・自室 伊吹 「だーかーらー、俺が食べたいのはこんなちんけな味噌汁じゃなくてね? もっと具のいーっぱい入った味噌汁なんだってばッ!」 机に向かって頬杖を付き、ペンを回す元(はじめ) 元 「めんどくせーなぁ…」 小さく描かれた味噌汁の中に具を書き足していく そのノートの上にペンほどの大きさの伊吹(いぶき)がいる 伊吹 「そうそう!そんな感じ!」 元M 「味噌汁ごときで喚くこの小さな生き物はノートの中で生きている」 伊吹 「あとサラダが食べた〜い!」 元 「はいはい…」 元M 「俺が描いたわけじゃない」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 ノートの上でお腹をいっぱいにしている伊吹 元M 「新しいノートを買って、開いてみたらこいつが居た。 こいつが言うにはこのノートには仕様があって──」 伊吹 「ねぇ〜、早くベッド描いて〜」 元 「あぁー」 伊吹のサイズのベッドを描く するとそれが立体化し、その中に入っていく 元M 「ノートに描いたものを使えるようになる(ノートの中限定)」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自宅 朝、机の上にあるノート 中から表紙を押し上げてノートを開く伊吹 伊吹 「よいっしょ…っと。って──うわぁっ!」 ノートから落ちる が、反対方向からまた現れ、尻餅をつく 伊吹 「いったぁい……」 元 「ん……」 寝返りを打つ元 元M 「ノートの外には出られない」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 ノートの上で元に向かって指を指している 伊吹 「さぁ!今日は寿司だ!さっさと描きやがれ!」 元 「……」 不機嫌な顔をしてその指を腕ごと咥える元 伊吹 「うわぁっ!や、やめろよぉ…ッ!」 じたばたもがく 元M 「ノートの範囲なら触れることが出来る」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 手を振っている伊吹 伊吹 「じゃーね、また明日!」 元 「あぁ、おやすみ」 ノートを閉じる元 元M 「一日見開き一ページのみ(前のページには戻れない)」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 白紙のノートの上で眠っている伊吹 それをみて鼻でため息をつく元 元 「……」 元M 「華奢で、睫長くて、色白で、口は悪いけど憎むほどでもなくて、 馬鹿で、ドジで、食いしん坊で、たまに可愛いとか思うけど──」 ふぅっと息を吹きかける 伊吹 「…ん……うー……」 元M 「俺には一つも得はない!」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 元 「なぁ、なんか魔法とか使えたりしないわけ?」 伊吹 「魔法…?たとえば?」 元 「俺の願いをかなえてくれたりさぁ」 伊吹 「元がここに自画像描けばできるんじゃない? 欲しい物描いたりさぁ、自分の分身で願いをかなえるわけ!」 笑っている伊吹 元 「それ俺にはやっぱり何の得もねぇじゃねぇか…」 伊吹 「だぁーって、俺が出来るのはこのノートの中で生活することだけだよ? 元が描いてくれないと俺何にも出来ないもんっ!」 元 「偉そうに言うことかそれ!?」 伊吹 「へへへっ」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 元 「おい!伊吹!いい本持ってきてやったぞ!」 本を持って笑っている元 伊吹 「なになに!?どんなお話!?」 元 「伊吹が大好きな話。へへへぇ」 伊吹 「え?え?それって…まさか……」 照れている伊吹 元 「まぁいいからさっ、ほら、行ってこいよっ!」 小説を開き、ノートに近づける 伊吹 「え、えっと、いいのかなぁ?悪いなぁ…」 元 「遠慮すんなって!ほら、行ってらっしゃい」 伊吹の背中を指で押してやって ノートから小説に移す 伊吹 「う、うん。じゃあね。へへへ」 照れながら入っていく伊吹 元 「ふふふふふ……」 怪しく笑う元 元M 「もう一つ、こいつは本の中なら移動できる。 そしてその本の世界を体験できるらしい……」 伊吹 「うわぁ〜〜〜〜ん!」 ノートに泣きながら走って帰ってくる へたり込んで泣く 伊吹 「ひっ、ひどいよぉ……元のばかぁッ!」 元 「え?俺なんか悪いことした?」 伊吹 「俺の大好きな話だって言ったじゃないかぁ!…ぅぅっ…」 元 「あれ?好きじゃなかったっけ?」 伊吹 「うぅっ……」 元 「ホラー小説」 伊吹 「好きじゃないよぉ!」 元 「あれぇ?そうだったっけ?俺はてっきり好きだと…」 伊吹 「俺が怖いの嫌いなの知ってるくせにっ!なんで……なんでそんなことするんだよぉ…」 元 「ふふっ」 元M 「時々こんなことして遊ぶのが唯一の得というか、なんというか」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 伊吹、ノートの隅で体育座りをしてふてくされている 元 「伊吹ー。そろそろ機嫌直せよー、俺が悪かったって」 伊吹 「ふんっ」 元 「おーい、ごめんってー」 伊吹 「元なんか知らない!」 そっぽを向く 元 「しょうがないなぁ。じゃあさ、ほら、風呂入れ風呂」 バスタブを描く 元 「今日は特別に泡風呂だぞー。アヒルも浮かべてやるよ」 伊吹 「……」 元 「泡に色もつけようか。伊吹は何色がいい?水色?それとも黄色?あ、ピンクにしようか?」 伊吹、元の方を少し見る 元 「何色がいい?」 伊吹 「……ぴんく…」 元、笑うと色鉛筆で泡を塗っていく 元 「ほら、おいで」 伊吹、そろそろとバスタブの方へ行く ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 元 「どう?機嫌直った?」 ピンクの泡風呂で遊んでいる伊吹 伊吹 「も、もうしないって約束するなら許してやってもいいけどっ!」 膨れている その頬を指先でつつく 元 「もうしないよ」 伊吹 「じゃあ許してやる」 元 「はははっ」 伊吹 「ほ、ほんとに怖かったんだからな!あんなの……」 元 「ごめんって。で?何の本だと思ってたんだ?」 元ニヤニヤしている 伊吹 「なっ!なんのって…!」 真っ赤になる伊吹 元 「あれ〜?赤くなってる。赤くなるような本、期待してたのか?」 伊吹 「ち、違うっ!赤くなんかなってない!」 元 「へぇ…そう。伊吹の好きな本ってエッチなのじゃないんだ?」 伊吹 「違うって言ってるだろッ!馬鹿元!」 風呂の水をかける 元 「うわっ!ハハッ、わかったわかった。今度はそうしてやるからさ」 伊吹 「だから違うって言ってるのに!」 真っ赤になってそっぽを向く伊吹 それを見て笑う元 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 ベッドに入っている伊吹 伊吹 「じゃあね、おやすみなさい」 元 「うん、おやすみ……」 目を瞑る伊吹の顔を頬杖を付いて見ている元 元 「……」 しばらくすると、静かにノートを閉じる 元M 「もうすぐこいつが来て一ヶ月になる。 残りは三ページ……」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 伊吹 「はーじめ、おっかえり〜っ!」 ノートの上で飛び跳ねている伊吹 伊吹 「あれ?何持ってるの?お菓子?」 元 「あぁ」 机に向かう 伊吹 「俺も食べた〜い」 元 「今日は宴会な」 元、ペンを持って笑う ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 ノートにすらすらとお菓子やジュースを描いていく元 伊吹 「えっとね、あと〜、おっきなプリンがいいなぁ。俺よりも大きいやつ」 元 「これくらい?」 伊吹 「そうそう!わ〜い!美味しそう!」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 伊吹、ノートの端に座って足をぶらつかせている 足の先は消えている 元 「なぁ、ノートなくなったらお前どうなんの?」 伊吹 「え?」 元 「消えるの?」 伊吹 「……」 元 「……そうなんだ」 伊吹、首をぶんぶん振る 伊吹 「見えなくなるだけ」 元 「お前が?」 伊吹 「ううん。このノートと一緒に。いなくなるんだよ」 元 「…お前の存在ってなんなの?」 伊吹 「……秘密…」 元 「秘密?なんだそれ」 伊吹 「秘密なんだ!」 元 「へぇ…」 元、指先で伊吹をトンと押す 元を見上げる伊吹 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 夜中、伊吹、ノートの中で眠っている そっと次のページを開くと、ペンを握って描きだす元 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 伊吹 「ん……んん…」 伊吹視点 伊吹、目を覚ますと周りの様子に言葉を無くす 伊吹 「……」 部屋(ノートの中)に所狭しと飾られた色とりどりの家具 床にはフワフワの絨毯 ふかふかのソファに、ベッドは天蓋付き お菓子の沢山入ったバスケット 出来立ての朝ごはんが用意してある ベッドから下りて部屋(ノート)の真ん中に行く 元視点 真ん中で飛び跳ねている伊吹 伊吹 「元!元ッ!」 ベッドで眠っていた元、目を覚ます 伊吹 「すごいよ!すごいよッ!これどうしたの?」 元 「さぁ、誰かが落書きしたんだろうな……」 ベッドに寝転んだまま、伊吹を見て笑う元 伊吹 「ふふっ、わ〜い!」 ソファの上で飛び跳ねている伊吹 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 元 「楽しい?」 伊吹 「うん!」 ソファの上でウサギの人形を抱きかかえている伊吹 元 「そか」 伊吹 「元」 ソファから下りて元に向かって両手を伸ばす 元 「?」 伊吹に顔を近づけると、頬に手を添えて鼻の頭にキスをする 元 「……」 伊吹 「ふふっ、ありがとう」 笑っている伊吹 元 「あ、あぁ」 伊吹 「なぁ、元。俺も元にいいものあげる」 元 「いいもの?」 伊吹 「うん。ペン貸して?」 元 「……」 ペンを伊吹に渡す 自分の背丈ほどのペンを一生懸命抱きかかえながら ノートに何かを描いていく 元 「?」 伊吹 「よいっしょ……。出来たっ」 描き終えると手を二回鳴らす するとノートに描かれたペンが実体化する 元 「ペン?」 伊吹、それを持ち上げて元に渡す 伊吹 「そう。このペンはね、願いが叶う魔法のペンなんだよ」 元 「魔法…って!お前魔法使えないって──…」 伊吹、笑う 伊吹 「秘密だったんだ。それに俺が使える魔法じゃない。 このノートが叶えてくれる魔法。 最後のページでだけ使える魔法だよ」 元 「最後のページ……」 伊吹 「うん、明日でもう終わりだから。 だから、そのペンで元が叶えたいことを最後のページに書くんだ」 元 「……」 伊吹 「そしたら元の願いは叶う」 元 「なんでも?」 伊吹 「うん。だけどそのページでだけだから」 元 「ずっとってわけじゃないってこと…か」 伊吹、頷く 元 「そっか…わかった」 持ち上げたペンを見る ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 最後のページを開く元 あのペンを持って少し考えると、文字で書き込んでいく ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 朝、ベッドで眠っている元 違和感に目を覚ます 元 「ん……」 隣で眠っている伊吹 元 「っ!……ほんとに叶った……」 その声に目を覚ます伊吹 伊吹 「んん……あれ…?元…?」 元 「……」 伊吹 「は、元!?どうして──」 元、伊吹を抱きしめる 伊吹 「元…?」 元 「ほんとに伊吹だ……」 伊吹 「どうして俺大きくなってんの…?」 元、離れて起き上がる 元 「ノートに書いたから」 伊吹 「え、えぇ!?ほんとに!?」 元 「駄目もとで書いたらほんとに叶った…」 伊吹 「こ、こんなお願いでよかったの…?」 元、笑うとベッドから出る 元 「ほら、起きろよ。出かけるぞ」 伊吹の手を引く 伊吹 「ちょっと待って!どこ行くんだよぉ…っ!」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・街 ファーストフードでポテトを食べている二人 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・街 アイスを食べ歩いている二人 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・街 元の手を引いてはしゃいでいる伊吹 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・街 笑っている二人 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 夜になり、笑いながら帰ってくる 伊吹 「はぁ〜、疲れたぁ〜」 ベッドに倒れこむ その隣に座る元 元 「楽しかっただろ?外」 伊吹 「うん!すっごく!」 元 「そっか」 元、笑うと不意に手を引かれ伊吹の上に倒れこむ 元 「伊吹──」 元の頬を両手で包み、軽くキスをして微笑む 伊吹 「ありがとう。元」 笑う伊吹の顔を見て今度は深くキスをする元 伊吹 「んっ……元…」 元 「魔法はいつまで続くんだ?」 伊吹 「魔法の期限はいつだって同じだよ」 元 「やっぱり十二時なんだ?」 伊吹、微笑んで頷く 元 「そっか…」 元の首に手を回す 伊吹 「元とこんな風にできるなんて、夢にも思わなかった」 元 「嫌だった?」 伊吹 「ううん」 キスをする 伊吹 「元、俺のこと好き?」 元 「うん」 伊吹 「そっか。俺も…」 キスをする ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 ベッドで抱き合っている二人 伊吹 「は、じめっ……あっ…」 元 「っ……」 伊吹 「やっ、ん……ぁぁっ……」 元 「伊吹……」 キスをする二人 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 ベッドで二人、寝ている 手を繋ぐ 伊吹 「一瞬で夢から醒めるのは嫌だろ?」 元 「え?」 伊吹 「もうすぐ夢から醒めるよ。終わりはゆっくりの方がいい」 元 「……」 伊吹 「だんだん眠くなる魔法をかけてあげる。 そしたらきっと悲しくないよね」 元、伊吹の手を握り締める 伊吹 「元に出会えてよかったよ。楽しかった」 元 「……」 伊吹 「俺が居なくなっても、元気でね」 元 「……」 伊吹 「何か言ってよ…」 元、伊吹を抱き寄せる 元 「愛してる」 キスをする 伊吹 「うん」 微笑む伊吹の顔がだんだんとゆがんで見えてくる 元 「……伊吹…」 伊吹 「おやすみなさい」 元 「嫌だ……伊吹…待ってくれ…」 伊吹 「今までありがとう」 伊吹、元にキスをすると 完全に視界が暗くなる 元M 「伊吹……嫌だ。お願いだから、行かないで──」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 朝、鳥の鳴き声に目を覚ます元 元 「……」 隣には誰もいない 元 「伊吹……」 飛び起きると、机に向かうが そこにいつもあったあのノートはない 元 「……どこ行ったんだよ…帰って来いよ……」 床に座り込む 元M 「ノートの中で生きていた、あの不思議な生き物は やっぱり俺になんの得も残して行ってはくれなかった」 机の上からペンが転がり落ちてくる 元M 「それともすべては夢だったのか──」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・自室 後日 インターホンが鳴っている 元 「ん?」 部屋を出て行く 机の上のペン立てにあの時のペンが光っている ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・玄関 元 「今開けまーす」 ドアを開ける 伊吹 「元っ!」 元 「っ──」 抱きつく伊吹 その途端、床にノートが落ち風でページが捲られる 最後のページに書かれた元の願い事の隅の方に 小さく「元とずっと一緒にいたい」とへたくそな字で書かれている おわり |