世界はそのように創造された。
驚くべき適応はこのようにして起こる。
それ故、私は全世界の哲学の3つの部分を持つものヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大なる者の意)と呼ばれる。
私が太陽の働きについて述べるべき事は以上である。
What death is expected
5:Creation
外の空気など一切入ってこないはずの地下なのに、一瞬冷たい風のようなものが吹いた気がした。
その場にいる誰もがその言葉を理解しようと必死だった。
ただ1人、それを告げた張本人以外は。
「だから、ここの物の所有権は私にあるのよ」
ルースが暫くしてから続けたその言葉に、全員はっと我に返った。
「随分と酷い冗談ね。そんな・・・」
「そんな昔の人間が今生きてるわけがない、とでも?」
ラストの言葉を予め予測していたのか、ルースはにやりと笑いラストの言おうとした事を告げた。
「その言葉は、貴方達やその黒幕にもそっくり返してあげる」
ルースがそう言った瞬間、ホムンクルス達の目は見開き、そしてラストの鋭く長い爪が彼女の心臓を捉えていた。
そしてそのままルースは血を吐いてその場に倒れる。
何が起こったのか一瞬理解ができず、まるでそのスローモーションのような光景を呆然とエド達は見届けたが、すぐさま慌てて倒れたルースに駆け寄った。
しかし心臓を一思いに貫かれたのだから、明らかに生きていないということ誰しも予想ができる。
そしてホムンクルス達を睨み付ける者、銃口を向ける者、恐怖心を募らせる者とに分かれた。
「てめぇら・・・」
「おチビさん達、そんな恐い顔しないでよ」
「彼女はどうやら知ってはいけないことを知っているようだったから。口封じをさせてもらっただけよ」
「・・・・・だけ」
まるでお腹がすいたから食事をした程度の感覚の言葉に、エドはぎりっと奥歯を噛み締めた。
「怒るのもいいけどさぁ。自分達の心配したら?」
「ねぇラストー。食べて良い?」
エド達の方を指差しながらグラトニーがあまりにも恐ろしいことを子供のようにラストに尋ねる。
「そうね・・・それじゃあ、まずはあの死体から・・・・・」
「・・・遠慮させてもらうわ」
ラストの言葉を切ったのはテンポの良い女性の声だった。
そして次の瞬間ホムンクルス達の周りに練成反応がおき、そして彼らを囲うように檻が出現していた。
しかし一同の視線は檻に囚われたホムンクルス達よりも、それを練成した人物へと向けられる。
その人物は一同から信じられない者を見るような眼差しを向けられながら、平然とした表情と呑気な声で立ち上がっていた。
「そんないかにも悪食っぽい奴に食べられるなんてごめんね。・・・あ〜あ、どうしてくれるのよ?これ。血でべっとりなうえ、穴まで空いちゃって・・・・・」
などと不満をぶつぶつと言いながら、自分の服のありさまを見ている。
そんなルースに最初に声をかけたのは、彼女に止めをさしたはずの檻の中のラストだった。
「どういうこと・・・確かに・・・・・」
「そうね。確かに私はあなたに心臓を貫かれたわ。普通の人間だったらまず即死でしょうね・・・」
そこまで告げるとルースはふっとその瞳を暗いものへと落とした。
「でもね。例え心臓を潰されようが、頭を潰されようが、毒を食らおうが・・・・・何をしても私は死なない・・・・・・死ねないのよ・・・・・・・」
自嘲的にそう呟きながら、ルースは床に手をついた。
先程と同じ練成反応がおき、今度はホムンクルス達を囚えていた檻が消え去る。
その光景に一同は目を見張った。
ルースが1度囚えた3人を解放したこともそうだが、それ以上に彼女が錬成陣もなしに、しかもエドとは違い両手を合わせるという前動作さえせずにやってのけたことに対して驚きを隠せない。
「さっきの事で私の言っていることがあながち嘘じゃないということは理解できたと思うわ。そしてもう1つ・・・私は貴方達の殺し方を知っている」
ルースのにやりとしたその笑みと言葉に、今度こそさすがのホムンクルス達も萎縮してしまう。
彼らにも先程の出来事はあまりにも強烈だったのだ。
「今はまだ見逃してあげる。けど・・・私の言葉を信じず、まだ私達を殺そうとか、ここの資料を奪おうとか言うなら・・・・・容赦なく、ね」
ルースのその言葉はあまりにも重く、そして冷たいもので、一瞬にしてその場にいる者達は凍えるような心境になった。
そしてこれこそが本来の彼女であるとも、誰もが本能的に察していた。
結局、ルースの脅しにホムンクルス達は苦虫を噛み潰すかのような表情を浮かべながら撤退しいった。
ルースの正体が本当にあれであろうとなかろうと、そして本当に自分達を殺せようところせなかろうと、あまりにも得体の知れない相手に、今のままでちょっかいを出すのは危険だと判断したのだろう。
そしてエド達も彼らを追うことはなかった。
ルースに止められたからだ。
最初はそれを非難していたが、唯一彼らに対抗できるであろう彼女が動く気がないのであれば、こちらが無駄死にをするだけだと冷静になって判断した結果だった。
そして今、一同は2つの墓の前で手を合わせているルースをじっと見ている。
すくっとルースは立ち上がると愛しげに2つの墓を見ながらぽつぽつと告げた。
「このお墓はね・・・私と一緒に研究をしたいた仲間のものなの。2人と一緒にここで研究をしていた時が1番楽しかったわ」
その時の光景が今にも蘇ってくるとばかりにルースは話をする。
そしてエドはそんなルースにずっと気になっていたことを聞く。
「あんた・・・本当にヘルメス=メギストス、なのか?」
「そうよ・・・・・」
「だが、それが本当なら、なぜ遥か昔に生きていた人間が今もこうして生きているんだ?」
ロイの言葉に他の面々も不信そうに首を縦に振る。
さらにロイの言葉に付け加えるのなら、なぜ心臓を貫かれたはずの彼女が生き返ったん家ということも気になる。
「からくりは簡単。私が不老不死だから」
ルースの言葉に全員言葉もなかった。
ハボックなどは咥えていたタバコを思わず床に落としてしまったほどだ。
そしてルースはその一同の反応に当然だと首を縦に振る。
「・・・私が『賢者の石』を創り出した・・・ってことは、伝わってると思うけど?」
「ああ・・・確かに知ってる」
「で、『賢者の石』が使いようによって人を不老不死にすることは?」
「それも知って・・・・・まさか?!」
エドは考えついた事実に思わず声をあげ、ルースは心情を読み取ってまた首を縦に振る。
「私はね、全部知りたかったの。この世界、この世界以外の何もかも全てを。探究心と知識欲の塊だったのよ・・・・・」
ルースの話す1つ1つが物悲しげに聞こえる。
「そして『賢者の石』を創り出した。けど『石』は『持ってる』だけじゃ全てを知ることはできなかった・・・だから・・・・・」
「だから?」
「だから、私は『石』を体内に取り込んで、『石』の全てを自分に溶かしたのよ」
言われている意味が一瞬解らなくなって、ただ目を見張る一同の顔にルースは苦笑した。
「『石』を飲み込んだ、のよ・・・」
「・・・・・・・身体に悪そう」
誰かがそんなことをぼそりと呟いた。
しかしルースはその言葉に静かに頷いた。
「確かに身体に悪いかもね・・・」
「で、どうなったんだよ?」
『賢者の石』を追いつづけているエドとしては話の続きが気になるようだった。
それはエドにしてみれば無理もない。
上手くすればここで彼女の目的は達成できるかも知れないのだ。
「私の予想通り。『賢者の石』の全てが私の中に流れてきた。私は全てのことを知った。真理と等しいといえる存在になった。その結果が、さっきやった練成・・・」
練成陣も書かず、手を合わせることもなく、ただ手をついただけで練成をしてみせた。
確かにあれが『賢者の石』のせいだというなら納得もいく。
「でもそれと同時に・・・私は死ねない身体になった」
自嘲的に笑うルースのその姿に、驚きながらも何がいけないんだと思う者が数名いた。
それに気がついたルースはすぐさまその理由を告げる。
「死ねないってことは、かなりきついのよ。知っている人間が次から次へと死んでいく中で、自分だけが生き続ける。例え新たに知り合っても、また死なれてしまう」
孤独という名の無限地獄に突き落とされたようなものだと、ルースの聞こえないはずの心の声が聞こえたきたした。
「自分を残して死んでいく・・・生きることに疲れていく・・・・・だから私は死にたいの。私は・・・自分が死ぬ方法を探して旅を続けている」
それは何があっても目的のために生きると決めた、エドとアルとは正反対のものだった。
そして彼女のやっていることはあまりにも生き物としては不毛なことだった。
「『賢者の石』でさえ解らない。というよりも、最初からそんなものないといったほうがいいんでしょうけど・・・それでも私は見つけたい」
それほどに死にたいとルースは切に願っているということが解った。
例えエド達がここでそれは間違っているといっても、彼女は決して聞き入れることはないだろう。
それくらい彼女が長い時間をその方法を求めて旅してきているのが良く解る。
おそらくそれを彼女に諭せる者がいるとすれば、目の前の墓に眠る2人の人物だろうと、なんとなくエドは感じていた。
「そうじゃなければ・・・この2人にも申し訳がたたない。なにしろ・・・・・」
突然視線を墓に戻したルースたまるで、その墓に懺悔するかのように告げていた。
「だってこの2人は・・・不老不死になると同時に子供を生むという事が出来なくなった私に付き合って・・・自分達の血を遺す事をしようとしなかったんだから・・・・・・」
「研究資料12・・・・・実験記録5・・・・・・・・」
中央に帰ってきてからすぐに訪れた大総統の執務室で、ルースは淡々とそれを読み上げていった。
「・・・しめて譲渡31・・・・・・ね」
「よくもそこまで彼らに差し上げましたな」
大総統はまるで珍しいものでも見るようにルースに告げた。
今まで何度自分だけといわず、歴代の大総統が何度も彼女に願い出た、あの立ち入り禁止地区の教会地下に眠る、ルースとその仲間2人の研究資料等の山。
丸ごとではなくても一部だけでもと言ったことはあった。
しかしどんな条件を突きつけようと彼女は一瞥で断り続けてきたのだ。
それが掌を返したかのように、エド達には幾らかを無条件で譲渡している。
「付き合ってもらっちゃったからね。まあ、これくらいはしないとかな」
「そうですか」
「解ってると思うけど、軍には回らないからね。あれは私がエド達個人に上げたものであって、無理強いして取り上げたりしたら・・・・・」
「・・・解っております。猊下」
ルースの瞳の奥に爛々と輝く光に、さすがの大総統も思わず萎縮してしまった。
「しかしまたどうして彼らを?」
「・・・随分と優秀な術師みたいだったからね。私達の作った錬金術をあそこまでものにできてる、あの子達を2人にも見せてあげたかったのよ・・・・・」
「そうですか・・・」
「2人のうち1人は焔の研究に熱心だったしね。これはぜひともあわせねばと思ったわけよ」
そしてエド達に関しては、真理にあれほど深く踏み込んでいたから。
しかしその事はルースは告げようとはしなかった。
「まあ、こちらとしても。不穏な輩を牽制して下さっただけでもありがたいです」
「ま、これで少しの間は出てこないでしょう。その間に何とか手を考えなさい」
ルースが今回あそこに行ったのは墓参りだけでなく、ホムンクルス達を炙り出して、牽制を掛けておく意味合いもあったのだ。
そうすることでエド達にも、この国自体にも暫くは余計なちょっかいをかけさせないようにした。
「私の手を煩わせずとも・・・・・さっさと害虫は退治してもらわないとね」
そう告げたルースの目は温かみなど1つもない、とてつもなく冷ややかなものだった。
大総統府の目の前で、ルースは無理やり引きずって着た今回の旅に同行させていた全員と別れの挨拶をしていた。
「んじゃ、色々と世話になったし、世話してやったけど」
「後者に関しては否定したいですね・・・猊下」
ロイは笑顔のまま顔を引き攣らせ、嫌味を込めてルースをそう呼んだ。
「あらら?じゃあ、あの資料は返してもらってもいいかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
それを言われるともう何も言えなくなってしまう。
「エドもアルも・・・あの資料上手く使いなさい。もう『賢者の石』なんて追うんじゃないわよ」
「さあ、どうかな?あんたの資料があれば、すぐにでも『賢者の石』を手に入れられると思うけど?」
「・・・『賢者の石』はそれを持った者も、周りの者も不幸になる。そう言ったのを忘れたの?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「だからこそ、私は貴方達に別の道を取ってほしくて、資料を譲渡したんだけどね」
自分と同じ過ちをとってほしくないからと、ルースは自虐的に笑って見せた。
「それでも・・・今1番の近道は『賢者の石』だろうから」
「そう・・・・・・・・・」
「エメラルド・タブレットはなかったけど・・・俺はあれだけの物を手に入れることができたから・・・・・」
エドの少し残念そうなその表情と言葉に、ルースは一瞬きょとんとした後、まるで悪戯をした子供のような顔をする。
「それって・・・・・これのこと?」
「えっ・・・・・」
ルースが手にしていたのは、光り輝くエメラルドグリーンのペンダント。
それはエドには見覚えがあった。
温泉に入っていたときもルースが肌身はなさず付けていたものだった。
そしてふとエドの頭の中であることが思い浮かんだ。
「まさか・・・・・」
「大切なものを目の届かない場所に置いておくはずないでしょ?」
ルースのその言葉ですぐさまエドはそれを奪い取ろうとしたが、一足早くルースが服の中にしまいこんでしまった。
「これは絶対にあげないから、ね」
「・・・・・・・・・・」
にやにや笑うルースをエドは悔しそうに睨み付けた。
「それじゃあ、私はそろそろ行くから」
そう言って全員と軽く挨拶を交し合うとルースは背を向けて歩き出していった。
「ルース!」
暫く黙って背中を見ていたエドだったが、突然ルースを呼び止めた。
その声に反射的にルースは振り返ってエドを見る。
「・・・もし、死ぬ方法を見つけても、すぐに死のうとするなよ」
「・・・・・・・・・・・」
「お前の仲間も、そう思ってるはずだ・・・・・・」
エドのその言葉にルースは言葉では何も答えず、ただふっと笑ってみせると、再び背中を見せて歩き始めた。
その姿が見えなくなった後、エドはぽつりと呟いた。
「・・・死ぬことと、死ねないのって・・・・・どっちが辛いんだろうな?」
エドのその言葉に暫しの静寂と重い空気が続いた。
「・・・・・死なれることが1番辛いんだろう」
静寂を打ち壊したロイのその言葉に、エドは薄っすらと笑いを零した。
死にたいということは理解できないが、死なれるということが辛いといことは、エドにも嫌なほど理解できている。
それが自分とはまったく正反対な目的を持つルースが自分に興味を持った本当の理由のような気がした。
あとがき
ちょっと当初とは違うような気もしますが、「What death is expected」完結です。
ちなみに消化できなかったものも実はあるので、そちらはあとがき座談会にてということで;
消化できなかったのはあの冒頭のテロリストのことです。
本当は最後の別れのシーンか、大総統との話中に明かそうと思ったんですけど・・・
入れられる余裕がない・・・・・・・・・
おまけに思いのほか長引いたし・・・
そしてルースですが、管理人が思いのほか気に入ったので、彼女にはもっと活躍の場をと・・・
「エド救済計画」にも出しますし、実はこれの番外編が控えていたり・・・;
とにかく今はこれで勘弁してください;
この話の大総統は真人間ではありますが、それにしてもこの話の大総統はなんか弱いなぁ;