感謝の品






 怪盗なんてやってると、警察からの追跡は嫌でも付きまとってくる。
もっとも、日中は何処にでもいるただの高校生。警察に追い掛け回されることはない。

 だが、時間が夜となると話は別。
現場へ踏み込めば、頼みもしない内に警察の連中が俺を追いかけに来る。
毎回、毎回、ことごとく失敗してるってーのに、一向に諦める様子を見せないのは褒めてやるけど、
あっさりと逃げきれる警備体制を、いつになったら見直してくれるのか。

 ――いい加減、学習しようぜ?警部。

 まだ、あのキザなロンドン帰りの探偵が関わってたら、少しは張り合いもあるのかと一考。
だがそれも思い直して首を振った。キッド逮捕に執着してる割には色々と抜けがある。



 そんなことを考えながらの犯行日。
今は目当ての宝石を盗み終えて警察の追撃からの逃走中。

「――待てェ、キッドォ!!」

 後方から馴染みの警部の声が聞こえてきて、思わず苦笑いした。
待てと言われて待ってりゃ今頃俺は刑務所です。

 警部の声に交じって聞こえてくるパトカーのサイレン。
止まない追跡の音に、用が終わった宝石を返してやろうかと近くのビルの屋上に降り立った。

「…………」

 手の中の宝石をしばらく眺めて、ため息をつく。
スムーズに行き過ぎた今回の犯行。つまらないと言えばつまらない。
ここであっさり宝石を返してしまってはどうにも張り合いを感じない。
どうしたものかと考えてる間に、けたたましい足跡と主に扉が開いた。

「――そこまでだ、キッド!」

 勢いよく入ってきた部下と共に拳銃をこちらに向ける。
一度は威嚇射撃の一つでもやって来れば良いんじゃないでしょうかねぇ。
まあ、それを警部に期待するのはさすがに無理がありすぎるけどな。

「このビルの周りは警官が取り囲んどるし、
 このヘリの数じゃヘリの風で満足に飛んで逃げることも出来んだろう。
 もちろん今ここにいる警察の人数は数えている!お前が紛れたところですぐに――」

「それはそれは……残念でなりませんね」

 ビルを囲んでいる警察の数はともかく、ヘリが来ることも音で大分前から予測済みだ。
大体の数すらも少し視線を上げれば視界に入ってくるし、位置把握は瞬時に出来る。
ヘリの位置さえ把握できれば、風の影響を受けづらい場所を見つけるのは造作もない。
にもかかわらず、息巻いて言う警部には毎度のことながら安心すらする。
思わず笑いがもれたが、即座に袖から閃光弾を床へと打ち付けた。



 遠くから聞こえる警部の声は気に留めず、少しの間空中遊泳を楽しんだ。
今までいた場所から少し離れたところで、視界に入ったビルへと立ち寄った。
警察のパトカーもヘリも追ってきていないのを確認してから、塔屋へと腰かける。

――さて、これからどうしたものか。

 胸ポケットから盗んだ宝石を取り出して、ふたたび月へとかざす。
変化がないのは確認済みだが、肩をすくめて宝石を横へ置いた。
いい加減何らかの進展があっても悪くはないんじゃないかと思う。

 特に今日みたいな楽な犯行の時は尚のこと。
怪盗として平穏無事なのは良いことなのだが、
好奇心としては、多少なりとも張り合いがある方がやりがいはあるもんだ。
なまぬるかった警備体制の仕返しにと、ちょっと面倒なやり方で宝石を返してやろうかと考える。

 屋上への出入口の扉が開いたのはその時だった。
中から出てきた人物は、息を切らしながら左右を見渡している。
それを見て急に可笑しくなって小さく笑う。

「――捜し物は後方ですよ」

 そう言うと相手は驚いたように振り返る。

「重役出勤とは……良いご身分でいらっしゃる」

 最近にしては珍しく、犯行現場へ姿を見せなかった相手をからかうように言う。
すると案の定、相手は不満そうにこちらを睨みつけた。

「こっちにだって色々事情があるんだよ。誰かさんみたいに暇じゃないんでね」

「ほーう?小学生ってのは、こんな夜に暇じゃないほど予定が入ってるものなんですか」

「……」

 相変わらず無言でこちらを睨んだまま、静かに後ずさり始めた。
何をするのかと身を乗り出した瞬間、逆に屈んだ相手を見て何事かと察知する。
マズイと思って塔屋から降りるのが早いか、飛んできたボールが顔面に直撃してそのまま地面へと落下した。

「痛ってーっ!!」

 思わず上げた悲鳴に呆れた声が返事する。

「当たりめえだ。普通に横に避けりゃ済んだ話だろ?
 むしろ何であのタイミングで降りたんだよ?あれじゃあ直撃するに決まってんじゃねーか」

「……焦ったんですー!バカですみませんね!バカで!」

 半ばやけっぱちになって八つ当たりのごとく文句を返す。
目の前でため息をつかれるのは気にせずに、ゆっくりと体を起こした。

「つーかお前、何でわざわざ来たんだよ?もう犯行終わってるぜ?」

 普段のように犯行を阻止する目的で来るのならともかく、犯行後に来たところで何の意味もない。
仮に時間を勘違いしていたとしても、犯行現場と離れているここでは辿り着いた意味も分からない。

「まさか場所間違ってたわけもねーだろ?」

「誰が。予告状間違って読み解くようなことしねーよ」

「じゃあなんで?」

 ごく自然と出た質問だったが、そう言った瞬間露骨に顔をしかめられる。
その様子に、また地雷でも踏んだかと次の出方を予測して身構える。
だが本人に特に変化はなくバツが悪そうに頬をかいた。

「……平たく言えば…………寝坊、かな」

「はい?」

 予想外の言葉に我ながら酷い間抜け声を出す。



「ふーん。熱出して寝たきり、ね」

 特に今は攻撃してくる雰囲気もなく、再び塔屋へと腰かけて寝坊の詳細を聞く。
本人の話によると、昨日から熱を出して寝込んでる毛利探偵の看病で殆ど寝ておらず、
薬で状態が安定してる間に仮眠を取ったことが原因とのことだった。

「でも探偵事務所にいるのってオメーだけじゃねーだろ?」

「蘭は昨日の早朝から空手部の合宿先に出かけてて留守」

「ああ、なるほど」

 そりゃ無理だと笑うと不満そうに睨まれる。

「なんだ?対決してーんならしてやるぜ?」

「…………大丈夫かと思ったけど、そうじゃねーみてーだな」

「は?」

 言葉の意図を読めなくて訊こうとすると、眠たそうにあくびをして横になってから話を続け出す。

「30分ほど仮眠取る予定が結局1時間位寝ちまったからな。
 さすがに現場にはいねーだろとは思ったけど、何か一泡吹かせてやれればと現場向かったんだよ」

 平然と言ってのけるその言葉に思わず苦笑いする。
本人を目の前にして『一泡吹かせたかった』と暴露するのは如何なものか……。

「でもまあ、警察も含めて見当たらなくてな。
 とりあえず周辺見てから事務所戻ろうと思ったら、途中でお前見つけてここまで来たってわけだ」

 そこまで言うと大きなため息をもらす。
それが意外で本人に顔を向けると力なく笑った。

「ただ、眠たすぎて攻撃する気にならなくってな」

「……氷水でもかけてやろうか?」

「殺す気かよ」

 即座に返ってきた否定の言葉に、何か良い方法はないかと考える。

「――あ、そうだ。なら目が覚めるもの渡してやるよ」

「また妙なもん出してくるんじゃねーだろうな?」

「大丈夫、まともなもんだから」

 怪訝そうに言ってくる言葉に陽気に笑うと、盗ってきた宝石を手に持たせた。

「……なんだよ、これ」

 胡散臭そうに眺める様子を横で見ながら立ち上がる。

「今日盗ってきた獲物。
 寝不足なのにわざわざ来てもらった名探偵に敬意を表してプレゼントだ。
 もういらねーから、警部か持ち主に返しといてやってくれ」

「――はあっ!?」

 予想外だったのか、叫ぶと同時に慌てた様子で体を起こす。

「な?目が覚めただろ?」

「ふざけんな!『何が敬意を表してプレゼント』だ!面倒押し付けてるだけじゃねーか!」

「宝石死守できたってことで最低限の目的は達せられただろ?」

 ニッと笑って反撃が来る前にとハンググライダーを広げた。
それを見て焦ったように臨戦態勢を取るが、こうなってはもう遅い。

「んじゃまあ、先手必勝ってことで♪ ――後は宜しくな、名探偵!」

 からかうように手を振って塔屋から空中へと繰り出した。
後ろで毒づきながら叫ぶ声に優越感を覚えながら――。



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