来世で必ず君を見つけるから 
(※23話視聴後すぐに書き始めたので、本編からずれた捏造となっています)




 彼は記憶の海を泳いでいる。
 リジェネ・レジェッタは、脈打つ鼓動の音で目を覚ました。数秒の間をおいて、それが己の心臓が奏でるものであることに気付く。
 自身の鼓動音に呼応するかのように、静かに、規則的に波紋を生む水面。
 鉛のように重い肢体を、ただただ波に預けてみたけれど、その白い頬に、冷たい感触を感じることはない。その身を包むのは、浮遊感、そして暴力的なまでに胸を圧迫する、果てしない空虚感。
 自分の脳が、次第に記憶の欠片を手放
しているのだと、彼はほどなくして悟る。
 ゆっくりと、ひとひらずつ緩やかに落下していく、まるで美しい花弁のようなそれらを、彼はもう一度胸に抱きたいと切に願うけれど、その手が再びそれらに触れることはないのだった。
 リジェネは再び目を閉じ、薄く靄のかかった意識のなか、ひとつひとつ慎重に、記憶の糸を手繰っていく。

―僕は、イオリア・シュヘンベルグの計画のために生み出されて、そして。
―…そして、何だっけ?
―ああ、そうだ。イオリアでもなく、リボンズのものでもない、僕だけの計画を。
―……計画って、何だったろう。
――――――………
 そして、最後にリジェネは辿り着く。するすると、少しずつほつれていく糸の先に、その人物は立っている。
 ああ、なんだ。初めから、そこにいたんじゃないか。
 僕が求めてやまないもの。
 自分と瓜二つの容姿をしたその姿。いつからか決別を選び、道を違えた僕の半身。
 ティエリア・アーデ。



 たとえば、とリジェネは考える。
 確実に叶わないものに考えを巡らすということ。常に未来を見据えることを要求された存在として在った彼にとって、それは生まれて初めて経験する行為だった。
 もしも僕らが、「他人」として生まれていたら。
 イノベイターとしてではなく、ただの人間という別個の個
体として、互いに触れ合うことができたのなら。
 この世界のどこかで、巡り会うことができたなら。
 しかしやがて首を振り、自嘲する。そんなことは、考えることさえ無駄なのだ。僕らはイノベイターとして生み出されてしまった。それは動かしようのない事実なのだ。どんなにもがこうと、願いは永遠にただの願いでしかない。
 静かなる絶望―その込み上げるものを絶望のそれだと理解することは、リジェネにはまだできなかったけれど―に支配されたまま目を開くと、眼前に立つティエリアの薄く色付いた唇が、静かに開かれた。
―――リジェネ・レジェッタ。
 発せられた音は、彼の耳にしっかりと届く。
 リジェネは、自分の身体すべてが余すことな
く満ち足りていくのを感じた。彼にとって、すべてはただそれだけでよかった。
 ティエリアは、彼の名を呼んだ。その唇で、彼の名を形作った。その声が鼓膜を震わすその瞬間に、彼の中に燻っていた怒りや悲しみといった、重く暗い感情たちが、紐解かれていく。
(ああ、じきに終わる。)
 まもなく、リジェネ・レジェッタという個体は消滅するだろう。
―お別れのようだ、ティエリア・アーデ。
 リジェネが薄く微笑んだが、ティエ
リアは一切の表情を変えなかった。口元を真一文字に結び、瞳には頑なな意思を湛えて。ガラス玉のような、透明に透き通った表情がそこにある。
 溢れる眩しさが、やがて彼の身体を包んでいく。
 リジェネは目を凝らし、自分の目が働かなくなるその瞬間まで、ティエリアの姿を捉えんと試みたが、白く圧倒的な光の前には、イノベイターである彼ですらただの無力な子供でしかなかった。
 リジェネの世界が、そして緩やかに閉じていく。
 いつの日か訪れる目覚めのとき、やがて巡り逢う世界のために。




 彼らはまた、再び出会うだろう。その命が生み出された、すべての始まりであるあの青く光る透明なカプセルの中で。あるいは、誰しもがみな足を浸している、記憶の海のほとりで。
 その時は、ふたり手を取り合えるだろうか?
 ずっと焦がれてやまなかったものを、今度こそ、愛しいと。
 まだ見ぬ、二人の「来るべき日」に想いを馳せ、彼は穏やかな気持ちで眠りにつくのだ。


    けれど。
         ひとつだけ、ただひとつだけ、後悔していることがあるんだ。






                      ――またいつか。






                                     さいごに、君にそう言えたらよかった。







君をおいて青にかえるまで
I'll certainly find you in the world beyond.

090412
(Thanks::構成物質)