「蒼星石、見て、見て!パンジーよ。いっぱい咲いてるの!」 ピンク色のドレスから覗くレースの裾が翻る。それと共に、こちらへ向けられた向日葵のような笑顔に、蒼星石はすこしだけ頬を緩めた。 象を模った、鮮やかな緑色の如雨露を片手に駆け回る雛苺は、プランターの中で咲き誇る色とりどりの花々に水をやっている。双子の妹が見たら、また「薔薇乙女の恥」だと歯軋りするであろうチープなそれは、ここ最近の雛苺のお気に入りのようだった。 真紅は紅茶を嗜み、翠星石はキッチンでマドレーヌを焼いている今、この庭にいるのは蒼星石と雛苺のみである。小さな庭には、のりが丹念に手入れを重ねる花壇があり、そこには色とりどりの花々が咲き乱れていた。 今にも足をもつらせてしまいそうな、どこか危うげな足取りで雛苺は庭中を駆けていく。無邪気にはしゃぐ彼女に笑みを返しつつ、蒼星石はぼんやりと考える。自分にも、これぐらいの愛らしさがあれば――。 「はい、蒼星石!」 ふと気付くと、花壇に咲いていた青のパンジーの花を一輪、ずいと突きだす手があった。 「だめじゃないか、摘んできちゃ」 蒼星石が、出来る限りの柔らかい声音でやんわりとたしなめると、雛苺の得意げな表情はたちまち陰り、まるで親に怒られる不安を持て余した子供のように、不安げなものへと変わっていく。 「うにゅ…で、でも、蒼星石に似合うと思ったの…」 「あらあら。ヒナちゃん、蒼星石ちゃん、とっても素敵よ」 背後から降りてきたのんびりとした声に二人は振り返る。部屋の掃除を終えたのりがやってきたのだ。彼女は、雛苺の手から、パンジーをそっと受け取り、蒼星石の手にそれを乗せた。 「うん、すっごく似合うわ」 「あ、ありがとうございます…」 のりの満面の笑顔につられて、蒼星石は知らず知らずのうちにはにかんでいた。 彼女自身気付いてはいなかったけれど、笑顔を浮かべるときの彼女は、見る者の胸をきゅうと絞るくらいに、とてもやさしく目を細めるのだった。薔薇乙女はみな、美しく気品ある顔立ちをしていたが、他のドールに比べて落ち着きもあり、あまり感情の起伏を表に出さない蒼星石の微笑みは、中でも特別に魅惑的なように見えた。のりはまた、のんびりとした口調でこう言った。 「ねえ、蒼星石ちゃん。あなたはとても綺麗だけれど、笑ってるほうがうんと可愛いわ」 「のり、ヒナもそう思うのよ!」 それに続き、小さな両腕を精一杯に広げた雛苺が、一段と大きな声でそれに賛同する。 (可愛い?) 「僕が…?」 「Oui!」 しばしの間、きょとんと目を瞬かせていた蒼星石は、次第に言葉の意味を理解するに至ったのであろう、視線を右往左往させた後、ついには自らの帽子で顔の半分を覆ってしまった。隠しきれないやわらかな頬は、淡くばら色に染まっている。 花のようなともしび(110319) |