ヴァイオレット奇譚2 Chapter1◆「The Spring Rabbit―【4】」 冷静に振舞ってはいたが、頭の中はパニックだった。 咄嗟に止める理由が見つからず、勢いに任せて門限のことを持ち出してしまい、 しかもかなりきつい口調で注意してしまった。 あんな風に言うつもりはなかったのに、今まさに螺旋階段に足をかけている詩織を見て、 気が動転してしまったのかもしれない。気がついたら、彼女の手を引き、「門限を守れ」と偉そうに注意していた。 「良かったじゃん。ちょっときついくらいがいいんだよ。寮長なんて憎まれ役なんだからさ」 と蛍がフォローしてくれたおかげで、「まぁそれもそうか」と納得しつつあった万莉亜だったのだが。 「……え」 思わずそう呟いて固まる。 「先輩の伝言は、伝えたんですけど……」 申し訳なさそうにそう告げる守屋詩織のルームメイトを見て、万莉亜の心が沈む。 伝言どころか、昨夜は万莉亜がじかに注意している。彼女は確かに頷いていたのに。 それでも、詩織は今日も不在だった。 ――私って……なめられてるのかな きっとそうなのだろう。 威厳なんて、はじめからなかったのだ。だからどんなにきつく告げても、 万莉亜の言葉などに力はない。 そう感じて目を伏せていると、ルームメイトの少女が気遣うように言葉をかける。 「そういう子なんですよ。約束とか……決まりとか、そういうのあんまり気にしない人なんです。 先輩のせいとかじゃないですよ」 ただ真実を述べたのか、万莉亜を気遣ったのか、分からないがとにかく礼を言って点呼を終えると、 万莉亜は昨夜と同じように寮を出て学園へ向かう。 詩織がいる場所は、とっくに見当がついていた。 寮を抜けて、新校舎が見えてきた辺りの中庭でふと足を止め、空を見上げる。今日は、曇っていて月がよく見えない。 いや、きっと昨日も、はじめてあったあの夜も、詩織は散歩なんてしていなかった。 詩織は、あの螺旋階段を怪しんでいる。 好奇心から、その謎を暴きたいと思っている。 昨夜はそれを万莉亜が妨害したが、今夜もそれをしなくてはならないのだろうか。 だったら全てを暴いて、すっきりしてもらった所で、それから門限を守ってもらったらどうだろう。 どうせ万莉亜の言葉など何の効力も持っていないのだから、好きにさせて満足してもらうしかない。 そう考えて、ふてくされたまま足を止める。 彼女が、あからさまに自分の言葉を無視したことが、思いのほかショックだった。 「……あーあ」 ため息をついて中庭にある花壇に腰掛け、姿を消したコスモスの変わりに咲き揃ったパンジーを見下ろす。 この花壇は、いつも季節の花が綺麗に咲いている。きちんと手入れをされているのだろう。整然と咲き揃った 花には、寸分の隙もなかった。 今日守屋詩織は螺旋階段を上るだろうか。いっそ、今夜こそ上って満足してもらい、明日こそは門限を 守ってほしいとやけっぱちに祈りかけたところではたと気づく。 果たしてクレアは、あの扉を開けるだろうか。 詩織には全てが見えてしまうけれど、開けるか開けないかはクレアに決定権がある。 ――ああ……でもそうか…… もし詩織が新校舎四階に存在するもう一つの階段を見つけた場合、話は変わってくる。あそこには、 詩織と五階を隔てる扉がない。その場合、否が応でも彼女はあの場所を目の当たりにするだろう。 ――驚くだろうな…… その様子を思い浮かべてほんの少し微笑む。 考えてみると、そんなに悪いことではないのかもしれない。 あの場所の存在について、そこに住む彼らについて、語り合える生徒が出来る。 それをきっかけに仲良くなれるかもしれない。そうすれば、クラスで浮いているように見える彼女の問題について、 何か助けることが出来るかもしれない。 先輩に出来ることは何もないと蛍は言うが、共通の秘密を持てば、何かが変わるかもしれない。 「どうかしたの」 暗がりから突然飛んできた声に、空想に浸っていた万莉亜が肩をびくつかせて顔を上げる。 校務員のおじさんが、怪訝な表情で万莉亜の様子を伺っていた。 「あ……あの……」 「もうとっくに門限だよ」 注意されて反射的に「ごめんなさい」と返す。ずっと注意する側だったので、門限について叱られるのは 久しぶりだ。やはり自分にはこちらの方があっていると痛感させられる。 「実は……」 とりあえず自分が寮長であること、点呼の際不在だった生徒を探すために見回りしていたことを告げると、 おじさんは納得したように頷いて「大変だねぇ」と万莉亜を労わった。 「女の子ならさっき見かけたよ。新館に向かっていったから、忘れ物でも取りに来たと思って声をかけなかったんだよ」 「あ、多分そうです。こう、髪の毛を二つに縛った子で」 「ああ、じゃああの子だ。何だ、声をかけたら良かったね」 「……ありがとうございます。私、迎えに行きます」 「一緒に行こうか?」 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 頭を下げてから歩き出す。 「頑張ってね」 背中に声をかけられて万莉亜はもう一度振り返り会釈をした。 ――そうだ……頑張らないと……っ 寮長なのだ。捨て鉢になってはいけない。 無視されたことで意力を削がれてしまったが、とりあえず寮長でいる限り、 「門限を守ってくれ」と訴えかけることをやめてはいけないのだろう。 そう自分に言い聞かせて、万莉亜は再び詩織の姿を探した。 ****** 黒い扉の向こう側からは、一切の気配が感じられず、しつこくノックを繰り返して五分ほど経過した後、 「なんだ」と呟いて詩織は扉にもたれ掛かりながら腰を下ろした。 絶対誰かがいると思ったのに、絶対何かがあると思ったのに、扉はうんともすんとも言わないまま 時間ばかりが過ぎていく。 何を期待していたのだろう。 きっと何かを期待していたのだ。 この螺旋階段には、そしてこの扉には、何か言葉ではいい表せない「奇妙さ」を感じていた。 何度も何度もこの場所へ足を運び、この手で触って確認しているのに、一晩寝た後、全てが夢だったのではと 疑いたくなる危うさがこの階段にはある。驚くほどリアリティがない。どうしてそんな風に感じるのかは分からない。 それを追求したくてまたここへやってくる。 硬質なステンレスの手すりに指を這わせて確認して、少し満足する。 一晩たつとまた不安に駆られる。ずっとその繰り返しだった。 ――がっかりだなぁ…… 昨日の少年が現れてこのドアを開いてくれることを期待していた。 でも現実はそうはならなかった。現実は、いつも現実でしかない。 意気消沈したまま持っていた携帯電話を取り出し、最近よく見ているとあるサイトの 掲示板へとアクセスしてみる。 寮の部屋でルームメイトと過ごすのはどうにも息が詰まってしまうから、ここで 空を眺めながら時間をつぶす。誰もいないし、景色はいいし、何より静かだ。 つまらない結果だったけれど、いい場所を見つけたかもしれない。 ――お昼もここで食べようかなぁ…… ぼんやり考えながら、書き込まれている雑談に目を通す。 誰もが自殺志願者で、誰もが死にたがっている。そして誰もが楽な死に方を探している。 詩織はそういったサイトばかり巡る。それが一番近いからだ。でも、本当は少し違う。 そのズレを感じながら、いつも現実に疲れた彼らの雑談に目を通す。 ――どうして死にたがるんだろう…… 彼らは、死が怖くないのだろうか。 ――私は……絶対に嫌だけどなぁ…… 死は恐ろしい。けれど、俗世にはこりごりだ。 つまり詩織の願いとは、生きたまま、一切の俗世と関わりを絶つこと。それで得られる 安息を求めている。 けれど、同士はなかなか見つからない。 皆真っ先に死を考える。 死んでしまったら元も子もないじゃないかとは誰も考えない。 違うんだよなぁと思いながらスクロールしていくと、だらだらと続けられる雑談の中に、 ぽつんと存在する、毛色の違う書き込みを見つけた。 文章はシンプルで、そして場違いだった。 ――――――――――――――――――――――――― 594 名前:no name : 01:14:30 人間やめたい人は下記のアドレスにメールください ――――――――――――――――――――――――― 誰もが、違法な薬物の売人による宣伝だと思い込み無視をしているその書き込みに、 詩織は釘付けになった。 この文章は、比喩でもなんでもないと感じてしまったからだ。 そう信じたいがための願望によるものかもしれない。それでも、詩織はその文章を 言葉通りに受け止めた。 「…………」 心のどこかで疑いながら、その半分で信じながら、記載されていたアドレスにメールを送信する。 やけっぱちになっていたわけではない。 ましてや、何かを期待しているわけでもない。 ただ今この時も、彼女は幻滅し続けている。 所詮現実は現実でしかない。 だからこの行為には、何の意味もない。 どんなに期待したって、この世に、現実以上のことなどは起こり得ない。 送信ボタンを押してから数分後。 軽い足音がパタパタとこちらへ近づいていることに気付いた。 時刻は十時三十七分。おそらく寮長だろうなと察して開いていた携帯を閉じる。 懲りずに門限を破っている詩織を迎えに来た寮長は、いつものように少し困った顔で笑いながら「お願いね」と繰り返すのだろう。 そして明日になれば、自分はまたその約束を忘れてしまう。 どうしてそんな風になってしまうのか、振り返って考えることもしないのだろう。 この現実で起こる全ての物事に、最早興味を抱けなくなっている。 ****** 土曜の休日、テレビを眺めながら「流行ってんのかなぁ」と蛍が呟いた。 まだベッドから出られない万莉亜が、顔だけのぞかせて視線を画面へ向ける。 それでも、蛍の言葉の意味が理解できない。 「……流行ってるって……何が?」 「火事」 「え」 テレビ画面の中では確かにニュースキャスターが早口で何かを捲くし立てている。 寝ぼけ眼のままじっと耳をすませていると、確かにそのような単語が耳にちらほらと届いた。 「去年の暮れにうちの学校も火事があったでしょ」 「……うん」 「新校舎で」 「あったね」 冬休み丸々かけて損壊した校舎の復旧工事が行われ、そのおかげで休み中の登校日が無くなったことはまだ生徒たちの 記憶に新しい。 「九人死んだって」 「えっ!?」 「いや、ニュースのほう」 「え、あ……びっくりした。え、でも……九人っ!?」 思わず布団をめくってベッドから起き上がる。 ずいぶん大きな火災だったに違いないと思いきや、規模自体はそんなに大きなものでは無かったらしく、 火災現場になったビルにはそれほど損傷が見られず、また付近の建物に被害が広まるようなことも無かったが、 運悪く逃げ遅れた人が多かったらしい。 「どうして九人も……」 「みんな同じ部屋にいたんだって。最上階の」 「…………」 「そこにいた人が全員逃げ遅れたみたいね。でも最近多いよ火事。この間も火事で三人亡くなったって ニュースで見たばかりだったのに」 「……そうなの?」 「うん。それにこの間はバスの事件があったし、あれも十人以上死んでたよ」 「バス?」 「高速道路で観光バスが転倒したあげく炎上して、大変だったらしいよ」 「…………」 「万莉亜ちゃんとニュース見てる?」 「……前よりは見てると思うけど」 アルバイトを休業しているため、今の時期わりと部屋でのんびりと テレビを楽しんでいることの多い万莉亜が記憶を手繰らせながら答えると、「そうだよね」と 呟いて蛍も首をかしげる。 よく考えてみると、被害のわりにずいぶん報道が控えめな気もする。 バスの事件などは、まだまだ取り上げていてもいいはずなのに、蛍もニュースで見たのは 一度きりだった。規模の割にはメディアであまり見かけない。だから、見た人と見なかった人が 存在する。 どの局も、事件の概要だけを淡々と伝えるに留まり、その原因を追究する気はさらさら無いらしい。 だから蛍は、なぜバスが転倒したのかを知らない。 今まで気がつかなかったが、考えてみると少し不自然ではないだろうか。こんなにもたくさんの人が 命を落としているのに、それが教室で話題になったことすらない。 「……なんでだろうね」 呟くようにして言われた万莉亜の言葉に蛍も頷いた。 一介の女子高生に知る由は無いが、なんともいえない気持ち悪さだけが二人の胸に残る。 ****** その日の午後、デパートのおもちゃ売り場にて、クレアは唸っていた。 低い声でおかしな声を上げている若い外国人男性に誰もが振り返り、売り場の店員至っては 固唾を呑んでその様子を見守っている。 彼が延々と睨めっこを続けているのは、よく商品化までこぎつけたものだと感心したくなるほど ぶさいくでグロテスクな人形だった。皮膚は紫に塗装してあり、その半分は溶けて目玉が片方飛び出している。プレゼントされた子供が 泣き叫んで逃げ出すに違いないそのクリーチャーが、大人気商品としてずらりと並べられてあるのだから流行というものは良く分からない。 ――これは……貰っても嬉しくないな…… おそらくこの売り場の中で一番、際立って嬉しくないプレゼントに違いない。 そう確信してから一つ手に取る。意外にもぐにゃぐにゃとした感触で、いっそう気色が悪い。 ますます確信を深めてクレアが振り返ると、緊張した面持ちの女性店員が覚悟を決めたようにして声をかけてきた。 「メ、メイ・アイ・ヘルプユー?」 いつもなら微笑み首を振って遠慮するところだが、今この時ばかりは確認しておこうと 考えるより先にクレアがクリーチャーを掲げて問いかける。 「お姉さん、これ、ほんとに売れてます?」 「は……」 振り返ったブロンドの青年が作られたマネキンのように美しいことにも驚いたが、その唇から 早口で飛び出してきた日本語にも度肝を抜かれ、一瞬店員が口ごもる。 「え、ええ、ええはい、売れてますよ。アポロ君はこうやって指で」 説明しながら店員が指の先でクリーチャーの表面をなでると、どろどろと紫の皮膚が溶け出す。 「こうやって、溶かして遊ぶことが出来ます」 「……なるほど」 真似して溶かしてみたが、まったく楽しくない。 「ありがとう」 言いながら青年は、模型コーナーに佇んでいた少女に声をかける。 「万莉亜」 そう呼ばれて振り返った万莉亜の視線が、真っ先に紫色した物体に注がれる。 「……これは……」 「化け物」 万莉亜の横まで来ると、クレアがそう説明して万莉亜に商品を手渡す。 「人形……ですね」 「うん。こうやって指で皮膚を溶かして遊ぶんだよ」 「……なるほど」 「ね、ぜんぜん楽しくないだろ? かわいくもないし」 「はい」 「これにする?」 「何でっ?」 思わず身を乗り出してそう声を上げた万莉亜に、クレアも意外そうな表情をする。 楽しくない上に気味が悪く、貰ってもあまり嬉しくない上にコンセプト不明という 万莉亜の好みを凝縮したような商品を選んだつもりだったのだが。 ――おかしいな…… 自信があっただけに混乱する。 「大体、これ化け物じゃないですよ。アポロ君じゃないですか。 こういうメジャーなものはあんまり……」 「……なるほど」 マイナーでないという点が気に食わないらしい。 一点ものだとか、限定品などに惹かれる彼女にとって、 ブームの波に乗って大量生産されるアポロ君はあまり価値が無いのだろう。 「……ほんとに人気なんだね。これ」 「大人気ですよ。CMもやってるし。それよりクレアさん、これはどうでしょう」 そう言って万莉亜が指差したのは72分の1スケールのプラモデルの箱だった。 表面にプリントされている恐竜の形をしたロボットは、ごちゃごちゃといろんな銃器を体に引っさげているが、 そのどれもが渋い茶系の色で塗装されていて、何だかよく分からない塊に見える。 ――なんだっけ……これ……テンプラの…… 眉間にしわを寄せて単語を思い起こす。うまく出てこない。大して日本食に興味が無かったせいだ。 ――……えー……と…… 「クレアさん?」 「かき揚げ!」 「へっ?」 「いや、何でもない」 「プテラノドンだって。もう生産中止で、店頭においてある現品限りらしいんですよ」 「ああ、そうなんだ」 「これにしましょうか」 「……そうだね」 貰っても嬉しくない上に随分場所を取りそうだ。おまけに貰った手前 組み立てなければならないという苦行までセットでついてくる。苦労して 出来上がるのはパッケージにある天ぷらのような恐竜だ。誰もが納得の生産中止により、 なんと希少価値までついてくる。 本人の好みは本人が一番理解しているのだろう。 クレアも負けを認めざるを得ない見事なチョイスだったわけだが、問題は彼女の祖母が 果たしてこれを欲しがるのかという点にある。 「こういう細かい作業は、結構リハビリなんかにも良いかもしれませんよ。 痴呆症の予防にもなるかも知れないし」 「……ちょっと細かすぎやしない?」 「そ、そうかな……」 「いや、ティラノザウルスは可愛いと思うけど」 「プテラノドンですよ」 「そうそう。プテラノドン。可愛いよね」 「ですよね!」 にこにこしながら包んでもらった箱を抱きしめる彼女に、まぁいいかと納得して クレアも微笑む。あの祖母は、何だって喜ぶのだ。孫の気持ちをありがたいと言って、心のそこから喜んでしまう。 きっと今日も泣きそうな顔で喜びをあらわにするのだろうな、と車を走らせながら想像する。 「――ってます?」 「え」 ぼんやりしていたから、隣からかけられた万莉亜の言葉が聞き取れずに助手席へと顔を向ける。 「火事のニュース、知ってます?」 「いや」 窓の外に流れる景色を眺めながら幾分沈んだような声で万莉亜が今朝蛍と見た ニュースの概要を彼に説明して聞かせる。 「逃げ遅れて、死んじゃったって。それも、九人も」 「知らなかったな。大きなビルなの?」 「いいえ。そんなに大きくは無かったんですけど、逃げ遅れた人はみんな同じ部屋にいたらしくて…… 場所が悪かったのかも知れませんね。それか……気付くのが遅かったのか。ニュース見ませんでした?」 「いや、見なかったよ」 「……その前の火事は? 三人が亡くなった火災の」 「知らないなぁ」 「…………バスの事故は? 炎上したってやつの」 「知らない」 「本当に? どれか一つも?」 驚いたような、それでいて何かを疑うような表情でこちらへ振り返った彼女を見て、 クレアは考えを巡らせる。まるで何かを探るような声色だ。何を知りたいのだろう。 心当たりがありすぎて迂闊に発言できずにいる。 「大体、テレビ置いてないから、見ようがないんだよね」 無難に答えると、万莉亜は「ああ」と納得したように頷いて正面へと向き直る。 「……新聞とかでも、見かけませんでした?」 「全然」 「新聞は読んでますよね。クレアさん」 「テレビ欄だけね」 「…………」 「好きなんだよ。テレビ欄を眺めるのが」 「またからかって……」 拗ねたような口調で呟き背もたれに深く沈んだ万莉亜の右手を握り「冗談だよ」と笑えば、 途端に真っ赤になった彼女が咳払いをして身を起こす。 「蛍と話してたんですけど」 「はいはい」 「これは陰謀じゃないかなって」 「なるほど」 突拍子も無い発想だが、万莉亜の表情はいたって真剣だった。 「ここ最近、人が死に過ぎだって話になって。それも一度に大勢。でも おかしいのは、あんまりニュースなんかで取り上げないんですよ。で、蛍が言うには、 これは報道規制がかかってるんじゃないかって。私もそう思うんです」 「へぇ」 「私が思うに、これは計画的な殺人ですよ。それも組織ぐるみの。悪の組織みたいな集団の 事故に見せかけた殺人テロなんじゃないかなって。だから迂闊に報道が出来ない。なぜなら警察の 特殊チームが水面下で動いているからです」 「ほー」 「泳がせているんですよ。確実にテロ集団を壊滅させるために。どう思います?」 「……うーん」 「蛍にはそれは考えすぎだって言われたんですけど……」 「どうかなぁ。さすがにバスの転倒はただの事故のような気もするけど」 ――……? 「着いたよ」 だらだらと喋っているうちに車は病院の駐車場に到着し、 万莉亜はクレアに手を引かれながらお見舞い品のプラモデルを抱えて祖母の病室へ向かう。 その最中、先ほど一瞬引っかかった彼の言葉について尋ねてみようかとも考えたが、 些細なことだと思い直して忘れることにした。 「炎上」というキーワードから自然に「転倒」を思い浮かべたのかもしれない。 もしくは、やっぱり事故の報道をどこかで見かけたのかもしれない。 そのどちらにせよ「ねぇさっきのは」などとわざわざ問いただす必要もないし、今はもうその気も失せてしまった。 祖母の病室は、もうすぐ目の前だ。 Copyright (C) 2008 kazumi All Rights Reserved. |