――告白は男から。
そんな昔の決まりごとみたいなものを、今の時代に引きずる方がどうかしてる。
度胸や勇気がいるから、女には荷が重いものだと、女は言う。
だが……。女がそうだからと、その役割を男に押し付けるのはどうか。
これでいて、男も案外肝心なことには臆病であり、また奥手でもある。
昔からの伝統なのかは知らないが、少しはこっちの都合も考えるのが普通じゃないか?
などと考えながら、無意識についたため息。
自宅のリビングのソファに腰掛けて、新聞を読んでいた手を休め、
そのまま半分に新聞を折ると、目の前のテーブルに置いた。
「しーんちゃん!」
「……」
聞きなれた、それでいて、聞くと毎回面倒なことを持ち出してくる声の主。
そのまま無言で聞こえぬフリをしていると、背後から俺の首に腕を回した。
「なーに?自分の母親、無視するつもり?」
「母さんに付き合ってたら、休みがいくらあっても疲れるだけだからな」
「あら、ご挨拶じゃない?せっかく、息子にたっぷり愛情注いであげてるのに」
「……高校生の息子に、今更愛情注ぐのかよ?」
呆れたように返してから、傍に置いてあった鞄を掴むと、ソファから腰を上げる。
「じゃあな、母さん」
今の言葉が不服なのか、納得の行かないような様子で、
こちらを眺める母親を見てみぬフリをしながら、リビングのドアへと手をかけた。
「――そうそう。新一。今日、蘭ちゃんに会う?」
「あのな……。学校行くのに、顔合わせないわけがねーだろ?」
「そう。じゃあ、これあげるから、今度蘭ちゃんとでも行ってらっしゃいよ」
そう言って、手渡された物に目を落として、俺は目を見開く。
「――っおい!母さん、これ……!」
「見れば分かるでしょ?」
「いや、分かるけど。こんなもん、父さんと行けよ!」
半ば怒鳴るように言って、渡されたばかりの物を突っ返す。
「やーよ!前に観てるのに。結構良かったから、蘭ちゃんも喜ぶわよ」
「だからって……」
「良いから、良いから。ホラ、新一。早く行かないと遅刻するわよ」
――と、強引極まりなく、俺は家の外に追い出された。
成すすべもないこの状態に、諦めたようにため息をついてから、学校へと向かう。
向かう途中で、手に握ったまま家を出てきた紙切れ2枚に目をやった。
「他のならまだしも、なんだってわざわざこんなものを……」
そう呟きながら、掌に収まっているそれを、俺は無意識に恨めしそうに睨んだ。
そして、気付けば重苦しそうにため息を再三ついている自分にも気付く。
(ま。後は園子にでも頼めば何とかなるか)
「――おい、園子!」
教室の扉を開け、都合よく自分の席に座っているのを見つけて、声をかけた。
「あら。新一君。おはよ。珍しいじゃない、朝から声かけるなんて。
でも。残念だけど、アンタの奥様はまだよ。今日は朝練って言ってたから」
「だっ!誰が奥様だってんだよ!」
「へぇ?誰のことを『奥様』として想像したわけ?
別に、こっちは『奥様』が誰、とも言ってないけど?」
にんまり笑う、蘭の親友であるこのお嬢様。
からかうのが趣味だとは分かっているものの、反論する言葉が見つからない。
言ったところで、言う言葉言う言葉、全てをからかいの種にされるのがオチだ。
そのまま、無言を返して、自分の席につく。
「――で?何よ?」
「え?……あ、ああ。これなんだけど。蘭とでも行って来いよ」
そう言って、鞄の中から、ついさっき自分の母親から手渡された物を見せる。
「あ。これって、話題の映画のタダ券じゃない!」
「ああ。母さんから渡されたんだけど、んなもん、俺の趣味じゃねーし」
そう言った俺を黙って見ていた園子は、企み顔でこっちを見た。
「ふーん。要するに、ラブロマンス映画で超有名な話題作だから、
タダ券貰ったのに、恥ずかしくて蘭を誘えないから処分しよう、な魂胆?」
「な……っ!へ、変な勘違いするんじゃねーよ!
こっちは、興味もない映画観てもつまらないだけで、興味ありそうな――」
「はいはい。分かりました。仕方ないから、この園子様がどうにかしてあげるわよ」
「あ、そう」
その言葉に肩の荷が下りて、安堵のため息をもらすも束の間。
「ってことで。らーん!」
これに後ろを振り向いて、教室の扉が開き、丁度蘭が来ていたのに気付く。
「新一君、蘭に何か話があるって♪」
(――!?)
思いもかけない園子の言葉に、欠伸をしかけた動作が止まる。
「話?」
首を傾げて、こちらへやって来る蘭に、園子は満面の笑みで続ける。
「そう。話。何か、とーっても大事で、話さずにはいられないんだって♪」
「おい、園――っ!」
「何よ、新一。珍しいじゃない、そんなこと言うなんて」
抗議の声も空しく。蘭が背後にいるこの状況で、園子に文句なぞとても言えまい。
それを見越していたのか、園子は『お邪魔さま〜』と、鼻歌交じりに去って行く。
――この状況を、俺にどうしろって言うんだよ……?
「それで?どうしたのよ、新一」
「……何でもねーよ」
すねた口調で言ってから、ガタンと音を立てて、椅子から立ち上がる。
どうにもその場にいづらくて、教室の出入り口へと無言で歩き出した。
「ちょっ!新一!何でもないって、でも園子が――」
「知るか!んなこと!」
蘭に背を向けたままで、そう怒鳴ってから、後ろ手でピシャリと教室のドアを閉める。
「……ねえ、園子。何だったの?」
「さぁ?気になるんなら、直接訊けば?アンタのダンナに」
「なっ!誰があんな奴!」
空と街中が、丁度いい具合でセピア調に色づき始める黄昏時。
誰に言われるでもなく、また自分で決めたわけでもないが、
何となく校門を出ようとした足が止まった。
後方に見える馴染みの体育館に視線を走らせてから、ため息一つ。
校門脇に寄って、鞄から読みかけの推理小説を取り出した。
「――新一?」
「よう……」
驚いたのと意外さが混ざったような表情で、こっちを見る蘭に、
俺は、蘭に聞こえるのか聞こえないのか分からない程度の音量で呟いた。
「どうしたの?こんな時間まで」
「いや、別に……。することもなくて暇だから、何となくな」
「へぇー。わざわざ部活終わるの待っててくれたんだ」
背中に両手を回し、その手元に鞄を持った状態で、俺の顔を覗き込む。
「バッ……バーロ!だから、暇だったからっつってんだろ?」
咄嗟に視線をたがわせる自分の行動と、
今の言動が全く一致していないのは分かっている。
「ホントー?――そうだ!ね、新一。暇ついでに付き合ってくれない?」
「……付き合う?」
その言葉を聞いて、意外そうに蘭を見た。
「うん。買い物。――ダメ?」
「……いや、構わねーけど?」
ただ幼馴染みの肩書きしかない相手に、ほのかな希望を抱いた自分が情けない。
蘭が先に歩くのを確かめてから、聞こえないようにため息をつく。
それから、読んでいた本をしまうために、鞄を開けた。
「――おい、蘭!」
「何?」
呼びかけに足を止めて、俺の方を振り向く蘭に近寄って、手を前に出す。
「これ」
出した自分の手元には、悩みの種のチケットが2枚。
「あ!これ!話題の映画のチケットじゃない。どうしたの?」
「ああ。母さんに貰ったんだけど、使い道がねーな、と思ってな」
「……あれ?新一、行かないの?」
行きたかねーけど、誘いたいとは思わないことはない。
だが、そんなこと、すんなり言えるほどなら、こんなに悩んでいるわけもない。
「別に興味もねーしな」
「そう……」
返事に元気がないのを見て、顔をしかめて頬をかく。
「……どうしても!どうしてもだぞ!?
行く相手がいないんなら、つ……付き合ってやっても別に……」
「とか何とか言っちゃって、ホントは一緒に行きたいくせに」
「バーロ!だ、誰が、んな物好き――!」
「意外に新一、ラブロマンスとか好きなんだ?」
「ラブ……?」
蘭の口から出た言葉に、俺は不思議そうに蘭を見る。
「仕方ないから、新一一人じゃ可哀想だし、付き合ってあげるわよ!」
そう言って、鼻歌交じりに、さっさと歩き出す蘭を、俺は慌てて後を追った。
「あのなぁ。付き合ってやるのはこっちだろー?」
――告白は男から。
それ自体は別に悪くはないのかもしれないが、今求められてもそれは困る。
とりあえず、冗談に上手く話を被せて、本音を言うのが最大な俺に、
それ以上のことは出来やしない。心の奥では、『いつか、きっと』とは
思うものの、果たしてそれがいつなのか。
――時が来て、本音をぶつけた時、君はどう返事をくれるだろう?
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05年版に比べると、大分編集が少ない小説。
というより15年実施の全小説編集作業でも、上位クラスに編集度が少ない小説。
新蘭夏祭り06出品作品。
前回限界に挑戦しすぎたということで、お馴染みほのぼの恋愛物。
意外と園子が絡む新蘭物もこのサイトじゃ珍しいかもしれない。