ドリーム小説
蒼紅華楽 過去編
「桜草」




それは良く晴れた日の事だった。
大きな布、のようなものを頭からすっぽりかぶり、まるで全身を隠すような奇妙な風貌をしながら、は目の前にいる自分の集めた隊員達に向かって口を開いた。
「・・では、行ってくる」
「隊長・・・本当にお一人で行かれるおつもりですか?」
「ああ・・あまり人数が多くては目立ってしまうだろうからな・・・」
人数が多いだけでなく、その格好も問題であると、突っ込むものなどこの場には誰もおらず、ただ心配そうな時雨の声が続くだけだった。
「ですが、瀞霊廷の外・・いいえ、この空間からお出になるのは久しぶりの事でしょう?」
「確かに・・だが、いい加減最後の1人を見つけなければな。少なくとも、私を入れて9人は欲しい」
現在の零番隊の構成人数は隊長であるを含めて8人。
様々な経緯はあるものの、本人以外は全員が自らの足で出向き、目で確かめて隊員にした者達である。
最後の1人だけ例外というわけには行かず、やはり今回もは自らの出向いて見つける気だった。
それも瀞霊廷の中ではなく、瀞霊廷の外で。
「もう瀞霊廷には目ぼしいものはおらんからな。流魂街を捜すしかないだろう・・・氷室や久遠のような例もあるしな」
「いや〜〜・・ある意味俺たち芋づるでしたよね」
「そうだな〜。なんか今となっては懐かしいって感覚だな〜〜」
そう言ってとの出会いを感慨深げに氷室と久遠は思い出していた。
と出会う以前はろくでもない生活だったためか、その光景はどこか哀愁も漂っていた。
その2人の様子を1度だけちらりと見た後、時雨は軽く溜息をついてから一大決心をした。
「解りました・・前の時同様、隊長お一人で構いませんが・・・くれぐれも気をつけて下さい」
「ああ・・解った。心配をかけてすまんな・・・・では、行ってくる」
そう言ってぱたぱたと出かけていくの背中を暫く見送り、やがてその姿が見えなくなった頃、また軽く溜息を零した時雨に霧生が不思議そうに尋ねた。
「何心配してるんですか?時雨副隊長。隊長ならお一人でも危険はないと思いますけど・・・」
「当たり前だ。隊長にかなう奴がいるはずない」
「そうですよね〜〜。隊長ですし」
霧生の言葉にきっぱりと告げる時雨の言葉にのほほんと賛同しながら、牡丹が全員にお茶を配り終えたところで、今度は捺芽が不思議そうに尋ねた。
「では何をそんなに心配なさってるんですか?」
「・・・隊長は非常にお可愛らしいうえに世俗には非常に疎いお方だ・・・」
「可愛らしいのは勿論ですが・・・確かに世俗に疎いところがおありですよね・・・」
「・・・もし変な奴が隊長に言い寄ってきたらどうする?」
時雨のその言葉を聞いた瞬間、隊員達の時間がぴしりと凍りついた。
「・・・はっきり言うが、俺は隊長がご自分で選ばれた相手以外認めない」
そうきっぱりと言ってみせる時雨の姿は、非常に親馬鹿な父親か、あるいは兄馬鹿な兄のように見えた。
結局のところ、彼はが幸せであればそれで良いが、変な奴がに言い寄ってくるのは許せないようだ。
そしてそれは他の隊員達もほぼ同じだったようで、時雨のその言葉を聞いて凍っていた時間がやがて動き出した瞬間、全員揃って叫び声をあげて今更ながら時雨同様不安になってきていたのだった。
当然、自分が去った後の隊舎がそんな状態だとは、既に瀞霊廷の外に出かけてしまったには知る由もなかった。











時雨の心配はある意味別の形で的中したといえる。
が布で全身を隠したのは、自分が抜け出した事を瀞霊廷の上の人間に知られないためだ。
極秘裏の存在である零番隊、しかも隊長のがわざわざ昼間の流魂街を堂々と出歩いたとあっては、瀞霊廷の上の者達が黙ってはいない。
地獄と天国の後ろ盾があるため罰せられる事はないが、鬱陶しい小言は聞かせられる事になる。
それは前回に抜け出したときで十分解っているので、今回はこのように姿を隠す布を久遠に用意してもらい出向いたわけだ。
しかしその姿はとても人目を引くもので、奇異の視線で見られる事もあったが、自身は特に気にしてはないなかったが、そんな姿をした人間を放っておいてはくれない人間とはどこにもいるものだ。
現在がいるのは西流魂街第一地区。
つまりは西流街でも最も治安の良いはずの土地であるはずだが、そんな場所にすら例を漏らす気はないのか、柄の悪い人間数名には取り囲まれていた。
時雨の予想は外れはしたが、絡まれたという意味では当たっていた。
そしてはこの状況をどう抜け出そうかと冷静に考えていた。
まともにやれば目の前にいる相手はにとってなんてことはない相手なのだが、今の自分はあまり目立つ行動をしてはいけない。
そんな状況下で騒ぎなど起こす可能性があるような行動は慎むしかなく、当然死神の能力である瞬歩等も使うわけにはいかず、どうしようかと考えているとを取り囲んでいる男の1人が布を乱暴に掴んできた。
その事態には顔を顰めたが、その表情を見る事のできない男たちは、がそれを取られる事を拒むような態度をちらりと見せた事に気づき、面白がってその布を剥ぎ取ろうとそれに夢中になっていたその時だった。
男の1人の顔面になにやら固いものが直撃したのは。
男を直撃したのは少し大きめの石で、男はあっさりとその場に倒れた。
あまりの事に最初は呆然としていたその男の仲間たちは、やがて意思が投げられたであろう方向を向き、そちらにいる投げたであろう人物に向かって怒りを露にする声で叫んだ。
しかしそこには誰もおらず、代わりに今度は反対方向から、先程と同じ石が、それも今度は数個同時に男たちに向かって飛んでいき、それが直撃した男たちは先程倒れた男同様あっさりとその場に伏した。
何が起こったのか解らず、男たちを少し呆然としながらが眺めていると、突然がしっと手を掴まれる感覚がした。
驚き振り返ってそちらを見てみると、そこには自分よりも背の低い、銀髪の生意気そうな顔立ちの少年が居て自分の手を引いた。
「あいつらが起きる前にさっさと行くぞ。それとも、またあいつらにからまれたいのか?」
少し不機嫌そうにそう言われて、ちらりと倒れている男達を見た後、すぐさま少年に向き直ると、はふるふると首を横に振った。
それを見た少年は何も言わず再びの手をひいて歩き出し、は大人しくそれに従って少年の後についていった。
掴まれ握られた手に何故か温かさを感じながら。










「あら、あら、シロちゃんのお帰り。おや?その子はどうしたんだい?」
「・・・ばあちゃん・・・・・シロちゃんってのやめてくれって何度も言ってるだろ」
の手を引いて自分の家らしい場所に連れてきた少年は、出迎えた祖母らしい人物に呼ばれた名前に少しげんなりしながらそう告げた。
「可愛くて良いじゃないかい」
「・・・俺、男だぜ。可愛いなんて言われても嬉しくないし・・・」
「そうかい。シロちゃんももうそんなことを言う歳なんだね」
そう言ってどことなく嬉しそうな表情をする祖母に対し、少年はがくっと肩を落として顔を引き攣らせていた。
そんな少年を暫くにこにこと穏やかな笑顔で見ていた祖母だったが、やがて少年が連れて帰ってきたへと目をやった。
「それで、この子はどうしたんだい?」
「ん?・・・ああ、そうだった。さっき向うの角で柄の悪い連中に絡まれててさ、放っておくのもなんだったし助けてきた」
「おや、おや・・・あの人達かい。困ったものだねぇ・・・」
そう言葉でも表情でも本当に困ったように苦笑を漏らす祖母に対し、少年は深く溜息をついて祖母の言葉に同意していた。
ただその中で状況が把握しきれないがどうするべきかと呆然と立ち尽くしていると、それに気づいたのか祖母が困ったような表情から一転、にっこりと優しい笑顔を向けて話しかけてきた。
「貴方も大変だったね。ああ、良かったらお茶でも飲んでいかないかい?」
祖母にそう言われて、首を横に振ろうとしただったが、くいっと横から着ている布を引っ張られ、そちらを見てみると少年が少し眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「良いから少しの間ここにいろ。連中がまだここら辺うろついてるだろうし・・・また絡まれたくないだろ」
少年にそう言われた後暫し考え込み、再び祖母の方を見てみると、そこにはにこにことした歓迎の表情があり、また暫くしてからは考えた末に首を縦に振った。
「そうかい。それじゃあ、ちょっと待ってておくれ。準備するよ」
そう言って奥の方に歩いていった祖母が見えなくなると、少年は軽く溜息を吐きながら告げた。
「・・・ま、お前そんな格好してていかにも怪しいけど・・・・・・害はなさそうだし、連中よりはましだろうからな」
「・・・・・・・」
さらりと酷い事を言われ、は少し考え込んだ。
そんなにこの格好は怪しいのだろうかと。
は自分の格好が怪しいとは実は思ってはいなかった。
それは世俗に疎いがゆえなのだが、時雨達がどんなものでもに似合うと言ってしまうのも原因の1つだ。
しかし今回ここで1つ学習したは、これを用意した久遠に改善を求めてみようかと考えたりもしていた。
「なあ、それ脱がないか?」
突然そんな事を少年に言われたは、その言葉が何を指して言っているのか一瞬解らなかったが、はすぐに自分の纏っている布だと言うことに気づいた。
「さっきも言ったけど・・・かなり怪しいぜ、それ。なんか事情があるのかもしれないけど、絶対脱いだ方が良いって」
そう言って少年が布を取ろうと手をかけようとしたので、は瞬時に後退してその手を避けるとふるふると首を横に振った。
「あのな・・・」
布を取らせまいとするに少し顔を引き攣らせた少年だったが、が尚を首を横に振って布を取る事を拒否し続けたため、深く溜息をついて布を取る事を諦めた。
「・・・解ったよ。とらねーから、好きにしろ」
少年のその言葉に、がほっとして少年との間合いをもとに戻すと、奥に行っていた祖母がお茶を持って帰ってきた。
「はい、どうぞ」
「・・・・・ありがとう」
差し出されたお茶にが礼を言うと、2人は目を丸くしていた。
その様子にが、自分は何かしでかしたのかと思っていると、少年の方が少し呆れたように口を開いた。
「・・お前喋れたのかよ。俺はずっと黙ってるからってきり・・・だったら最初から喋れっての。しかもその声からして女かよ・・・」
こんな布を全身に纏っているため、の性別は最初から知っている者でなければ現在ぱっと見では解るはずもない。
しかもこんな格好をしている人物をみれば、男だと先入観を持つ事が多いはずであるから、少年の言い分は当然のものといえる。
「シロちゃん、そんなこというもんじゃありませんよ。でも・・・私もてっきり男の子かと思っていたから、想像していた声に比べて随分可愛くてびっくりしちゃったよ」
「・・・ばあちゃんだって似た事言ってるだろ」
祖母の言葉に少年はまた眉間に皺を寄せながらそう告げたが、当のは自分の声が「可愛い」と言われた事を不思議に思う事でいっぱいだった。
そう言えば時雨始め零番の隊員達からも、「可愛らしくて綺麗な声」と言われた事があるが、自身には全く自覚もなければ他と比べた事はもっとないので、その時もただ不思議に思って首を傾げていただけであった。
「まあ、いいじゃないかい。それよりも冷めてしまうから、早くおあがり」
祖母の言葉にはこくりと頷くとその場に座り、差し出された湯飲みを手にとってお茶を飲む。
それだけのただ一連の動作を見ていた祖母は、思わずその姿に感嘆の声を上げ、少年はそれに対して不思議そうな表情になった。
「どうしたんだよ?ばあちゃん」
「・・いやね。随分と綺麗な姿勢で作法ときちんとしていると思ってね」
そう言ってその場に正座してお茶を飲むを非常に感心した様子で眺める。
その言葉を聞いて少年もの一連の動作を良く見てみると、確かに整った綺麗な姿勢のうえ、お茶を飲む作法も何処か精錬されていて、流魂街で暮らす自分達とはまるで違う世界の住人ではないかと思えてしまう。
「まるでどこかの貴族みたいにきちんとしてるねぇ」
そう告げた祖母の言葉にが一瞬ぴくりと反応した。
祖母のその発言はあながち間違いではない。
生前公的に認められていなかったとはいえ、は仮にも帝の実子だったため、それなりの作法は徹底的に叩きこまれている。
その時に叩き込まれた生活の言ってみれば癖のようなものが、長く時間のたった今でも十分に生きているのだ。
まさかこの場にいる2人が気づくはずはないが、下手をしたら瀞霊廷の貴族だと思われかねないとが案じていると、次の少年の言葉でそれは杞憂に終わった。
「貴族たって・・・こんなところに瀞霊廷の死神がこんな格好でいるわけねえじゃん」
「確かにそれもそうだねぇ・・・」
少年の言葉はまさしくその通りなのだが、今回は勘違いをしてくれてはほっと胸を撫で下ろした。
「・・・だいたい、こいつからは霊力なんてちっとも感じないし」
「そういえば、シロちゃんは昔からそういうのが良く解るんだったねぇ」
「ああ、一応俺も霊力持ちみたいだから・・」
「ならシロちゃんも桃ちゃんみたいに、霊術院に通ったらどうだい?シロちゃんならすぐに死神になれると思うよ」
「・・前にも言ったけど、俺は死神の学校なんか通う気ないし、ましてや死神になんて絶対ならない」
「・・・・・もったいないねぇ」
そう言って祖母は少し苦笑を浮かべながら溜息をついた。
お茶を飲みながらちらりと少年に目をやったは、確かに現在の霊力からいっても才能は十分にあると思っていた。
祖母の言うとおり霊術院に入学するのは勿論の事、死神にだってすぐになれるだろう。
それどころか将来は隊長格にだってなれる可能性は十分にある。
しかしそれを決めるのは本人であって周りの人間ではない。
それに死神などという馬鹿げた掟に縛られた存在になるくらいなら、いっそここでこのままこうしていたほうが、この少年にとっては幸せなのではないかと思っていた。
そんな事を事情があるとはいえ死神になった自分が、しかも今も仲間を捜し周っている自分が言える立場ではないと思いながら。
「・・・ところで、お前名前なんて言うんだ?」
思考を巡らせていると突如そんな事を聞かれては目を見開いた。
少年にとっては名前を聞くなどと当然の事なのだが、は今の今まで聞かれなかったから、このままやり過ごせるのではないかと思っていたため、この突然の問いかけに少し面食らったのだ。
はその少年の問いかけにどうしようかと悩んでいた。
聞かれた以上答えないわけにはいかないが、さすがに本名を名乗る事はできない。
暫し考え込んだ後、は思わず言葉を漏らしていた。
「・・・・・桜」
何故それを名乗ったのかは自身にも解らなかった。
自身でも不思議なくらい自然と彼女の口から零れ出ていたその名は、他のどんな名を名乗っても決して名乗るはずのない名前だった。
「・・・桜か。良い名前だな。・・・・・俺はその名前の花好きだぞ」
そう告げられてが少年の顔を見ると、少年は自分が無意識に口走った事に気づき、顔を赤くして何やら必死に言い訳をしていたが、最早その時のには本人にさえ解らない、手を握られ引かれた時と同じ感覚でいっぱいだった為、少年の言葉は全く届いてはいなかった。











結局、あれから何だかんだで長居をしてしまい、すっかり日も沈んでしまった道をは歩いていた。
どう考えても今日はもう仲間探しは無理だと悟ったは、早々に零番の隊舎に切り上げるべきかと悩んでいた時だった。
ある方向から虚の気配を察知した。
尸魂界に虚が入り込む事は別段不思議な事ではないが、今はその場所が問題だった。
断ったにもかかわらず、自分を送ると言って途中までついて来たあの少年。
先程別れた場所と、現在の虚の出現位置がほぼ一致する。
その事実を認識すると、は溜息をつくと身に纏っていた布を取りさった。
こんな布を纏った状態では正直少し動きにくいし、虚退治という名目なら少しは言い訳がたつ。
それに少年に先程の人物が自分だとは知られるわけにはいかない。
そう思って布を取ったは、瞬歩ですぐさまその場に駆けつけた。
するとそこには傷を負っている少年と、一体の奇妙な虚がそこにはいた。
否、正確にはそれ以外にもいたといえる。
それは昼間に絡んできた男達の1人だった。
しかしその男は虚に身体ごと霊力を吸収されている最中で、最早助かる見込みはないとは苦々しそうに顔を歪め、少年に向かって振り下ろされようとしたその攻撃を受け止めた。
の突然の出現に驚いて目を見開く虚に対し、は虚に向かって話しかけた。
「貴様・・・普通の虚ではないな・・」
そうが尋ねると虚は嫌な笑みを浮かべた。
「ほう、良く解ったな・・・死神・・・」
「・・・霊圧を消せるとはな」
勘に近いものではあったがこの虚はどう考えても今、虚園からこの尸魂界に現れたのではない。
おそらくずっと以前からここに潜み、霊力のある者を獲物にしようと待っていたのであろう。
しかしそれならの霊力の網に引っかかるはずである。
だが昼間自分が少年たちの目の前でやっていたように、霊圧を消すという行為をすれば、今まで見つからなかった事にも納得がいく。
そしてそのの問いかけは、虚の嫌な笑いによって肯定だということが容易に察せられた。
「・・・貴様、普通に成り立ちそのもが普通の虚とはちがうな」
「さてな・・・そんな事これから食われる奴には関係ないだろう」
そう言っていきなり仕掛けてきた虚の攻撃をはなんなくかわすと、何故かその間合いを詰めて自ら虚の懐に入り込み、その手を虚の身体に押し当てた。
「なにを?」
「・・・そんなに霊力が食いたければ食うがいい。ただし、貴様に食い切れればの話だがな・・・」
の行動に虚が驚愕の色を浮かべていると、次の瞬間は虚に向かって一気に霊力を送り込んでいた。
最初こそ全く何ともなかった虚だったが、やがて徐々に己の身体の異常に気づき、焦ってすぐさまを引き剥がそうとしたが時既に遅く、自身の霊力の許容量を遥かに超える霊力を流し込まれた虚は、断末魔の悲鳴をあげながら、跡形もなくその場から消え去っていた。
その様子を見届けたはすっと手を引くと、あれだけの霊力を放出し続けたにも関わらず、いつも通りの平静な様子で何事もなかったかのように振り返り、目の前で倒れいてる少年に目をやると、少年は霞んだ瞳で必死にこちらを見ているようだった。
「・・・仕方ないな」
少年の瀕死の傷を見たはすっと自分の斬魄刀である天桜を抜いた。
「『血色の如く狂い咲け 天桜』・・・」
斬魄刀を解放して現れた巻き布をすぐに少年にかけると、その傷はみるみるうちに塞がっていく。
園様子を見ながらゆっくりと髪を撫でてやれば、少年は必死に凝らした瞳での姿を凝視し、何か喋ろうとゆっくりと口を開いていた。
「・・・て・・・し・・」
何かをポツリと呟いた後少年はまたすぐに気絶したが、傷も塞がりこの様子なら大丈夫だろうと判断したは、すぐに巻き布を取ると天桜を鞘に収めた。
そして気絶した少年をこの場に置いておくわけには行かないと、身体を抱え上げるとすぐに彼を彼の家に送り届けるべくはその歩を進めた。
霊術院に天童とまで呼ばれるほど非常に優秀な少年が入学したという話が、湖帆を加えて現在の体制になった零番隊に風の噂で届くのは、これから少ししてからの話である。











「・・・今日は水羊羹と蕨餅」
「相変わらず、美味しそう〜〜vでは、いただきま・・・」
「・・・お前は仕事しろ、松本」
が何時もの如く、午後のお茶にと作って持参してきたお菓子に、真っ先にとびつく松本を日番谷は引き攣った顔で止め、山積みとなった書類を指差した。
それを見た松本は一瞬怯んだが、すぐさま唸りながら反撃に出る。
「な・・ちょっとぐらい良いじゃないですか!・・隊長こそ、隊長の作ったものだから、独り占めしたいんじゃないですか?」
「なっ・・・!」
「お熱いことで羨ましい限りですね〜〜・・・では、私はこれで!」
そう言ってすかさず特性のお菓子を数個取り颯爽と逃げていく松本に、日番谷は顔を真っ赤にさせながらふるふると拳を震わせて彼女が去っていた方向に向かって怒鳴り散らす。
「松本―――――!!」
一通り叫んだ後、はあはあと息を整える日番谷に、すかさずはお茶を差し出す。
「わりぃ・・・
「ううん・・・気にしないで」
お茶に対してもそうだが、松本の取った行動に対しても謝ったのだとすぐに察したはふるふると首を横に振った。
「仕事はしない、手癖は悪い、おまけに口も・・・・・あいつ本当にどうしてやろうか」
「冬獅郎くん・・・大丈夫?」
「・・・まあ」
口に出しては言わないが、こうして自分を気遣ってくれるがいる分、実は前よりはまだましだと日番谷は思っていた。
ふと日番谷はそのがお茶を汲む姿をじっと見て、ふとある事を思い出していた。
「そういえば、お前も姿勢綺麗だよな・・」
「え・・うん・・・・・・お前も?」
日番谷のその言葉にどこかひっかかりを覚えたは日番谷に鸚鵡返しに問い返した。
「ああ・・いや、昔俺が流魂街に住んでた頃だけど・・・変な布被った妙な奴助けて家に連れて帰った事があるんだよ」
日番谷のその言葉にぴくりとの行動が一瞬止まったが、日番谷はそれには気づかずに話を続ける。
「それでその時、ばあちゃんがそいつにお茶出したんだけど・・・それ飲んでる時のそいつの姿勢とか作法が、どっかの貴族かなにかと思えるほど整ってて綺麗だったからさ・・・」
「そう・・・でもどうして今頃?」
「・・いや、実は今までその事すっかり忘れてた」
「忘れてた・・・?なんで・・・」
日番谷のことばに少し複雑そうに尋ねるに、それには気づかず日番谷は少し照れた様子で口を開いた。
「・・・そいつと会ったのって、お前と始めてあった日の昼だったんだよ。だから・・・後に会ったお前との出会いが物凄く印象が深すぎて・・・それで忘れてた・・・」
その言葉に一瞬目を見開いただったが、すぐに嬉しそうに微笑んで見せた。
「そうなんだ・・・」
「・・・・・・・」
無言のまま照れた様子の日番谷を見て、なんだかますます嬉しくなったは、自分の手に持つお茶に目を落とすと、先程とは違う何かを思い出すかのような微笑を見せてぽつりと呟いた。
「・・お茶、美味しかったよ」
「えっ・・・?なんか言ったか?」
「・・・なんでもない」
の声が聞こえていなかったのか問い返してくる日番谷に、は微笑みながらただそう告げたのだった。










あとがき

うわ・・・砂吐き・・・・っていうのは、最後の主人公と日番谷くんです・・・
藍染の反乱(笑)後すっかりラブラブ状態の2人・・・
そして今回の過去編では、実は主人公と日番谷くんは主人公が日番谷くんを助けるより前に会っていた・・・というお話でした。
ちなみに主人公既にこの時点で日番谷くんのこと好きになってますが、本人さん全く自覚ないのでその後数十年の間きづかないまま過ごしているという物凄い鈍さです;
日番谷くんはまさかあの時の変な布被った妙な人物がだとは夢にも思っていない・・・
というか、日番谷くん自身も話していましたが、その後会ったとの出会い(これは本当は2回目ですが)の印象が強烈過ぎて、それ以外のその日にあったことを今まですっかり忘れていた始末・・・
まあ・・結局蓋を開けてみるとただのバカップルという話です・・・;
ちなみに主人公が日番谷くんに名乗った「桜」という名ですが、あれはある意味偽名ではありません。
あれは主人公の皇族名が「桜宮(さくらのみや)」というところからきていますので。
本当は主人公、公的には認められていなかったので、皇族名はないはずなんですが、主人公のお父さん、つまり当時の帝が特別に与えたものです。
ただその名前で主人公を呼ぶ人は誰もいなかったので、本当にただあるだけの形でしたが、主人公のお父さんが亡くなる直前に1度だけその名でお父さんに呼ばれた事がある等の経緯から、この名前は主人公にとってある種特別なものになっています。
ちなみにこの名前を教える前に夜一さんと浦原さんは尸魂界追放になりましたから、あの時点でこの名前を知っているのは現世からの知り合いの時雨だけです。
なのでとっさとはいえ、この名前が自然に口から出た時点で、主人公は日番谷くんのことを無自覚ながら意識しているということになります。
あとがきなのに長々とすいませんでした・・・;



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