たとえば泣きたくなるような幸福ふと、目の前の明るさに目を覚ました。しかし、ゆるりと開けた瞳に起き抜けには些かきつい光が差し込んで、思わずぎゅっと目を閉じた。その瞬間、背後からクスクスと微かに揺れる気配がして、そこでようやく、確実に目を覚ました。 「おはようございます、高耶さん」 「・・・・な、・・・ぉ」 咽喉が張り付いて上手く声が出せなかった。けれど、背後から回された腕の囲いを少し乱暴に緩めて身体を反転させた。そしてようやく顔が見れる。いつもいつも、離れることのない男の顔を。 「はよ…なおえ」 アッパーシーツに顔を埋めて、目だけを向ける。すると男は、直江は目を細めて笑って、高耶の額に口付けた。 「まだ眠いんですか?もうお昼ですよ」 「…誰のせいだと思ってやがる…」 「誰のせいでしょう?」 クスクスと笑う男が憎らしい。眉を寄せて睨みつける高耶を軽くあしらってしまう。それが面白くなくて、高耶は直江のむき出しの咽喉にかぷっと噛み付いた。 「お前のせいだ」 「…謝りませんよ?」 少しばかりついた噛み痕に愛おしそうに触れて、直江はまた笑う。 いつからだろう。直江がこんな風に笑うようになったのは。目を細めて、目尻に皺を寄せて、幸せそうに微笑む。気がついたころには、その笑顔が高耶の中に浸透していた。 無性に、嬉しくなる。辛いばかりだった過去。意地を張って、主従関係だけで互いを繋ぎとめてきた。だからこうして、今直江が微笑んでくれることが何よりも嬉しいと感じる。そして自然に、自分も笑顔になる。 「・・・・・・・」 「? なんだ?」 不意に、直江が目を見開いて高耶を凝視した。それに訝しんで首を傾げると、直江の腕に力がこめられて更に引き寄せられた。直江の胸元に顔を押し付ける格好となって、高耶は目を瞬かせた。 「貴方が、笑うから」 「…?」 「しあわせそうな顔で笑うから、何だか嬉しくなってしまって」 ああ、そうなのか。お互い、おんなじコトを思っていた。 その事実に更に嬉しさが込み上げた。押し付けられた直江の胸に頬をくりくりと押し付ける。すると背に回された腕も更に力がこめられた。 服が邪魔だ。二人の間に、二人を隔てる互いの衣服があって、肌で感じたいぬくもりは少し遠い。昨夜は確かに何も身に着けていなかったはずなのに、たぶん直江が後に着せたのだろう。 「高耶さん」 少しばかり掠れた、明らかに熱を孕んだ声が耳元で囁かれる。ぞくり、と身を震わせた。 「高耶、さん」 ちゅ、と耳元にキスを落として、直江がまた囁く。 なぜだろう、その声を聞くたび目の奥が熱くなる。じんわりと胸に広がる波紋が、高耶を堪らなくさせた。その思いを振り払うように、高耶はぎゅっと直江に抱きついた。 「なお、え」 心地よい腕の中で、高耶は安堵の吐息を零す。それと同時に額や頬にキスが振ってきて、最後に唇に直江の薄い唇が触れた。触れるだけだったはずのそれは、次第に深くなっていった。舌を絡めて咥内を貪られる。 「ん、…っ」 「高耶さん、高耶、さん」 「ふ、ぁ」 最後にちゅ、と吸い取られるように口付けられてようやく唇が離れた。そしていつの間にか直江は高耶に覆い被さるような態勢で、高耶の服も半分脱がされている状態だった。しかし直江の方も、キスに夢中で高耶が服を引っ張ったのか肩がむき出しだった。 程よく乱れた二人は、なんだかおかしくなって噴出して笑った。 「夜着が邪魔だったんです。折角の日に程よい幸せに浸っているのに、私たちを隔てるものが憎らしくなりました」 「着せたのはお前だろう?」 くくっと高耶は笑う。また、同じコトを考えていた。 「貴方が風邪を引くといけないので。…でも、失敗でした」 はぁ、とため息をついた直江に笑って、高耶は直江の首に両腕を回して触れるだけのキスをした。それだけで、全てがどうでも良くなってしまったかのように直江はまた、幸せそうに微笑んだ。 「…今日は一日このままでも、いい?」 「…いいよ、お前と一緒なら」 幸せだと、そう思う。泣きたくなるほどに。 「高耶さん、誕生日おめでとうございます」 「…ありがとう、直江」 END BACK |