今はこれが限界 〜新蘭夏祭り'06参加小説より〜






 ――告白は男から。

 そんな昔の決まりごとみたいなものを、今の時代に引きずる方がどうかしてる。
度胸や勇気がいるから、女には荷が重いものだと、女は言う。
だが……。女がそうだからと、その役割を男に押し付けるのはどうか。
これでいて、男も案外肝心なことには臆病であり、また奥手でもある。
昔からの伝統なのかは知らないが、少しはこっちの都合も考えるのが普通じゃないか?

 などと考えながら、無意識についたため息。
自宅のリビングのソファに腰掛けて、新聞を読んでいた手を休め、
そのまま半分に新聞を折ると、目の前のテーブルに置いた。

「しーんちゃん!」

「……」

 聞きなれた、それでいて、聞くと毎回面倒なことを持ち出してくる声の主。
そのまま無言で聞こえぬフリをしていると、背後から俺の首に腕を回した。

「なーに?自分の母親、無視するつもり?」

「母さんに付き合ってたら、休みがいくらあっても疲れるだけだからな」

「あら、ご挨拶じゃない?せっかく、息子にたっぷり愛情注いであげてるのに」

「……高校生の息子に、今更愛情注ぐのかよ?」

 呆れたように返してから、傍に置いてあった鞄を掴むと、ソファから腰を上げる。

「じゃあな、母さん」

 今の言葉が不服なのか、納得の行かないような様子で、
こちらを眺める母親を見てみぬフリをしながら、リビングのドアへと手をかけた。

「――そうそう。新一。今日、蘭ちゃんに会う?」

「あのな……。学校行くのに、顔合わせないわけがねーだろ?」

「そう。じゃあ、これあげるから、今度蘭ちゃんとでも行ってらっしゃいよ」

 そう言って、手渡された物に目を落として、俺は目を見開く。

「――っおい!母さん、これ……!」

「見れば分かるでしょ?」

「いや、分かるけど。こんなもん、父さんと行けよ!」

 半ば怒鳴るように言って、渡されたばかりの物を突っ返す。

「やーよ!前に観てるのに。結構良かったから、蘭ちゃんも喜ぶわよ」

「だからって……」

「良いから、良いから。ホラ、新一。早く行かないと遅刻するわよ」

 ――と、強引極まりなく、俺は家の外に追い出された。
成すすべもないこの状態に、諦めたようにため息をついてから、学校へと向かう。
向かう途中で、手に握ったまま家を出てきた紙切れ2枚に目をやった。

「他のならまだしも、なんだってわざわざこんなものを……」

 そう呟きながら、掌に収まっているそれを、俺は無意識に恨めしそうに睨んだ。
そして、気付けば重苦しそうにため息を再三ついている自分にも気付く。

(ま。後は園子にでも頼めば何とかなるか)



「――おい、園子!」

 教室の扉を開け、都合よく自分の席に座っているのを見つけて、声をかけた。

「あら。新一君。おはよ。珍しいじゃない、朝から声かけるなんて。
 でも。残念だけど、アンタの奥様はまだよ。今日は朝練って言ってたから」

「だっ!誰が奥様だってんだよ!」

「へぇ?誰のことを『奥様』として想像したわけ?
 別に、こっちは『奥様』が誰、とも言ってないけど?」

 にんまり笑う、蘭の親友であるこのお嬢様。
からかうのが趣味だとは分かっているものの、反論する言葉が見つからない。
言ったところで、言う言葉言う言葉、全てをからかいの種にされるのがオチだ。
そのまま、無言を返して、自分の席につく。

「――で?何よ?」

「え?……あ、ああ。これなんだけど。蘭とでも行って来いよ」

 そう言って、鞄の中から、ついさっき自分の母親から手渡された物を見せる。

「あ。これって、話題の映画のタダ券じゃない!」

「ああ。母さんから渡されたんだけど、んなもん、俺の趣味じゃねーし」

 そう言った俺を黙って見ていた園子は、企み顔でこっちを見た。

「ふーん。要するに、ラブロマンス映画で超有名な話題作だから、
 タダ券貰ったのに、恥ずかしくて蘭を誘えないから処分しよう、な魂胆?」

「な……っ!へ、変な勘違いするんじゃねーよ!
 こっちは、興味もない映画観てもつまらないだけで、興味ありそうな――」

「はいはい。分かりました。仕方ないから、この園子様がどうにかしてあげるわよ」

「あ、そう」

 その言葉に肩の荷が下りて、安堵のため息をもらすも束の間。

「ってことで。らーん!」

 これに後ろを振り向いて、教室の扉が開き、丁度蘭が来ていたのに気付く。

「新一君、蘭に何か話があるって♪」

(――!?)

 思いもかけない園子の言葉に、欠伸をしかけた動作が止まる。

「話?」

 首を傾げて、こちらへやって来る蘭に、園子は満面の笑みで続ける。

  「そう。話。何か、とーっても大事で、話さずにはいられないんだって♪」

「おい、園――っ!」

「何よ、新一。珍しいじゃない、そんなこと言うなんて」

 抗議の声も空しく。蘭が背後にいるこの状況で、園子に文句なぞとても言えまい。
それを見越していたのか、園子は『お邪魔さま〜』と、鼻歌交じりに去って行く。
――この状況を、俺にどうしろって言うんだよ……?

「それで?どうしたのよ、新一」

「……何でもねーよ」

 すねた口調で言ってから、ガタンと音を立てて、椅子から立ち上がる。
どうにもその場にいづらくて、教室の出入り口へと無言で歩き出した。

「ちょっ!新一!何でもないって、でも園子が――」

「知るか!んなこと!」

 蘭に背を向けたままで、そう怒鳴ってから、後ろ手でピシャリと教室のドアを閉める。

「……ねえ、園子。何だったの?」

「さぁ?気になるんなら、直接訊けば?アンタのダンナに」

「なっ!誰があんな奴!」



 空と街中が、丁度いい具合でセピア調に色づき始める黄昏時。
誰に言われるでもなく、また自分で決めたわけでもないが、
何となく校門を出ようとした足が止まった。
後方に見える馴染みの体育館に視線を走らせてから、ため息一つ。
校門脇に寄って、鞄から読みかけの推理小説を取り出した。

「――新一?」

「よう……」

 驚いたのと意外さが混ざったような表情で、こっちを見る蘭に、
俺は、蘭に聞こえるのか聞こえないのか分からない程度の音量で呟いた。

「どうしたの?こんな時間まで」

「いや、別に……。することもなくて暇だから、何となくな」

「へぇー。わざわざ部活終わるの待っててくれたんだ」

 背中に両手を回し、その手元に鞄を持った状態で、俺の顔を覗き込む。

「バッ……バーロ!だから、暇だったからっつってんだろ?」

 咄嗟に視線をたがわせる自分の行動と、
今の言動が全く一致していないのは分かっている。

「ホントー?――そうだ!ね、新一。暇ついでに付き合ってくれない?」

「……付き合う?」

 その言葉を聞いて、意外そうに蘭を見た。

「うん。買い物。――ダメ?」

「……いや、構わねーけど?」

 ただ幼馴染みの肩書きしかない相手に、ほのかな希望を抱いた自分が情けない。
蘭が先に歩くのを確かめてから、聞こえないようにため息をつく。
それから、読んでいた本をしまうために、鞄を開けた。

「――おい、蘭!」

「何?」

 呼びかけに足を止めて、俺の方を振り向く蘭に近寄って、手を前に出す。

「これ」

 出した自分の手元には、悩みの種のチケットが2枚。

「あ!これ!話題の映画のチケットじゃない。どうしたの?」

「ああ。母さんに貰ったんだけど、使い道がねーな、と思ってな」

「……あれ?新一、行かないの?」

 行きたかねーけど、誘いたいとは思わないことはない。
だが、そんなこと、すんなり言えるほどなら、こんなに悩んでいるわけもない。

「別に興味もねーしな」

「そう……」

 返事に元気がないのを見て、顔をしかめて頬をかく。

  「……どうしても!どうしてもだぞ!?
 行く相手がいないんなら、つ……付き合ってやっても別に……」

「とか何とか言っちゃって、ホントは一緒に行きたいくせに」

「バーロ!だ、誰が、んな物好き――!」

「意外に新一、ラブロマンスとか好きなんだ?」

「ラブ……?」

 蘭の口から出た言葉に、俺は不思議そうに蘭を見る。

「仕方ないから、新一一人じゃ可哀想だし、付き合ってあげるわよ!」

 そう言って、鼻歌交じりに、さっさと歩き出す蘭を、俺は慌てて後を追った。

「あのなぁ。付き合ってやるのはこっちだろー?」



 ――告白は男から。
それ自体は別に悪くはないのかもしれないが、今求められてもそれは困る。
とりあえず、冗談に上手く話を被せて、本音を言うのが最大な俺に、
それ以上のことは出来やしない。心の奥では、『いつか、きっと』とは
思うものの、果たしてそれがいつなのか。



 ――時が来て、本音をぶつけた時、君はどう返事をくれるだろう?



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