ドアを開けると、刺激的な色彩に頭がくらりとした。流行のキャラクター人形。壁に貼られた派手なポスター。山のように散乱した蛍光色の衣服に、毒々しい色の菓子類。いつ見ても趣味の悪い部屋だ。イギリスは思わず顔を顰めた。先月に訪問した時よりも、不可思議な玩具やオブジェじみたものが増えているような気がする。
 目が眩むようなビビッドトーンにまみれた部屋に辟易しながら―何度訪れても、この奇抜さには慣れることはないだろう―、ソファに身を預けて、コミックに夢中になっているアメリカの背後に歩み寄る。
 そして、彼の手が今まさに伸びようとしていた、山のように盛られたドーナツの皿を、丸ごと取り上げた。そこでようやく突然の訪問者に気が付いたアメリカは、目を見開いて背後を振り返る。
「イギリス!?」
「お前、まーたこんなもんばっかり食いやがって」
「何するんだい、返してくれよ!」
 ドーナツを取り返そうと伸ばされたアメリカの腕は、しかしむなしく空を切り、イギリスはこなれた様子でスマートにかわす。そのまま容赦なく皿を遠ざけ、彼はアメリカに呆れた視線を向けた。
「夜に食べたら余計太るって、あれだけ言ったろーが!」
「というか、君!いつの間にあがっていたのさ!」
 イギリスの怒鳴り声など意に介さずにそう尋ねたものの、非難めいた目線を返されるだけだった。もっとも、そんなものには気付かない振りをするのであるが。
 チャイムぐらい鳴らしてくれよ、とアメリカは唇を尖らせるが、何度も鳴らしたチャイム音にも一向に気付かなかったのはお前のほうだろう、と主張するイギリスは、謝罪をする気など毛頭ない。
「どうせまた、やかましいのでも聴いてたんだろ」
 音漏れてんぞ。そう指摘されると、渋々といった様子でアメリカはイヤホンを外し、ウォークマンのスイッチを切った。そして前髪をかきあげて、気だるげな瞳でイギリスを見上げる。
「ところで…また何しに来たんだい?生憎紅茶なんてうちにはないんだぞ」
「なっ…べ、別にお前のために来たわけじゃねーよ!」
 う、と言葉を詰まらせたと思えば、一瞬の躊躇ののちに言い放たれた言葉がこれである。
 この世に、これ以上拙い嘘が存在するだろうか、とアメリカは思った。まこと明らかな嘘に、若干の呆れさえ抱きつつ、彼は細めた目でイギリスを見た。
 イギリスはこうして、たびたびこの家へやってくる。表面上は憎まれ口を叩きあい、仲を違えているように見える両者だが、曲がりなりにも兄弟なのである。心配性で世話焼きなイギリスが、こと弟に関することとなると、より増して口うるさくなるのは当然であり、対するアメリカも、自身の兄であり、そして国でもある彼が、決してゆとりあるとは言えないスケジュールの合間を縫ってわざわざ訪ね来るくらいに、自分を気にかけているということも、とうに理解しているのだった。
 そう。彼は、不健康そうなものばかり口にしているアメリカの身体を案じているのだ。それは分かっている。分かってはいるが、かといってそれで食生活を改めるようなアメリカではない。ドーナツを奪われた彼は、今度は大きなポップコーンの袋に手をかけた。
 彼は暴食だった。そしてそれ以上におそろしく図太かった。
「なあアメリカ」
 アメリカが顔を上げると、イギリスはほんの一瞬肩を強張らせ、ますます視線を右往左往させた。見ているほうが恥ずかしくなるような動作もいつものことなので、アメリカも特別不思議がることもせず、彼が次の言葉を発するまでの間、ひたすらポップコーンを口の中に放り込んでいる。
「おまえさ…その……あー、今度うちに飯でも食いにこいよ。たまには、まともなものも食わねえと」
 最終的には視線を床に落としながら、ぼそぼそと呟く。なるほど、これが言いたかったのか。
 今までも、幾度も自分の元を訪ねてきたイギリスではあるが、毎回口うるさい小言を浴びせられたり、私生活への干渉を受けるだけで、このような言葉をかけられたのは初めてだった。
 よほど照れているのだろう、頬をやや上気させようやく呟いたイギリスを前に、彼はすこしだけ目をまるくして、けれどすぐに淡く笑みを浮かべ、そして言う。


「言っておくけど、君の作るスコーンだけはごめんだよ!」
「…ばかぁ!!」





(★title by シュロ)