――バレンタインデー。それは当日だけでなく、前日から慌しい日々の連続である。
女子にとっては、年明け最初の大イベントと言ってもいいかもしれない。
もちろん、貰う側として、男子も同様の大イベントかもしれないが。
「おーい、今日の帰り皆で遊ばねーか?」
帰り支度をする、教室の中。
自称グループの中のリーダーが声を上げる。
「あ、いいですねぇ」
小学生の放課後は遊ぶことこそ本分と思うのか。
すんなり肯定の返事が返ってくる同級生の一人とは違い、
ノリの悪い見た目小学生の人間もここにはいる。
「悪ィけど、オレはパス」
「何でだよ?」
即答された断りの言葉に、元太は不満そうに口を尖らす。
「おっちゃん達と出かける用事があるんだよ……」
「ちぇっ、つまんねーな」
嫌そうな面倒くさそうな口調で言うコナンに、それならばと肩をすくめた。
「歩美ちゃんと灰原さんはどうですか?」
「悪いわね。私も用事があるのよ」
そう言って、哀は読んでいた雑誌から目を離すと、雑誌を閉じた。
――ただし、彼女の場合その用事が本当の用事なのかは怪しいところである。
「――あれ?歩美ちゃん?帰るのか?」
放課後に遊ぶ、ということに、真っ先に同意しそうな元気な女の子。
珍しく話に加わらないのを不思議に思って、コナンが辺りを見渡すと、
いつの間にか教室のドア付近まで行っている歩美を認めて、不思議そうに訊いた。
「あ……ちょっと、急ぐ用事があるんだ。――ゴメン!先帰るね!」
言い辛そうにそう言うと、歩美は教室を出て、一目散に帰って行く。
そんな歩美の行動に、四人はその場で呆然としながら、教室の扉を見つめていた。
「今日は、全員忙しいみてーだから、明日にしたらどうだ?」
「そう……です……ね」
驚きが消えないのか、光彦はコナンの提案に途切れ途切れに返事を返す。
「明日なら、なおさら用事があるんじゃない?」
「何でだよ?」
「さあ?自分たちで考えてみれば?」
「?」
きょとんとした顔で、首を傾げる3人を尻目に、
哀はランドセルを背負うと、教室のドアへと向かう。
「そろそろ帰らないと、学校閉められるわよ?」
――そして、バレンタイン当日の朝。
「あ、コナン君。おはようございます!」
「よォ、コナン!」
「ああ、おはよう」
学校へ向かうため、コナンがいつも通り通学路を歩いていると、突如後ろから声をかけられた。
その声はいつになく元気が良い。
「何だ?今日はいつになくハイテンションだな」
あまりの上機嫌ぶりに、呆れることをも通り越して、コナンは可笑しげに言った。
コナンからそう言われると、二人はますます機嫌良く話し出す。
「当たり前じゃねーか!今日は何の日だと思ってんだよ!?」
「はぁ?」
「一昨日からの、歩美ちゃんの行動の意味がやっと分かりましたよ!」
「そう言や、歩美ちゃんは今日一緒じゃねーのか?」
光彦の言葉に、コナンは普段なら三人で登校するはずなのに、
目の前にいるのが歩美を除いた二人だということに気付いたらしい。
「コナン君……せっかく人が教えようと思った矢先に話を変えないで下さいよ……」
「あ、ああ。悪ィ」
「――今日はバレンタインなんだぜ!」
力を込めて言う元太に対し、コナンは無関心そうに空を仰いだ。
「……ああ、確かにあったな。そんなイベント」
全く興味の示さないコナンの態度に、二人は不満そうに口を膨らます。
「嬉しくねーのかよ!」
「いや……嬉しくねーことはねーけど……」
「『けど』なんなんですか!」
(コナンの姿じゃ、色々複雑なんだよ!ガキ扱いしかされねーんだから……)
その日の放課後、コナン達五人は阿笠邸へとやって来ていた。
妙にソワソワする元太と光彦とは対照的に、コナンはのんびりソファに腰掛けている。
「それじゃあ――はいっ!
初めて作ったから美味しくないかもしれないけど……」
遠慮がちに言いながら、ランドセルから4つの箱を取り出すと、
歩美はその箱をそれぞれに渡していく。
「そんなことないですよ!」
「そうだぜ、絶対うめーよ!」
「そうじゃぞ。心をこめて作った物は全部美味しいんじゃから」
「そうそう、だから心配する必要はねーよ」
口々に言われて、歩美は少し照れたように笑う。
「……うん、ありがとう」
「それじゃあ皆で食べようぜ!」
それから二十分程度、雑談も交えながら、歩美手作りのチョコに舌鼓を鳴らす。
それも区切りがついた頃、哀が腰を上げながら一同を見渡した。
「ねえ、皆まだお腹に入りそう?」
「おうっ!まだ入れろっつったら入るぜ!」
残飯処理は任せろと言わんばかりに胸を張る元太に続いて他のメンバーを首を縦に振る。
「そう。なら少しそこで待っててくれる?」
そう言うと、哀は奥のほうへ歩いて行った。
五分ほどで戻ってくると、その手元にあったのはホールケーキ一つ。
「チョコレートケーキだけどね。もしまだ入るようならどうぞ」
満場一致で異議なし、と結論付くと、博士がケーキを切ってそれぞれに配分する。
そして、皿の上のホールケーキは三十分に満たない内に無くなってしまった。
「……この前に吉田さんのチョコがあったのに、よく入るわね」
「食いもんはどれだけでも入るんだよ!」
呆れと驚きを交えてため息をもらした哀に、元太が明るく言い切った。
その後、コナンを除く探偵団の3人は家へ戻って行ったが、
コナンだけは、スケボーの修理がもうすぐ出来る、というので残っていた。
「ほれ、新一。修理できたぞ」
「ああ、サンキュ」
コナンはスケボーを受け取ってから、ふと窓の外へと目を向ける。
いつの間にやら、既に辺りが暗くなりかけるのに気付き、慌てて腕時計へ目を落とした。
視線の先の時計の針は、19時半を指そうとしている。
「やべっ!もうこんな時間かよ!博士、俺もう帰るわ。――これ、サンキューな」
そう言って、スケボーの方を片方の指で指した。
「もう帰るのか?どうせなら夕飯を一緒に食べて行かんかね?」
「悪ィ。今日は蘭の母さんとの食事なんだよ。
おっちゃんに早めに帰って来いって言われてたのすっかり忘れてた……」
コナンは困ったような顔で、片手を顔に当てた。
「帰ったらおっちゃんだけじゃなく、蘭にまで大目玉くらいそうだな……」
「それじゃあ仕方ないのォ……。気を付けてな」
「ああ。それじゃあな!」
コナンは慌てた様子で玄関に向かう。その時、コナンの頭に何かが当たった。
不思議に思って振り返ると、足元に小さい長方形の箱が転がっていた。
それを拾い上げると、いつになく顔をしかめてそれを眺める。
「――何よ、その如何わしげな顔は」
同じ包みの箱を博士に渡していた哀が、不服そうな顔で言った。
「あ、いや……」
「別に義理でも本命でもないわよ。
チョコレートケーキを作った時に余ったチョコを、それにあてただけなんだから」
「ああ、そう」
淡々と言う哀に苦笑いしつつ、コナンは不思議そうに哀を見る。
「でもオメーも意外と女の子だよな。これにしても、さっきのケーキにしても」
「あら。私がいつ男だって言ったのかしら。
それより急いでるんでしょ?早く帰らないと、今以上に大目玉よ」
哀の皮肉に我に返ると、コナンは慌てて阿笠邸を後にした。
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恋心と比較すると、編集率が大人しい作品。
オチの数行を少し変更させてみました。
2度目の編集ではほぼ修正箇所がないという、安定度のある初期小説。
青山作品の男共は、イベント系に鈍くあってほしい。
という個人的趣味による「バレンタインに無頓着な男性陣」なお話。
今読み返すと、ジャンル的には日常なのか恋愛なのか微妙な小説ですね。