〜闇と異端にこそ 救いを〜

 『償いの賛美歌』

 

 ある、人々の信仰心厚い国が存在した。

 そしてそこでは人間と吸血鬼が抗争し、歴史の影であらゆる問題を起こしながら生きて来たのである。

 その国では、地上における神の代理人とされる王が人間を統べ、吸血鬼側では、十三人の伯爵が吸血鬼達をまとめてきた。

そんな中、血生臭く醜い争いに終止符を打つべく、国王直属の組織である『教会』がある計画を実行し始めた。

 『闇の征服と洗礼』

 …これがその計画の名である。

ある若い吸血鬼の伯爵は、己の屋敷に攻め込んで来た、大勢の神父達にかこまれていた。

聖水を浴びせられ、痺れて体が動かない。更に、四肢の関節には銀製の銃弾が無数に撃ち込まれて、今も肉の焦げる臭いと共に白い煙が、傷口から昇ってきている。

赤い髪は乱れ、更に紅く血に汚れ、琥珀を思わせる両の瞳は、恐怖と警戒心とで濡れ光っていた。赤い唇からは、荒い息と、逆流してせり上がって来た胃液と共に、口の中でも切ったのか、微量の血が混ざってこぼれ落ちる。

こちらを睨んでいる、人、人、人。それら全てが腰にロザリオを、胸に十字架をくくりつけた神父達だった。僧衣の黒の中で、金や銀の十字の輝きが揺れている。

そんな苦しみの最中、ろくに前が見えなくとも、やけに若い神父の姿が目に止まる。青く真っ直ぐな、くせの無い髪は肩を過ぎる所までのびていた。

その神父は、不似合いなサーベルの切っ先をこちらに向けている。灰色の瞳は冷たく、こちらを見下していた。

「吸血鬼。アルムヒルド=レノヴァトール=ステイツァ。神の御名のもと、汝を拘束する。汝、罪を償うなれば、主によってその魂は救われよう。主の愛は無限だ。神に額づき、許しを請うなら、お前ですら救われる。さあ、おとなしく、投降せよ。」

静かに言い放たれたその言葉に、反吐がでそうだ、と失いかけている意識の中で、未だ若い吸血鬼伯爵は思った。

「どうする?」

青い髪の神父は訊ね、一向に答えない吸血鬼の、左腕を、その軍刀で肩から切り落とす。

紅い華が咲いて、散った。噴出す鮮血と共に、アルムヒルドの意識も何処かに散っていく。

そこまでだった。意識が途切れた吸血鬼は床に仰向けになって倒れた。

 

激しい痛みで、意識が戻った。自分は今、何処にいるのか。

大体は解かる、ここは教会だ。重苦しい聖気を感じる。息をしただけで、力を奪われる。

目を開けると、教会の残酷な裏側の象徴、拷問部屋だ。目の前に、暗がりの中、あの神父がいる。怜悧な冷たい、灰色の瞳がこちらを見ていた。

吸血鬼は残った右手を、天井につながる縄で縛り上げられ、鋭い剣山の上に、裸足で立たされていた。血が流れている。『渇き』が苦しい程だ。血への欲求が彼の理性を蝕み始める。

「苦しいだろう?…のどが渇いたか?」

神父の問いに、アルムヒルドは至極正直にうなずいた。

「…血が…欲しい…。飲ませろ…、飲ませろオォォッ!」

汚い、擦れた声で、アルムヒルドは叫んだ。狂ったように暴れ、ガチャガチャと鎖を鳴らす。足に剣山の針が食い込む。息が荒くなり、思わず喘ぎ声が、渇くのどからもれた。

ヴァンパイア特有の馬鹿力で、アルムヒルドは鎖を切り、剣山から逃れることはできた。

だが支えを失い、均衡を保てず、彼は倒れる。床に這いつくばって、自分の流した血に、奇妙に長い舌を伸ばす。ピチャピチャと、犬が水を飲む様な音が静かに響いた。

やがて、静けさを破ったのは神父の声だった。

「浅ましいな。これが吸血鬼と言うモノか。」

明らかに、それは軽蔑する言葉だった。残酷な神父に見下され、アルムヒルドのプライドは激しく傷付く。神父はアルムヒルドの赤い血色の髪を掴み、顔を持ち上げた。

「う…。」

「お前は本当に浅ましいな。それ程までに生きたいか?」