、那智を見る
幸せそうに眠っている那智

輝夜 「さて、参るとするか」
有明 「はい」
輝夜 「短い間だが、楽しかった」

輝夜、笑う

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・自室

朝、鳥の鳴き声が聞こえる
窓から風が入り込んでカーテンを揺らす
那智、目を覚ますと起き上がる

那智 「……」

開いたままの窓を見て、空を見上げる

那智 「……」

那智、窓を閉めるとベッドから下りて部屋を出て行く

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第五章「十五夜の月にもう一度」

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・教室

那智 「おはよー達弘」

達弘に笑顔で声をかける那智

達弘 「あぁ。おはよう」
那智 「なんだよ?俺の顔になんかついてる?」

達弘、那智をじっと見ている

達弘 「お前まだ思い出せないのか?輝夜のこと」

那智、うんざりした顔をする

那智 「なに、またその話?だから知らないって言ってるだろー?
    輝夜なんて人、俺の知り合いにはいないんだって!」

達弘、悲しげな顔をする

那智 「お前ここ最近その話ばっかだもんなー。いい加減飽きたっ」

那智、剥れる

達弘 「でも…」
那智 「なぁそんなことどうでもいいからさー、昨日の宿題した?」
達弘 「あ、あぁ…」

那智M「達弘が俺に輝夜≠ニいう人のことを聞くようになってから一月になる。
    俺は知らないその人を、毎朝毎朝思い出したかと聞いてくる」

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・自室

学校から帰ってくる那智
鞄を置く

那智M「知らないと言う度に、達弘は何故だか悲しい顔をする。
    それが俺にはどうしてだかわからなくて、なんだか不安になる」

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・自室

夜、ベッドに座って窓から月を眺めている那智
ベッドに貼られているテープに触れる

那智M「この意味不明なテープも何故か剥がせなくて、月を見る度に胸が痛くなるのはどうしてだろう」

突然チリンと風鈴のような音が聞こえる

那智 「…?」

辺りを見回すが何もない
また空を見上げる

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・舞台の上

男  「もうどうしても抗うことはできません。せめて私の最後を見送ってはくれませんか」

舞台上で演技をしている男を見ている那智
男の顔が見えない

男  「あの者が持つ天の羽衣を着れば、私の心はたちまちに変わってしまうといいます。
    しかし、私はあなたと過ごしたこの日々を、決して忘れることはないでしょう」

那智、突っ立ったまま涙が零れる

男  「どうか、お元気で」

去っていく男に那智、手を伸ばす

那智 「輝夜ッ!!」

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・自室

那智 「っ!」

目が覚める
泣いている那智

那智 「……」

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・教室

那智 「なぁ、達弘」

那智、沈んだ顔で達弘を呼ぶ

達弘 「あぁ、那智。おはよう。?どうした」

那智、席に座る

那智 「輝夜って誰だ……?」

那智、俯いている

達弘 「那智っ!思い出したのか!?」

首を振る那智

那智 「知らないんだ。誰だか。でもなんか知ってる気がする。
    文化祭で、あの時かぐや姫の役だったのは誰だ?知ってるはずなのに、思い出せないんだ。
    どうしても、名前を聞いても分からなくて…」

那智、頭を抱える

達弘 「輝夜だよ!それが!」
那智 「……でも知らないんだよ……。誰なんだよ輝夜って…」
達弘 「那智!文化祭の準備で俺達竹を切りに行っただろ?」
那智 「?」
達弘 「その時光ってる竹があって、それを切ったら輝夜が出てきたんだ!」
那智 「そ、それはかぐや姫の話だろ…?」
達弘 「違う!本当に出てきたんだよ!俺達の前に!」
那智 「……」
達弘 「…お前最初はさ、輝夜が我侭ばっかり言うって嫌だって愚痴ばっか言ってたけど」
那智 「え…」

達弘を見る那智

達弘 「でも過ごしていくうちにすっげぇ仲良くなってんの」
那智 「……」
達弘 「俺さ、那智のことは俺が一番良く知ってるんだって思ってた。幼稚園からずっと一緒だったしな」
那智 「うん」
達弘 「でも輝夜が来て、その一番が俺じゃなくなったって思った。
    嫌だって口では言ってたけど、お前輝夜といるとずっと笑ってんだもん」
那智 「……」
達弘 「輝夜がいつかはいなくなるのかなって言ってた時、お前すっげぇ悲しい顔してたよ。
    文化祭の劇で泣いたのは、かぐや姫と輝夜を重ねたからだろ?」
那智 「泣いた……?」
達弘 「そうだよ。お前泣いてた。それだけ好きだったくせに、なんで忘れてんだよ……」
那智 「……」
達弘 「思い出せばお前は辛いかもしれない。
    だってかぐや姫みたいに月に帰ったんだとしたら、もう輝夜は二度と帰ってこないんだ」
那智 「……」
達弘 「あいつも全部忘れてるかもしれないよ。でも、それでもさ……」

達弘、俯く

達弘 「もう会えないんだったら、思い出だけでも持ってたっていいじゃねぇか……」
那智 「達弘……」
達弘 「こうなったのが輝夜の最後の優しさなのかもしれない。
    でもこんなの俺悲しいよ……。
    那智があいついないのに、なんでもない顔して過ごしてるなんて。
    輝夜と過ごしたあの二ヶ月は何だったんだよ……」
那智 「……」

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・自室

ベッドに座って窓から外を見ている那智
空には満月が輝いている

那智M「思い出せない継ぎはぎの二ヶ月間の記憶。
    それはただ、今の生活にはなんの支障もないことで、心のどこかがもやもやするだけのこと」

那智 「……」

那智M「だけどもし、この輝く月のどこかで俺のことを見ていたならそれはとても悲しいことなんじゃないだろうか」

那智M「二度と会えない人のことを、思い出しても悲しいだけ。だけどそこには笑っていた記憶がある」

那智 「綺麗な月だな……」

那智M「俺はこんな風になることを、望んでいたんだろうか」

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・自室

男  「那智……」

声が聞こえる

男  「那智?聞いているのか?」

ゆっくりと目を開ける那智
目の前で笑っている男がいるが、顔がはっきりと分からない

男  「なんだ、寝ぼけているのか?」

首を振る那智

男  「そうか。なぁ、那智」

男が手を伸ばして髪に触れる

男  「私はそなたの笑っている顔が好きだ」

那智、何かを言う

男  「ふふっ、そうか?しかし本当のことだ。そなたの笑顔はとても愛おしい」

那智、顔を背ける

男  「そう怒るな。私はそなたの笑顔が見られればそれだけで幸せになれるのだ」

那智、男を抱きしめる

男  「そなたを悲しませるようなことは絶対にしない。だからそなたはずっと笑っていてくれ」

頷く那智

男  「那智。愛している」

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・自室

眠っていた那智、目が覚めて起き上がる
まだ外は暗く、空には満月が輝いている
ベッドから立ち上がって部屋を出て行く

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・学校横

一人で歩いている那智

那智M「長い黒髪からとてもいい香りがして、抱きしめる手は大きく語りかける声はとても優しい。
    俺の記憶の中の誰か」

竹やぶの中に入っていく

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・竹やぶ

竹やぶの中を歩いていく那智

那智M「思い出せないはずの笑顔に安心して、ずっと離れたくないと思った」

那智M「あれは夢?」

那智M「それとも俺の中の思い出なのか」

那智M「目が覚めて、ここに自然と足が進む」

風鈴のような音が聞こえてくる

那智M「何かが分かるような気がして」

開けた広い場所に出る
満月が輝いている

那智M「ここに来れば、会えるような気がしたから」

那智 「……」

真ん中に那智の背丈ほど伸びた切れた竹がある

那智M「我侭で、高飛車で、綺麗な顔したかぐや姫」

竹の横に深緑の着物を着た男が立っている

那智M「十五夜の月にもう一度──」

振り向く男
微笑んでいる
それを見て走り出す那智

那智 「輝夜っ」








おわり