「アレルヤ。ハッピーバレンタイン」
 スメラギの声に振り返ったアレルヤは数秒目を見開き、そして破顔した。
「ああ、バレンタイン…ですか」
「ええ。きっとすぐに、フェルトやクリスが渡しに来るんだろうけど。私からのも、受け取ってちょうだい」
「ありがとうございます、スメラギさん」
 ワインレッドの包装紙に包まれた細長い箱を差し出すその手を、細い指先を、彼はただ純粋に美しいと思う。こんなにも美しい手の持ち主が、数ある尊い命を奪い去っている。その残酷な事実が、彼には俄かに信じ難かった。
 アレルヤが浮かべる、伏し目がちで、どこか陰りを内包した微笑を横目に、スメラギは彼の表情と相反する明るいトーンの声をあげる。
「あら、浮かない顔ね。私みたいなおばさんより、もっと若い子から貰ったほうが嬉しかったかしら?」
 言葉自体は自嘲めいているが、むしろ茶化すようなニュアンスを感じさせる語調だ。
 つい数秒前までの自分が、彼女にどのような表情を見せていたのか。それを知る術を持たぬアレルヤは、思わず自分の頬に手を当て、心の内で呟く。僕、そんなにひどい顔をしてたのかな。
「そんなことないですよ。ただ、こういうものを貰うことに、あまり慣れていなくて…」
 自分自身でも驚くほどに、その言葉尻はとても頼りないものと化した。
「どういう反応をしたらいいのか、よくわからないんです」
 そうね。スメラギは右手を顎に添えたまま、視線を天井へと向ける。
「素直に、思いっきり喜んであげなさい。きっと喜ばれるわ。こういう特別な日の女の子にとってはね、何事にも大袈裟なくらいの反応が丁度いいの」
 それは自分には難しいな、とアレルヤは内心苦笑するが、それでもスメラギの言うことはきっと正しいのだろうと思った。勿論、世の女性のすべてがそれに該当するわけではないけれど。不思議なことに、彼女の発する言葉には、いつだってすんなりと納得させられてしまうのだ。
「ねえ。そのチョコレート、とってもワインに合うのよ。どう?一緒に一杯」
 首を傾げ、ウインクをひとつ。普段に増して茶目っ気溢れる仕草である。酒が絡むととびきり陽気になるのはいつものことだ。だがすぐさま、気分が高揚した際の彼女の言動の数々を思い出し、アレルヤは思わず口元を引きつらせた。
「遠慮しておきますよ」
「そう、残念ね…」
 スメラギは心底残念そうに、眉を八の字にする。アレルヤは一度、スメラギの隣でアルコールを口にしたことがあるが、やはりあんな飲み物に夢中になれる彼女の気持ちがいまひとつ理解できずにいる。
「それじゃあ…お返しは三倍返し、だなんて言わないけれど…そうね、うんと美味しいワインがいいわ」
 アレルヤはやれやれと肩を竦め、伏し目がちに笑う。
「…手厳しいな」



「愛ではないと知っている」
(2008.02.14〜2009.11.10)