「それは嫉妬ね。」
 恐らく、普段の数倍紅潮しているであろう私の顔をしっかりと見つめて、真紅はゆっくりとティーカップの取っ手に指をかけた。白いティーカップ。昔から彼女が自分専用のマイカップとして愛用しているものだ。白く綺麗な手がそっとカップを口元に持っていくと、中に張られた紅茶の水面がゆらゆらと揺れて、そこに映し出された真紅の幻も、音もなく振動に溶けて消えた。
 彼女は目をそらさない。だから私はますます縮こまって、自分のドレスの膝元をきつく握る。深緑の生地は薄く柔らかいものだから、少し握るだけですぐに皺になってしまう。それはわかっていたけれど、構わず手に籠める力を強めた。
「やめなさい。お父様がくれたドレスが皺になってしまうわよ。」
 少し口をとがらせながら、真紅は私をたしなめた。
「……翠星石は嫉妬など、してないです」
 真紅の言葉をあえて流し、先ほどから言い淀んでいた言葉を小さく発する。真紅はため息をついた。
「それは単に意地を張っているのかしら。それとも、気づいていないというのかしら」
 私は今度こそ言葉を失って黙り込んだ。なんと返せばいいのだろう。こんな風に聞くだなんて反則だ。言い逃れのしようがない。
 けれど私だってもう気づいている。
 これは嫉妬だ。
「どうしてそんなに意固地になる必要があるの?」
「い、意固地になってなんか……ただ」
 ただ。
「……どうしてもああなってしまうのです」
 それはもはや自分でもどうにもできなかった。人見知りをする性格なうえ、時を経るごとに、自分の思いとは裏腹に棘のある言葉を吐き出してしまったり、つい怒鳴りつけてしまったり、心ない一言を口に出してしまうことが多くなった。そのたびに後悔して落ち込んでしまうのは、昔からずっと変わらない。幾年もの時を共に過ごしてきた双子の妹に何度となく言われた言葉。“君はもう少し素直になればいいのに。”
「ストレートに愛情を伝えるのも必要だわ」
 あっけらかんとそう言ってのける彼女を見て、私は複雑な気分になる。彼女も少なからず私と似ているのだ。一昨日だって、ジュン―今の私の胸の内を占めている彼―に対して素直になれずに、何度も悩んで顔を曇らせていたというのに。そんな似た者同士の片割れに諭されるというのは、なんだかとてもおかしかった。
「真紅だって、人のこと言えないですよ」
 ふっと浮かんだ笑みを隠さずにそう呟けば、途端に真紅の顔に赤みが増して。ほうら、やっぱり私とあなたは似た者同士なのです。先ほどの憂いなどどこかへ吹き飛んで、私は声をあげて笑った。照れ隠しなのか、それとも機嫌が損なわれたことへの微かな怒りなのか、普段より幾分かトーンの高い大声で私に反論を試みる真紅。形勢逆転だ。私はすました顔で、すっかり冷めきったダージリンを口に含んだ。



「憂鬱は穏やかに」
(2008.02.22)