――休日の阿笠邸。
阿笠に呼ばれ阿笠邸にやってきたコナンは、そこで目にした状況に露骨に顔をしかめた。
「何してんだよ、こんなとこで……」
第一声のその言葉に、言われた相手はムッとして言い返す。
「失礼ね!仮にも母国よ? ぼ・こ・く!たまには帰るわよ!」
「たまにはねぇ……。むしろ存在思い出して、慌てて戻ってくるんだろ?」
呆れたように言うコナンに、有希子はすねた様子でそっぽを向いた。
「何よ、もう!小学生の見た目してるくせに、ちっとも可愛くないんだから!」
「ガキの頃は親にとってそりゃ可愛いだろうよ。
でもなぁ!実際高校生にそんなこと言ったってしゃーねーだろ?」
「あら。私にとったら新ちゃんはいつまでも子供のままよ♪それに――」
有希子はそこで言葉を切ると、コナンを抱きかかえた。
「この姿じゃどうあがいたって、子供にしか見えないわよ♪」
「だーっ!離せ!!」
小さな体で必死で抵抗し、やっとの思いで解放される。
息子に逃げられた有希子は、不満げにコナンを睨んだ。
「何よ何よ!昔は自分からひっついてきたくせに!」
「はあっ!?」
有希子の言葉に驚いて、コナンは目を丸くする。
「誰が!!んなことするわけねーだろ!?」
「あら」
即座に否定するコナンに、有希子はきょとんとした表情で続ける。
「本当よ?うーん……いつ頃だったかな?
丁度、新ちゃんが今のコナンちゃん位の時だったと思うんだけど……」
これを聞いて、コナンは微かに眉を少しつり上げた。
(……周りにいるの、俺のこと知ってる奴ばっかりなんだから、
ここで“コナンちゃん”はねーだろ……“コナンちゃん”は……)
「うーん……」
必死で記憶を遡るが、どうにも思い出せないらしい。
「――俺が仕事でロスに行っていて、帰国した日だろ?」
「そうそう!その時よ!」
「……ん?」
自分の背後から聞こえた聞き覚えのある声に、コナンは不思議そうに振り返った。
「やあ新一。久し振りだな」
「と、父さん……?何でこっちに?」
「俺だってたまには休暇も取るさ。仕事ばかりじゃ疲れるしな」
(……まさかまた仕事ほっぽり出して、逃げてきたんじゃねーだろうな?)
締め切り前に編集には内緒で逃げ出すのは今に始まったことではない。
子供の頃から見慣れてる逃亡劇を思い出して、疑いの目を優作へと向けるが本人は素知らぬ顔だ。
「――んで?その、父さんがロスから帰ってきた時に何があったって?」
追及してもはぐらかされて終わると見越して、コナンは話の続きを促した。
「え?ああ、あれ?確か優作が帰ってくる時、空港近くの公園で待ち合わせてたのよね?」
「ああ。でもあの日はロスが凄い雨でな、
離陸するのが当初の予定より1時間ほど遅れてな……。それで自宅に電話したんだよ」
「そうそう!確か、もうその時間には家を出てたのよね――」
――10年前。
「新ちゃーん!もう出るわよ?」
「はーいっ!」
有希子が玄関からそう言うと、奥の部屋から新一がてけてけと歩いてくる。
出かける準備の出来た新一の手を引いて車へ乗ると、エンジンをかけた。
「――わ」
車を動かし出した直後、助手席から新一が言う。
「え?どうかした?」
「家から電話の音が聞こえてるよ?」
窓から家を見ている新一を、有希子は横目で見ながら車を走らせていた。
「どうせ博士の家から聞こえてるんでしょ。
……もし家からでも留守電にしてるから大丈夫よ」
「でも、父さんだったら……」
「そんな事ないわよ。今の時間なら、もう飛行機に乗ってるはずだから」
そう言うと、有希子は車をスピードに乗らせる。
新一はその音が聞こえなくなるまで窓から顔を出し、自分の家を見ていた。
受話器を元の場所に戻すと、コインが2枚落ちてきた。
優作はため息をつきながら空港の待合室から、止みそうにない雨を見ていた。
「……間に合わなかったか。もしかしたら、と思ってかけてみたんだが……」
優作は各便のタイムテーブルへ目を向ける。
「1時間……。相当待たせることになるな……」
「――帰国時間10分前。うん!丁度良い位ね」
新一達は、車を降りると目的地の公園へと足を踏み入れてた。
有希子は辺りを見渡して大きく深呼吸をする。
「うーん!秋はやっぱり紅葉が綺麗ね!」
「母さん、こっちにベンチあるよ」
有希子が声のした方を見ると、新一が手招きしながらベンチに腰を下ろしていた。
「あら、ありがとう。新ちゃん」
有希子はベンチの方まで歩いていくとそこへ腰掛けた。
それからしばらくの間、ベンチで話をしていた二人だが、新一が周りを見渡して言う。
「父さん、遅いね……」
新一にそう言われ有希子は時計に目を落とした。
「そうね……。予定ならもう来てるはずなのに……」
「今何時頃?」
「もうすぐ6時だけど……。おかしいわね、5時10分に空港に着くはずなんだけど……」
「……何かあったのかな?」
心配そうに言う新一を見て、有希子は言った。
「だ、大丈夫よ。どうせ、この場所が分からないで迷ってるのよ」
「……そうかなぁ?父さん、そんなに方向音痴とも思わないし……。
それにこの場所にしたの父さんでしょ?なのに、迷うなんてこと……」
「そ、それはそうだけど……」
困ったように有希子が言うと、新一は開き直ったかのように頷く。
「まあ父さんなら、何かあったとしても大丈夫だよね!」
「ええ。そうね」
有希子が笑いながらそう言うと、新一は有希子にニコッと笑って見せた。
新一との会話が終わって、本を読んでいた有希子だったが、
ふと時計に目を落としてため息をついた。
(6時20分……。いくら何でも遅すぎるわよね……。一体、どうしたのかしら、優作)
「え……?」
有希子は何かが体に当たるのを感じて横を見た。
そして、そこにあったモノを見ると、優しそうに微笑む。
その直後、遠くの方から足音が聞こえてくるのを聞いて、
有希子は顔をあげ、目をやった先を驚いた様に見る。
「あら、優作……」
息を切らしながら走ってきた優作は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「スマン!雨で離陸が1時間遅れてしまって……。一応、自宅――」
話の途中で有希子が口に人差し指を当てたため、優作は言葉を切った。
「……何かあったのか?」
きょとんとした様子で言う優作に軽く笑いながら、有希子は自分にもたれて寝てる新一を指差した。
「私みたいな大人にとったら、1時間なんてそんなに大変でもないけど、
子供にとったら1時間なんて、疲れるには十分な時間よ」
「あぁ……」
有希子にそう言われ、優作はベンチの背もたれに腕をかけながら新一を見る。
「帰ってきたら、3人で夕飯でも食べに行く予定だったが、しばらく待つとするか」
「ええ。少しの間、寝かしといてあげましょ。
優作の帰りが遅いのを一番心配してたみたいだしね!」
そう言った後、有希子は優作と顔を見合わせ、微笑みをかわした。
そして、新一が起きるまで彼を優しく見下ろしながら――
「ふーん……。そんなことがねぇ?」
「にしても、あの時の電話。まさか本当に優作からとは思わなかったわよ」
「全くだ。よく聞こえたもんだな、あの音が」
感心して言われるが、当の本人はその辺りの記憶がなく、不思議そうに首を傾げる。
「俺はよく覚えてねーけど、まあ多分聞こえてたんだろうな。
でも、あそこで母さんが車を家に戻してたら、そんなことにならないで済んだってことだよな?」
「まあ、確かにそうだな」
笑いながら言っていた優作だが、その後で付け加える。
「でも、俺は引き返さないで良かったと思うぞ?」
「何で?」
「待たせて悪かったとは思うが、その分良いモノが見れたしな。俺も有希子も。なあ?」
優作が有希子にそう言うと、有希子は可笑しそうに笑った。
「そうね。滅多に見れなかったものね♪」
有希子の発した言葉に、コナンは顔をしかめる。
「なんだよ、それ……」
「さぁね♪新ちゃんに言ったら意味ないもの」
「は?」
不思議そうな顔をしているコナンにお構いなしな状態で、
有希子はソファから立ち上がると、コナンの手を引っ張った。
「ねえ、優作!今から行ってみない?あそこ」
「そうだな。久し振りに、あの頃に戻ってみるのもいいだろう」
「よしっ!じゃあ、決まり!行くわよ、新ちゃん!」
「えっ?!俺もかよ……?」
「嫌だ」と言っても所詮無駄な抵抗。
否応なしに有希子に腕を引っ張られたまま、コナンは玄関から姿を消す。
優作はその後をのんびりと追いかけると、部屋の奥にいた阿笠へ会釈してから玄関を去った。
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元ネタは、原画集の「落葉の中の工藤一家」なイラストです。
あの優しげな工藤夫妻の表情と、寝顔の幼少新一が気に入って、
何となく思いついた話を、小説として書き起こした作品。
コナンと工藤夫妻の会話は少し削ってます。
後、博士がホンの一言しか話さないので、いっそ取ってしまえと。
素直に『工藤邸に』と連絡すると、コナンが懸念して来なかろう。
という判断の元、舞台が阿笠邸だということにして下さい…。
2度目の加筆修正では珍しくほぼ編集なし。
言い回し・地の文のごく一部を修正してます。