胸騒ぎがして、不意に立ち止まると私は来た道を振り返る。
その目線の先に繰り広げられていた光景に、思わず目を見張った――。
いつもは自信に満ちて、挫折する術を知らず、無鉄砲に危険へ飛び出していくあなたに、
「死んでも知らないわよ」と幾度となく忠告した。
半分冗談で半分本気で。何をするか分からない人だからこそ、心配しての言葉。
にもかかわらず、当の本人はそれを分かっているのかいないのか、
答える言葉は決まって同じで、そんなヘマはしない、と笑って返す。
もちろん冗談半分に言うこともある。
それでもそう伝えるのはただ心配なだけじゃなかった。
冗談半分でも本気で心配した時でも、そう言った本当の理由はちゃんとある。
――あなたを失うのが怖いから。
「――新一!」
反射的にそう叫ぶと、目の前に倒れている幼馴染に駆け寄った。
何が起こったのか、何があったのかは分からない。
ただ目の前に倒れている幼馴染の見たくない姿がそこにあった。
力なく横たわった体から見える無数の傷跡。
そこから流れる血の量は、とても簡易的な止血でカバーできるようなものでない。
かすかに聞こえた吐息で彼の顔に視線を落とすと、しきりに何かを呟いている。
その言葉を聞き取ろうと、彼の口元に耳を近づける。
少しでも助けになればと、力なく地面についている手を握ろうとした瞬間、耳をつんざく鋭い発砲音が響いた。
――もうやめて!
思わず出した大声で我に返る。
息を切らしながら辺りを見渡して、見慣れた部屋に胸をなでおろした。
「……夢」
そう無意識に呟いて、鼓動の高鳴る自分の心臓に気付く。
とりあえず自分を落ち着かせようと、ため息を一つつく。
過ごしなれた事務所のソファの上。気付かないままに、寝てしまったらしい。
時計に目をやれば、まもなく夜中の3時になろうとしていた。
「やだ!もうこんな時間――」
身体を起こした拍子に、体に置いたままだった携帯が音を立てて床へと落ちる。
慌てて拾い上げて見た携帯のディスプレイに目を見張る。他でもない、新一から送られてきたこの携帯。
その人に関連したものがひとりでに落ちるのは不吉の兆し。
涙が頬を伝いながら、私は両手で携帯を思い切り握り締めた。
落ちた拍子に入ったと見られるディスプレイのひび。
夢で終わった出来事の続きを、いたずらに思い出される悪魔の仕業。
――違う。夢なんでしょう?そうよね、新一。
だったら……だったら早く起こしてよ、新一。
「ちゃんと戻ってくる」そう言ったよね?つい5日前言ったばっかりじゃない。
姿が見えない電話越し。――それでも、あなたの決意はちゃんと伝わったんだから。
「――え?今のホント!?」
『ああ……。随分時間がかかっちまったけど、2,3日したら東京へ戻ってくるよ。
ずっと追いかけてた事件の犯人を捕まえるチャンスがやっと来たんだ。
それが終わったらオメーの所に顔出しに行ってやるよ』
優しい声で言われた言葉に、私はクスリと笑いながら返事を返す。
「別にわざわざ顔出してもらわなくっても、新一の顔なんてもう見飽きたわよ」
『俺だってオメーの顔なんて、とっくに見飽きちまってるよ』
「へぇー?じゃあ、何でわざわざ顔出しに来るわけ?」
『バーロ。俺はオメーの心配を取り除いてやろうと……』
「別に心配なんかしてませんよーだ!」
いつものやり取り。――嬉しさの言葉は胸に秘めておいて、憎まれ口を叩く。
『戻って来る』その言葉も聞き飽きたくらいに聞かされた言葉。
戻っては来てもいつも直ぐに私の傍からいなくなる。その言葉は聞きたいけど聞きたくない。
その言葉を聞く度に、また会えなくなるんじゃないかって不安になるから――。
「それに、そんなこと言ったって、どうせまたどっかに行っちゃうくせに」
『いや。今回は絶対だ。――何があっても俺は蘭の所へ行くよ』
確信に満ちたその口調。
今度ばかりはちゃんと帰ってくる、それはもちろん伝わった。
でも、それ以上に何か凄く危険な事件に遭っているのだと、一見して分かった。
こうなっては止めても無駄だと分かっている。だとすれば私に出来ることはただ一つ。
「それじゃあ……」
途中まで言って私は言葉を切る。不意に流れてきた涙を手で拭うと心を込めて言った。
「戻ってくるまで待っとくから。ちゃんと……ちゃんと待っといてあげるわよ。
今回だけは帰ってこないなんて許さないから!ちゃんと帰ってきなさいよ!!」
『……ああ。分かってる』
「……分かってないわよ。分かってるんなら……早く帰ってきてよ。2〜3日じゃなかったの?」
立ち上がる気力も無くして、私は床に膝をつくと、携帯を握り締めた手をソファに置く。
「新一……」
涙で携帯が揺らぐ。静まり返った室内に、泣き声が響き渡ったが、
次第に泣き声に混じって、二つのビー玉が弾かれているような音が聞こえ出す。
規則的に響くその音に顔を上げて周囲を見渡すと、事務所の窓を小石が叩いている。
弾かれるように立ち上がって、窓越しに眺めた視線の先に思わず窓を開けた。
「新一!!」
溢れ出しそうになる涙に構わずに、私は事務所の階段を駆け下りた。
「――何よ!3日って言ってたじゃない!今日、何日目だと思ってるのよ!」
とめどなく流れ出す涙を拭いながら、そう叫ぶと、あなたはからかうように言う。
「5日目」
その言葉への不満と、帰ってきた嬉しさが入り混じって言葉が出なくなった。
「心配なんてしてねーんじゃなかったのかよ?」
呆れたようにそう言いながら、私の頭を自分の胸にコツンと当てた。
「どうせ、泣き顔見られなくないんだろ?気が済むまで泣けよ」
「……誰のせいよ」
泣き声になって言いながら、私はキュッとあなたのシャツを掴んだ。
「新一?」
「ん?」
「ホントにこれからはずっとここにいるの?」
「ああ。そう言っただろ?」
その返事を聞いて、私はパッと顔を上げる。
そして、目に涙をためた状態になりながら、満面の笑顔をあなたに見せた。
「おかえりなさい」
――ずっと言いたかったこの言葉。……一度しか言えないこの言葉。
「ただいま」
そういったあなたの表情は、今まで見た中で一番優しい笑顔で。
……けれど、ホントに言いたい言葉はもう少し待っておく。今はまだ――
「なあ、蘭。俺がここにちゃんと戻って来た時に言うことの決めてた言葉があってな……」
「?」
首をかしげた私に、あなたはわざとらしく咳払いして私の肩を抱く。
どうしてか私の顔を自分の胸に押し当てたままで、それでもはっきりとした声が聞こえた。
――愛してる、と。
>>あとがき(ページ下部)へ
当時のあとがきの第一声。
『一生、読み直しされないであろう小説』
全くだよ。むしろ書いた本人こんなの書いたの忘れてたくらいだよ。
というか編集作業も序盤は普通だったくせに、終盤になるにつれ逃走願望がもう……。
一人称表現がつたないまま残ってるのは、すみません全体的に限界でした。
ぎこちない恋愛表現なのは……すみません、許してください。
新蘭夏祭り企画ということで、ほのぼの恋愛以上を目指した結果の小説。
多分内容的に「ずっと追ってた事件」は組織だったんだろうな。
当時のあとがき読んでもその辺語られてないので実に微妙。
ただ、恐らく後にも先にもこれ以上の恋愛小説は書きたくても無理と思われる。